異世界転生したのでチートを活かして召喚魔術を極めようとしたら現代で最強になってしまった話

あずま悠紀

第1話


「私は今、異世界の魔王として召喚された勇者と戦うためにこの世界へ来ていた。相手はチートスキルと呼ばれる反則的な力をいくつも所持した人間だ。

私の魔王の力ではこの世界で最強の人間には勝てない。だが、それでも戦う理由がある。その男を倒すことが出来れば魔王に力を与える神である邪神をこの世界へと導くことが出来るのだ。それからはもう私がこの世界の全てを支配する事が出来るだろう。だからこそ私はどんな手段を用いてでも奴を倒したい。そしてその前にまずはその邪魔をするであろうあの少年を倒しておかなければならないのだが」



――そこで彼女は一度言葉を切り、そして続けた。

「お前達の目的は一体何なんだ?」

そう言ってから俺は答える。

「俺達は別にお前達の国とかそんな物とは関係ないよ」

「嘘を言うな!それならば私達に攻撃するはずがないだろう!?お前達はこの国に雇われているのか?それともこの国から依頼を受けたのか?」

彼女の質問に答えようと口を開きかけた瞬間に横から声が聞こえてきた。

「残念ですけどお姉様。どう考えてもその二つは違うでしょうね。だって貴方の国は魔王討伐なんて考えていないんだもの」

いつの間にそこに居たのか?彼女が振り向くと同時に背後から声が響いた。声の方向を視線を向けるとそこには美しい銀髪を持つ少女がいた。その容姿は非常に整っていて可愛らしいと言うよりは綺麗という表現の方がしっくりくるものだった。

そして同時に感じる違和感のような何か。

それが気になって彼女に尋ねることにする。

「アンタは何者なんだ?どうしてここにいるんだ?」

「それは私の台詞でもあるわ。どうしてこんな場所に貴方達が居るのかし――あら?そちらのお二人は見た事があるような無いような?」

首を傾げつつこちらを見て来た彼女に答える。

「悪いな。多分、会ったことは無いと思うぞ。ただ俺は一応はここの出身だから顔くらいなら知っていてもおかしくはないが」

その言葉で納得してくれたらしく、ああなるほどと言った感じの顔で小さく手を打った後で言う。

「貴方が勇者召喚の時に一緒に呼ばれてしまった方ですね?私はアイナと言います。貴方のご両親と妹さんの件は残念だったと思います。本当に申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にしてきた彼女。その姿を見つつ思う。なんというか非常に嫌味の無い子だ。それに礼儀正しい上にしっかりとしているように感じられる。こういう子が友人として傍にいたのであれば楽しい毎日が過ごせそうだと少しだけ考えた。しかし今はそんな場合じゃないと思いなおして尋ねる事にした。先程の発言の中で気になる部分が有ったからだ。

「なあ一つ聞きたいんだけどさ、どうして俺達が呼ばれたんだ?」

これは俺だけでなくルリアも同じことを考えていたようで、彼女は黙ってうなずいていた。それに対して目の前にいる銀色の長い髪を持つ女性――アイナは微笑みながら言う。

「私にも良く分かりませんがおそらくですけど、魔王が貴方達の世界へと干渉するための準備段階として行った行為だと思われます」

「えっと、つまりは私達が呼ばれたせいでその準備期間が早まってしまったと言う事ですか?」

恐る恐るという感じの声でそう尋ねたのはルリア。するとアイナは再び笑みを浮かべてから言った。

「はい、そういう事だと思いますよ」

それを聞いた直後。俺の胸中にはある一つの感情が生まれた――それは激しい怒りであった。それを自覚しつつ更に尋ねることにした。確認の意味を込めて尋ねておくべき内容だと直感的に思ったのだ。もしこれで違っていたら恥をかくだけだけれど、それでも確認だけはしておいた方が良いだろうと俺は判断したのだ。なので俺はアイナへと問い掛けた。

「ちなみに今からでも元の場所に帰してくれる可能性はあるのか?」

そんな質問に対し、アイナは困った表情になった後で口を開いた。

「残念だけど今の時点では無理ね。今の状態で貴方達を呼んだところで魔王に対抗する手段にはならないもの。それどころか邪魔にしかならないから殺すわよ」

「そっかぁーじゃあさっき倒した人達も実は無駄死になのかぁ~ちょっと悲しいね!」

アイナの返事に反応するかのように口を開いてそう告げたのは妹のサニアだった。そしてそんな彼女に対してアイナは呆れた口調で言う。

「何よその言い草は?貴方は自分の命を狙ってきた相手なんだよ?もっと怒ったりしないわけ?」

「ん?そんなに不思議なこと言ってないよねぇ?お姉ちゃん?」

「確かに不思議ではないけれど。普通は怒るところでしょ?自分の家族の命を奪った人間なんだからさ」

「うーん、そんなのどうでも良いかな!そもそも私達もお父様とかお母さんとか殺されてるしさ」

「あっそう。なら仕方がないね。とりあえずあの二人は始末しないと駄目だよ」

「了解であります」

その会話を聞いて理解できたことは三つ。一つはアイナもまた魔王側の人間の可能性が高いということ。もう一つがサニアと呼ばれた女の子にはどうやら人殺しに関する嫌悪感が無いこと。そして最後に恐らくこの世界では殺人というのは日常的に起こっている可能性があることだ。だからこそ疑問が生じる。一体何故こんなに殺伐とした空気感が存在しているのか?そんな俺の心の内をまるで読み取ったかのようにアイナが続けて口を開く。

