明日はどんな唄を歌おう
達見ゆう
彼女の歌唱力は某ガキ大将並み
「♪ラ〜ラララ〜、ララ〜ラララ〜、ン〜ン~ン~」
今日もユウさんの歌声が我が家に響く。
我が職場は令和の時代には珍しくカラオケ大会やのど自慢大会が盛んであった。あの新型コロナウイルスがまん延するまでは。
自粛に次ぐ自粛で幹部始め、職員達はヒトカラなどで我慢していたが、やはり人前で披露したくて、うずうずしていたらしい。
幹部達が協議を重ねてオンラインでのど自慢大会を行なうことになった。騒音と密を避けるために各自で防音室やカラオケにパソコンを持ち込んでやるという、とてもコスパが悪い開催方式だが、優勝商品が黒毛和牛のサーロインステーキとシャトーブリアン、しゃぶしゃぶ肉セットなので、皆のモチベーションが上がっている。何でも二年分の積立金が貯まった上にコロナ禍で食材の値崩れが起きているから豪華になったそうだ。
ちなみに二位は伊勢エビ三本と鯛セット、三位はブランド米二〇キロと高級辛子明太子セットと例年より豪華だ。
で、例に漏れずユウさんは和牛に釣られて参加を決めた訳だ。
しかし、僕を始め職場の皆は知っている。彼女は破壊的に音痴だ。異世界に飛ばされた時も彼女の歌で魔物が気絶したといえば察しが付くだろう。僕は密かにヘッドフォンで勉強しているふりをして音楽をかけて更に耳栓を仕込んでいるが、ボリュームを上げてもやはり聞こえてくるもので地味にメンタルが削られていく。ハミングだけで、どうしてあんなに下手に歌えるのかわからない。
「♪わーぎゅー、わーぎゅー、牛、食べたーいー。伊勢海老もうまそー、鯛も好きぃー」
ついに和牛欲しさにオリジナルソングまで出てきてしまった。確かにオリジナルソングでもいいし、中には口で演奏する猛者もいるからインストゥルメンタルもオッケーなのだ。
「うーん、これは今ひとつだな。おーい、リョウタ君。明日はどんな唄を歌おう」
あれ? もう大会は明日なのか、早いな。しかし、僕は前に所属していた総務課始め、ありとあらゆる所から『彼女の参加を止めてくれ』と言われている。しかし、バカ正直に言えば四十肩マッサージ&もぐさでお灸の刑は確実だ。最近は足裏マッサージの本も見かけたからそっちになるかもしれない。
激痛だけど健康にいい刑ばかりチョイスするところに愛はあるのかないのか。
「リョウタってば。明日はどんな唄を歌おうって聞いてるのだけど」
はっ! いかん、考えているうちに無視してしまった。
「じ、ジョン・ケージの『四分三十三秒』がいいと思うよ」
「何それ?」
「練習も何も要らない曲なんだ。とにかく出番になったらそれを演奏すると言って四分三十三秒黙るんだ。するとありとあらゆる音が音楽になる」
「不思議な曲だけど、練習不要は便利だな。じゃ、それにしよう」
「じゃ、僕のと一緒にエントリーしておくね」
そして翌日。僕たちはカラオケボックスへパソコンを持ち込み、大会は開かれた。僕は無難に誰でも歌いやすい「小さな恋のうた」を歌い、ユウさんの出番になった。
僕は「では、次はうちのカミさんである森山優花さんの『四分三十三秒』です。じゃ、このタイマーで時間になったら鳴るようにするから黙っていてね」こうして僕はトイレに行くふりをして、支払いを済ませて逃げた。無駄だとは思うが、その場にいない方がいいと本能が告げている。
翌日、県庁内ではあちこちで感謝されるようにはなったが、直前までどんな音楽か調べなかったユウさんにはお灸と足裏マッサージのお仕置きを受ける羽目になったのであった。僕の仰向けになった体の上にユウさんが乗っかって足裏マッサージを始め、肩にはワンタッチタイプのお灸が据えられている。
「騙したな〜、リョウタ! 吐け! 誰の差し金だ!」
「い、痛い痛い、足裏マッサージは止めて、マジ止めて。それにお灸の数がいつもより多いよ!」
「あれで大恥かいたから許せん。ふむ、ここが痛むということは肝臓が悪いのか。では肥満に効くツボは……」
ユウさんは足裏マッサージの本をめくりながら怒り心頭である。
「で、でも、『ユニーク賞』とかいって賞品貰えたからいいじゃないか」
逃げた後はタブレットで様子は見ていたのだ。やはり参加者の戸惑った顔、曲を知っている者は笑いをこらえ、「何これ?」とざわめきが起きていた。しかし、彼女は歌わなかったので曲としては成立したのだ。
審査員からは「斬新だ」と評価を貰えてユニーク賞としてソーセージ詰め合わせセットが貰えたのであった。
「和牛からソーセージセットに格下げさせられた私の気持ちがわかるか〜! ええい、肥満に効くかわからんが胃袋のツボ!」
「うぎゃ〜!! ソーセージも美味しいからいいじゃないかー! ビールに合うし! って、痛い痛い痛い!」
胃袋のツボを押されたら食欲が増すのではないかとツッコミ入れたかったが、痛くてたまらない僕はひたすら黙って、いや叫んで耐えるのであった。
読者の諸君は知っていると思うがジョン・ケージの『四分三十三秒』は無音の曲である。つまり、楽器を弾かない、歌わない。
作曲者いわく、周りのざわめきや『何で演奏しない』という抗議の声も音楽の一部だというから、演奏するたびにある意味違う曲になる。
「誰に向かって説明してるんだ! あー、ムカつくから便秘のツボ追加!」
「ひょえー!!」
「しかし、悲鳴ばかりということは身体に悪いところだらけじゃないか! 今夜はじっくりするからな!」
「アダダダダダッ!」
「昔懐かしのアニメじゃなーい!」
やはり痛みは無視できない。
ああ、僕はどうすればよかったのだろう。職場に感謝され、格は落ちるが賞品貰えて、僕は健康になる。字面だけ見ると平和なのだが……。
明日はどんな唄を歌おう 達見ゆう @tatsumi-12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます