城下町の白百合姫 第一話『民を護りし姫騎士見参!』

「どうして調査が打ち切りなんですか!?」

 そう叫ぶ彼は今年騎士団に入ったばかりの少年だった。

「打ち切りではない⋯⋯現地の調査団に引き継いだだけだ」

 そう答えるのは少年が所属する騎士団の隊長だ。

 今、事件がおきていた。

 それも国を揺るがすような大事件だ。

 各地で年貢として集められた米が、聖国に届く前に奪われるという問題だった。

 その事件を起こした盗賊団の調査を少年が所属する騎士団主導で始まったのだが、現場の土地の調査団との軋轢があり上手く連携が取れてはいなかった。

 しまいには「調査はこちらでするからそっちは口出しするな!」と先ほど言われたばかりだったのだ。

 それが少年には納得がいかず、許せなかった。

 奪われた米の中には少年の故郷の物も含まれているからだ。

 少年は知っていた。

 故郷がどれほど貧しいか。

 その故郷が必死で作った米が奪われた⋯⋯到底許せるものでは無かったのだ。

 しかしその捜査は難航し、主導権は地方の領主へと委任されてしまった。

 要するに少年はこの事件から外されたという事だった。

「事件は聖国ではなく地方都市で起こったものだ、現地の調査団が優先されるのは当然である」

「クソッ! わかりましたよ!」

 そう言って少年は部屋を出た。

「⋯⋯まったく青いな」

 隊長とて納得している訳では無い、しかし決定権が無いのだ。

 それがこの騎士団の⋯⋯この国の現状だった。

 悪が蔓延り民が苦しんでも何一つ出来ない⋯⋯

 そんな歯がゆさを感じずにはいられなかったのだ。


 少年は貧しい故郷を出て騎士になった。

 それは少しでもこの国を良くしたいという気持ちからの行動だった。

 しかし実際はどうだろう?

 騎士になっても国の為に何かをする事は出来ず、あいかわらず民は苦しみ続けるだけだ。

 少年はかつて「騎士がだらしないから国がこんななんだ、だったら自分が騎士になる」と、意気込んでいた。

 しかし苦労して騎士になって見れば、自分はまさにあの頃蔑んだ騎士に成り下がっていた。

「そんな事はない! 俺は一人でも事件を解決して見せる!」

 そう決意し少年は一人、休日返上で事件解決の為に現地へと赴いたのだった。


「活気が無いな⋯⋯」

 その地方都市は少年の故郷だった。

 年貢の米を奪われ、それでも税が無くなる訳じゃない。

 米以外の物を何とか納めた搾りかす⋯⋯それがこの街の現状だった。

「ここの騎士団は何やってんだよ」

 少年は現地の騎士団に話を聞くべく向かった。

 しかし当然のように門前払いであった。

「何やってんだ⋯⋯俺は⋯⋯」

 少年は無力感を痛感し、道端で座り込んでいた。

 そんな少年に凛とした声をかける者が居た。

「何をしているのですか? それでも名誉ある聖国騎士団の者ですか?」

 そんな風に自分を見下ろす黒髪の少女が居た。

「君は?」

「私の事などどうでもよいのです、それよりも立ちなさい!」

「は⋯⋯はい!」

 その少女の声には力があった、少年を立ち上がらせる力が⋯⋯

 少年はそれとなく少女を観察した。

 背は自分よりも低い、長い黒髪、真っすぐ伸ばした背筋、自信が漲るその表情⋯⋯

 ――貴族の娘か?

