その9


 巨大な金属の盾を何十にも張り巡らせて三つのエネルギー砲をしのぐユウヤだったが、決して余裕はなかった。


「(どうしよう、反撃が一切できないっ‼)」


 攻撃を防ぐので精いっぱいだった。金属の槍は全てバリアで防がれてしまうため、大した攻撃にはつながらない。


 だが、対処のしようが全くないわけではなかった。


「(あのバリアは、多分だけど攻撃を受けそうになった時に自動的に出るものではない。あくまでの使用者の意識に依存する手動の権能だ。それなら意表を突けば……)」


 巨人兵がバリアを使う際、必ずシュウゾウが攻撃を目視してから展開されていたのをユウヤは見ていた。バリアをやり過ごすには、この弱点を突く以外にない。


 そんな風に思考を巡らせている時だった。背後で突然、ドサッと重い荷物でも落ちるような音がした。


 振り返ると、そこにはカツヤがうずくまって倒れていた。


「ウゥ……」


「カツヤ⁉ どうしたの⁉」


 ユウヤは知る由がなかったが、柏木によるガレキ打ち出しの攻撃を受けたカツヤは、ガレキが飛ぶ勢いのままユウヤのいるビルの屋上まで大きく吹っ飛ばされ、腹部にダメージを負っていた。


 心配したユウヤがカツヤに近寄ろうとした、その時だった。


「戦いの最中に集中を切らすとは、飛んだ間抜けよ」


 突如、金属の盾で受け止めていたエネルギー砲が全て消え去り、頭上に巨人兵が転移していた。先ほどと同じように拳を構えている。


「しまっ――」


 ユウヤは叫び声を上げそうになるが、とっさにカツヤが自身の服とユウヤの服を権能で操り、数十メートル先のビルへ強引に乗り移った。


 先ほどまでユウヤとカツヤがいたビルは、巨人兵の一撃で粉々となる。


「あ、ありがとうカツヤ……」


「どうってことはねぇ」


 カツヤが腹部を押さえながら立ち上がる。


「ヴゥ‼」


「だ、大丈夫なのカツヤ⁉」


「大丈夫だ。ガレキがぶつかる寸前に権能で強引に後ろへ飛んだから威力はだいぶ殺せたが……、それでもかなり重いのが入っちまった」


 ふらつきながら構えを取るカツヤに、ユウヤは焦りを覚える。


「……カツヤ、正直に答えて欲しい。その怪我で、あとどれくらい戦える?」


「そうだな……、いくらでも、って言いたいが、さすがにそれは虚勢だな。――あと五分が限界だ」


「五分、か」


「歩いたり話したりする分には大丈夫なんだが、柏木さんレベルと戦うにはちとヤバい状態だ」


 二人の問答の間にも、巨人兵と柏木はどんどん近づいて来る。


「もう僕もカツヤも、なりふり構っていられる状態じゃない。――あの手を使おう」


「あの手、か」


 それは、アオバヤマ王宮から一時避難した際に二人で話し合った、最後の最後の切り札だった。


「正直、僕の権能がちゃんと使えるようになったのは本当についさっきのことだから、上手く作動する自信がない。デメリットがある可能性を否定できない。彼らに有効打を与えられるのだって、きっと一発目のみだ。失敗したら、それで終わり。それでも、あれをやるしかないと思うんだ」


 カツヤは考え込む。確かにそれを使えば、この状況を打破することが出来る。しかし、初めての試みである上、柏木ほどの相手では所見殺しの面が強すぎた。


「……まぁ、万事には初めてが必ず付随するものだ。それなら、俺がその初めてになるだけだ」


「それ、誰の名言から引用したのさ?」


「もちろん、俺の名言だ」


 あまりにもキザな発言に、ユウヤは思わず噴き出した。


「笑うなよ」


「笑っちゃうに決まってるでしょ」


 緊迫の戦場で、高校生らしいしょうもない話が繰り広げられる。


 そうこうしているうちに、ユウヤとカツヤを挟み撃ちする形でシュウゾウと柏木が陣取った。


「さぁ、これで終わりだ。小童ども」


 シュウゾウがドスの効いた声で二人に終焉を告げる。二人は大きく深呼吸すると、目の前の敵をまっすぐと見つめた。


「あぁ、終わりだ。――お前らのなッ‼」


 その言葉と共にカツヤは柏木に向かって走り出す。しかし、ダメージが蓄積された身体ではそれほど速度は出ない。


「最後は特攻ですか。感心しませんね。せめて、最後まで勝ち筋を探すべきです」


 柏木は二本の剣を構え、のそのそと突進してくるカツヤに超高速で近づく。どちらの攻撃が先にあたるかは、明白だった。


 剣先がカツヤの喉をかすめ、頸動脈切り裂さかんとする、まさにその時だった。


「な……に……?」


 柏木の身体が突然、氷の中に閉じ込められたかのように動かなくなった。


 首元から出血しながら、カツヤは不敵に笑う。


「絶対零度、ってな」


 その言葉を聞き、柏木は何とか首を動かしてあたりを見回す。すると、カツヤの身の回りから半径二メートルほどの範囲にある物体が、極寒地獄のように凍り付いて動かなくなっていた。


「なる……ほど、こん……な、切り……札が、あった……とは」


 身体がどんどん凍り付き、口が動かなくなっていく。


「お見……事です。カツヤ……さ……ま……」


 柏木はついに、ぴくりとも動かなくなった。


 絶対零度を解除し、その場にへたり込むカツヤだったが、その様子をシュウゾウは驚きの表情で見ていた。


「馬鹿な⁉ 柏木がやられるだとッ⁉ しかも愚息よ、貴様の使ったその権能は――」


 シュウゾウは異変に気付いて言葉を止める。シュウゾウの目の前にいたユウヤが、いつの間にかいなくなっていた。


「小僧‼ どこに行った⁉」


 シュウゾウがカツヤの戦いに驚いて目を放していたのは、ほんの一瞬に過ぎない。その一瞬でシュウゾウが目の前の敵を見逃すなど、あり得ないことだった。


 血眼になってあたりを見渡し、カツヤが立っているビルの隣にある別なビルの屋上を見やる。するとそこには、しゃがみこんで地面に右手をついたユウヤがいた。


「いつの間にッ⁉」


 シュウゾウがそう叫んだ瞬間、ユウヤの足元に金属の丸い柱が突然生成され、その勢いで空中へ吹っ飛んだ。巨人兵の肩にいるシュウゾウの元へ、一気に接近する。


 一瞬のことにシュウゾウは慄くが、この速度と距離ならまだバリアが間に合うと察知し、権能を使って巨人兵にバリアを張るよう命令を出そうとする。


「そうはさせないっ‼」


 ユウヤも理解していた。どれだけ意表を突いても、ビルからシュウゾウの元までたどり着く間にバリアを張られてしまうことに。だからこそ、もう一手用意していた。


 ――突如、ユウヤの背中を押すように強風が吹き荒れ、移動速度が上昇した。


 加速したユウヤにシュウゾウの張ったバリアは間に合わず、目と鼻の先まで接近を許す。


「貴様ッ‼ 貴様の本当の権能は、まさかッ⁉」


 シュウゾウの叫びがあたり一帯へ響き渡る。しかしユウヤはそんな声を気にも留めず、右手に握りこぶしを作る。すると右腕の隣にあった灰色の手が、そっとユウヤの右腕へ融合した。


「これで、終わりだっ‼」


 ユウヤの拳が、シュウゾウの顔面に直撃する。同時に、巨人兵も糸の切れた人形のように力が抜け、バランスを崩して後ろにあるビルへ背中を預けるように倒れた。


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