第8話 ファミレスから始まる



 いつものように萌果が、ファミレスへ向かうと、午後五時前だというのに、鈴鹿がもうそこにいて、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、座席にどさりと座った。


 対面に座る、鈴鹿に視線をおくる。


「今日はどんな恋をしてきたんですか」

「んん、最近はなにも」

「え!」


「純愛はまずデートして、手をつなぐとこからなんだろ?そういうの、しようと思って!」


 ニコニコ人懐こい笑顔で、鈴鹿が言う。狂犬は、なもしなければただの可愛い犬のよう。

「は~ん、狙ってる人がいるんですね?」

「名探偵キタ」


「鈴鹿さんは、恋をしてて、その方のことがわからないから、私の話を参考に、まずはデートを画策しようと!?やっと私の話が通じてきたんですね」


「萌果としたい」


「結論が早い」


 萌果は、深く深くため息をついて、ドリンクバーを頼むとドリンクを取りに行った。

「ほら、氷ばっさばさのジンジャーエールですよ」


「わーありがと~♡」


 パチパチと拍手をして受け取るので、話はそこで終わりと思った。


「で、つきあう?」

「いやですね」


「なんでよ!?」

「だって付き合ったら、想像できますもん。鈴鹿さんと自分の未来が」


「まじかよ……」


「たぶん、今日OKしたら、その足で体の関係になって、鈴鹿さんに色々されちゃうんでしょうね、知り合い……いえ、もうすでに、友達として、気に入ってるので最初は楽しめると思いますけど、きっとそのうち鈴鹿さんが飽きて、いろんな人と浮名を流して、──私は情が厚いほうなのでまあまあなショックを受けます。最長二週間ってとこでしょうか?

 でも、どこかでわかっていた痛みなので、あとくされもなく、鈴鹿さんとまた、遊ぶような関係に戻るんですよ。

 その間、たぶん3週間ほど?

 だから、体の関係の部分だけが、無駄なんですよね…」


「んなあ…」


 机に倒れこむ、鈴鹿。チョキチョキと”体の関係部分”だけを、指で切るような仕草で、萌果が言う。


「だからこうして、遊んでればいいじゃないですか」

「シテみたくても?」

「そうです、体の関係なんかなくても平気ですよ!さ、もうやったつもりになって!今から、やった後のふたりです」


 萌果は足を組んで、持ってきたオレンジジュースを一口飲んだ。

 スマホをいじって、SNSをチェックする。なにもこの世の中に変化がない。

 いま、起こっている変化のほうが、萌果には一大事だった。



「やってみないとわかんないこと多くない?めっちゃ楽しいし、お互いのこと一瞬でわかるのに」

「一瞬でわかってたまるもんですか、そんな安い女じゃねーんですよ、あなたに飽きられてもつまんないし」


「……?」


「わかんなきゃそれでいいですけど」


 ピンポンと呼び鈴を鳴らして、店員さんにショートケーキを頼んだ。


「告白のお礼に、今日は私が奢ってやりましょう、鈴鹿さん」



 ケーキを食べながら、鈴鹿は萌果をじっと見つめる。


「もしもさ、あたしが萌果の想像を越えたら、つきあえる?」

「まだつづけます?しつこーい、ねちっこい!やだ~~!」


 鈴鹿は言うと、今まで対面に座っていたのに、萌果の隣に座った。手をつなごうとして、一瞬ためらって、やっぱりつないでしまう。

「だから、そういうのはちょっとシチュエーションを考えてくれないと、ときめけないですね」

「ん、まあいいじゃん、今したかったんだもん」


 無邪気に、手の甲に口づけをする。(ほら、もうあっという間に侵食して、体の関係まであと少し)想像できてしまう未来に、萌果はがっかりする。


「鈴鹿さんはそういうの、ないっておもったのになあ」


「じゃあどっかデートいこっか」

「鈴鹿さんのポリシー曲げてほしくないですね」

「んん?だって、えっちより喜ぶんでしょ?手をつないで、ずっと先まで一緒にいて、喜びを分かち合って、ご飯を食べて?一年半後にセックスして、気持ちいい関係のままずっといるんだっけ?」


 鈴鹿の無邪気な、人好きの笑顔に、萌果は異常に腹が立ってしまい、真顔で言った。


「他の人と、同列にすんなって言ってんですよ」


 ケーキを食べた。


「……萌果、あたしのこと好きじゃん?」

「嫌いに決まってますが?」

「飽きられたくないとか、ポリシー曲げんなとか、超絶好きじゃん」

「思い上がりも甚だしい」


 萌果が奢ってくれたケーキを食べつくして、鈴鹿はつないだ手を、恋人繋ぎをした。



「だってもう、萌果とこうして遊ぶようになって半年だよ?」

「半年の間に、何人とえっちしてるんですか…」

「んふふふ、確かに」


 ぼんやりと暮れていく、ファミレスの大きな窓を見つめた。逢魔が時という時間が、萌果は好きだ。オレンジ色の夕日が紫色になって、紺色の、一瞬の煌めきのグラデーションを、愛している。そんな時間に現れる、ケダモノのことも、嫌いではない自分がいる。


あまいトッピングをすれば、ずっと、愛してしまうことも、わかっていた。

(泣くのがわかっていて、手を出せる相手じゃ、ないんだよ)


「萌果の手も、好きだなー…でもまあ、あたしが、好きなだけだから、いっか」


 ケダモノのくせに、お日様のように人当たりの良い笑顔で、鈴鹿が微笑む。

 萌果は、もしかしてぜんぶ嘘で、鈴鹿は自分にあいたいが為に、作り事の話を用意していてくれたのかもしれないと思いついては、(この狂犬の恋を、純愛にしようとするのはいけない)と自分を戒めた。


 鈴鹿は狂犬だ。

 純愛を愛する、自分の手には余る。


 (平穏無事に、人様の恋愛をこれからも楽しんでいきたい)


 それが萌果の夢だ。


「恋にはならないですよ、たぶん」


「それでも、いいよ」


 鈴鹿に微笑まれて、くらりと視界が揺れた。狂犬が懐に入り込む恐ろしさを知った。喉元をかみちぎられるか、誰よりもなつかれてしまうか、そのどちらでも、自分の手には余る愛だと思った。


 つないだあたたかな鈴鹿の手を振りほどけないまま、萌果は暮ゆく空を眺めた。

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狂犬は恋に従順 梶井スパナ @kaziisupana

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