 それが少年の推測だった。

「サレナ」

「え!?」

「それが私の名前、あなたは?」

「あ⋯⋯俺の名前はルキアだ」

 そう答えながらルキアは立ち上がった。

「一人で何してるの? 貴方聖国騎士団でしょ、仕事はどうしたのよ?」

 ルキアは自分の身分をあっさり看破された事に驚いたが、その理由は至極単純だった。

 その少女は自分の腰の剣を見ていたからだ。

 この剣はルキアが騎士団に入った時支給された、聖国の紋章の入った物だ。

 言うなれば身分を表すものであり、ルキアの誇りだった。

「今日の仕事は休みだよ、休日に何しようと勝手だろ!」

 そう言い返す。

「それで一人で先走って、調査に乗り込んで、追い返されて、しょげてたのね」

「見てたのか!?」

 動揺するルキアを一見冷たく見下ろす少女は言った。

「もう帰りなさい、事件はもうすぐ解決するから」

「なんだって!?」

 それがどういう事か聞きたかったがその少女はすぐに立ち去ってしまった。


「くそ⋯⋯何処行った? ん⋯⋯ここは?」

 あの謎の少女を追っていたら、この街の領主の館の裏手に来ていた事に気付く。

 そしてちょうどその時、庭の中に領主が居るのが見えた。

「⋯⋯あいかわらず太ってるな、あの領主さまは」

 その領主の顔はルキアのよく知った顔だ。

 ルキアがまだ子供の頃、両親を手伝って作った作物を下卑た顔でもっていく憎たらしい領主だった。

「太っている?」

 ふとルキアは気になった。

 故郷の村が納めた年貢の米が盗賊団によって盗まれた。

 その結果この街の領主は聖国に税を納められず、貧困しているハズなのだ。

 もちろん街が貧困していても、あのゲス領主だけが贅沢しているのかもしれないが⋯⋯

「調べてみるか⋯⋯」

 こうしてルキアは領主邸へと侵入した。


 人目を忍びルキアは領主の蔵に辿り着く、その中には⋯⋯

「な⋯⋯米がこんなに沢山!?」

 山のような米俵がそこにはあったのだ。

 その衝撃に思わず立ちすくむルキア⋯⋯しかしそこに人の気配が近づく。

 あわててルキアは物影に隠れた。

「ではイネーダ様、こちらの物は明日運び出します」

「ああ頼んだぞバット」

 そこに居たのは太ったこの街の領主と、いかにも怪しい悪党面の男だ。

「しかしうまい商売だ、俺たちが奪った米を秘密裏に売りさばき、利益を上げる⋯⋯あんたはワルだな」

「それがどうした、所詮この世の中金だよ、お前もワシの忠実なしもべでいるなら守ってやる⋯⋯いいな?」

「へへ⋯⋯悪くねぇ」

 その会話を聞きルキアの頭に血が上った。

 つまり米を奪った悪党はあの男で、それを指示しているのは領主なのだと。

「お前たち! 今の話は聞いたぞ!」

「誰だ!」

 思わずルキアはその二人の前に躍り出ていた、つい我を忘れてしまったのだ。

 まずい⋯⋯そうルキアは思ったが後の祭りだ。

「俺は聖国騎士団だ! お前たちの悪事はすべて聞かせて貰った!」

 そう開き直る。

 後はこの後どうこの場を切り抜けて、聖国へと駆けつけるかだが。

「聖国騎士団が何故ここに!?」

 領主であるイネーダはあわてる、何故ならたっぷり賄賂を渡して聖国の調査を打ち切ったのは彼だからだ。

「へへ⋯⋯イネーダ様、こいつはただの若造の先走りさ、ようはここで始末しても問題はない!」

 そう宣言しバットは剣を抜いた。

「くっ!」

 バットが襲い掛かり、ルキアも剣を抜き応戦する。

「こいつ⋯⋯なかなかやるな!」

 だがバットには余裕があり、ルキアは焦っている。

 その理由がやって来た。

 そうバットの部下の盗賊団だ。

 彼らも駆けつけたことでルキアは包囲されて窮地に陥る。

「諦めな若いの! それより俺の部下にならんか?」

 それがバットの本心かはわからない、しかしルキアの答えは一つだ。

「ふざけるな! 俺はこれでも聖国騎士団の端くれ! 民を守る為にこの剣を授かった騎士だ! お前たちのような悪党に組してたまるか!」

「そうかい、なら死ね!」

 バットは口笛を吹き部下に合図をおくる。

「くそ!」

 窮地に陥ったルキア⋯⋯


 その時、風が舞った――


 数人のバットの部下が倒れた。

