終章 動き出す、時間

動き出す、時間


王歴二一○○年 八月一日


 第七王国での革命が終結して、一ヵ月以上が経過した。


 季節はすでに真夏真っ盛りだ。うだるような暑さが、今年も日本列島に襲い掛かる。


 しかし、そんな中でも涼しさを感じることのできるオアシスは存在する。商業ビルや飲食店、そして、交通機関などでは、空調を回して快適に過ごせるようにしている。お客様をおもてなしする必要のある施設では、当然のことだろう。


 第七王国王都センダイ駅から第一王国王都トウキョウまでを一直線に結ぶこの高速鉄道でも、車窓から見える陽炎とは打って変わって快適な室内温度を維持していた。しかし、この列車が快適なのはそれだけではない。豪華な内装、ちょっとした会談も出来るような飲食スペース、そして、普通の列車ならば必要のない訓練の行き届いた客室乗務員まで、それらすべての要素が、この列車に乗っているお客様がただの「お客様」ではないことを証明していた。


「それにしても、あれからものすごいバタバタしてたね」


 豪華列車の一両をまるまるくり抜いたキャビンで、テーブルの上に用意された冷たい飲み物を飲みながらふわふわと優しい笑みを浮かべる少年――成宮ユウヤが、目の前にいる少年少女二人に話しかける。


「全くだ。王の業務がこんなに忙しいとは思わなかったぞ」


 疲れ切った様子でがさついた髪型の少年――月光カツヤは答える。


「革命の際に損傷した建物の修繕、王国軍と憲兵隊の再編成、奴隷兵にされた人々へのメンタルケア……、やることが多すぎんだろ」


 僅か一ヵ月半の間に処理した激務を思い出し、カツヤはげっそりとしながら頭を抱えた。


「じゃあ、王様やめる?」


「まさか」


「だよね」


 カツヤとユウヤはお互いに見合って笑った。そんな年頃の少年らしい会話を、カツヤの隣に座っている上品そうな漆黒の髪の少女――四条アザミが、何やら深く考え込んだ様子で見つめる。


「どうしたの、アザミ?」


 ユウヤは心配してアザミに話しかけるが、アザミは一言「大丈夫」と答えるだけだった。


 素っ気ない態度でどうしたらいいか分からずユウヤが困惑していると、カツヤが耐えきれずに肩を震わせてクスクスと笑う。


「心配すんな。どうせこいつは、成宮とどう話をしたらいいのか分からなくて困ってるだけだからさ」


「あなたねっ⁉」


 アザミは立ち上がって、カツヤに右手を向ける。


『余計な事言わないで頂戴』


 精神操作の権能がカツヤへと発動する。しかし、カツヤの身には何の変化も訪れない。


「残念だったな‼ お前は今、俺の配下である貴族だ‼ お前の権能なんぞ、これっぽちも効かねぇんだわ‼」


 アザミは悔しそうに奥歯をかみしめる。


「最ッ悪。いつか革命起こすわよ」


「無理だろ、お前貴族なんだから」


 ギャンギャンワンワンと喧嘩する二人を見て、ユウヤは思わず微笑んでしまう。


「(よかった。あんまり思い詰めていなかったみたいだね)」


 革命が終わってすぐに、アザミはカツヤの貴族となった。事情があったとはいえ、第七王国前国王の非人道的な計画に加担していたことを、アザミはずっと後悔していた。


 最初は「しかるべき罰を受ける」と身柄の拘束を自ら望んでいたが、「罪の償いをしたいのなら、俺の配下となって第七王国の復興を支えろ。それがお前のやるべきことだ」とカツヤから言われて考えを改め、再び第七王国の貴族となった。


 しかしそれでも、アザミの気は晴れなかった。第七王国の一般市民はすでに、前国王の所業を知っている。当初は奴隷兵に懐疑的な人たちも多かったが、元国王の演説後に意思とは関係なく戦いを強要された人や、巨人兵が一般市民を虐殺した瞬間を見た人が多数いた上に、解放された元奴隷兵の人たちが積極的に自身の身に起きたことを証言したため、今では大多数の第七王国民が革命軍を支持している。