「私達は別に好きで戦っている訳じゃないわ。全ては邪神を復活させて全ての魔族の王となるために必要だから戦ってるだけなの。それ以外の事は正直どうでもいい。ただ私達が生きるための食料を調達するのには魔物狩りが必要だけど、それと似たようなものでしょ?」彼女の言葉を聞き終えるとルリアは何かを考えるような顔付きになって呟いた。

「つまりはこの国の人間は私達の世界の人類のように平和主義ではない。むしろ戦争をする為に生き続けている種族だという事なのですね」

「その通りです。この国に住んでいる者達は皆、己が生き残るために日々を生きているのです。そしてその為ならば平気で他人を犠牲に出来る人種。いえ、もはや人間ですら無いかもしれませんね」

アイナは自嘲気味な笑みを浮かべながらそう口にした後で再びこちらへと向き直った。そして少し申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ながらこう言ってきた。

「すみません。あまり楽しい話ではありませんでしたよね?貴方達にだって故郷は存在するはずです。なのにその思い出を語ることも出来ず、その上こうして辛い気持ちになるような話題を持ち出してしまうなんて、なんとも無神経なことをしてしまいました。どうか許して欲しいです」

「別に構わないさ。それに俺はアンタ達の事を責めようと思って聞いてた訳じゃないんだ。むしろ逆だよ。色々と知りたかったんだ。何が原因でこうなったのか?とか。だから気にするな」

俺がそう答えると彼女は安心したように笑顔になって言った。

「ふふっありがとうございます。優しいですね。ですがその優しさは大事にしまっておいてください。きっと貴方の今後に関わることになるでしょうから」

彼女はそう告げた後でアイナへと言う。

「お姉様、私はそろそろ戻ります」

「分かったわ。私達はまだ少し仕事があるからね。もうしばらくここを動けないし、それまでは任せることにするよ」

「分かりました」

そう言うと同時にサニアはこちらへと視線を向けると唐突な質問をぶつけてきた。

「貴方の名前は?あと年齢も教えて欲しいかも」

名前に関してはルリアとかぶるからどうするかと思ったのだが特に悩むことなく俺はすぐに答えることにした。年齢は一応伏せておきたかったけれど嘘を吐くのが下手だと言う自覚は有るのでここは素直に答えておくことにしよう。

「俺の名前はリク。十六歳です」

「ルリアです。十五歳になります」

それを受けてアイナは俺達の顔を見て何かを確認するかのような仕草を見せた後で小さく息をつく。

「嘘は言ってないみたいだね。それじゃあお姉様。私達はまた来――いやまあ近い内にもう一度会う機会が来ると思うけどね」

そうして彼女が歩き出そうとした時、俺は一つ確認したいことが浮かんできていたので尋ねてみる事にした。それはどうして魔王側が召喚を行った際に勇者であるはずのルリアはここにいなかったのかという疑問だった。そして彼女はルリアではなく別の誰かを魔王討伐の切り札に使おうとしていたのかもしれないと考えたからだ。しかしその理由は俺が予想したものとは違っていたらしい。彼女は俺の問いに対して少し驚いたような顔になってからこう答えてくれた。

「ああ、その件は簡単よ。貴方の世界と私達が居る世界の間には空間的な隔たりがあってね。それで私達が此処に呼ばれた時はルリアという人は向こう側で魔王と戦っているところだったの。つまり貴方達を呼んだタイミングでルリアという人も魔王を倒していて、貴方達を呼ばなかったのよ」

それならまあ一応は理解できるか。ただルリアがこの世界に呼ばれるまでにかなりの時間が有ったようだしその間は何をしていたんだろうと気になったので俺は更に問いかける事にした。

「ちなみに俺達が呼ばれた時間より先にアンタらはこっちに来てるけどそれはなんでだ?」

「貴方達を呼び寄せた召喚魔法は本来であれば一人ずつしか呼ぶことが出来ないようになっているんだけど、それとは別に二つの世界をつなげる転移魔術が同時に使われたからだと思う。それが何が原因なのかは詳しくは知らないけどね」

なるほど、どうやら俺は本当に巻き込まれる形でこちら側へとやってきただけの人間だったらしい。しかしそれでもまだ分からない事が有る。俺は一番最初の質問の回答を得るべく口を開いた。

「一つだけ聞かせてくれ。どうしてわざわざ俺達を異世界から呼び出す必要があるんだ?」

するとアイナは微笑んでこう言った。

「貴方が本当に強い人間かを見定めるためですよ。貴方のご両親はこの世界ではとても優れた人物だったんです。けれど魔王の力に屈服してしまった。そこで私達が動いたのよ。貴方が勇者としての適性を持つかどうか見極めるためにね」

その返答を聞いた瞬間。全身が熱くなるのを感じた。怒りによってではない。純粋な恥ずかしさで体が沸騰するように熱いのだ。その感覚に戸惑っていると、サニアが楽しげな声で言う。

「あっそうそう!ついでに私の自己紹介もさせてもらうけど、サニアって名前は偽名だから本当の名は別にあるよ」

「それじゃあその名前を私達に教えるつもりはあるの?」

アイナが問う。それに対してサニアはあっさりと答えた。

「ないかな!お姉ちゃんなら分かるだろうけど私って結構面倒な性格をしているでしょ?だから自分以外の人間の事は基本信じていないから。もしここで私達の正体を教えるとすればそれは貴方達が裏切った時の保険としてだよ」

