球技大会(1) ———— 加藤大揮

「なあ大揮よ、今日のお前なんかちょっとキモイぞ……」


「なあ龍雅よ、その言い方は少し直球すぎやしないか?」


 B棟207室。今日はラノベサークルの不定期開催日なので、4限の講義が終わった僕と龍雅は部屋へと直行して定位置に座っている。


「だってよぉ、お前いつもなら金曜日は一日疲れ果てているじゃねぇか。それなのに今日は朝会った時からなんかにやけてるし、妙にテンション高いし……。何があったか聞いてほしそうな顔してるから余計聞きにくいし……」


「いやそこは聞いてくれよ」


「いやいやああいうのは聞かないのが吉っていうだろ。なあタカ」


「えっ……あっ……はい、そうですね」


 急に話を振られたこと、高村亮悟たかむらりょうごは戸惑いながらも後ろを向いてそう答えた。

 おい高村君、何でもかんでも適当に賛成してると人生めんどくさいことになるぞ。ソースは僕の経験から。中学生のころの修学旅行、行先の相談の時に、特に行きたいところがなかったから適当にうなづいていたら、当日東京のラーメン巡りをする羽目になった。こんなことになるならメイドカフェでも提案しておけばよかった……とあの時は何度後悔したことか。

 

 話は少し戻るが、ラノベサークル、通称『ラノサー』は火曜日と金曜日に不定期で開催されるサークルである。参加は自由。メンバーは一年生が高村君はじめ7人、二年生が僕と龍雅含めて5人、三年生以上が2人の計14人。去年僕たちが作ったサークルなので、先輩の数が少ないのはそれの影響だろう。活動内容はただただ本好きが集まって本を読む……そのはずだったけれど、普通に友達としゃべったり、レポートを書いたりと各々が各々のことをしている。

 でも僕はこの感じが好きなのである。なんといっても居心地が良い。そして趣味の合う友人もいる。素の自分で居れる。本当に最高の空間だ。


「龍雅…………このサークル作って良かったな」


「ほんとにお前今日どうしたんだ……なあタカ、こいつやっぱ今日変だよな」


「えっ……あっ……はい、そうですね」


 だからタカよ、そう簡単にうなずくんじゃぁないぞ。ソースは……(以下略)

 こうして僕たちはそれぞれの作業へと戻っていった。


◇◇◇


「そういえば大揮、もう申し込んだか?」


 サークルの時間も終わってその帰り道、いつも通り龍雅が口を開いた。


「ん?申し込むって?」


「ほらあれだよ、球技大会。去年もあっただろ」


「あぁ……もうそんな時期なのか」


 球技大会——————僕たちの通う愛西大学の3大イベントのうちの一つ。春休み中、毎年2月の第3週目、その週の月曜、火曜、水曜と3日間ぶっ通しで行われる。大学に在籍中の学生のうち希望したものが学年学部関係なく約100名ずつチームに分かれて8つの球技、男女に別れているので全16種目で点数を争う。希望制といっても人気行事のため、毎年学生の9割ぐらいは参加している。しかも優勝したチームには運営から学食の無料券が一ヶ月分配られるとあって、誰も彼もがやる気に満ち溢れている。


「去年は……確かお互いバスケやったよな」


「まあ出場が禁止されているのが自分の所属サークルの教義のみだけだったからな」


「で、結局大揮のチームと俺のチームが決勝まで上がって直接対決になって————俺のチームが完敗したと……」


「ハハハ……まあ、こっちには僕のほかにも元バスケ部が多かったからなぁ」


「それでも悔しかったもんは悔しかったのだよ。ということでお前今年もバスケ出ろよ。絶対ぶっ潰してやる」


「望むところだ。そっちこそ僕のチームに当たる前に負けるなよ」


 正直、優勝賞品の学食一ヶ月分がでかすぎるので、ガチで勝ちを取りに行こうと思っている。まあ、男子のバスケで勝ったところでほかの協議でチームメイトがいい成績を取ってくれないと優勝は難しいのだが……。

 とりあえず家に帰った後、希望競技の『男子バスケットボール』の欄を選んで提出しておいた。


◇◇◇


 時は進んで翌週の水曜、時刻は06:35。僕は最寄り駅の改札の前である人を待っていた。待っていた、と言っても待ち合わせをしているわけではない。もしかしたら来るかもしれない……それだけである。(これだけ聞くとただのストーカーの行動である)。そして5分後、その待ち合わせ相手は僕の目の前に現れた。


「あっ、加藤くん……すいません待ちましたか?」


「全然待ってないよ。というか待ち合わせ自体していないから……」


 そう、僕はもしかしたら彩紗さんが来るのではないかと早めに駅に来た。以前、陽菜から「うちの学部、水曜と金曜は一限だからね。分かった?水曜と金曜は一限だからね」とすごい念押しされたのでこの二日は登校時間が彩紗さんと被っているのは分かっていた。そしてこの前のあの『また一緒に登校しよう』という約束。この約束生きているのならば、もしかしたら彩紗さんはここに来るかもしれない。以上が僕の今ここにいる理由である。


(それにしても今日も彩紗さんはかわいいなぁ)


