ないりの祝福④

 ミキちゃん指定の集合場所、ふれあいの丘には誰もいなかった。

 絵麻ちゃんが皆に触れ回ったおかげで、おまじないをしない方がいい、ということに加えて、ふれあいの丘は呪いの丘だ、という噂まで広まってしまったのだ。

 元からふれあいの丘にいるのは小学生ばかりだったから、小学生が来なくなると、本当に人がいなくなる。

「ねえ、まだぁ?」

 授業が終わって、ここに来てから十分も経っていないのに、絵麻ちゃんが焦れたように言った。

 でも、その気持ちは私にも分かる。ミキちゃんは「しばらく待って」と言って簡単な指示をしただけで、具体的なことは何も教えてくれなかったからだ。

「私、六時までしかいられないかも」

 お母さんには学級委員の仕事があるから、と言ってある。嘘ではない。先生に任されたプリントの整理は昼休みに終わらせただけだ。そんな言い訳をしなくてもお母さんが帰ってくるのは七時だからバレないだろうけど、念のため、だ。

「始まったらすぐだから」

 ミキちゃんはにやりと笑った。

「それよりも二人ともきちんとやってよね。四時四十四分になったら手を合わせて、けんけんさま、おかえりください、って三回言うんだよ」

「そんなことくらい覚えられるしぃ」

「ほら、もう黙って。時計見て」

 確かに話している間に、ふれあいの丘の柱時計は四時四十三分を少し過ぎている。

 時計の短針をじっと見つめる。

 そして、

「けんけんさま、おかえりください!」

「けんけんさま、おかえりください!」

「けんけんさま、おかえりください!」

 誰もいないふれあいの丘に三人の声が響いた。

 しばらく三人で黙り込んでしまう。視線だけ動かしても、何も変わった様子はない。

「ねえ、これで本当にいいのぉ?」

 絵麻ちゃんがおずおずと口を開いた。

「杏子さんも、柚姫も……」

「多分ね」

「多分ってなによぉ!」

「だって、お姉ちゃんの後輩が、これで治ったって聞いただけで……」

「ミキっていつもそう! テキトウなことばっかり言ってさ!」

「何その言い方! ボクは教えてあげたのに」

「二人とも、喧嘩しないで……」

 二人の間に割って入ろうとしたときだった。

 ばさばさと、鳥の羽音のようなものが聞こえる。大きい音だ。皆で黙ってしまうくらいには。

「カラス……」

 言ってしまってから、絶対に違うということが分かる。

 黒い鳥だ。

 でも、大きすぎる。

 それに、おかしい。

 頭が二つある。

 よく見ると、二羽なのだ。だから頭が二つでもおかしくない。

 でも、二羽だとおかしい。

 目と羽は、ひとつしかない。

 けん、と片方の鳥が鳴いた。

 目が真っ赤だ。

 けん、ともう片方の鳥も鳴いた。

 大きい。大きすぎる。

 ばさばさと羽ばたいて、私たちを――

 背後から、落ち着いた声が聞こえた。

 声の主はゆっくりと近付いてきて、私たちの目の前に立った。

 秋野先生だった。

 薄桃色のセーターと、ゆったりした黒のロングスカート。今日、教室で着ていた服と同じだ。

「まったく、どうして子供っておまじないとかそういう怖いものが好きなのかしら。ミキさん、あなたのお姉さんもそうだったわね。本当に困っちゃう。でも、お説教はやめておきましょう。

 鳥の羽ばたく音が消えた。あの、丸くて赤い、恐ろしい目も。

 横目で絵麻ちゃんとミキちゃんを確認すると、二人ともぽかんと口を開けて宙を見つめていた。

 秋野先生は二人に近付いて優しく微笑んでから、私の方を見て、驚いたように目を丸くする。

「あら、横沢さん、あなた……」

 そう言ってから、しばらく考え込むようなポーズをする。

「横沢さん、比翼の鳥って聞いたことある?」

「ひよく……なんか、楊貴妃の……」

「まあ、本当に賢いのね、横沢さんは。そう。比翼連理。『天に在りては願わくは比翼の鳥とならん、地に在りては願わくは連理の枝とならん』っていうの。要は、ずっと仲睦まじい夫婦でいたいねってことなんだけど……この比翼の鳥っていうのは、二羽で一羽、目も羽も一つずつしかなくて、お互いに支え合わないと飛べないとか。中国では、バンバンとか、ケンケンって呼ばれてるらしいの。放っておいても大丈夫なんだけど、なぜか分からないけどたまーに本気でやっちゃう人がいるのよ。好きな人の写真だけじゃなくて、髪の毛とか血とか――ああ、なんかどうでもいい話よね。つい、ね。こんなこと知っててもね。どうせ

 秋野先生は私の頭に手を置いた。柔らかくて暖かい手だった。

「こんなおまじない、本当はの。好きな人には自分の口ではっきりと伝えるのが一番いいわ。

 私はうずくまって、耳と目をぎゅっと塞いだ。

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