その8
ユウヤとシュウゾウから少し離れた場所にある高層ビルの屋上で、カツヤと柏木はお互いに構えを取ったまま一歩も動かずに向かい合っていた。武士の果し合いのような緊迫した雰囲気が、あたりに漂う。
「(下手に動こうものなら……、一瞬で殺される)」
カツヤは柏木の全身を隈なく注視し、いつでも権能で攻撃できるように準備する。
「来ないのですか? ――なら、私から動きますよ」
次の瞬間、柏木が全速力でカツヤに接近し始めた。
「クッ‼」
身体の周りに浮かせていた十個ほどのガレキを全て、一気に柏木へぶつける。しかし柏木はガレキを切り裂いていとも簡単に対処してしまった。
「芸がないですね」
どんどんと距離を縮める柏木だったが、カツヤの攻撃はこれで終わりではなかった。二人の立っている高層ビルが突如、斜めに傾いた。
「これは……⁉」
ビルの屋上が滑り台のようになり、斜面の下にいた柏木は足を滑らせてゆっくりと落下する。その隙にカツヤは斜面の上、ちょうど屋上の縁の部分に移動して柏木の様子を伺う。
「オイオイマジかよ」
だが、ゆっくりと物見をしている暇などなかった。柏木は自身の周りの重力を操ってビルの側面に立つと、カツヤの方に向かって全速力で駆け出した。
「あんたは忍者の末裔か何かなのかよッ⁉」
カツヤはすぐさま自分の着ている服に権能を使うと、そのまま服を強引に引っ張って真後ろにある別なビルへと飛び移った。
先ほどカツヤがいたビルの縁に今度は柏木が立つと、感心した様子で隣のビルの上にいるカツヤを見つめた。
「先ほどの言葉は訂正いたします。足場そのものを傾ける戦術には驚きました。……本当に、権能の使い方が、いえ、戦い方が上手くなりましたね」
「敵に褒められても嬉しかないですよ。でも、柏木さん。あんたは本当に、強い。等級の高さイコール戦闘力の高さなんてこれっぽっちも思ってないが、それにしてもあんたは強すぎる。こんなの、一級の植田が可愛く見えてくるレベルだ。正直、国王の座にふんぞり返ってるあのクソ野郎なんか、貴族でなければいつでも殺せただろ。なぜ、あんなのに付き従ってんだ」
カツヤの問いに、柏木はふっと笑った。
「なぜ、ですか。そんなの、私が陛下をお慕いしているからですよ。私の命が今こうしてあるのは、全て陛下のおかげ。私の力は、陛下の物。陛下が望まれた時に、私は力を振るうだけです」
柏木のシュウゾウに対する忠臣ぶりに、カツヤは思わず首を傾げた。一瞬、柏木の様子から強化の儀という単語を思い出した。
「あぁ、強化の儀は受けていませんよ。私は元から二級です。……カツヤ様がご理解できないのは無理もありません。理解していただきたいとも思っていません。私は、私を救ってくださった陛下に尽力する。――だからこそ、陛下の命であれば、陛下のご子息でも容赦しません」
次の瞬間、柏木がノーモーションで走り出した。
「ッ⁉」
まるで古武術のようなその動きに、カツヤは反応が遅れる。何とかもう一度服を操って強引に隣のビルへ飛ぼうとするが……、
「遅い」
すでに柏木が権能の効果範囲である二十メートル以内に近づいており、手遅れだった。全身に強烈な重力が加わり、身動きが取れず膝をつく。
「これでおしまいです」
右手に持つ柏木の剣がカツヤの喉元を一直線に突こうとする。しかしカツヤはとっさに、自身の背後にあらかじめ待機させておいたガレキを柏木の腹部目掛けて弾丸のように飛ばした。
「(なるほど、先ほどビルを傾けた時に準備していたようですね)」
柏木が驚いたのも一瞬だった。すぐさま剣の向きを変えてガレキを切り裂いた。
だが、それはあくまでも一手目だった。柏木の背後で大きな地響きが鳴り、辺りが影で暗くなる。
「これは⁉」
先ほど傾けた高層ビルがまるで畑の大根のように引っこ抜かれ、宙に浮いていた。ビルはそのまま、カツヤと柏木のいる所をめがけて急速に近づいてきた。
「まさか相打ち狙い⁉」
柏木はすぐにカツヤへ使っている重力の権能を打ち切り、ビルを回避するためにそのまま右横へ大きく飛んだ。
すでに柏木がいなくなり、その場にいるのはカツヤだけにも関わらず、ビルは動きを止めない。このままではカツヤがビルに押しつぶされてしまう。
「まだだッ‼」
ビルがカツヤにぶつかる直前、突如ビルの動きがぴたりと止まった。カツヤは右腕を空高く掲げると、右手で拳を作った。
その瞬間、ビルが粉々となり、空中を漂っている柏木目掛けてガレキと化したビルのなれ果てがマシンガンのように打ち飛ばされた。
「悪いな柏木さん、俺の勝ちだ」
常人ではさばききれない量のガレキが、柏木を襲う。二本の剣で切り裂くには、物理的に不可能だった。
――だが、柏木は常人などではなかった。
「は?」
柏木は飛んでくるガレキを対処できないと判断すると、ガレキを切り裂くのではなく剣の側面で打ち出すことで他のガレキへぶつけ、更にそのガレキが連鎖的に他のガレキへぶつかるという、まるでビリヤードのような手法でガレキによる砲撃を回避していた。
「うっそだろそんなのアリかよ」
「えぇ、アリですよ」
気が付くとすでに八割以上のガレキを柏木は対処し終わっていた。飛んでくるガレキの上を飛び回りながら近づいて来る柏木に、カツヤは本格的に恐怖を覚えた。
「まだ忍者の方がマシじゃねーか‼」
もう一度、自身の服を権能で操って距離を取ろうとする。
「それはもう見飽きました」
柏木は近くにあったガレキの重力を操って極限まで軽くすると、左手に持つ剣をまるでバットのように構えた。
「その場にあるものを利用して戦う戦法、非常に感服致しました。お返しに私もその戦法を真似ようと思います」
柏木はそう言うと、左手の剣を大きく振ってガレキを打ち飛ばした。ガレキの初速はそれほど早くなかったが、柏木の身から二十メートル以上離れた瞬間、権能の効果が切れて本来の重さを取り戻したガレキが猛スピードで動き出し、カツヤの身体に直撃した。
「ウゥ‼」
身体に強い衝撃を受けるが、ガレキは止まらない。そのままカツヤは遠くまで勢いよく吹き飛ばされた。
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