その11
「お前たちは、この日本連合王国の外の世界で何が起きているか理解しているか?」
突然の問いに、一同が固まる。
静寂を破るように口を開いたのは、ユウヤだった。
「学校で習う程度なら。海外にはどんな国があるのかとか、どんな言葉を話しているのか、とか。でも、詳しいことはあまり知りません。そもそも学校でも海外のことなんてあまり勉強しませんし、なんだったらニュースでも外国のことなんて、それほど報道していないので」
ユウヤの言は、一般的な連合王国人の感覚そのものだった。日本連合王国は現在、ほとんど鎖国状態にある。海外との交流を持っていないため、海外への関心が乏しかった。
「であろうな。一応言っておくが、別に王国や連合全体で教育や報道に規制をかけているわけではない。教育する側も、報道する側も、皆さして海外なんぞに興味はないからだ」
興味がない。傲慢にも聞こえるが、それはこの国において単なる事実だった。
「興味がない理由なぞ、言うまでもない簡単なことだな。一般の連合人のほとんどが「外国なんて、権能を持たないのだから何の脅威でもない」と、大なり小なりこのように考えている。そんうだな?」
シュウゾウはカツヤの方を見て問う。
「そう、だな。言い方は悪いかもしれないが、脅威ではないってのは事実だな。たとえこの連合王国が崩壊しても、最悪、各王国単体でも対処できる。俺たちにとって海外ってのはその程度だと、まぁ、認識しているだろうな」
カツヤが歯切れの悪そうにそう答えるのは、一般市民のそういう認識の中には、無意識に権能の有無で物事を判断する差別的な考えがあるからだ。カツヤはそういった権能ありきの考えを嫌っているが、それでも事実なので肯定する。
だが、そんなカツヤをシュウゾウは鼻で笑う。
「本当にそうか?」
シュウゾウの意外なその反応に、カツヤは首をかしげる。カツヤだけではない。アザミも、ユウヤも、シュウゾウ以外の誰もかもが、シュウゾウの言葉の意味を計りかねていた。
「これはさすがにニュースでやっているだろう。「外国の武装勢力による連合への密入国未遂がここ最近増えている」と」
そう言われて、カツヤはユウヤをちらっと見やる。偶然にもユウヤとカツヤは同じことを思い出していた。
もう遠い昔のように感じるが、クラスメートの男子がスマホで「第一王国所領のオガサワラ諸島付近に外国の武装勢力が上陸した」というニュースを見ていたのを覚えている。そんな様子を「自分たちには一生かかわりのないこと」と、ユウヤとカツヤも無関心だったことも一緒に。
「だが、それが何だっていうんだ? 今回の話と、どんな関係があるんだ」
「……なるほど、本当に、お前たちにとって外国は意識の外にあるのだな」
その言葉は、嘲笑とも、哀れみともとらえることが出来た。
「愚息よ、貴様はもっと物事の本質を深く考えるべきだ。――なぜ、外国勢力の介入が増えている? そして何故、奴らが連合王国の領土に侵入できると思う?」
「あっ」
ここへ来て初めて、アザミだけがシュウゾウの言わんとしていることの片鱗を理解できた。
「ほう、小娘は気づいたようだな」
シュウゾウはニヤリと笑う。
「ならば小娘、気づいたことを言ってみろ」
アザミはゆっくりと口を開く。
「……連合王国では、探知系の権能使いが常に列島周辺の探索を行っていて、権能を持たない者が侵入することはそもそも不可能なのよ。侵入者を何人たりとも許さない。だからこそ、連合王国の国境警備は鉄壁と言われているわ。それなのにここ最近は、侵入を許してしまっている。……これはつまり、海外勢力が何らかの方法で探知系の権能を誤魔化すすべを手に入れた、ということね」
アザミの言葉に一同は驚愕した。やっと、シュウゾウが何を言おうとしているのか、ここにいる者たちの全員が悟り始めた。
「確かに、お前たちの言う通り、連合王国にとって外国は今のところ脅威ではない。今も精々、探知系の権能を誤魔化せる程度だ。権能の理を完全に理解せぬ矮小な外の世界など、その気になれば連合王国はいつでも滅ぼすことだってできるだろう。それをやらないのは、我々が世界に興味などないからだ」
シュウゾウの声量が、迫力が、どんどん増していく。
「だが、我々が興味ないからといって、そのような危険極まりない国家を他の国家が何もせずに放置すると、そう思うか? そんなに世は、甘くないッ‼」