「つまりはこういうことでしょう?もし貴方が私達に危害を加えようと思えばいつでもできるからその時は全力で抗えという意味。もし抵抗しなければ命までは奪わない」

そんな言葉を聞いて俺は内心で溜息をついた。もしも俺の考えが当たっていた場合。アイナの方から手を出してくる可能性は低いだろう。彼女にとって大事な事は自分達の目的を達成することだけだからだ。だが、万が一。何らかの事情でこの少女が暴走したらと考えると少し怖い。そんな事を考えつつ俺は二人に言うことにした。

「さて、とりあえず話は大体聞けたか?」

「そうですね。おおよその事は分かりました。それとこれから私達は貴方と一緒に行動するつもりでいます。ですので宜しくお願いしますね?」

「よろしくね!」

そうして二人が握手を求めて来たので応じる。その流れでアイナもこちらの手を握る。その際に彼女は少し驚いた表情になって口を開く。

「ふーん。思ったよりもしっかりしているのね」

その反応が少し面白かったのでつい苦笑してしまう。そしてその様子を見ながらルリアも笑った。

それから少しだけ会話を続けたところでサニアは「お姉ちゃん、ちょっとお腹が空いてきたから私は一度城に戻ってご飯食べて来るから後のお世話は任せたから」と告げると足早に去っていった。

残されたアイナに俺は尋ねる。

「そういえばさっきの話の中で気になる単語が聞こえたんで一つだけ教えてほしいんだが良いですか?あのアイナさん」

「何でしょう?」

「アイナって名乗ってますけど本名じゃないんですよね?確か最初に聞いた時はアルフォードという名前だって聞いてましたけど」

「そう言えば話していなかったわね。この国では苗字は持っていないの。この世界には姓が有って当然という考え方が一般的じゃないってことよ。貴方の故郷には名前だけって考えは無いのかしら?」

そんな彼女の問いに対して俺の代わりにルリアが答えた。

「いえ、あります。でも私はあまり気にしたことが無いので詳しくはないのですが、普通は自分の家系の者同士で結婚した場合はその相手の名字を貰うとかなんとか、つまりは結婚していない状態ではその相手とは他人ですよね。だから自分の名前をフルネームで使うことは余り無いはずです」

「そういう感じなのね。私はそもそも親も兄弟も居ないし家も既に無い。だから別に苗字がなくても気にしないんだけどね。それこそ今の私はサニアと同じ立場の人間だし」

なるほど。それじゃあやっぱりこの国の文化は色々とおかしいのかもしれなかった。そして先程までのやり取りを振り返る。俺は今こうして平和に生きているけれど、この世界に住む人々は常に戦争を続けているような状態だった。その事実を知った時、俺の中には今までに抱いたことの無い不思議な感情が生まれ始めていた。それをあえて表現すれば『この人達を助けたい』という想いに近いだろうか。少なくともこの国を滅ぼせば戦争が起こる。それは間違いなく俺達の望まない結果をもたらすことになるはずだ。それに俺達の目的である邪神召喚の為には魔王を打倒するだけではなくて勇者も倒す必要があったりする。つまり魔王と戦えるだけの力が俺達の方にあったとしても肝心の勇者が死んでしまっては何も意味がない。だからこそ俺はアイナに尋ねた。どうして彼女は勇者ではなくて俺に力を与えることを決めたのか?その理由について知りたかったからだ。彼女はしばらく考えてからこう答えてくれた。

「確かに私は貴方を選んだわ。貴方が特別な存在であるということが理由な訳でもないの。私は最初から最後まで私の意志でしか動いていないわ。そうでなければどうして私の妹を助けようとするの?私は妹を見捨てた女なのに」

そう口にした彼女は自嘲するような声で続けて言う。

「私は貴方を利用したいのよ。貴方に復讐をして欲しかった。そしてその力で世界を支配させたかったの」

「つまりはこういうことですよね?私が貴方に負けてしまえば貴方が私の代わりに復讐をする事が出来るようになるかもしれない。けれどそれはあくまで可能性の問題に過ぎない」

そこでアイナは苦笑してから俺に向かって言った。

「流石は勇者だね。頭の回転が速くて助かるよ。ただまあそれだけで全てを話す気にはならないかな」

それじゃあ後は実際に戦いを見てみようか、と告げてアイナはどこかへ行こうとした。けれどそれを呼び止めるようにして俺は声をかける。

「一つ良いか?」

「どうかした?」

「俺はアンタらの事情なんて知った事じゃねえ。正直、こんな馬鹿げた事をやるような奴らと仲間になりたいとは思えない。だけどもしも俺に出来る事が有るっていうのなら協力してやる。それがどんな内容であれ、な。それが約束ってやつだろ?」

