後日談
ある大学のテラス席。真夏の炎天下では誰も来ない席だが、春の風が心地よく吹く今では人気の席だ。そこに、ここの大学生ではない黒ずくめの青年が一人。ブックカバーに隠れて表紙が見えない文庫のページを捲る。
「毎度のことながら思うんやけど」
「何」
その向かいに、この大学の隣市にある大学の大学生である、蟹の絵にTAKO、下に
二人ともそれなりに顔が良いからなのか、服装が残念とか何とか、周りにヒソヒソと囁やかれている。その人混みを見ながら、話を続けた。
「ワイら、モテすぎちゃうん」
「鏡を見てから言った方がいい」
若干重なり気味に言葉を返す。視線が文庫本から上がらない。
「それ、どうしたんだ」
自身の左頬をトントンと指差しながら言うが、相手には目を向けていない。
「……サクは、額に目でもあるん」
「…………」
文庫本に目を向けながら、圧力をかけるという離れ技をヒシヒシと感じる。
「駅前のカフェのネーちゃんに振られた」
やっと顔が上がる。
「いや、有言実行しただけなんやけど、何故か振られたわ」
「……漫画みたいに平手打ちの後が残ってるけど、何て言ったんだ」
哀れみの目線ではなく、呆れた目線が送られる。
「どーしても、聞きたいって言うんなら言ったるわ」
「別に」
ニヤけながら言うその言葉を聞いて、目線が文庫本に戻る。
「……そこは聞くところやろ! どーしても知りたいですルカ様ぐらい言えや!」
「うるさい」
机をバンバンと叩いてうるさい琉海のスネを蹴り黙らせる。
「……そういえば、ハンカチどうしたん」
しばらく沈黙した琉海が呻くように言う。
「流石に汚れが落ちなかったから、買って渡した」
「喜んだ?」
「……それは、ルカの想像の通りだと思うけど」
琉海が再度、へぇ、とニヤニヤするため、先ほどよりも強く蹴った。
「仲良いね」
「どこが?」
突如かかった声に朔冬が後ろを振り向いて、声の主に聞く。
「うーん……と、毎回飽きずに喋ってるところ……とか?」
栗毛のフワフワした髪をなびかせ、白のワンピースに薄桃色のカーディガンを羽織り、同じ色のパンプスとクリーム色の手提げ鞄を持った美女が首を傾げる。
「楽しそう」
そう言って、微笑む彼女に朔冬は返す言葉を失う。
「というか、コトハを待ってたんとちゃうん」
「それ以外にここにいる理由があるのか?」
「あらへんわなぁ……毎日毎日同じ場所におるんやもん」
琉海があくびを一つ漏らす。
「ルカは何しに来たんだ」
「暇潰し。最近平和やから」
その琉海の言葉に琴葉の笑みが深まる。朔冬は嫌な予感がした。前回逃げるのに札を持ち帰り損ねたからな……と考えつつ、ため息を吐く。入る時に剥がした札は、アレが出てこないようにするために同じ位置に貼ってある。それがだいぶ心残りらしい。
「それなら、とっておきの場所があるんだけど」
予感が当たった。
松葉屋邸の怪奇譚 望月レイ @MotizukiLei
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