『死んじゃう前に事件は解決! 神探偵コリン』 第一話 「船上での出会い 神探偵コリン参上!」

 僕は、今年共和国にある神学校を卒業したばかりの若者だ。

 しかし今、僕は遠く離れた故郷へ帰るべく船に乗ろうとしている。

 いったい何故か⋯⋯

 それは二か月前の卒業間近の時の事だった。


「あー、君の卒業後に配属予定だった中央の教会行きは無くなった」

「え? 何故です!?」

 僕は平民出身で何とかこの神学校へ入学し、トップクラスの成績を修めた。

 全てはここへ来る前に死んだ母との約束があったからだ。

 僕が持つ光の魔力は人を癒す力だ、それは多くの人々を助けるに違いない。

 しかし女手一つで僕を育ててくれた母が亡くなる時、僕はまだ未熟で母を救えなかった。

 だから母と最期に約束したんだ。

 いつかきっと、全ての人を救える回復魔術師になると。

 その為に僕はなけなしの貯金をはたいて、この神学校へと入学したんだ。

 その選択は間違いじゃなかった。

 僕の光の魔力はこの学校で大きく成長し、実習では誰よりも多く人を救う事が出来た。

 その結果、僕は平民でありながら中央の教会への配属が決まっていたはずだった。

「君の在学中の素行に問題があるのではないかと議論に上がってね、それで調査した結果⋯⋯君が中央へ行く人材には不適格だと判断された」

「え⋯⋯」

 意味がわからない⋯⋯どうして僕が。

「⋯⋯君の代わりにはゼブレ君が中央へ行く事が決まった。 つまりそういう事だ」

 その学園長の一言で僕は全てを察した。

 ゼブレは貴族だ、成績はクラスでいつも十番目くらいの。

 だからいつも自分より成績上位の庶民の僕を目の敵にしていた。

 悔しくてたまらない⋯⋯

「言いたい事はあるだろう、だが何も言わず出て行きたまえ、それが君の為だ」

 そういう学園長の目に苦渋が見て取れた。

 ゼブレの実家はとても大きな伯爵家だ、この学校にも多大に寄付をしているとよく自慢していた。

「⋯⋯それで、僕はどうなるのですか」

「当学校で斡旋できる進路はない。 ただ卒業扱いにはする、たとえ今すぐ出て行ったとしてもな、そのくらいはさせてくれ」

「⋯⋯ありがとうございます」

「この際故郷に戻るのはどうだ? 辺境の村なのだろう? 今の君ならきっと居場所はあるさ」

「そうですね⋯⋯」

 結局僕は権力と戦う事も出来ずに、故郷へ戻ることにしたのだ。


 そして僕は共和国西の都から、故郷の北の都へと旅をする事になった。

 僕は在学中は実習以外にも治療院での仕事もしていたので、それなりに貯金はあった。

 だからちょっとした贅沢をしたくなったのだ。

 半ばやけくそだったけど。

「オズアリア号へようこそ!」

 そう船員に歓迎され、僕は乗船した。

 西の都と北の都は地続きで陸路なら十日以上はかかる、しかし海を行くこの船ならばたった二日だ。

 別に急ぐ旅じゃないが、この色々あった西の都の最後くらいはいい思い出にしなきゃな。

 こうして僕の船旅が始まった。


 船室に荷物を置いた僕はデッキに出る。

 潮風が心地よい、高い船旅だがその甲斐はあったと思った。

 その時僕は気づく、船首像の近くで遠くを見つめる一人の少女に。

 真っ赤な服とツインテールと呼ばれる髪形⋯⋯貴族かな?

