1-2

「学年委員は増田と如月で決まりだな。じゃあ、2人とも前に出て、進行してくれ。」


ーー最悪だ。


葵は沈む気持ちの中、重い腰を上げる。


この春に中学に入学した葵。


入学当初、辛うじて咲いていた桜はあっという間に散ってしまった。


中学は小学校からの同級生も多いが、別の学校から来た子達も沢山いた。


緑が少しずつ濃く色づくのと並行して、お互いに見なられぬ顔ぶれに様子を伺いながらも、生徒たちは着実に交流を深めていく。


そして、ある程度の人間関係が形成されていった頃合を見計らって、委員決めが行われた。


まずクラスのまとめ役である学年委員を決めることになった。


男子は立候補ですぐに決まったが、葵達女子はなかなか決まらなかった。


そこで担任の望月と女子達がジャンケンをし、最後まで負けた人間が、学年委員を務めることになった。


運悪く最後まで残った葵は、泣く泣く学年委員という大役を担うことになってしまった。


(目立ちたくなかったのに…)


引っ込み思案な所がある葵は人から注目されるのがとても苦手だ。


中学に入学して2週間が経つが、未だに同じ小学校の同級生以外に友達が出来ていない。


幸いにも、小学校の親友2人と同じクラスになれて3人で大喜びした。


平穏な日々の始まりに胸を撫で下ろしたばかりなのに、学年委員の任命。


人前に立って、クラスをまとめなくてはならない重要な立場だ。


勿論、人前に経つのだから注目される。



黒板の前まで行くと、最前列中央の席に座る親友の1人、中野琴葉が「頑張れ」と口だけを動かした。


彼女に軽い苦笑いを送った所で、「では、引き続き委員を決めたいと思います。」と、同じく学年委員になった増田が進行を始めた。


立候補するだけあって、自ら進行役をし始めた増田に内心感謝しつつ、葵は書記を受け持った。


深緑色の黒板に委員決めの内容を書き記していく。


「如月さん、字きれー」


「女子の割に達筆な字を書くな。」


クラスメイト達は葵の達筆さにざわついた。


特に習った訳では無いが、きれいな字を真似していくうちに自然とそうなった。


ただ達筆な字を書くせいか、昔から男の人みたいと言われてきた。


見た目からは想像できない字体にクラスメイトは感心していたが、葵は恥ずかしさで顔を赤らめた。


プレッシャーに押し潰されそうになりながらも、委員期間の半年が過ぎてくれと願うばかりだった。




亀井中学は北校舎と東校舎がL字の形で立っている。


1年生のクラスは北校舎4階、2年生は3階、3年生は3組までは北校舎2階、4組から6組までは東校舎2階にあった。


葵がいる1組は北校舎4階の西端にあった。


委員決めも終わり、放課後、委員の名簿が記載されたプリントを提出しに増田と生徒会室に向かう。


増田は背が高く、キリッとした眉の整った顔をした生徒だった。


いかにも仕事が出来ますという風な雰囲気を醸し出す彼は、スタスタと廊下を歩く。


葵はおいていかれないように、時折小走りしながら、なんとか後について行った。


生徒会室は東校舎の3階、東南階段を降りて直ぐの所にある。


生徒会室前に着くと、増田はチラッと葵を見た。


息が上がり、顔をほのかに紅潮させている葵。


増田の視線はそれよりも葵の持つプリントに向いていた。


そして、葵の息が整うのも待たず、無言で扉をノックすると、「はーい。どうぞ!」とハキハキとした少女の声が扉越しに響いた。


「失礼します。」


「あ、失礼します。」


増田の後に続いて、慌てて葵が生徒会室に入る。


生徒会室には窓を背に座る生徒会長らしきメガネの男子生徒、そして、葵達からみて、その斜め右横には女子生徒が座っていた。


彼らの机の上には書類や、ファイルなどがの資料が無造作に積まれている。


そして、男子生徒の席を中心にコの字型に机が並び、教室の両壁には戸棚が置かれていた。


左側の奥に棚が置かれてかれていない空間があり、そこにはこじんまりとしたドアがある。


生徒会室の隣には生徒会の資料や物品が置かれた生徒会準備室があるので、そこに続いているのだろう。


「1年生かな?」


にこやかに葵達を迎えたのは、ベリーショートの髪に、日に焼けた小麦色の肌、制服越しでもほっそりとした体型が分かる少女だ。


(陸上部にいそう…)