 気がつくとルキアの傍に一人の少女が立っていた。

「なんだ! お前は!?」

 そこに居たのは純白の鎧に身を包んだ、仮面を被った謎の少女だった。

 そしてその手の剣をバットとイネーダに向けた。

「お前たちの悪事は既に筒抜けである! 観念しなさい!」

「なっ!? ⋯⋯こいつも殺せ!」

 そのイネーダの指示によりバットとその部下が謎の少女に襲い掛かる。

「危ない!」

 ルキアは叫んだ。

 そしてそんなルキアを一瞬見た少女は言った。

「先ほどはよく吠えました、誇りある聖国騎士団として見事です」

 そして仮面に覆われていない口元が微笑んでいるのが見えた。

「白百合の仮面⋯⋯?」

 そんな場違いな感想が零れる⋯⋯

 この窮地にあってこの場だけ、まるで時が止まったかのようだった。

 そしてその純白の白百合のような少女の戦いが始まった。

 ――う⋯⋯美しい⋯⋯

 戦いの感想とは思えない感情が、ルキアに沸き起こる。

 そう、その少女の剣は美しく⋯⋯そして強かった。

 迫るバットの部下を長く美しい黒髪をなびかせながら、ものともせずに蹴散らしていく。

 それをルキアは見ている事しか出来ない。

「くそ! なんだあの女は!」

 そう叫ぶイネーダがナイフを取り出し、少女に向かって投げた。

「危ない!」

 下がった位置にいたルキアはそれに気づいた。

 そして踏み込みその手の剣で飛んできたナイフを弾く。

 その時少女はバットと戦っていた時だった。

「この女⋯⋯つえぇ⋯⋯」

 そう言い残しバットは倒れた。

 それを見たイネーダは逃げ出す。

「しまった! 逃げるぞ!」

 それをルキアは追おうとしたが。

「その必要はないわ」

 その少女の言葉の意味はルキアにもすぐにわかった。

 外が騒がしい、いつの間にかこの屋敷は聖国騎士団によって包囲されていたのだ。

 今更イネーダに逃げ道は無いだろう。

「どうして騎士団が?」

「さあね⋯⋯じゃあ私は行くわ、後はよろしくね勇敢な騎士君」

 そう言って少女は立ち去る。

「待って! 君は一体!?」

 そして少女は振り返り、ただ一言だけ言い残した。

「さっきはかっこよかったわよ、助けてくれてありがとう!」

 そして謎の少女はこの場から姿を消した。

「助けられたのは俺の方なのに⋯⋯あの白百合のような少女は一体⋯⋯」

 そんな風に呆けていたルキアは後ろから頭を殴られる。

 殴ったのはルキアの上司の隊長だった。

「この馬鹿もんが!」

「いってーー! 隊長!?」

「後でたっぷり話は聞かせてもらうからな、覚悟しろよ!」

 そして聖国騎士団による領主の館の強制捜査が行われるのだった。

 その結果、領主のイネーダは捕縛され今回の米泥棒事件は解決したのだ。


 大きな謎を一つだけ残して⋯⋯


 聖国騎士団は水面下で調査を続行していた、しかし決め手は無かったのだ。

 しかしそんな騎士団に密告した者がいたのだ「今、大量の米が領主の館に隠されている」と。

 最初はそれをしたのがルキアだと思われていたが、ルキアはそれを否定した。

「俺じゃないです、あの時もう一人女の子が居たんです、きっとその子が⋯⋯」

「しかし現場にそんな女は居なかったぞ」

「そんな⋯⋯」

 たしかに少女が姿を消したのは騎士団が乱入する少し前だ。

 姿を見ていないのは仕方ないが、その少女はその状況からまるで魔法のように消えてしまったのだ。


 それから暫くして従騎士ルキアの正騎士昇格が決まったのだった。


「隊長、やっぱり俺が正騎士になるのは⋯⋯」

「今回の事件はお前の手柄という事になっている! 命令違反の先走りではあるが、手柄は手柄として認めるとのお言葉だ」

 そう怒鳴る隊長に連れられて、ルキアはお城に連れてこられたのだ。

 今回の正騎士昇格はルキアにとって風当たりの良いものではない。

 それも含めての処罰という事なのだろう。

 謁見の間に膝を着き、こうべれるルキア⋯⋯

 彼に近づく、軽い足音が響いた。

「若き騎士よ⋯⋯面を上げなさい」

 緊張しながらルキアは上を見た。

 そこには純白のドレスに身を包んだ、美しい少女が居た。