 そんな中で王原シュウゾウの前貴族であった四条アザミはどう思われているかというと、カツヤたち革命軍のフォローもあって「国王の非道を知った四条アザミは、ひそかに革命軍に協力をして革命成功に貢献した」という評価を下されている。難民のメンタルケアを行っていた聖女という印象も相まって、アザミを非難する声は少ない。


 だが、周りがどう思おうが、アザミは自分で自分のことを許せないでいた。むしろ周りの評価と自己評価のギャップが、かえってアザミを苦しめていた。


 自傷するようなアザミの様子を、ユウヤはずっと気にかけていた。ユウヤも第七王国の復興作業を手伝っており、革命以降ずっと忙しくしていたため、改めてアザミとゆっくり話す時間を取れずにいた。通りすがりや会議中に見かけるアザミの浮かない顔に、ユウヤはずっと「自殺でもしてしまうのではないか」とハラハラしていた。

だからこそ、こうやってカツヤと言い合いをするアザミの姿に、心底ほっとしていた。


「あ~、ところでよ、成宮」


 アザミとの言い合いを止めたカツヤが、真面目な顔でユウヤに話しかける。


「例の件、やっぱりだめか?」


「例の件って……、あぁ、僕が貴族になるって話?」


 ユウヤはかねてより、カツヤから貴族にならないかと打診されていた。ユウヤが上げた功績は、凄まじいものだった。貴族二人を無力化し、実質的に元国王を倒した一級の権能使いであるユウヤは、成果的にも戦力的にも貴族となるべき人材だった。


 しかし、


「何度も言っているでしょ。僕は、貴族にならないよ」


 ユウヤは貴族になろうとは、つゆほども考えていなかった。


 頑なに笑顔で断るユウヤに、カツヤは残念そうな顔をする。


「なんだかなぁ……。俺は、お前みたいな奴にこそ、貴族になってほしいんだがな」


 カツヤがそう思うのも無理はなかった。貴族は国王の腹心であり、国家を支える傑物として一般市民から多大なる賞賛を受ける。どんな勲章にも負けない最高の栄誉だろう。カツヤはユウヤにこそ、この栄光を受け取ってほしかった。


「それに、今なら俺の権能が使えるようになるという特典付き! 寝っ転がりながら遠くにあるテレビのリモコンとか取れるから、利便性も抜群だぞ⁉」


 貴族は主君たる国王の権能の一部が使えるようになる。カツヤとしては、ユウヤと権能を共有できるという点にちょっとだけ男の友情の証のような特別感を感じていた。


 ちなみに、これは後に判明したことだが、前国王の貴族はこの性質により奴隷兵への命令権を保有しており、命令を下せたのはあくまでも国王と貴族のみだった。故に、王国側の人間であれば誰でも奴隷兵に命令を出来たわけではなかった。


「ははは、確かにそれは便利かもね」


 おどけた様子で勧誘するカツヤに、ユウヤは冗談で返す。だがすぐにユウヤは真面目な顔になった。


「でも、ごめんね。やっぱり僕は貴族になるべきじゃない。僕のこの権能――ケースゼロは、本当に危険な代物だ。僕がその気になれば、もしかすると第七王国から、いや、日本連合王国からすべての権能を奪い取ることだってできるかもしれない。だからこそ、隠さなきゃダメなんだ。きっと、このケースゼロの存在が知られたら、その危険性を警戒されて無用な戦いが起きてしまう」


