第5話 にゃーん

 

 退屈な授業中。


 俺は眠気を抑えるためにぼうっと窓を見た。


 授業開始30分くらいはいつも通りノートに板書をせっせと書いていたわけなんだが、よくよく考えたら俺に勉強する意味はないことに気づいてペンを机に転がした。


 何かすることはないのかと、途方に暮れていると熱心に勉強していた頃の癖が出てしまう。


 ちらりと、斜め右を見た。


 首元くらいに切り揃えられた黒髪は柔らかく太陽を反射して輪っかを描いている。まるで天使だ。


 そして、横の髪から覗く綺麗な顎のライン。


 やはり委員長は美しい。幸せの輝きにだって負けてないと思う。


 こんなこと、絶対本人には言えない……!


 すると、委員長がノーモーションで振り返り俺と目が合った。


 パチリと瞬きをする委員長。そして、ニヤァと悪そうな笑みを浮かべてまた前を見る。


 ……不覚!


 俺がやるせない気持ちになっていると頭に何かが当たって机に落ちた。


 ……え?丸めた紙?いやいや、一体誰がこんなことを?


 当然教室に話す友達もいない俺からしたら本当に不思議でしょうがない。


 鼓動がはやるのを感じながらをゆっくりとその紙を開封してみる。


 そこには――――


 チラチラ見てんじゃねぇよ。


 ゾワッと肌が立った。


 一体誰が?なんて考える必要もなく、心当たりのある人物へと視線を動かす。


 俺が見たのは……右斜め後ろ。そう、佐藤さんだ。


 いつもの3倍くらい厳しい視線で射抜かれると佐藤さんは親指を突き立てそれをゆっくりと逆さに動かした。


 そして口パクで、ばーかと。


 しゅばっと俺は急いで前を向いた。


 奥歯がガクガクと情けなく鳴る。


 俺は自分を保てなくなる前にもう一度シャーペンを握って板書を丁寧に写す。


 うん。やっぱ、学生の本業は勉強だよね☆


 本当に佐藤さんの愛の重さには驚きを隠せない。


 でも、それを踏まえても、百合っていいよなぁ。


 新たな時代の幕開けであった。


 ◇


「さて、今日は職業見学だよ?」


 授業が終わって各々が解散すると、委員長が嬉しそうに俺に話しかけてくる。


「ああ。で、俺はどうすればいいのかね」

「とくに何も。とりあえずキミは私についてきて。私と一緒に幸せを探そう」

「……その言い方だとプロポーズみたいに聞こえるんだが?」

「え〜どうしてそういうふうに捉えちゃうのかな〜」


 いつものように、からかうように委員長は笑った。


 委員長の性格上きっと勘違いされるとわかっていて言ったに違いない。


 本当にイタズラ好きの女である。


「さてさてと。とりあえず校舎を見て回ろっか。キミはもう幸せが見えるよね?」

「ああ。なんで俺も見えるのか不思議でならないよ」

「それはねぇ……ご飯にちょこっと」


 聞かれっちゃったらしょうがないねぇみたいなテンションで委員長が答える。


「おい。ちょっとじゃない。お前あの肉じゃがに何を入れたんだ?」

「ん〜それは教えられないな〜って、ちょっと!痛いから!ほっぺから手を離して!引っ張るのはやめて!」

「委員長が悪いんだろうがっ!」

「ご飯にはないんも入れてないれふ!」


 結構痛いらしく水中でもがくように手をジタバタさせながら委員長は必死に答えた。


「じゃあどうして……」

「普通に、私が許可すれば見れるよ。別にキミが幸せをみること自体何も問題はないからね」

「あ〜。なるほどね……」

「にゅあ!?」


 委員長の話は真実ぽかったのでパッと潔く委員長のほっぺたから手を離しすと微かに頬がぷるるんと揺れた。


 委員長がほっぺたを大事そうに優しく撫でる。


「うう……痛かったねぇ……大丈夫かい……?」

「はぁ、別にそこまでじゃないだろ……多分」


 あまり強く掴んだ覚えはないが涙目になっていることに気づいた俺は委員長の右ほっぺに優しく手を添えて子猫を可愛がるように優しく撫でる。


「にゃ、にゃあぁ……」


 委員長が心地よさそうな声を出す。


 俺はペットを飼ったことはないが動物は好きだ。こう、そっけなかったのに急に愛情をむき出しにされるとキュンとくるのだ。


 きっと、こんな感じなのだろうか。


 確かペットは頭も撫でると喜んだはず……。


 頬で擦られてる右手はそのままに左手をゆっくりと持ち上げて委員長の頭の上に乗せる。


「な、なにゃあ!?」


 涙目で顔を朱く染めた委員長に、ネコを可愛がるように優しくつむじから前髪の方へと手を動かす。


「ちょ、キミ!それは……ひゃあ、髪は……!」

「いや、なんかネコみたいだったからつい……ってええ!?」


 流石に申し訳ないかと思い俺が手を止めようとしたその瞬間、委員長のつむじのあたりから黄色の輝きがちらりと見えた。


 黄色の火の玉ってことは委員長は今幸せを感じたってことなのか!?


「え、今黄色の……!?」

「い、いや!違うから!別にそんなふうに思ってないから!さ、ほら、遊びはここまで!校舎内回るよ!?」


 問い詰めようとしてみると、委員長がガバっと立ち上がり俺の手首を掴んで無理やり引っ張って走り出した。


 特に抵抗する理由もないため俺は素直に引っ張られて教室を出た。


 ……絶対自分で引っ込めたよな……。


 それも口には出さないでおこう。


 委員長と一緒にいると心にしまっておくことが増えるなぁと走りながらしみじみと感じた。


 


 


 

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俺の隣で毎日幸せを願ってキスしてくれる魔法少女があざとすぎて困ってます。 ニッコニコ @Yumewokanaeru

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