 それがこの国、聖国エドバーンの姫殿下、リリー・エドバーンである事はすぐわかった。

 ルキアは声も出せず驚く。

 どうせ自分の昇格なんて大臣のおっさんが来て、それで終わりだと思っていたからだ。

「この度、この国を揺るがす事件解決に尽力した事を認め、従騎士ルキアを正騎士に任命します!」

 そしてルキアはリリー姫から正騎士の剣を授かったのだ。

「この剣に賭けて、我が力、我が忠誠は、王と民の為に!」

 そう騎士の宣言をし、ルキアは従騎士から正騎士へと昇格したのだ。

 そしてそのままルキアはリリー姫を見つめ続けた。

「どうかしましたか? 私の顔に何かついていますか?」

 そうリリーに言われルキアは正気に戻る。

「もっ⋯⋯申し訳ありません! 初めて姫様を間近で見てつい⋯⋯」

「⋯⋯嘘つき」

「え!?」

「こほん⋯⋯何でもありません、騎士ルキア。 今後の貴方の活躍を、楽しみにしていますよ」

「はい!」


 そんな夢のような昇進式が終わり、ルキアを現実に引き戻したのはいかつい顔の隊長だった。

「これでお前も正騎士だな、よかったじゃないか姫様から直接剣を授かるなんてめったにある事じゃないんだぞ。 運がいいな、お前は」

「ははっ⋯⋯」

 そういえばリリー姫は身体が弱いらしく、滅多に公務に出てくる事はないのだと言われている。

「まあおめでとう、これから大変だろうがしっかりやれ正騎士ルドベキア!」

 ルドベキア⋯⋯それがルキアの本名だ。

 長いし平民っぽくないので普段はルキアと呼ばれていた。

「⋯⋯あれ? 何でリリー姫は俺の名前をルキアって⋯⋯?」

 そんなルキアの疑問は仲間の騎士団の手荒い祝福でかき消されてしまったのだ。


「お父様! お勤めは終わりました!」

「⋯⋯そうか、ご苦労だったなリリー」

 今リリーの前に居るのはこの国の王、エドワード・エドバーンである。

「こんど何かやらかしたら、こんな罰では済まんからな」

「はーい」

「返事はしっかりしろ!」

「はい! お父様!」

「まったく⋯⋯行ってよい」

 そしてリリーは優雅な礼をして、王の前を去った。


「まったく誰に似たんだか⋯⋯」

「あなたに決まっているじゃない⋯⋯ブロッサム」

 その時突然エドワードの後ろに紫色のローブを着た人影が現れた。

「急に驚かせるな!」

「なによ⋯⋯あんたが呼び出したんでしょ」

 そう言われエドワードは頭をかきむしる。

「剥げるわよ」

「うるさい!」

「⋯⋯で、この私をわざわざ呼び出したのは、あのじゃじゃ馬の事かしら?」

「察しが良くて助かる⋯⋯最近火遊びを覚えたらしくてな⋯⋯まったく誰に似たのか」

「あんたに決まっているじゃない、ブロッサム」

「その名で呼ぶな!」

「はいはい、エドワード陛下様」

「くそ⋯⋯」

「で⋯⋯古い付き合いのあんたの頼みだから来てあげたんだけど、まさかあの子の面倒を私に見ろっていうんじゃないでしょうね?」

「頼む」

「却下、いくらあんたの頼みでもお断り⋯⋯つまらない女の面倒なんて御免よ」

「なら一度だけでいい⋯⋯娘を助けてくれ、頼む」

「⋯⋯一度だけよ、あんたとの友情に応えるのは⋯⋯ね」

 そう言い残しその紫色の魔女は姿を消した。

「⋯⋯頼んだぞ、風車かざぐるまの魔女よ」


 城の廊下をテクテクとリリーは歩いている。

「姫様⋯⋯」

「なに?」

 そこに待ち受けていたのはリリーの専属メイドである。

「西地区の教会で問題が起こりました」

「詳しく聞かせて」

「はい⋯⋯」

 この国を少しでも良くしたいというリリーの、次の事件たたかいはもう始まっていた。


 聖国エドバーン。

 平和で豊かな国⋯⋯しかし、その陰で苦しむ民はいつも居た。

 事件が起こり苦しむ民を、颯爽と現れ救っていく謎の女騎士が居た。

 いつしか誰が呼んだか、その者を――


 〝城下町の白百合姫〟と呼ぶ。

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銀色の魔法はやさしい世界でできている【作中作品集】 🎩鮎咲亜沙 @Adelheid1211

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