「それは私達を信頼して協力してくれると言う意味で受け取っても良いのでしょうか?」

ルリアの問いに俺は迷わず答えた。

「いいや違う。アンタらを信じるかどうかは俺が決める事だから。俺自身が納得するまでは勝手に決めたりなんかしねぇよ」

「成る程。私達が貴方の信頼を得るまで貴方達は私達を信じないと言うことですね」

その発言を受けてルリアは少しばかり困ったような顔をしたがそれでも何かを決めたように大きく息を吐くと言った。

「私からも質問して良いですか?もし、リクが負けた時は私達に協力してくれるんですか?そう言う意味でも構わないのであれば是非とも貴方を試させてもらいたいと思います」

俺はそれに対して少しだけ悩んでしまった。けれど、まあ、良いだろう。

「それじゃあとりあえずやってみるか。それで勝てたら俺はアンタ達に協力するよ。その代わり俺が勝ったらこっちの指示に従ってくれ」

するとアイナは微笑んで口を開いた。

「良いわよ」

「私もそれで構いません。では勝負を始める場所に向かいましょう」

そして移動をすることになった。ちなみに俺達についてきたいと言って来たので連れていく事にした。俺達だけじゃ不安だしな。

*

――そういえば。ふと思い出した。アイナとやらは以前、魔王の配下として現れた事が有ると、そしてサニアとやらも同じく魔王の配下の存在だったと言っていたことを。

そう思って尋ねてみるとアイナからこう言われた。

「魔王の城に攻め込む前の下準備よ。そこで貴方の実力を確かめるの」

どうやら俺達がこの世界ですべき事は本当に沢山有りそうだ。とりあえず目の前の戦いに勝つことだけを考えて頑張る事にした。

「この辺りで大丈夫だろう」

「そうね」

アイナとそう言葉をかわすと俺達は少し開けた場所で向き合うことにした。一応、お互いに距離を取っておく。それじゃあと口を開きかける。

「始める前に確認しておくぞ。この決闘は俺が勝てば今後、アンタはルリアとサニアの二人の面倒を見ること。逆にルリアとサニアが勝てばアイナ、アンタはこの場から立ち去ることで問題はないか?」

「うん。それでオッケーだよ」

アイナが笑顔でそう言った直後。周囲にいた連中は「お前に勇者が殺せるものなら殺して見せてくれ」「そう簡単に倒せれば誰も苦労しないから期待はしてないが、もしもアイナ様に一撃でも与えられたならば褒美をとらせよう」と好き勝手に言い始めてきた。そして俺達からある程度の距離を離した後にアイナが叫ぶ。

「始めなさい」

その瞬間、アイナの姿が消える。同時に周囲を取り囲む者達から歓声が上がった。だがしかし俺は慌てることなく対処する事にする。そう、これは既に経験済みのことだからだ。

俺は腰に差していた剣を抜き放ち、迫りくる拳を受け流す為に刃を向けた。その直後。

ガギン!という音と共に激しい衝撃が走る。だがしかし予想通り俺の方には傷がつくこと無く、むしろ相手の拳が折れてしまう結果となった。そのまま攻撃が中断されたことにより、アイナが驚愕の顔つきになり、それから焦燥感の漂う表情へと変化する。俺は追撃の為に一歩を踏み出し、それと同時に彼女も後ろに飛び退いてから叫んだ。

「ちょっと待った!」

その叫び声を聞いて思わず足を止めた時、周囲の人達から驚きの声が上がる。

「アイナ様が攻撃を途中で中止させるだと?あのお方が一体何に驚いているのか分からないな。きっと勇者は卑怯な手段を使って彼女を傷つけようとしているのだろう」

そう言って男は鼻で笑ったが俺はそれを無視して、アイナに向けてこう話しかけることにした。

「まだやり足りなかったりするのか?」と。彼女はこちらを見ながらゆっくりと首を左右に振る。

「いやいやそんな事は無いよ?ただ、君の攻撃があまりにも早すぎたものだから驚いただけだ」

そう語る彼女は先程の一瞬の出来事を思い出しているようで、どこか楽しげな表情になっていた。それはおそらく俺に対する警戒度を上げる結果に繋がったはずだが、今の彼女にはそれを理解することが出来ないのだと思う。

だから俺は更に言葉を続ける。今度は挑発するのではなくて純粋な興味を示す為の発言をする。その言葉はアイナの闘争心に火を付ける結果に繋がるはずなので問題はない。

「さっきから思っていたんだけど、アンタの速さには驚かされる。でもな、俺はそれよりももっと早い速度を知っているんだ。アンタがどれだけ速いのかなんて俺には関係がない。その気になれば今すぐアンタを殺して見せることだって出来る」

そう口にしながら右手で持っていた鞘を左手で持ったままの状態で彼女の顔面を狙って投げつけてみる。彼女はそれを片手で受け止めた後に不思議そうな顔を浮かべながら尋ねて来た。

「その言い方はまるで自分が勇者じゃないと言っているように聞こえちゃうけど?だって君は勇者だよね?」

「まあ勇者って事にして貰っても別に構わないんだけど、俺の場合は他の人間とは少々違う部分があったりして、それを説明するのが難しいんだよ。ま、そんな話は置いといて。とにかく俺はまだ本気で戦っていない。だから今からは俺なりに全力で相手をさせて貰うつもりだからそのつもりでいろよ」

「それは私も覚悟しろと言う意味なのかしら?」

「ああ、そう受け取って貰って結構だ」

「分かった。そっちがその気なら仕方ないよね。私も本気を出させてもらうとしよう」

「いいぜ。じゃあ、早速、戦わせて貰おうじゃないか。まずは軽くウォーミングアップといくとしますかね」

「え?いきなり全力を出さないのか?」

その問い掛けに対して俺は答える。

「勿論だ。最初から飛ばしても良いことは一つもないって事を俺は良く知ってるからな。だから俺は最初から全速力を出すんじゃなくて相手を観察しつつ戦うのが得意なんだ。そういう戦い方は苦手か?もしも得意な方であれば俺はこの場で戦いを止めることも出来るが」