 ユウヤはじっと自分の右腕を見つめる。自身の中にある力の危険性を理解しているからこそ、ユウヤは貴族になるわけにはいかなかった。


「あ~、それは分かってるんだけどさ、やっぱり、あ~クッソ」


 カツヤは悔しそうに窓の外を見た。カツヤとてそれくらいは分かっているが、それでも賞賛を浴びるべき人物が適切な評価を受けられないことにいら立ちを覚えていた。


 そんなカツヤの心情を理解しているユウヤは、ふわっと微笑む。


「ありがとう、カツヤ。……僕も、表から第七王国を支えることは出来ないけど、裏側からカツヤの力になるよ」


 自身の心を見透かされてしまったカツヤは、恥ずかしそうに肘をついて窓の外を眺める。


「まっ、貴族になりたくなったらいつでも言ってくれ。柏木さんみたいに、貴族であることを隠しておくことだってできるわけだし」


「うん」


 カツヤとユウヤはそのまま、黙りこくってしまった。だが、車両内には男の友情ともいえるなんとも言えない空気が漂っていた。


「(な~にかしら、この気持ち)」


 ただ一人、隣で二人のやり取りを見ていたアザミは、少しだけ疎外感を覚えて嫉妬した。


 そんな中、列車放送の開始を告げるチャイムが鳴る。


『お客様にお知らせします。当列車は、間もなくトウキョウ駅へ到着いたします。本日もご乗車いただき、誠にありがとうございます。繰り返しお知らせいたします。当列車は――』


 車掌の生の声ではなく、録音したものであろうアナウンスを聞き、カツヤとアザミは立ち上がって下車の支度を始めた。


 数分後、列車がトウキョウ駅のプラットフォームに到着し、ゆっくりと停車した。カツヤ、アザミ、ユウヤの順番で列車のドアの前に立つと、ドアがゆっくりと開き、事前に第一王国へ入国していた宝田やサキといった元革命軍・現第七王国主要メンバーの面々がずらっと並んで敬礼し、三人を出迎えた。


「ご苦労」


 カツヤはそう言うと、プラットフォームへ降り立った。続いてアザミも下車するが、ユウヤだけは車内に残ったままだった。


「それじゃあ、僕はここで。二人とも、連合会議、頑張ってね」


「あぁ、任せとけ」


 カツヤは不敵な笑みを浮かべた。


 第七王国の国王であるカツヤとその貴族であるアザミは、これから連合王国中の国王が集う連合会議に出席する。国王として初めての外交デビューとなるカツヤには、第七王国の国民だけでなく他の王国の面々からも多大な関心を寄せられていた。


 第七王国は今、日本連合王国で微妙な立場にある。第二王国と同じように革命が起こっただけでなく、前国王が第一王国と第二王国へ聖戦を仕掛けようとしていた。そのような中で、新しく君臨した国王がどのような人物なのか、各国から否が応でもその一挙手一投足に注意を向けられていた。


 それでも、カツヤは自信満々に不敵な笑みを浮かべる。たとえどんな困難に遭おうとも、今の自分たちなら乗り越えられる、そんな自信があった。


 カツヤはユウヤから視線を外し、前を向いて歩き出す。しかし、アザミは列車の方を振り向いたまま、何か思いつめたような顔で動こうとしなかった。


「あ、あのっ!」


 アザミは何度も呼吸を整えると、意を決して何とか声を出した。


「ん? どうかしたの?」


「えっと、あの……、その……」


 優しく反応するユウヤだが、アザミは緊張して続きの言葉が出てこなかった。


「はぁ、全く」


 そんな様子を見かねて大きなため息をついたカツヤは、アザミの横でそっと口を開く。


「少しだけ、時間をやる。だからまぁ、頑張れ」


「えっ?」


 アザミが疑問を浮かべるが、そんなものは無視をしてカツヤは出迎えてくれた宝田たちに向かって声をかける。


「四条アザミは所用で少し遅れる。先に俺を案内しろ」


「承知致しました」


 スーツを着た宝田が一礼すると、第七王国の面々は一様にプラットフォームから出た。心なしか、彼らの中で事情を知っている面々は微笑ましそうな表情を浮かべていた。


「……ほんと、嫌な人」


 アザミは顔を赤くしながら、そう呟いた。


 だが、せっかくのチャンスだ。チャンスを与えてくれた人の言動はキザで気に食わないが、それでも少しばかり感謝をしつつ、前を向く。


「ユ、ユウヤ君!」


 アザミは勢いに任せて、ユウヤに飛びついた。


「おっと」


 ユウヤは少しふらつきながらも、アザミを受け止めてぎゅっと抱きしめた。


「やっと、こうしてちゃんと会えて、本当に、嬉しい」


 感極まった声がユウヤの鼓膜を振動し、思わずアザミを抱きしめる手に力が入る。


「僕も……、嬉しいよ」


 今度はユウヤが、意を決して口を開く。


「あのね、記憶を取り戻してから、ずっと、ずっと、アザミに言いたかったんだ。――僕のために、今までありがとう。そして、ごめんね。辛い時に、一緒に入れなかった。僕は現実逃避ばかりして、何もしてこなかった」


