その10
広大な青空が、眼前に広がっていた。
「……」
ビルの屋上で四肢を大の字に広げ、殴られた顔面にビル風を感じながら、シュウゾウは一人、上空を飛ぶ鳥を見つめた。
ユウヤに殴り飛ばされて巨人兵から転げ落ち、背後にあったビルの屋上に落下したシュウゾウは、仰向けのままで右腕を空に掲げる。
「ふっ」
もう権能が使えなくなっていることを、シュウゾウは実感した。
再びビル風が吹き、右腕を優しく撫でた。ゆっくり上半身を起こすと、目の前にはユウヤが立っていた。
「なるほど、俺は貴様の権能を最初から勘違いしていたわけか」
シュウゾウの独り言に、ユウヤは耳を傾ける。
「俺は貴様の権能が権能の強奪で、奪えるのは一度に一つまでと考えていたが、それならテツヒロから権能を奪った後、あの王宮で氷の権能なんて使えるはずがなかった。俺はお前の権能の性質を、――いや、権能そのものを勘違いさせられていたわけか」
自分で自分をあざ笑うシュウゾウに、ユウヤはゆっくりと口を開く。
「いえ、無理もないですよ。僕の権能を一度だけ見たアザミも勘違いしていたみたいですし」
四年前、アザミがヨネザワ市の成宮邸で見たのも、第二王国の刺客が使った氷系の権能をユウヤが奪い、そして使用するところだった。この事からアザミも、ユウヤの権能を権能の強奪だと誤認していた。
「……貴様の権能は、権能の強奪、使用、そして譲渡、だな?」
ユウヤは無言でうなずいた。
「柏木が愚息を倒したあれも、貴様が事前に譲渡していた氷の権能によるものか。あれではさしもの柏木でも対処できまい。俺の前から姿を一瞬消したのも、空中で突如加速したのも、全て他者から強奪した権能か。まことに、規格外の権能だ」
「認識阻害も風力操作も、お借りしただけです。あとで本人たちにお返しします」
不服そうに答えるユウヤに、シュウゾウは少しだけ、微笑んだ。
「あぁ、今日は人生で最悪且つ最高な日だ。まさか俺の野望がこんな小童に破られるとは思いもしなかったが、代わりにケースゼロをこの目で見ることが出来るとは」
「ケースゼロ?」
聞きなれない言葉にユウヤは訝しむ。
「なんだ、貴様は知らずに使っておったのか。なんとまぁ、誠に奇怪よの」
シュウゾウは愉快そうに笑った。
「俺を倒した褒美だ。一つだけ教えてやろう。貴様の権能は、その正体を知る者からはケースゼロと呼ばれている。この世の理を覆す、理の外にある力だ」
理の外にある力。そう聞いて、ユウヤは自分の右腕を見つめる。
「言うとくが、これ以上ケースゼロについては教えん。俺もそれほどケースゼロについて詳しいわけでもないし、それ以前に貴様へ教える義理など、本来無いのだからな」
シュウゾウはそう言うと腕を組んで黙ってしまった。
「――なら、そのケースゼロについて以外なら、教えて頂けますか?」
すると突如、ユウヤの背後から声がした。振り返ると、ノゾミとアザミ、それにカツヤと宝田が立っていた。おそらくノゾミのテレポートで来たのだろう。
「陛下、そろそろ私は本当のことを知りたいのです。今回の奴隷兵と巨人兵を生み出した、本当の理由を」
一同がアザミを見つめるが、シュウゾウは鼻で笑う。
「何を言い出すかと思えば。俺は既に説明したはずだ。俺はこの世界を支配し――」
「そういうことではありません。私が知りたいのは、陛下が何故、この世界を支配したいと思ったのか、そう思い至った背景を知りたいのです」
アザミの言葉にシュウゾウは再び無言になる。
「私は四年間、陛下の側に使えました。これでも精神系の権能使いなので、他の人よりは感情の揺れに敏感なんですよ。その私から見るに、陛下は世界を支配したいという支配欲求以外に、本当はもっと別な理由があるんじゃないかと、常々感じていました」
真摯な響きのある声に、シュウゾウはぴくり反応を示す。だがすぐに馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。
「貴様の勘違いだ。貴様の勘などあてにならんな。――さぁ、そこの小僧、さっさと俺を殺せ。もう俺はここを動かぬ。敗者はさっさと死ぬとしよう」
シュウゾウがユウヤに語り掛けると、ユウヤは金属生成の権能を使い、無言で一本の剣を生み出した。
ゆっくりとシュウゾウに近寄り、剣先を喉元に突き付ける。シュウゾウは死を覚悟し、そっと目をつむった。
だが、ユウヤはいつまで経ってもシュウゾウを誅さなかった
「……あなたを殺すべきなのは、僕ではありません」
ユウヤは一言そう呟くと、カツヤの方を振り向き、剣を刺し出した。
「カツヤ、君がやるんだ。革命軍を率いてこの世界と戦ってきた、君が終止符を打つべきだ。君が、王になるべきだ」
真剣な眼差しでユウヤに見つめられ、カツヤはそっとその剣を受け取った。
カツヤは覚悟を決めてシュウゾウに近づくと、重々しく剣を向けた。
「俺は……」
胡坐をかくシュウゾウを見下ろしながら、カツヤが口を開く。
「俺は、あんたの王の力を奪って、王になる。だから最後に、あんたが何を思って聖戦を起こそうとしたのか、ちゃんと知っておきたい。これは、俺が背負うべき責務だ。だから、教えて欲しい」
それは、命令ではなく願いだった。何一つシュウゾウへ強制はしていない。ただ、カツヤが自身の知りたいという欲求を、シュウゾウにぶつけただけだった。
自分の息子の意外な姿を見て面食らったシュウゾウは、面倒くさそうに頭を掻いた。
「責務、か……」
一言そう呟くと、シュウゾウは大きなため息をついた。
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