アイナはしばらく黙っていたがやがて諦めたような声で俺の言葉に従う旨を伝えた。

「良いよもう!君の好きなようにやってよ」

「感謝するよ」

「どうせ私を倒したとしても神の力を手に入れることが出来るのは妹さんだけで貴方じゃ手に入らないでしょう?」

「いや、俺にも少しだけ力をくれるって話になってたりするから、それは分からんぞ」

「はっ。ならやってみなよ。私は君に負ける気は毛頭無いしね」

「そりゃ俺も同じ気持ちだ」

そう答えて俺は地面を蹴った。

そして彼女との距離を一息に縮めてから斬りかかった。当然のように避けられたが俺はそこで止まることなく次の行動に移る。

斬撃を繰り返せば良い訳じゃ無ぇ。そう思ったので剣に魔力を込めることにする。剣の刀身から黒い霧のようなものが出現し始めた。それに目ざとく気づいたアイナは「その技ってまさか闇属性魔術か?」と言い出す。

けれど俺の口から出るのは否定の言葉だ。

「いいや、残念だけど俺が扱えるのはその系統とは違うものなんだよ。悪いな。詳しい説明は後にしてくれ。今は戦闘に集中したい気分なんでな」

「そうかい。じゃあその説明は後日に聞かせてもらおうかな」

「その必要は無い。なぜならここで終わるからだ」

「随分と大口を叩くじゃないか」

「ああ。事実、大口を叩いてるんでね」

その言葉を紡いだ直後に俺は大きく飛び退いていた。アイナの手の中に突如出現した槍の切っ先が首筋に添えられたからだ。俺の回避がもう少し遅れていれば確実に命を落としていたことは間違いない。だが俺は慌てない。冷静さを装いながら口を開いた。

「成る程。やっぱりそう簡単にはいかないようだな」

「当たり前だよ。君が勇者と呼ばれるだけの力を持っているのはよく分かった。でもそれでも私の勝利に変わりはないしね」

「そうかもな。けどアンタもまだ余裕を持ってるようだし油断してると足元掬われるかもしれないぜ?」

そう告げた瞬間。俺は再び踏み込んだ。その攻撃を避けようと思ったアイナだが、俺の放った蹴りを受けて後方へと大きく吹き飛ばされることになる。そのまま追撃を加えようとしたが俺の耳に届いた音で一旦その場から飛び退くことになった。

「おいアイナ!大丈夫なのか!?」

その大声を上げたのはこの国の王子であるラシードという男だった。その言葉を聞いてからアイナは自分の体を確認し始めるとすぐに苦笑した。

「うん。問題ないよ。怪我とかも無いみたいだ」

それから視線を移動させて、地面に着地していた俺の姿を確認すると彼女は呟く。

「なるほど。君、意外にやるじゃん」

「アンタもなかなか強いな。俺にダメージを与えたのは今のところ一人しかいない」

「それ、私が最初の人間だってことか?そう言いたいんだろう?」

「そうだ。つまりはそれだけアンタは優秀な人材だって事さ。だからこそ俺は惜しいと思ってしまうんだ。もしこのまま大人しく帰ってくれたら見逃しても良いと考えている」

その提案を聞いたアイナの表情から感情が消えた。どうやら彼女はその言葉の真意を見極めようと試みているらしいが俺には理解できなかった。そこでラシードの奴が何事かを叫ぼうとしたがそれを止めたのはアイナ本人で「ラシードは少し黙っていて欲しいな」と静かに言うのであった。

そして彼女は改めてこちらを見ると告げる。その表情には怒りのような物が宿っているので俺の言った事が受け入れられていないことが分かるのだが彼女はそれを口に出さずに別の話を振ってきた。

「とりあえず質問がある」

「ああ、構わない」

「君はどうして勇者になった?」

そんなことを問いかけられても困るが正直に答えることにした。そうしなければ会話を続けられないと感じたからな。俺は少し考えてからの返答を行うことにした。

「魔王が嫌いで殺せる力が欲しかったからだな」

「それだと私と同じ考えじゃないか。君は魔王を殺したいと思っているってことでいいのか?」

「いいや、そういう意味で言ったわけじゃないよ。単純に自分の大切な人を守って生きていく為には力が必要だった。その手段が魔王討伐の旅に出て魔王を殺すことだったっていうだけだ。だからアンタと目的が似通ってるだけで俺自身はそんなに強い思いを抱いているってわけじゃ無い」

そう口にするとアイナは何を考えているのか分からないような表情をしてからこう語り始めた。

「そっか、それは良かった。もしも君が私を殺したいという気持ちを抱いていたのならば色々と話が変わっていたからね」

「そうなったら、どうするつもりだ?」

「その時は容赦せずに殺す。だって私は魔王軍側についているからね」

そう言い終えたアイナの瞳に迷いは無かった。それは彼女なりに真剣に俺との戦いを行っている証拠だろう。俺は小さく笑みを浮かべるとアイナに向けて手を差し伸べながらこんな言葉を返す。