 しかしもう貴族と関わるのは御免だ、気づかれないように退散しよう。

 そして僕は早々に船室へ戻り、そのまま夕食の時間まで時間を潰すことにした。


 夜、海の上の船のデッキで夜景を眺めながら豪華なディナーだ。

 僕は席に着く時、上着をサッと畳み椅子に掛けた。

 すぐ隣の三人組も大きな声ではしゃいでいた。

「すまないね、騒がしくして」

「いえ、別に構いませんよ」

 そう僕は愛想笑いを浮かべる。

 ふと何となく隣の三人組を観察してみる。

 男が二人、そして女が一人だ。

 どうやら三人は友達のようだった。

「グラスを取ってくれ」

 そういったのは少し太った男だ。

 そして言われたやせ気味のイケメン男は、両手にグラスを取りそれを二つとも太った男に渡した。

 渡された太った男はそのグラスの片方を女性に渡し、残った最後のグラスをイケメン男が取る。

 そして彼らはそのグラスにワインを注ぎ、乾杯して飲み始めた。

 そして僕は自分の料理を楽しもうと目を離した瞬間、イケメン男が苦しそうにしだした。

 僕はあまりの事に動けなかった。


 その時だった。

 真っ赤な影が走った。


 それがあの時の少女だとわかった時には既に、少女の放ったボディブローがイケメン男のみぞおちに決まっていた。

 イケメンは苦しそうに口からワインを吐き出した。

「ふむ、これなら間に合うか⋯⋯そこの君、神官だろ彼に解毒魔術をかけてやれ!」

「え?」

「さっさとやれ! いくら吐いたといっても遅ければ死ぬぞ!」

 死ぬ⋯⋯その言葉に僕は我に返り、解毒魔術をイケメン男にかけた。

「なかなかの腕だな、どうやら助かりそうだな、

 その少女のその言葉がやけに耳に残った⋯⋯


 その後、騒然となった現場で検証が始まった。

 当然のようにその少女は船員たちに命令している⋯⋯僕に対しても。

「どうやらこのグラスに、あらかじめ毒が塗ってあったようだな」

 少女はあっさりとそれを見抜いた。

 同じテーブルについていた女性は崩れ落ち、それを太った男が支えていた。

「まさか無差別殺人か?」

 船員の一人がそんな事を言いだした。

「さてどうかな? そこの君、隣に居たのだろう? 何かおかしなことはあったか?」

 そして僕はたまたま見ていた被害者のイケメン男が、自分で選んだグラスで毒を飲んだことを告げる。

 その事実は、無差別殺人説をより強固にするものだった。

「何て恐ろしい⋯⋯」

 一人で立てなくなった女性を、太った男が支えながら⋯⋯

「彼女を休ませたい! 船室まで連れていく、いいだろ!」

「ああ、好きにしたまえ」

 そう言って、その赤い少女はあっさり許可した。

 女性を支えながら去っていく太った男は、僕とすれ違う時――

「さっきはありがとう、お陰で親友が死なずに済んだ⋯⋯本当にありがとう」

 そう言い残して去っていった。

 それを見送った赤い少女は――

「どうやらあのデブが犯人だな」

 と、あっけなく言い放った。

「⋯⋯何で?」

「動機はあの女の取り合い⋯⋯と、言ったところかな?」

 でも僕は納得がいかなかった。

「でも毒の付いたグラスを選んだのは、被害者自身ですよ!」

「そう見えるだけさ、彼はそう選ばされたんだよ」


 ニヤッと笑いながら赤い少女は、僕のテーブルのグラスにそれぞれ赤ワインと白ワインを注ぐ。

「わかりやすくこの赤い方が毒入りだ、さあ乾杯しようグラスを

 そう言われた僕は、目の前の二つのグラスから白い方を選んで手に取る。

 それをさっと少女が受け取り――

「ありがとう、では乾杯だ」

 僕は残った赤⋯⋯つまり毒入りを選ぶしかなくなった。

「待って、もう一度だ」

 そう言って今度は赤を選んだ。

 すると今度は僕からワインを受け取らずに、少女は残った白をサッと取る。

「⋯⋯でも、グラスは三つだったんですよ」

 そして白を一つ増やして実験が続く。

 僕は言われた通りグラスを取る。

 右手と左手同時に取れるのは二つまでだ。

 僕はまず両手に白を選んだ、すると少女はその二つを受け取り僕は残った赤を飲むしかなくなった、それは僕が見たあの時の光景のままだった。

 その後、悪あがきのように色んなパターンを試して見るが、最後に僕の所に残るワインは必ず赤だった。

「気が済んだかい、三つくらいのグラスの中からなら、相手に選ばせるのはそう難しくは無いんだよ」

 そう言いながら、その少女は僕に笑いかけ白ワインを飲み干すのだった。


 次の日、船は港に無事着いた。

 僕は船を下りる時、あの三人とまた出会った。

 しかしあの太った男は、顔に大きな痣ができていて腫れていた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫さ⋯⋯」

 しかし結構痛そうだ。

「彼ってば昨夜船が揺れた時、転んだらしいのよ」

「そうなんですか⋯⋯あの治しましょうか?」

「いやいいよ、これはこのままで⋯⋯」

 そう言い残して太った男と女性は離れていく。

 そして三人目のイケメンが僕に話しかけてきた。

「君が助けてくれたそうだね。 ありがとう、お陰で死なずに済んだよ」

「いえ、どういたしまして」

 どんな経緯であれ人を救い感謝されるのは嬉しかった。

 そしてそのイケメンは僕にだけ聞こえる声でそっとささやく。

「まったくあいつめ早とちりしやがって、彼女が好きなのは俺じゃないのに⋯⋯ただ相談に乗ってただけなんだ、まあこうして助かったんだしパンチ一発で許してやったがな」

 そう言い残して笑いながら二人を追う、そいつは最高にイケメンだった。

「どうやらこれで本当に事件は解決のようだな」

 そんな風に話しかけてくる赤い少女は、いつの間にか僕の隣に居た。


 そして立ち去ろうとする彼女に、僕はどうしても聞きたい事があった。

「待ってくれ、謎はまだ一つ残っている」

「ほう何かな? 君には世話になったからな、一つくらいならこの名探偵が解いてやろうじゃないか」

 名探偵⋯⋯それは事件を解決する、謎解きのエキスパートだけが名乗れる称号だ。

「君はどうして僕が解毒できると知っていた?」

 少女はニヤリと笑いながら楽しそうに語る。

「君の上着さ」

「上着?」

 今着ている上着は春とはいえ海の上は寒かったので着ていたコートだ、決して神官服とかではない。

「あの時君の上着はただ椅子に掛けてあった訳じゃない、綺麗に畳まれていた。 神官が神官服にシワを残さない独特の畳み方でな」

「あっ!」

 そんなことで、この少女は僕が神官職だと見抜いたのか⋯⋯

「そしてついでに言うと君は、その年齢に不釣り合いなこの豪華客船の旅を楽しむのに慣れていなかった平民のようだしな、だから今年神学校を卒業したがどこにも行き場がなく故郷へ戻る船旅に奮発できるくらいの収入が在学中にあった優秀な元学生⋯⋯なら解毒もお手の物だと思ったのだが、さて当たっているかな?」

「⋯⋯ご名答だ」

 すると、その少女は飛び切りの笑顔で宣言する。

「この程度の推理は名探偵⋯⋯いや神探偵コリンには当然だよ!」


 これが僕と彼女⋯⋯神探偵コリンとの出会いだった。


「さて、ビジネスの話をしようか」

「え⋯⋯ビジネス?」

 あの後、僕はこのコリンという神探偵に付きまとわれている、何故だかわからないがどうも気に入られたらしい。

「じつは私はな、死ぬ運命の人を百八人救う使命があるんだが、今回君のお陰で死なせずに済んだ。 ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

「それでだ、君は私の助手になれ! そうすればより確実に人を救える!」

「人を救う⋯⋯」

には人を救う事はできん⋯⋯出来るのは小賢しい謎解きくらいさ」

「どうして?」

「今、教えると思ったのか? 知りたければ私に付いてくる事だな」

 この時僕には二つの選択肢があった。

 このまま故郷へ戻る道と、彼女について行く道が。

「じゃあ、いつかその答えを教えてもらいたいな」

「なら、契約成立だな」

 結局僕はこの時、この少女に魅入られてしまっていたのだろう、それにこのまま故郷へ戻ったところで何か待っている訳でもない。

 まったく神探偵とはよく言ったものだ、自分の望んだ答えを僕から引き出したのだから。


 こうして僕と神探偵コリンはコンビになった。

 そして、僕たちは行く先々で事件に遭遇する事になる。


「さあ、行くぞ助手君! 神探偵の出番だ!」


 神探偵の事件簿 その一『運命の選択』 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る