第7話 さようならからはじまる

 薄暗い部屋で、小さく汗が、飛び散った。

 肩までの髪を掻き上げて、女性は甘い声を我慢せずに楽しんでいる。


「あ…は♡」

「すごいスゴイ、良いかんじ。女、すきなの?」

 鈴鹿は、嬉しそうに問いかけた。

「うん、大好き!!」

 無邪気に言うので、(気が合いそうだな)と愛嬌のある八重歯を見せてほほ笑んだ。

「特に、鈴鹿ちゃんみたいな子が好きなんだけど、タチってめずらしいね?」

「そういえば、たちっていうんだってねえ」


 指を器用に動かしながら、鈴鹿は萌果からの指南を思い出す。

「それも知らないで、こんな、あ!…ねえ、話してるとこでしょ♡」

「だって、すっごい濡れるから。もしかして、ダメって時にされると興奮するタイプ?」

「ええ、そうかなあ?どうだろう?会議中とか」

「ああ、じゃあ目を閉じて、今が会議とか思ってたら?」

「無理だよ、お家だし♡」

「大丈夫いけるって、想像して♡」


「んもう♡じゃあ…想像してみるけど」


 鈴鹿は、女性のタイトスカートをぐいと、乱暴に引き上げ、その隙間に舌を這わせた。



 :::::::::::::


「五万円はやっぱ多いな???」

「犯罪だっつーかよ~、京さんとはどうなったんですかあ?さっそく浮気?」

夕暮れのファミレス。午後五時。

逢魔が時のケダモノは、ずいぶんとご無沙汰だったが、その日も乾萌果の前に現れ、猥談を話すとお金を見せつけた。最後に出会った時に、京という女性と恋を続けてみると言っていた鈴鹿だったが、明らかに違うOLとの猥談に、萌果は尻込みもせず問いかけてしまう。


「別れた」

「はやっうける」


 ファミレスでドリンクバーを頼んだ後、いつもより混んでる店内で萌果は笑う。


「恋の方は、じゃあする前に?」

「まあ、一応数日は!」


 萌果はオレンジジュースを取りに行ったついでに、鈴鹿の氷ましましジンジャーエールをとってきてあげる。

「いちおう、恋愛お疲れ様でした!」

「おー、サンキュー。今日はケーキとか食べちゃおっかなー」


「へえー、傷ついた感じなんですか?」


 萌果は、普通の人になら絶対言わないだろう言葉を鈴鹿に投げつけて、ヤバいと一瞬、戸惑った。


「恋が終わる理由とかも、推理できるの?」


 全く気にしてもいなそうな鈴鹿が、ケーキメニューをみながら、瞳だけそちらに向けて、萌果に聞いた。

「推理って!妄想してるだけですけど」

「いや、あの純愛メーカー、絶対推理じゃん」


「っていうか、よくある話を、好きな風に味付けしてるだけですし」

 萌果は、オレンジジュースをひとくちのむ。


「やってみてよ」

「んんー、傷つかないですか?」

「どーかなー、なんか実感ねえーって感じなんだよな?あたしがなにしたんだー?ってくらい感謝して捨てられた」


「へえ、どんな?」

 萌果は少しワクワクする気持ちをおさえるように聞いてみた。さすがに、失恋をおもちゃにするようで気が引けた。しかし、鈴鹿がいいというので、脳内の恋愛メーカーが少しだけ稼働した。ビターなチョコレートが、あふれそうな気分だ。


「お、興味ある感じか?」


 鈴鹿は、イチゴのショートケーキと、オペラを頼んで、それ用のコーヒーと紅茶を持ってきてから、はなしはじめた。


「仲良くセックスしたり毎日、京の家に入り浸ってたんだよね」

「ふんふん」


「京、自宅が仕事場だから、あたし用の部屋作ってくれたんだけど、そこにきて、セックスして、仕事に戻ってーみたいなサイクルができてたんだけど、だんだん、部屋に来てくれなくなってさ、お金だけ渡されるよーになったんだよね」