「まあ、安心してくれよ。俺も出来れば仲間同士で殺し合いたくはない」

それに対して彼女は驚いた顔をこちらに向ける。そうして「どういう意味だい?」と問い掛けてきたから、俺はその理由を答える事にした。

「別に深い理由は無い。俺だって誰かが傷ついてるのを見て楽しいなんて思える人間じゃ無いからな。それに加えて俺の知り合いは誰一人として死んでほしくない人達ばっかりだ。アンタ達を殺してでも生き残ろうと思うにはちょっと抵抗を感じるくらいさ」

その言葉を受けた彼女は暫くの間、黙り込んでいた。俺の言葉が真実なのかどうか確かめていたのだと思う。やがて彼女は俺に対して一つの問いをしてくる。

「君の力はどの程度のものなんだい?」

だから素直に伝えることにしよう。

「俺は勇者じゃないんだ」

その発言によってアイナは目を見開いた。どうやら信じがたい情報らしく、彼女は俺に向かってこんな風に話しかけてくる。

「まさか君は偽物なのかい?」

「そんな事、あるはずがないだろ?俺だって本物に会ったことがあるんだからな」

俺の回答に何かを感じたのだろうか、しばらく無言で俺の事を睨んでいた。その眼差しは「絶対にお前を倒して見せる」という意志を感じさせるものだった。しかし俺は彼女に構わずに次の行動へと移った。そうすることで少しでも戦いの中で生じる隙を無くそうと考えたのだ。

「ところでアンタに聞きたいんだけど良いか?」

「私の名前はアイナだ」

「そいつは悪かったよ。で、アイツって名前は何て言うんだ?」

そう言ってから視線を遠くに向けた。

そちらの方角に立っていたのは俺とそっくりな容姿をしている少年、つまりはルリアと呼ばれている俺の仲間の姿を見てアイナは不思議そうに問い掛けて来た。

「それがどうかしたのか?」

「いや、アンタは俺を倒そうと躍起になっているから知らないかも知れないけど、あの男は今、此処に居る連中の中でも最強クラスの実力者だから、アイツがどれ程の強さなのかが気になってな」

そう語る俺の視線はアイナから外されていない。

彼女の動きに注意を払い続けているからだ。その様子にアイナは不審感を抱いたようで、しばらく沈黙を保った後に俺の傍まで近寄ってから小声で「何を企んでいるのかい?」と言ってきた。

どうやらアイナにも今の状況が不自然に思えたらしい。それは好都合だと思いながらも俺は特に反応を示すことなく戦いを続ける。そんな俺の態度にイラついたアイナは声を大きくさせながらこんな言葉を口にしてきた。

「君の戦い方は非常に面倒だ。私の槍術は相手の死角を狙って攻撃を放つことが前提の技。けれど君の動きはそれじゃ通用しない。だから教えてくれないか?一体どんなカラクリを使えばあんな化け物をこの場に連れてこれたんだ?」

「その答えを俺から聞かないと戦わないって言うのなら教えてやってもいいぜ?」

俺の発言を受けてアイナは不愉快そうな態度を示してきたがすぐに元の冷静な顔に戻るとこう尋ねてくる。

「ふざけてるの?」

「違うよ。こっちとしても出来る限り戦闘は長引かせたくないからさ。お互いに時間の無駄遣いってヤツは避けていきたいじゃないか。俺達は仲間が一人増えた状態でこの場所で戦う事になる。そしてアイツがどれだけの力を持っているのか、その実力が未知数の状態じゃアンタも攻めきれないだろ?」

俺の説明を受けてアイナは黙ってしまった。それからやや間を空けてからこう返してくれる。

「確かに一理有るかもしれないね。ただ一つだけ訂正させて貰うけど私はあの子の力を把握できているよ」

「それなのにアンタの口からアイツの情報を聞き出そうとしているのか?それはどうしてだ?」

「君が本当に信頼に値する人間かを確かめる為だよ。だから私は正直に答えるつもりさ。君が信用に足る存在であれば、ね」

「そうか。分かった。じゃあ話しても良いかな?」

俺の質問にアイナは無言のまま先を促すように顎を引いた。だからその動作に合わせて俺はアイナに語り出す。

まず俺が勇者召喚された際に得た能力については伏せておくことにする。それを説明してしまうことでアイナがどのような判断を下すか分からない。だから黙っている事にした。その代わりに彼女が求めていた情報を提供しようと考える。つまりは俺ともう一人の男との戦力の差について話すということだ。その事実を知ったアイナの反応を見たいと考えたからである。

ただ、その事を語るにあたって、俺は自分の胸元に触れて、その内側から溢れ出していた光を思い出す。それは紛れもなく星晶獣が生み出した力だと言える。俺はその力を用いてこの世界を滅ぼそうと考えている男と戦った事があるが敗北してしまったのだ。だからこそアイナに告げてやる。「アイツは俺よりもずっと強い」と。

だが俺はそのことを決して悲観的には考えていなかった。何故ならば俺はその事実を受け入れた上で、どうにか生き延びようともがいているからだ。だからこそ俺はその時に手に入れた武器、《エクスカリバー》を取り出した後にアイナに視線を送り告げた。

「さあ、そろそろ続きを始めても良いか?もう十分だろう?」

そんな問いかけに対してアイナは苦笑してからこう答える。

「そうだな。どうやら私達には時間が無いみたいだし、さっさと決着をつけるとしようか」

彼女はそう口にすると構えを取った。それと同時にラシード王子が何事かを叫び始めたのが聞こえたが、無視して戦いに集中し始める。こうして俺とアイナの戦闘は第二ラウンドへと突入するのであった。