 そんなユウヤの言葉に対して、アザミは首を大きく横に振った。


「そんな……、違うの‼ ユウヤ君は、幸せになるべき、優しい人なの。――私こそ、ずっとあなたを騙しててごめんなさい。ごめんなさい……」


 その謝罪は、第二王国元国王の娘という身分を隠していたことに対してか。それとも、記憶を改ざんしていたことに対してか。あるいは、両方か。


「いいんだ。そんなの、気にしなくていいんだ」


 どちらにせよ、ユウヤにとっては、謝る必要のない事だった。


 そっとアザミから腕を放し、真正面からアザミを見る。アザミの頬には、すっと涙が流れていた。


 ユウヤはアザミの頬に右手を当て、親指で涙を拭き取る。


「いつだったか、同じようなことがあったね」


 在りし日に懐かしさを感じながら、ユウヤは笑う。


「僕の家族はもうみんな、いなくなっちゃったけど、アザミがこうして僕の目の前にいることが、本当に、嬉しいよ。アザミは、僕に残された唯一の家族だから」


 ユウヤのその言葉に、アザミは顔が耳まで熱くなる。


「家族って、それって……⁉」


 期待のこもった目で、ユウヤの目を見つめる。


「うん、僕たちは、家族だ。アザミは僕の大切な家族で、そして、――大切な、妹だ」


「い、妹」


 アザミは思わずガクッとなる。


「あ、あぁ、そっち……」


 期待していた答えと違ったが、本人が何の悪意なくそう言っているのがありありと分かってしまったため、なおさらアザミはいたたまれない気持ちになった。


 落ち込んでいるアザミにユウヤは疑問を覚えつつも、アザミから少し離れる。


「それじゃあ、僕はこれから準備があるから、心惜しいけど、ここでお別れしようか」


 ユウヤが連合会議へ参加しないにも関わらずカツヤとアザミについて行ったのは、第七王国の極秘任務で第一王国に潜入するためだった。列車が車両基地へと入った後、ユウヤもひっそりと行動を開始する予定となっている。


「お互い、頑張ろうね」


 アザミにそう告げると、ユウヤはキャビンに戻ろうとする。


 だが、アザミにはまだ、ユウヤに告げるべきことがあった。ここで会話を終わらせるわけにはいかなかった。


「ユウヤ君」


「ん?」


 名前を呼ばれ、ユウヤは振り返る。


 アザミはゆっくりと詰め寄り、ユウヤの耳元にそっと口を添えた。




「だぁいすき」




「っ⁉」


 突然の告白に、ユウヤは驚きで声が出なくなる。


 アザミがユウヤの耳元から離れると、耳を真っ赤にしたユウヤの姿がそこにはあった。アザミはその様子に満足すると、上目遣いで小悪魔な笑みを浮かべた。


「妹に大好きって言われて、そんなに真っ赤になるなんて、お兄ちゃん失格だね」


 まるでいたずらを成功させた子供のような気持ちが、アザミの心に充満した。


 そのままゆっくりとプラットフォームに降り立ち、ユウヤの方へと再び振り返る。


「私、ユウヤ君のこと、諦めないから」


 魅惑的な笑顔でそう告げるアザミに、ユウヤは目が離せなかった。


「じゃあね」


 恋する少女は、そのまま優雅に歩き出す。それと同時にドアも閉まり、列車は車両基地へと向けて走り出した。


 ドアの窓から、ユウヤは少女を見つめる。


 二人の止まってしまった時間は、今、ようやく動き出した。

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日本連合王国の反逆者たち The Rebels in the United Japanese Kingdom フィリップ ヴァーグナー @PhilippWagner

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