第2話・地獄下での悲劇

 優斗たちが拠点にしている刑務所は、郊外から離れた山の近くにある。

 稀に拠点までゾンビが来る事があるが、その数は指で数えられる程度の数。

 しかし、町を彷徨い歩くゾンビは到底指で数えきれる数ではない。


 行く手を阻むように大通りに乗り捨てられた100を超える自動車。

 3ヵ月前にウイルスが蔓延した時は、この大通りには乗り捨てたらた車の数を優に超える数のゾンビと逃げ惑う人々に満ちていた。


 しかし、それは3ヵ月前の出来事。

 刑務所だった場所を拠点にした後、優斗,駿介,大和が千を超える大通りのゾンビを一掃してからは、大通りに残っているのは、車と至る所に飛散った血痕だけ。



 昨晩、生存者の拠点に数体のゾンビが襲撃してきた事から、この大通りの陰にゾンビが潜んでいる可能性もある。


 ゾンビは音に寄ってくる特性があり、琴美から調査や調達の際に周囲に響く音を立てた場合、どんな事情があっても、その場に留まる事は厳禁と決められている。


 優斗は琴美の薬の入手する事しか頭にないのか、乱列する自動車の上を走り、自動車へと飛び移ったりと、騒音を立てながら大通りを掻けていく。


 優斗の行動はゾンビを引き寄せる行為に変わりないが、幸い近くにゾンビがいないのか、大通りを抜け、目的地の前に着くまで優斗の前にゾンビが姿を見せる事はなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 総合病院の前で、地面に片膝を付き息を切らす優斗。

 小刻みに震える手足と汗は、拠点から総合病院までの約十キロメートルを完走したからなのか、特発性全般てんかんの発作を起こす予兆なのかは分からないが、どちらにせよ優斗は安全な場所で休む必要があるが……


「薬があると良いが」


 どうやら、優斗の中に休憩する気はないようだ。

 滴る汗を手の甲で拭いながら、優斗は総合病院前にある薬局に目を向ける。


 薬局の前には、ゾンビが三体。

 総合病院の駐車場には、白衣や入院着を纏ったゾンビが八体。


 薬局に入るためには、前にいる三体のゾンビを倒す必要がある。

 しかし、下手に音を立てれば、病院の駐車場にいるゾンビどころか、病院内に潜んでいるゾンビまでも来る可能性があるが……。


 優斗は力強く地面を蹴り、薬局側のゾンビ達との距離を詰める。

 ゾンビは手前に二人,少し距離を置いて一体の二等辺三角形のような並び。

 優斗の足音を聞きつけ、ゾンビは即座に優斗の方に顔を向けたが、手前の一体は顔だけで、体を優斗の方に向けていない。


 背中ががら空きな無防備の状態を、優斗は見過ごさず――


「ガァ!」


 その背中に根元までマチェットを刺し、藻掻くゾンビを力尽くで押し続ける。

 前方からゾンビが迫ってきているが、優斗は怯む事なく押し続け、貫通してゾンビの腹から出ている刃を、前方から来ていたゾンビにも刺して、二体のゾンビを拘束するが……


「アア!」


 その直後に、後方から両肩をゾンビに捕まれてしまう。

 しかし、優斗は一切表情を変えず、左肘で大口を開けたゾンビの顎を殴り、優斗の遠心力を載せた殴打を受け、ゾンビの左頬の皮膚は波打ち、口からは唾液の雫が飛散る。


「辛かっただろう」


 優斗はゾンビの肩と額に手を掛け、ゾンビの頭を地面に叩きつける。

 その頭は大きく拉げ、後頭部と口から大量の黒い血が広がり、目玉も飛び出している。


 優斗はゾンビが動かない事を確認すると、最初にマチェットで動きを封じた、ゾンビ達に近づくが――


「あ、うぅ」


 優斗は突如立ち止りると、体をピク、ピクっと震わせ始めた。

 先程意図も簡単にゾンビを殺したから、拘束状態のゾンビに臆するとは思えないが、一体どうしたというのか?


「あ、あ、あ」


 優斗の表情が徐々に歪み、顔だけ目の前のゾンビから、左側の薬局に向けると、背中から倒れて全身痙攣を始めた。


 最悪の事態である。

 これは、特発性全般てんかんの発作。

 痙攣の強弱はあれど、発作を起こしている間は呼吸も意識もない!


「ア゛ア゛」

「ヴァア」


 優斗がゾンビを叩きつけた時の音か。

 それとも、優斗が発作で倒れた時の音か。

 どちらにせよ、音を聞きつけた、病院側のゾンビ達が近づいてきている。


 全身痙攣を起こし、意識がない優斗は動けない!

 寸前のところで、痙攣が収まったとしても、一~二時間は目を覚まさない。

 発作直後に意識を取り戻す事もあるが、その時の記憶はなく、他者の手を借りなければ動く事は不可能!


「ア゛ア゛」


 ゾンビの一体が優斗の体を掴み。

 大きく広げ剥き出した歯を首筋に近づけ……


 グチュ、ブチ、ブチ!!

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