その7
「来ているのは僕だけではありませんよ」
ユウヤはそう言うと、ビルの下を指さした。そこでは、宝田たち革命軍の幹部たちが、せわしなく動き回っていた。
「そこのビルの影に潜伏しているのは奴隷兵です! ガレキの上に立っている右前方の女性も同じく奴隷兵です! 確保を!」
「了解!」
宝田が指示を出すと、革命軍の隊員の一人が手のひらから長いロープを生み出して奴隷兵に投げ飛ばす。ロープが絡まって身動きが取れなくなると、今度は別の隊員が空中でセメントのような物質を生み出し、奴隷兵の動きを完全に止めた。
「財前さん! 今のうちに確保を!」
「承知致しました」
音も無く突如現れたノゾミが拘束された奴隷兵に視線を向けると、奴隷兵がその場から消え失せた。
「あ、あれは四条様の側近の……? オイ‼ あんた何してんだ⁉」
言動の噛み合っていない一般市民や狂信的な味方の兵士に混乱していた先ほどの王国軍の女が、敵であるはずの革命軍と一緒にいるノゾミを見て訝しむ。すぐさま手に持っていたアサルトライフルを構えてノゾミへ向けて警戒態勢を取った。
「私の大事な友達に何をしているのかしら。――『ここから全力で避難しなさい』」
女がその声を聞いた瞬間、自我が何か得体のしれないものに浸食される感覚が全身に走り、意識が徐々に刈り取られていく。いつの間にか持っていたアサルトライフルを投げ出し、全力で戦場から脱出しようとしていた。
「あ、あなたは……」
意識が落ちる寸前、ノゾミからしばらく離れたところにふわふわとした漆黒の長髪をなびかせる一人の少女を見た。
「まずは一人、と」
上品に戦場を闊歩する少女――四条アザミは、振り返って宝田の方を見やる。
「奴隷兵以外の王国兵は任せて頂戴。私が何とかするわ。……けれど、奴隷兵の方は申し訳ないけどそちらにお願いします。私の権能では、洗脳を解くことは出来ても陛下の権能を上回って行動の強制をすることは出来なので」
申し訳なさそうにしゅんとするアザミを見て、宝田は少しだけ微笑んだ。
「お任せください。もとより私たちは奴隷兵を救うためにここへきているのですから」
アザミはどこか安心したような顔をすると、ユウヤのいるビルの屋上を見上げた。
「ユウヤ君‼ ここはあと一分ほどで一般市民を含めたすべての人の避難が完了します‼ 私たちのことは気にせず、全力で戦って‼」
その言葉を聞いて少し安堵したユウヤは、再びシュウゾウの方を振り返った。一方、シュウゾウはつまらなさそうに、しかし同時に苛立っているかの表情でユウヤを見やる。
「関係のない人々を巻き込まないためか、実にくだらない」
シュウゾウ自身無意識なのか、刺々しさがにじみ出る。
「問おう、小僧。貴様は何ゆえに俺の邪魔をする? テツヒロを倒したと聞いてから、貴様の事は柏木に調べさせた。どういうわけか四年より前の記録はさほど見つからなかったが、少なくとも調べのついた四年間については、平凡な日常を送るただの民草に過ぎなかった。今回の騒動にも、ただ単に巻き込まれただけだろう。なのに、なぜ貴様は俺の前に立つ? いかなる正義感が、貴様を突き動かしているのだ?」
巻き込まれただけ。それは、確かに事実なのかもしれない。ユウヤは今、戦う必要のない戦場に立っている。今ここで逃げ出しても、誰もユウヤを責めはしないだろう。しかし――、
「正義なんて、僕はどうでも良いんです。ただ、自分がこうすべきだからここにいる。目の前に苦しんでいる人がいるのに、それを見ているだけの人間にはなりたくない」
自分の中にある信念を曲げたくない。それだけがユウヤの原動力だった。
「幼い。世を知らぬ子供の戯言だな」
今度はいらだちを一切隠さず、シュウゾウは吐き捨てる。
「上手くいかないからといって周りに当たり散らしているあなたの方こそ、子供の戯言ですよ」
もはやユウヤは目の前の男の言葉など聞いていなかった。右腕を前に突き出し、権能を使う準備をする。右腕の隣には、いつものように灰色の手が浮かび上がっていた。
「鉄の槍よ、来い」
ユウヤの背後に無数の鉄の槍が生み出される。槍が高速に回転し、巨人兵の元へ飛んでいこうとした、その時だった。
「陛下、お守り致します!」
普通の人間ならば出すことのできない速度でビルの屋上を走りながら柏木が近づいてきた。
攻撃に備えてユウヤは鉄の盾を出すが、背後から近づいて来る別な人影を認識すると、鉄の盾をすぐに消した。
「いいや、あんたの相手は俺だ、柏木さん」
柏木の目の前に大きなガレキがいくつか飛んでくる。柏木は動揺することなく、ガレキを二本の剣で切り刻んだ。
「カツヤ様……」
ユウヤの左横にはいつの間にか、カツヤが立っていた。
「こっちは俺に任せろ!」
「任せた!」
ユウヤの返事を聞くと、身の回りに十個ほどのガレキを漂わせているカツヤは柏木の方へ向かって走り出した。無数のガレキを足場のようにして飛び回り、ビルの屋上を軽やかに移動している。