2 そして俺とアイナとの戦いは更に加速する事となる。互いに相手の弱点を突いて一撃を与える為に全力で動いている状態なのでその速度はとても速いものとなっていたのだ。そして俺はその状況下で《エクスカリバー》による斬撃を何度も繰り返し放つ。

しかし相手であるはずのアイナの姿が急に現れたと思った直後、彼女は俺が放った攻撃を容易く受け止めてしまうのであった。それはあまりにも異常な事態だ。なぜなら俺の攻撃は完全に虚を突いたものであり、アイナが対応できるタイミングではないと思っていたからだ。

だが俺の予測に反して、彼女はその一撃をしっかりと防ぎ切った。そればかりかこちらの腕を掴んだまま俺の身体を投げ飛ばし、地面に叩きつける。そうして俺が起き上がろうとするより先に攻撃を仕掛けてくるのだが、それを防ぐのに意識を向けた所を狙われてしまい、今度は腹に蹴りを食らう。

「ぐぅ!?」

痛みに耐えながら、なんとか起き上がることに成功した俺は即座に距離を取る。そんな俺に対してアイナは「凄いね」と感心するような口調で言うのであった。

「今のをどうやって対処したんだ?」

「簡単なことさ。私も君と同じことが出来るようになったんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、俺はアイナから感じていた違和感の原因が分かってしまう。つまりは俺がルリアから貰った《剣》の能力を使用してアイナの目の前に移動出来たのと同じように、彼女も何らかの方法で俺の目の前に転移を行ったのではないかと考えられる。

おそらくだが、アイナも勇者が持つという特別な力を与えられた人間であり、彼女はその力を利用して俺の攻撃を受け止めていたのではないかと推測する。でなければ、いくら俺に身体能力の向上する加護が与えられたとはいえ、勇者でない人間の腕が折れるような攻撃は放てないだろう。そう考えた俺にアイナが尋ねて来た。

「私も同じことができるというのを知って驚かないんだね」

「なんとなく察したからな」

「ふーん、そういう態度を取るってことは私がどういう人間なのかが予想がついているってことかな?」

「いいや、俺の故郷ではこういうのは漫画の世界だけで起きる現象だったから、アンタの行動原理に理解は出来ても、納得は出来てないだけだ。要はアンタが勇者だってことを疑っていないってわけじゃない」

「なるほどね。君の言う通りさ。勇者というのは勇者の力が宿った聖具を持つ人間がその資格を得る事が出来るんだ。だから普通の人間が勇者になることは出来ない」

「でも、そんな話を信じる奴なんて、ほとんどいないんじゃないか?俺の国には勇者の伝承なんて全く無いしな」

俺の返答に対してアイナは首を傾げるような動作を見せた後に「それはおかしいね」と言いながらこんな事を口走る。

「勇者ってのは本来この世界に存在しない概念なのさ。だからこそ私達はそれに近い存在を人工的に造り上げようとしたんだ」

その発言は衝撃的なものであった。だが俺はその事をすぐに受け入れられた。何故なら俺はつい数時間前に星晶獣の力を借りてこの異世界にやって来た人間の一人だからだ。そう言う意味を込めてアイナの方に視線を向けてみると、彼女は無表情な顔のまま、こんな言葉を紡いでくる。

「私達の国はこのグランサイファーという船に乗ってやってきたのが最初の人物だと言われているよ。そこから長い時間をかけて、私達の祖先に当たる人々は星晶の力を使って様々な発明品を生み出して、それが今に至る技術の基礎になったってわけさ」

彼女の語った内容が真実なのかどうかを判断する材料はない。しかし少なくとも今の言葉の中には俺にとっては信じても良い要素が含まれていた。

「まぁ、とりあえずはそれで良いとして。じゃあ、そろそろ再開と行こうか」

そう言ってから俺の方から動き出す。そしてアイナも俺に向かって突っ込んできた。そして互いに至近距離で拳を交え合うこととなる。だが、俺はそこで奇妙な事に気付くことになる。先程までの攻防はお互いが相手の行動を完全に予測したうえで、その上で相手を追い詰めるという作業になっていた。だから相手がどんな行動を取ろうとも関係無かったのだと。だが、今は状況が少し違っている。つまり、アイナの繰り出す技の全てが完璧に読み切れなかったのである。

アイナの振るう技は、どれも完全に隙がないように思えた。だから俺はその全てに対応することが出来ない。結果として俺の防御が甘い箇所ばかりを的確に狙って攻撃を放って来る。それはまるで攻撃の軌道を読まれていることを理解した上で、あえてそうしているかのような印象を抱かせるものだった。

(どうして俺の動きが読まれている?)

