第1章・拠点の発展

第1話・仲間のために地獄へ

壁には画鋲に掛けられたペンダント。

机には飲みかけの水と何らかの薬が置かれている。

衣服が綺麗に畳まれ、整理整頓された部屋の片隅に置かれたベッドで……


「う、うぅ、うっん」


悪い夢でも見ているのだろうか。

顔から夥しい量の汗を流し、魘されている青年。


「はっ。ふぅ、ふぅ」


目覚めと同時に体を起こし、まじまじと自分の両手を見つめる。

彼は自分の両手を見て何を思ったのか、自分の首から垂れる、壁に掛けてある物と色違いのペンダントを握り締め、歯ぎしりを立てる。


「はぁぁ」


深い溜息を吐き、青年はおぼつかない足取りで歩き、部屋の扉を開けると……


「あ! 起きた!」

「優斗兄ちゃん、だいじょうぶ?」


目覚めるのを待ってましたと言わんばかりに、少年少女が優斗を取り囲む。


「ああ、だいじょうぶだよ」

「今日もお外に行くの?」


一人の少女が心配そうな表情を浮かべながら青年に問いかけると、優斗は微笑みながら少女の頭を撫でる。


「ああ、昨日はあまり食料を見つけられなかったからね」

「だめ! 行っちゃだめ!」

「そうだよ! 今日は休んだ方がいいよ」


子供達は優斗を外に行かせまいと、その小さな体で優斗の大きな体にしがみつく。

優斗は泣きじゃくる子供達を説得し、その場から離れる事が出来たが、子供を泣かせてしまった事に罪悪感を感じているのか、表情がどことなく暗い。



階段を下り終わり、長い廊下を歩いていると、優斗の姿を見た一人の迷彩服を着た男性は廊下の端により、立ち止まって敬礼をする。


「優斗様! お疲れ様です!」

「俺は軍人じゃない。そんな事をしなくていい」

「も、申し訳ございません」


迷彩服を着ている男性の方が年上に見えるが、呼び方や立ち振る舞いから、何らかの理由で、優斗は子供だけでなく、大人からも慕われているようだ。


「急遽増員して見張りを続けましたが、それ以降は来ておりません」

「そうか。長時間の警備ご苦労だったな。今日はゆっくり休んでくれ」

「はい!! ありがとうございます!」


 優斗は男性と話を済ませると、再び歩きだし、建物の出入り口の近くにある部屋へ入る。

 部屋の中央に置かれた大きな机には島の地図が貼られ、壁には大小のリュックが掛けられて、棚には缶詰と水が並べられている。


琴美ことみ。寝るならベッドで寝たほうがいいぞ」


 優斗が部屋の隅に置かれたパソコンの前で、掌で顔を隠すように机に肘を付いている女性に声を掛けると、女性は手で顔を拭い顔を露わにすると、ポツリと呟く。


「今朝……二人戦死したわ」


 優斗はペットボトルのキャップを開けようとしていた手を止め、琴美は深い溜息を吐きながら椅子の背もたれに背中を預ける。


「純一と大雅ならいけると思ったのよ。貴方と雅刀ほどじゃないけど、判断力が高くて、物資調達の経験も豊富だから、未調査エリアに行く事を許可したけど……」


 琴美は歯ぎしりを立て、机の上にあるファイルを手で弾いて床に散乱させると、突然立ち上がり下瞼が赤く腫れた顔を優斗に向ける。


「私が二人を殺したようなものよ! 私が許可しなかったら、無線でもっと的確なサポートが出来ていれば、純一と大雅は――」

「琴美。少し落ち着け」

「全部、全部私のせいよ!! 私が仲間を殺しているのよ! 今迄殺された仲間も、純一と大雅も、きっと私の事を……」


 優斗の伸ばした手が琴美の口を覆い、先の言葉を遮る。


「……」

「……」


 優斗が琴美の目を見つめながら首を左右に振ると、琴美は両目から涙を零し、優斗の手に自らの手を伸ばそうとすると……


「琴美! おい、だいじょうぶか!?」

「こ、これ、くらい……だいじ、ぶよ」


 突如膝から崩れ落ち、震える自分の両手を見つめる琴美。

 琴美の様子を見て、優斗はすぐさま近くの棚を開けるが、棚の中を確認すると苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、壁に掛けてある道具を身に着け始める。


「ゆ、優斗……ど、どこに、行く気?」

「病院にフィンゴリモドかナタリズマブを取りにいく」


 フィンゴリモド,ナタリズマブ。

 点適薬と服用薬の違いはあれど、どちらも多発性硬化症の薬である。


「や、やめて。私は、本当に、だいじょうぶだから」

「……」


 琴美の訴えが耳に入っていないのか、優斗は慣れた手つきでベルトにポーチを通し、病院へと向かう準備を淡々と進めていく。


「ゆ、優斗も、昨晩てんかんの、発作を起こして、いたじゃない」

「昨夜のことだから問題ない」


 優斗の昨晩てんかんの発作で全身痙攣を起こしていた。

 本人は問題ないと言っているが、発作後に体に残る疲労感は、十キロメートルを全力疾走で完走した時の疲労感に等しいと言われている。


「お、お願い……私は、んっ! うぅう!」

「琴美。すぐに戻ってくるから、ゆっくり休んでいてくれ」


 優斗は琴美に微笑みかけると、丁度廊下を歩いてきた若い外人男性を呼び止め、琴美を自室まで運ぶように指示を出し、その場から離れようとする。


「いや! 優斗行かないで! もう誰も死んでほしくないの! 一生のお願いだから行かないで!!」


 琴美の涙の訴えも虚しく、優斗は外へと駆け出して行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る