「愚息が……」
大きな舌打ちを打つシュウゾウだが、その隙にユウヤは無数の鉄の槍を巨人兵へ今度こそ放つ。しかし、巨大な青白いバリアが巨人兵の前に現れ、全て防がれてしまった。
今度はシュウゾウが反撃する番だった。右手を軽く上げて巨人兵に命令を出すと、巨人兵の口と、更には両手の掌に膨大なエネルギーが集まる。
「口からだけじゃないのか……!」
奥歯をかみしめるユウヤだったが、素早く鉄から高熱に耐えられる別な金属の分厚い盾を生み出し、三つのエネルギー砲を全て受け止める。
「なっ、いない⁉」
攻撃が終わって金属の盾を解除すると、目の前には誰もいなくなっていた。あれだけの質量が突如いなくなったことに驚きはするも、動揺はしていなかった。
「(さっきから消えたり現れたりしてるってことは、間違いなくあの巨人兵はバリアとエネルギー砲以外にもテレポートの権能を持っているはず。けど、全長三百メートル近い巨人兵がテレポートしたっていうのに、着地の際の地鳴りが一切しないのはおかしい。つまり、今巨人兵は……!)」
ユウヤはすぐに空を見上げる。そこには、拳を構えた巨人兵がゆっくりと落下してきていた。
「ガードをっ‼」
急いで分厚い金属の盾を上空に向けて何十にも並べるが、バリバリと金属の割れる音が響き渡る。
「もしかして、筋力強化の権能も⁉」
「当たり前であろう。このレベルの巨体を動かすには、筋力強化が必須であろうに」
落下による風圧など関係がないかのように肩の上に立っているシュウゾウがユウヤの叫びに反応する。よく見ると、シュウゾウの目の前には人一人分のバリアが張ってあり、風圧を相殺していた。
「くっ‼」
何とか足元に巨大な金属の筒を生み出して前方の高層ビルに飛び移るも、巨人兵の拳が先ほどまでユウヤが立っていた高層ビルに当たった風圧でユウヤも吹き飛ばされる。ガレキと一緒に空中を舞うが、急いで足元に鉄骨を大量に生み出して足場にし、他のビルへ飛び移った。
「まるで曲芸のような権能の使い方だな」
地面に着地した巨人兵の肩から、シュウゾウが吐き捨てる。
「さて、その権能についてだが、貴様の権能は確か氷系の一級だったはずだ。それは俺も王宮で実際に確認している。しかし、今使っているのは金属系の権能だ。まるでテツヒロのような、いや、テツヒロと全く同一の権能に見えるが……。なるほど、そういうわけか」
シュウゾウがまじまじとユウヤを見る。
「以前小娘から、テツヒロの奴が一時的に権能を使えなくなっていたと報告を受けたが、あれは正確ではなかったわけか。――貴様の権能、他者の権能を強奪する権能だな?」
自身の権能の正体について指摘を受けたユウヤだったが、当の本人はシュウゾウを睨みつけるだけで、何も答えない。
「誠に、規格外だ。少なくとも俺の知る限りでは、この連合王国に貴様と同じ権能を持つ者はいない。断罪の剣以外に権能を他者から消し去ることのできる権能など、この権能社会を崩壊させかねない力だ」
権能は、日本連合王国の民に生まれたのなら、誰しもが持つことのできる力だ。海の向こうの人々は持つことが出来ない、連合王国民のアイデンティティを象徴でもある。故に、権能をその身から消し去る断罪の剣と、それを所有する王は畏怖される。
だがもし、権能を他者から奪うことの出来る権能の使い手が連合王国に現れたのだとしたら。それは間違いなく、権能社会に大きな衝撃をもたらす。
「貴様の記録が四年より前に関してだけ不明瞭なのはおそらく、貴様の権能を知った小娘が隠蔽したのだろう。確かに、そうするのも頷ける。その権能は、あまりにも危険すぎる。――だが、強大な力故に、弱点もあるのだろう? 例えばその灰色の手とか、な。他者から権能を奪うには、その灰色の手で相手に触れる必要があるのではないか? 距離に関係なく権能を奪えるのならとっくに俺から奪っているはずだ。それに、奪えるのしかも奪えるのは一度につき一つまでで、他の権能を奪ってしまえば、その時先に持っていた権能は使えなくなるのではないか? お前が今、氷の権能を使わずにテツヒロの権能だけを使っているのがその証左だ」
得意げにユウヤの権能について考察するシュウゾウだが、それでもユウヤは何も言わない。
「何も答えぬか、つまらん。……だが、種を暴いてしまえばいくらでも対策しようのある権能だ。権能を奪うには俺に接近する必要がある以上、遠距離から攻撃を繰り出すだけだ」
テツヒロが右腕を上げると、巨人兵は口と両手の掌にエネルギー砲の光を集める。
「耐えろよ、小僧。今度の攻撃は、先ほどの比ではないぞ?」
次の瞬間、今までとは比べ物にならないような、都市一つを軽々と破壊しかねないエネルギー砲が同時に三つ、ユウヤの元へ繰り出された。
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