「なんすかその、淫靡な…」


(いや、デリヘル囲ってるみたい…こわっ)萌果は、頭の隅で思ったけれど口には出さなかった。


「で、昨日、学校から家行って飯作ってから、京の家に帰ったら、京が「別れてくれ」って言ってきて」


「えっそんな…──鈴鹿さんはどうおもったんですか。承諾したんですか!?」

「おけー!って帰って、途中で拾った女の人とホテルに泊まって、学校いってきた」

「はあ?」

萌果は、さすがに人の心を疑う。


「いっいちおう、理由くらいは聞いてあげた方がよくないですか?」

「なんで?めんどくない?決めたらそれで決まりなんだしさ!駆け引きもあほらしいし」


 萌果は驚いて、鈴鹿の前にならんだ、美しいケーキの造形に心を癒して貰った。無機物は良い。目の前の無邪気な褐色美少女が、あまりにも心のないケダモノすぎて、戸惑う。


「じゃあ、京さんは」

「うん、なんかお礼言ってた。いままでありがとーとか、満たされたーとか、そんで10万円くれたから、昨日から、あたし、15万円持って学校いってんの、うける」


「今回は手切れ金だけど、とりあえず未成年に手を出してることは変わらないので犯罪なんですけどね…」


「恋人でも?」

「そこまじで、なぞですけど、そーなるんですよねえ」

「へえー」


 萌果はイチゴのショートケーキと、オペラをひとくちずつ食べると、萌果にイチゴのショートケーキをスッと渡した。

「なんですか?」

「今日はチョコの気分だったから、食べて」

「食べ残し、たべたくないし、太るんですけど」

「イチゴ乗ったままだしいーだろ、ビタミンCは体にいいぞ」


 うげーという顔をして、先端の三角が無くなっているイチゴのショートケーキを見た。…萌果はその三角を愛していたので、より、ショートケーキが可哀想になる。


「丸なら欠けてても味わいがあるのに、三角のとんがりが無くなるとどうして悲しいんだろう」


「完璧とか思うからじゃねえ?美味しいものはどうなろうと、美味しいぞ」


「はー、深いんだか浅いんだかわからない発言、どうもです」


「あ、そうそう、付き合ってる間に、一度ケーキをあたしが作ったんだけど、京が床に落としちゃってさ。すげえ凹んでるから、あたらしいの、作るの時間かかるし買ってきたんだよな。そしたら、「それは食べない!」って言われて、だからあたし、ケーキ喰いたくて」


「誕生日とかで?」


「んん?別に食べたくなったら作るんだぞ、ケーキは」

「へえ、そうなんですか」


「やっぱ自分で作ったやつ喰いてえな、帰ったら作ろ…」


 目の前のオペラを完食しておいて、鈴鹿はそういった。


「うむむう」


「お、唸ったけど、どうよ推理は」

「まだ材料が足りないですね。…もしかして、鈴鹿さんと京さんって、一緒にご飯たべてないです?」

「お、そうだぞ、京が時間合わなくて」

「んん…じゃあ、デートとかは」


「ほとんどセックスしかしてないな…でもそれはよくない?いいでしょ?最高のやつじゃん??」


「ケダモノの意見は聞いてないんで、落ち着いてください」


 萌果は猛獣使いってこういう気持ちなのかなと思ったが、きっと彼らは、動物に対して深い愛情があるので、絶対にこういう気持ちじゃないといいなと、思った。


「では、プレゼントは」

「すごいくれた!通販ですげえ、色々…リングにネックレスに、カバンに…新しいスマホ」

「……京さんは社長さんなんですよね」

「あー…そうね、そうだわ。そんで、昨日の夜、抱いた女が部下」


「待って、そういうのほんとやめてください」


「部下とどうやってしりあうの?」

「京の家から出たとこを、攫われたかんじ」


「あ~…それ完全に、社長からの、ご達しじゃないですか、お家まで送ってあげて、ってやつです」

「そうなの?」


「部下さん、なにか言ってました?」

「えーと…「京は勝手だから」とか?」

「あとは…」

「ああ~~おぼえてないな、渡さないとか渡すとか…。あ!そいや、京から貰ったUSBを、渡す渡さないっていう話だった!」

「あら!」

「そんで、渡した!」

「ええ!?」


「だけどさ!うっけるんだけど、USB、家に忘れてたんだよね、渡したのは、フツーに部下の女の濡れ場写真?つーの?勢いで撮ったやつ!」


「あ~~~……」


 萌果は、なんとなく嫌な予感がしたが、その鈴鹿の手に持つUSBが、なにか嫌なものの予感がして、鈴鹿の手から奪うと、蓋を外して、ケーキの中に突っ込んだ。


「え!?」

「行きましょう!!全部忘れて帰りますよ!!」


「えええ???」


 ──数日後、小さいネットニュースに聞き覚えのある犯人の名前が、脱税の話題で躍っていたけれど、萌果は見ないことにしたし、鈴鹿は、ニュース事態を見ることはなかった。









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