書いていなかったブレーキの話


 前話の縁切り榎の中で「以前エッセイでブレーキについて書いたが~」とありましたが、エッセイではなく限定公開の近況ノートに書いていたようです。

 超・今さらですが、よろしければ参考としてご覧ください。

【以下、二〇二二年六月の近況ノートからコピペ】


「ここから一発逆転!」と張り切ろうとした途端、体調を崩して何週間も寝たきりになったり、仕事が急に上手くできなくなって虐められたり、持病が悪化して倒れたり、そんな人生を送ってきました。あるあるすぎて(笑)を語尾に付けたいくらい、本当にずっとそうでした。


 ですが、よくよく考えてみると、未成年の時分にはこのような運の悪さを発揮することがなかったように思います。

 例えば受験の日や、学芸会の当日に風邪をひくとか。そういうのはまったく無い。


 運勢が上向きになりそうなタイミングで突然ダメになってしまうのは、私が自分自身のためにチャンスや幸運を掴もうとしているときです。

 一方で、ダメにならず力を発揮し成功するときというのは、思えばいつも「親に応援されているとき」でした。親の期待を背負いプレッシャーを感じているとき、とも言えるかもしれません。


 もしかすると、いや、実は何度か考えたことはあるんだけど……

 私は上手く行くことを自ら禁じている節があるのか?

「ルヴナン」の真壁幸乃みたいに。



 これは先日、創作の大先輩とお話をしている際に言われたことなんですが


「自分で創ったものを良いと思ってはいけないみたいな、頑なな思い込みがあるように見える。そんなヘンテコな呪縛は、生まれつきあるものじゃない。

 きっと忘れてしまっただけで、どこかの時点で自分に呪いをかけてしまったんだと思う。

 多分、自信だけではなく、達成感や作品を作り上げた喜びにも知らず知らずブレーキをかけている。

 私はあなたの作品を良いと感じるし、普段の生活だってすごく頑張っているように見える。だからそのブレーキの存在も、自己評価の低さも不自然でならない」



 彼女からそんなふうに言われるまで、私は自分の中にそのようなブレーキがあると感じたことはありませんでした。


 ですが、考えようによっては「ここぞというとき」「頑張りたいとき」に限って体調を崩してしまうのも、無意識にブレーキをかけているということか……?

 などと思ったり。



 ところで世間ではなんとなく毒親ブームですね。

 良いのか悪いのか、毒親育ちの長女(※一般的に毒親の影響を最も受けるとされるのが長女だそうで、私も長女です)が「自分で自分を不幸にする呪い」を解くためのメソッドが、ネット上で簡単に見つけられるようになっています。


 なかでもよく目にするのが、鏡に映った自分に向かって優しい言葉をかけたり、褒めたり労ったりすること。

 これが手っ取り早く効果的に本来の自分らしさを回復させ、卑屈な気持ちを前向きにさせるのだそうです。


 ここぞというときにストップをかけてしまう謎のブレーキ(私はこれまでそういう存在を「貧乏神ちゃん」と呼んでいましたが)を破壊するために、ちょっとこれを、やってみようかなぁ。


 12月生まれとはいえ今年は厄年なので、そろそろ厄除けの御祈祷もして頂きたいのですが、体調が優れずなかなか行けずにいます。寺院仏閣は閉まるのも早いですからね。

 とはいえ、夏至の前後は「陽」の気が強いとの謂われで、今時期は厄除けや病魔退散の御祈祷にとても良い時期なのだそうです。

(ちなみに某神社のサイトに書いてあったんですが、厄祓いというのは神気によって「厄」を「役」に転ずるものであり、厄年は飛躍の年に変換するチャンスの年でもあるそうです。これは素敵な考え方だなと思いました)



 まあ、御祈祷料もなかなかですけどね!!

 ですが、実は有難いことに、そろそろカクヨムリワードが換金できそうなんです。なので、ここはケチケチせず、ベストなタイミングで!這ってでも!ぜひぜひ行きたいところ。

 簡単にできる鏡療法も並行して試してみたいですね。

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【短編集】ことほげ!貧乏神チャン 平蕾知初雪 @tsulalakilikili

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