ランシャツとランパンツ姿の彼女が葵の頭に過ぎる。



「1年1組の学年委員になりました。増田と如月です。委員名簿を提出しに来ました。」


「うんうん。ありがとう!私、副会長の峰。よろしくね。んで、そこにいるのが生徒会長の…」


「工藤です。プリント、ありがとう。そこ、置いといて。生徒会室には基本的に何時でも誰かいるから、用があったら必ず声掛けて。」


工藤は目の前に積まれた資料の山の中で作業しつつ、入口手前の机を視線で示した。


その視線の先の机には無造作におかれたプリント達があった。


机には「委員会名簿」と、サインペンで雑に書かれたA4サイズの紙が垂れ下がっている。


そして、何やら殺伐とした空気が生徒会室には漂っていた。とても忙しそうだ。


「こんな状態でごめんね!ちょっといま立て込んでて…」


「いえ。大丈夫です。」


申し訳なさそうに謝りながらも、作業の手をとめない峰。


増田は短く返答すると、葵にプリントをさっさと置けと言う風に顎をくいっと動かした。


葵は慌ててプリントを置き、その際に素早くプリントを整えた。


「では、失礼します。」


増田がさっさと出ていってしまうと、葵はペコッと頭をさげて、急いで出て行った。


急ぎながらも、音がたたないようにそっと戸を閉める。


相変わらずスタスタと行ってしまったのだろう。


葵がパタパタと小走りで増田を追う足音が廊下から聞こえた。


「可愛かったね。1年生。」


「ん…」


すると、工藤の横のドアが勢い良く開いた。


「わわっ!」


慌てた声とともに、ドンッと窓側の柱にドアがぶつかる音が室内に響く。


「きゃっ!びっくりした!」


峰の短い悲鳴が上がる。


あまりの大きな音に作業に、集中していた工藤もビクッと肩をはね上げた。


その際にメガネが大きくズレてしまう。


「す、すみません!思ったよりも勢いついちゃって…」


隣の準備室から出てきたのは、両手に書類ファイルやらポスターやらを沢山抱えている男子生徒だった。


両手が塞がれていたが、なんとかドアノブを捻り、身体でドアを開けたのだが、思った以上に重心をドアにかけてしまったらしい。


開いたドアに倒れ込むような姿になっている。


「木浦くん!大丈夫か!?」


その姿を見た工藤はとっさに立ち上がり、木浦から資料を受け取っていき、駆け寄ってきた峰に渡す。


峰も工藤から資料を受け取っては机の上に並べていった。


「ありがとうございます。いや、本当にすみません!」


「大丈夫だよ!でも、そんなに一遍に持ってこなくても良いのに。」


謝る木浦に峰は笑った。


「それにしても、まだこんなにあるのか…」


処理しなければならない資料の多さに工藤がため息を吐く。


数日前、生徒会役員の1人が準備室に入った際、そこに設置されていた資料用のスチールラックが

将棋倒しのように倒れ、そこに置かれた資料が床に散乱しているのを発見した。


原因は数年前に起きた地震のために壁に入ったヒビだった。


大したことはないヒビだが、屋上にも同じようなヒビがあり、雨が降る度に僅かなその隙間に雨水が入り込み、壁伝いに準備室にまで到達していた。


そして、数年もの時間をかけ、ヒビのある壁にあったスチール棚が少しずつ侵食され、錆び、とうとう折れてしまったのだ。


倒れた時に人がいなかったのは不幸中の幸いだったが、膨大な資料が散らばってしまい、ラックの撤去作業や資料の整理などに生徒会のメンバーは追われていた。


ただでさえ体育祭や生徒総会が2ヶ月後に迫っており、その準備もしなければいけない。

だが、その資料も床に散ってしまった。


生徒会のメンバー総出で、早朝や放課後だけでなく、授業と授業のちょっとした時間でさえも準備室に足を運んだ。


「元々、準備室の整理をしようって話してたじゃないですか。必要ないもの沢山ありますし…良い機会ですよ。これからの後輩たちのためにも頑張りましょ。」


「そうだな。」


はにかむ木浦につられて、工藤も笑みを浮かべた。


木浦はどんな状況でも前向きだ。

面倒な事でも嫌な顔ひとつせず、率先してやってくれる。


生徒会長という重責に耐えられるのは、他のメンバーの支えは勿論あるが、木浦の存在にとても助けられている工藤だ。


木浦に対しての信頼はかなりなものがあった。


「そういえば、誰か来てました?お2人以外の声が聞こえたんですけど……」


「あぁ、1年生よ。委員名簿を持ってきてくれたの。」


「へえ…。」


委員名簿のある机の前に行き、木浦はそこに置かれた名簿のプリントをじっと見つめた。


「木浦くん、どうかしたの?」


「いや、こんな綺麗に置かれてたかなと思って。」


乱雑に置かれていたはずのプリントが綺麗に揃えられていた。


「確かに…。あの子達が来るまで、雑にみんな置いてってたから…」


「字も綺麗です。几帳面な子なんですね。」


「几帳面ね。どちらかと言うと、配慮が出来る子って感じだったね。戸を閉める時も音が鳴らないように閉めてたし。」


メガネをクイッと整えながら、工藤が言った。


「へぇ!私気づかなかった!いい子なんだね!」


「…君とは真逆そうな子だよね。」


「ちょっと、それどういう意味?」


「峰先輩はおおらかってことですよ!」


「木浦くん、それってフォローしてるつもりなの?」


峰が納得いかないというような表情をしていたが、木浦は「さっさと終わらせましょ」と無理やり話を終わらせた。


作業に戻りながらも、綺麗に整えられたプリントが頭を離れずにいた。

扉の閉め方にしろ、少し前まで小学生だった子がする気遣いに感心したからだ。


(1年1組のクラス委員か。どんな子なんだろう。)


興味を惹かれつつ、その内顔を合わすだろうと、木浦は淡い期待をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラピスラズリ よもぎ @yomogisan6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