第3話・拠点の怪物

 化物から難を逃れた生存者が集う拠点。

 拠点から細い道を挟み、下った場所に流れている、澄んだ山の川。

 その川の水で濡らしたタオルで、一人の青年が荒々しく上半身を拭っている。


「……」


 時期に蝉が鳴き始める季節。

 しかし、体を拭うには山水が冷たいのか、青年の表情は険しい。


「ちっ!」


 青年は舌打ちをすると、タオルを肩に掛け、拠点へ足を進めていく。



 敷地内に入ると、突然足を止めて、周囲を見回す青年。

 門を通ってすぐの広場では、数人の大人達が見張りの事で話し合い。

 四隅の高い塔では各自が双眼鏡を使い、化物が来ないか監視している。


「あ、駿介さーん。戻ってたんすか~?」


 陽気そうな男性が青年に声を掛けた。

 しかし、青年は男性に嫌悪感を抱いているのか、その表情は険しく、男性の声掛けに答えない。


「昨日ゾンビの襲撃防衛で、俺クッタクタなんすよ~」

「……」

「それなのに、もう交代時間って、マジヤバくないっすか~?」


 青年は大きく溜息を吐き、下半身程の長さがあるハンマーを握る手を震わせている。

 そして、青年は何を思ったのか、ゆっくりとハンマーを振り上げ……


 ――グチュ、ブチ、ブチブチ――


 駿介は勢いよく振りぬき、ハンマーの先端を地面に叩きつける。

 その音を聞いてか、広場や監視塔にいた者達が一斉に駿介の方へ顔を向けた。


 地面に倒れ、ビクビクと震えながら、血を広げ続ける胴体。

 側頭部が陥没し、赤い線を残しながら、ボールのように転がる頭。


 周囲の者達は静かに、青ざめた顔で駿介を見つめている。 


「ちっ‼ おい、そこのお前!」

「は、はひ⁉ な、なんで……しょう?」


 駿介に声を掛けられた男性は、声だけでなく全身も震えている。


「今すぐ調達班以外の奴等を、この場に集めろ!!」

「は、はい! 少々お待ちください!」


 脚が震えていたためか、男性は動き始め盛大にこけた。

 それを見た駿介が深い溜息を吐くと、すぐさま立ち上がり建物内に入っていった。


 数分後、広場には調達班以外の者が集合。

 目の前に死体があるから? 駿介の機嫌が悪いからなのだろうか?

 理由は分からないが、正座させられている者達の顔から血の気が引いている。 


「昨晩。優斗がてんかんの発作を起こしたらしいな」

「は、はい」

「その事を知らなかった奴は手を挙げろ」


 駿介の問いに対して、正座している者達は俯いたまま、微動だにしない。

 それを見て駿介は再度深い溜息を吐き、眉間から皺をなくすと……


「お前等……ゾンビに殺される前に、俺に殺されたいのか?」


 現に彼等の目の前には死体が地に伏せている。

 嘘や冗談じゃないと分かるからこそ、彼等は駿介が発した言葉に肩を跳ねらせ、体を震わせているのだろう。


「お前等は変わりに行くとも、付いて行くとも言わず、優斗だけに行かせた。その理由はなんだ?」

「ゆ、優斗様から琴美様の介抱を任されたので……」

「それは、この場の全員でしなければいけない事だったのか?」


 唯一意見した軍服の男性だったが、駿介から問われると口を半開きにしたまま、顔中に汗を滲ませるだけで、それ以上何も言おうとしない。


「ちっ! 何で枷がある俺達に出来て、お前等には出来ねぇんだ?」

「……」

「何で優斗が……お前等は俺達障がい者は死んだ方がマシだと思ってんのか⁉」

「ち、違う! 俺達は――」

「違うと言うなら、今すぐ町に缶詰でも探しに行って来い‼」


 駿介の主張に対して、警備班の者達は俯き黙り込んだまま。

 立ち上がり、その脚で食糧を探しに行こうとする姿勢の者はいない。


「クソ共が。もういい! お前等は今日から自分の食糧は自分で調達しろ! 今ある食糧に手を出したら、このゴミと同じになると思え‼」


 駿介はハンマーを振り上げ、足元に転がる死体を監視班の者達に叩き飛ばす。

 頭の無い死体が飛んできた恐怖からか、今日から食糧を貰えない危機感からだろうか? 涙を流しながら手を合わせる者、一点を見つめながら震える者と表情や仕草は様々。


「ちっ! おい、広瀬に佐藤!」

「は、はい⁉」

「なんでしょう?」

「お前等には今迄どおり食糧をやるから、絶対に外に出るなよ」

「……は? ちょ、ちょっと待て! 何で二人は特別扱い――」


 その言葉を遮るように、広場を中心に衝撃音が山に何重も木霊す。


「人間のふりをしても、所詮は思考力のゾンビか」

「……」

「お前等は人間か人間のふりをしたゾンビか。どっちだろうな?」


 駿介が視線を向けた瞬間、硬直していた者達は逃げるように、一斉に門からゾンビが蔓延る外へと出て行った。


「駿介さん」

「あ? なんだ?」


 外に出るなと言われていた広瀬と佐藤が声を掛けるが、狂気染みた言動に恐怖が抜けていないのか、駿介と目を合わせようとしない。


「あ、あの。警備の事なのですが、自分と広瀬だけでは出来ません。そこで、子供達に協力してもらおうと思っているのですが、よろしいでしょうか?」

「お! 話が早くて助かるな。理解力と分析力がある奴は好きだぜ」


 ドスの効いた声と不動明王のような表情はどこへやら。

 駿介が白い歯を露わに笑顔を浮かべると、緊張か恐怖の糸が切れたのか、広瀬と佐藤の体から震えはなくなり、安堵の表情を見せる。


「ゾンビが壁まで来た時の戦い方も教えておきますか?」

「そんな事教えなくていい。その時はお前等も拠点の中に避難してくれ」

「私達もですか? でも、それだと門を破壊されるリスクが高くなりますよ?」

「たしかに可能性は高くなるが、お前等がゾンビと交戦して、万が一仲間入りする事態になったら、お前等の子供はどう思うだろうな?」

「…………」

「そういうわけで、お前等がゾンビの相手をするのは厳禁だ。防衛は俺達調達班の中から出すから、お前等とガキ共は監視と自分の命を優先しろ」


 その言葉を最後に駿介は七瀬と佐藤から離れると、死体を壁越しに裏山に投げ捨て、拠点の中へ入っていった。


 拠点の入口横にある部屋にハンマーを置くと、階段を上がった先にある一室に入り、手に取ったシャツを着ながら、同じ階にある別の部屋へ移動し、扉を軽くノックする。


「ん?」


 その部屋の主は不在なのか、ノックに対する返事がない。

 駿介は首を傾げ、ゆっくりと扉を開けて部屋の中を確認する。


「すぅ、すぅ」

「スー、スー」


 ベッドの上で静かに寝息を立てる優斗。

 ベッドの脇で優斗の手を握りながら寝息を立てる琴美。

 駿介は二人を無理に起こそうとはせず、頬を緩め部屋の扉をそっと閉めた。

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Isolation island みかん @MIKAN-176

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