ついに張りつめるような怒号がシュウゾウの口から出た。
「日本連合王国を警戒し、敵意を持つ国は多々ある。有名なところで言えば中華資本主義共和国、北アメリカ大陸同盟、シベリア帝国といったところか。この手の海外勢力は現在、協力して対権能兵器の開発を行っている。今はまだ奴らの対権能技術など底が知れているが、これから開発が進めば、いずれ脅威となるだろうな。――その時、世を知らぬ貴様ら連合の民草は、果たして立ち向かえるのか?」
この場にいる誰も、反論できなかった。権能という優位が崩壊した連合王国で、世界各国に対応することなど不可能だと、誰もがそう思った。
「だったら、最初っからそれを説明すればよかったじゃねぇか‼ 海外が脅威だと、第七王国で、連合王国全体で、そう主張すればよかっただけだ‼」
「外の世界を知らぬ権能に盲信しきった輩が、そんな言葉信じるわけなかろうがァ‼」
カツヤの叫びはシュウゾウの叫びによってかき消された。
「俺は何度も何度も何度も何度も、民草に、他の王国の国王に、海外の危険性を訴えた‼ だが、誰一人としてその脅威を理解せぬ‼ 神から与えられた権能を意味もなく盲信し、自分たちを特別な存在だと信じて疑わなかった‼ 特別な自分たちが権能を持たぬ海外に負けるわけがないと、奴らは本気で信じているのだ‼」
大空にシュウゾウの声がこだまする。その雄叫びには、怒りと悔しさが混じっていた。
「……国王の言っていることは、恐らく事実です」
何とも言えない空気の中、口を開いたのは宝田だった。
「以前、父から聞いたことがあります。国王は王太子時代、外国の脅威を訴えていた時期があると。その当時は誰にも相手にされず、おかしなことばかり言ううつけものと揶揄されていたそうです」
宝田にその話が事実か問い返すものは、一人としていなかった。事実かどうかなど、シュウゾウの反応を見れば十分だった。
「……俺は、やられる前にこっちから攻撃してしまおうと考えただけだ。誰も俺を理解せぬというならば、無理やり従わせればいい。武力が足りぬというのなら、作ればいい。他の王が何もせぬのなら、俺が奴らを殺してしまえばいい。そうして、俺がこの世界を支配すれば、誰にも害されない。害す奴など、現れない」
涙など、シュウゾウは流さなかった。もうすでに、一生分の涙を流しきってしまった。
カツヤも、アザミも、ノゾミも、絶句した。シュウゾウから紡がれた言葉の裏に、どれほどの苦難があったのか、どれほどの哀傷があったのか、痛いほどに感じ取ってしまった。
「それが、」
しかし、
「それが何だっていうんですか」
ユウヤだけは、違った。はっきりと、堂々と、シュウゾウの前に立ちはだかる。
「たとえどんなに連合王国の未来を考えていたとしても、どんなにあなたの行動の中に正当性があったとしても、その過程で生まれた悲劇は、決して許されていいものではない。あなたのしてきた行為に、免罪符なんて誰も与えない」
正しければ何をしても良いのか。自分が正義なら、他者は悪なのか。現実の世界は、童話のように優しくはない。
「僕は、僕たちは、あなたの様には絶対にならない」
ユウヤは空高く右腕を掲げる。
『奴隷兵にされた者たちの奴隷化を、全て解除する』
次の瞬間、ユウヤの右腕に鎖で縛られていたものが解放されたかのような感覚が走った。もう誰も縛られていないのだと、ユウヤは実感する。
「……ふっ、そうだよな」
カツヤはユウヤを見て、不敵に笑う。
「俺たちは、あんたのしてきたことを正しいとは思わない。だが、あんたの危惧はしかと受け取った。――俺たちは、あんたとは違う方法でこの国を救って見せる」
剣を上段に構えるカツヤを見上げて、シュウゾウも不敵に笑う。
「良かろう。ならば俺は、地獄からお前たちの選択を見届けようではないか。精々足掻け、小童ども。そして、現実に絶望するがいい」
シュウゾウの首をめがけて、カツヤが力強く剣を振り下ろした。
――剣先が、コンクリートの地面に当たって甲高く響いた。
かつて王と呼ばれた男の骸がドサッと横たわる。その真上に、禍々しい光を放つ一本の黒剣がどこからともなく現れた。
「断罪の剣、か……」
カツヤはユウヤが権能で作った剣を無造作に投げ捨て、目の前にある黒剣の柄を握りしめる。
第七王国の新たな王が、そこにいた。
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