 首にマフラー。上は少し厚めのパーカ—。下は……これはデニムな気がする。ジーパンのようにも見える。あと手袋。服にあまり興味のない僕にはよくわからないが、とりあえず彩紗さんの可愛さも合い合ってすごい似合っていることだけは分かる。そして、これはシャンプーだろうか……少しある冷たい風に乗ってとてもいいにおいがする。

 それに比べて僕は———人と合うには最低限みたいな姿である。次から妹に手伝ってもらってもうちょっと服見直そっと……。


(というかヤバイ、一気に緊張してきた)


 以前一緒に登校した時よりかは正気を保てているがやっぱり彩紗さんと二人でいるとだんだんと胸の鼓動が早くなってきているのを感じる。頑張るんだ自分よ、大学につくまででいい、耐えるんだ。

っというかそうだ。なにか話しかけないと。また前みたいな気まづい雰囲気になってしまう⋯⋯それだけは避けたい⋯⋯。


「今日のふ……服似合ってますね。あ……あやささん……」


「えっ…………あっ……ありが…とう」


彩紗さんが顔を赤くしてうつむきながらそう答える。うん、これはダメだ。反則級の可愛さである。僕も思わず顔をそむけてしまった。そのまま数秒間、相手に聞こえないようゆっくりと深呼吸をして彩紗さんのほうに向きなおる。


「と……とりあえず駅のホームまで行こっか」


「うん、そうだね……」


こうして僕の最高の朝が始まったのであった。


◇◇◇


「⋯⋯」


「⋯⋯」


家を出て、彩沙さんと駅で合流して、電車に乗る。  

  ———そこまでは昨日何回も脳内でシミュレーションしてきた。……そこまでは、だ。そう、僕は電車に乗った後のことを一切考えてなかった。電車に二人で乗る。そうしたら話を振れるのは僕かもう片方しかいないのは必然的だ。


(少しは話題になるようなもの考えておけば良かったな)


 まあ今ないもんはしょうがない。————と少し焦っているとピロンッとスマホから|着信音の音が聞こえた。

 彩紗さんがいるのにスマホを見るのは少し失礼かなと思ったのだけど……なぜか気になって横目でちらりと画面を見てみる。


『お前球技大会何チームだった~?』


龍雅からのメッセージ。その瞬間僕の脳内に『球技大会』という単語がインプットされた。

 ありがとう龍雅。初めてお前に感謝したよ……。今日昼飯でも奢ってあげよう。

 ちなみにチーム分けは昨日の夜に発表されている……らしい。僕はまあ見ていなかったのだが。ということで急いで下のほうの通知を見て自分のチームを確認する。メールの通知をオンにしといて本当に良かった。

 

「そういえば彩紗さんは球技大会で⋯⋯出ますか?」


 僕は今手に入れた持ち物をすぐに使用する。


「えっ⋯⋯あ、うん、出るよ。第8チームなんだけど……」


「マジで!?俺も第8チーム!」


マジか、まさか彩紗さんと同じだとは……。確か今回は全28チームなので単純計算で同じチームになれる確率は約4%。やっぱり最近自分にどんどん運が向いてきている気がする……。

 隣を見ると彩紗さんも「おー」と驚いている表情をしている。うん、こんな様子も可愛いな。


「ちなみに私⋯⋯友達に誘われてバスケなんだけど⋯⋯」

 

(お、まじか)


「よ⋯⋯良かったら教えてくれませんか?」


彩紗さんが少しこちらに身を乗り出してきて、尋ねてきた。一生懸命さがこっちにも伝わってくる。勇気を出してこちらに話しかけている姿⋯⋯うん、可愛い。────というのはあるので置いといて、こんな提案断る理由が見当たらない。


「も⋯⋯もちろんいいよ」


そう答えると彩紗さんの表情が和らいだように感じた。提案を受け入れて貰えるのかとても心配だったのかもしれない。僕がこんなこと断るわけないのに⋯⋯。


「ありがとう。そ⋯⋯それじゃあとりあえず来週の期末テストお互いが⋯⋯頑張ろうね」


「えっ⋯⋯あっ…うん、頑張ろう!⋯⋯ハハハ」


(やっべ、完璧に忘れてた)


「⋯⋯加藤くん、なんか汗出てるけど大丈夫?」


僕のことを気にして優しく語りかけてくれている彩紗さん⋯⋯やっぱり可愛い(なんか今日可愛いしか言ってない気がする)


「大丈夫、大丈夫。ちょっと電車の中野暖房が暖かすぎなだけだから」


「そ……それならいいけど……。なにかあったら私に言ってね」


「うん⋯⋯ありがとう」


ありがとう彩紗さん、テストの存在に気づかせてくれて。このままノー勉でテスト受けるところだったよ⋯⋯。それにこんなにも僕なんかを気遣ってくれて。ほんとに優しい人なんだな彩紗さんは⋯⋯。

まもなくして電車が大学の最寄り駅に着いた。そこで別れてお互い講義の部屋へと向かう。

 とりあえず龍雅へのお礼は『来週テストがある』という現状を伝えることにした。案の定、彼は知らなかったのでいいお礼になっただろう。


その後1週間勉強漬けの日々を送ったことは言うまでもない。

そして単位を無事に取れていることを願い(成績の開示は3月の頭である)、僕たちは2ヶ月間の春休みに入るのだった────。

 

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5年ぶりの両片思い アイスバー @ko-riba-

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