その疑問を抱きながらもアイナの攻撃を受け流しつつ、どうにか回避しようと努力する。しかしその行為は上手くいかないもので、むしろ自分の体勢を大きく崩してしまいそうな場面が増える一方であった。それでもアイナが攻撃の手を休めることはなかったので俺はひたすら逃げる事しか出来なかった。

そしてしばらくそうした状態が続いた所で、俺は反撃に転じる為の方法を考える。しかし何も良い考えは浮かんでこないので結局はこのまま逃げの一手を打ち続けるしかなかった。そんな俺にアイナは呆れた声色でこう言った。

「君は何の為に戦っているんだ?」

「別に戦う理由なんかは無い。ただ、アンタみたいなのを相手にしてたらこうするのがベストだと判断したからだ」

「それは残念だよ。君がもう少し強い相手だと思っていたのに、これじゃ期待外れだね」

「そいつは悪かった。だが、アンタも悪いと思うぞ。俺はアンタみたいに強い奴と戦った経験が少ないんで、ちょっと調子が悪くなってるだけさ」

俺がそう返すとアイナは小さくため息を吐き出して、俺の顔面に向けて思い切りパンチを放った。俺は咄嵯にその一撃を受け止めるが、その瞬間、強烈な痛みと共に視界が大きく揺れる。どうやら頬骨の一部が砕けたらしい。しかもそれだけでは終わらずに身体全体が吹き飛び地面を転がる羽目になってしまう。

どうにか立ち上がったところで俺と目が合ったアイナは再びこちらへと近付いて来て、俺の首を掴み上げた。そうしてそのまま宙に持ち上げられたかと思いきや地面に何度も叩きつけられてしまう。そのダメージで俺が完全に動かなくなった事を確認した後、彼女はつまらなさそうな表情でこう言い放つ。

「まったく、これで本当に終わりかい?」

俺はそんなアイナの問いかけを無視してこう告げた。

「そうだ。俺には勝てないと分かっただろう?ならもう止めようぜ。お互いに得るものなんて無いはずだ」

「そうはならないね。確かに君はこの世界にとって危険過ぎる人間かもしれない。けれど、この国にとっても放置できない問題だと思うんだ」

「だから殺すのか?」

「そのとおりさ。君が大人しく殺されてくれると嬉しいんだけどね」

「悪いけどそれは出来ない相談だな」

俺の返事に対してアイナは笑みを浮かべてこう口にした。

「それならしょうがない。死んでくれ」そんな言葉と同時に、俺の首に添えられていたアイナの手に力が加わるのが分かる。この世界の連中も、どうやら命乞いを聞くつもりなど最初から無かったらしい。だが俺の命運は既に尽きかけている。だからこそ俺は《エクスカリバー》の能力を使用する事にした。その力があればどうにか生き残る可能性を見出だす事が出来るのではないかと思ったからである。

俺が使えるのは一度だけであると聞いていたが仕方あるまい。ここで殺されるくらいならば俺は全力でその能力を行使してやろうと考えたのだ。そして《エクスカリバー》を発動させた結果、俺の身体に変化が起きる。

全身が淡く光り輝いたかと思った直後に、俺はその場から一瞬にして移動を行い、そしてアイナの攻撃をかわす事に成功する。だが彼女はすぐに体勢を立て直してこちらを攻撃してきた。だが俺の移動の方が早いらしく、攻撃を紙一重の差で避ける事が出来た。その後も俺は《エクスカリバー》による斬撃の雨を避ける為に動き回る事を余儀なくされるのだが、俺はその間に新たな力を体得していた。それというのもアイナは勇者として覚醒した事により、特殊な能力を身につけたようで俺には一切の余裕が無い状態になっているからだ。

そして俺は戦いながら考える。アイナが持つ特殊能力はおそらく時間制限があるのだと。そうでなければこんな簡単に勇者として目覚めるとはとても考えられない。恐らく彼女の場合、その力は常時発揮されているわけではないと思われる。だから俺はその効果が失われるまで逃げ切る事に全神経を注ぐことにした。そして数分が経過したところアイナから「あれ?もしかして私の能力が効いてないのかな?」という言葉を耳にすることになる。やはり思った通りであった。アイナの能力には時間的な制約が存在していて、それが切れるまでは無敵の能力であるのは変わらないが、その効果が切れるタイミングでは俺にダメージを与える事は難しくなっているという訳だ。つまりはアイナの切り札ともいえる《勇者の能力》にも穴が存在するのは間違いないようだった。

だが俺はそこで一つの事実に気がつく。勇者アイナが持つ特殊能力の効果は《剣聖》の能力によく似ているということだ。俺の持つ加護の力では、相手の技を吸収することは出来ない。それはつまり勇者としてのアイナは加護の力とは全く異なる独自の力を有しているということになる。

(もしもそれが俺と同じものであるとしたなら、この戦いは圧倒的に不利になる)俺の身体能力を上昇させてくる《加護の力》と似たようなものがあるとするならば、その対策を立てられるまで、アイナの攻撃は回避しつづけなければ生き残れないからだ。しかし現状は厳しい。だから何か手立てを考えなくてはと考える。

そこで思い出したのは《加護の書》の存在である。あれを使用すれば俺は一時的にでも強くなれる。そしてアイナの持つ能力をコピー出来るかもしれないと考えて、すぐさま使用を試みるが反応は無かった。だが俺はそこでふと思うことがある。そもそもアイナには何故、他の星晶獣達と違って契約を行う為に必要なアイテムが存在しないのだろうか。そう考えていく内に一つだけ可能性がある事に気が付く。もしかすると、アイナは他の勇者とは違い星晶獣達から与えられた力では無い別の方法で勇者になったのではないのかという可能性が生まれてくる。

(もしそうだとすると、俺にはもう勝ち目はないってことになるぞ?)そう考えて俺は慌ててしまうが、今はそんなことを考えていても意味はないと気付く。なのでまずは今この瞬間にどうするべきかを冷静に考えた。

(逃げるか、それとも戦いを挑むべきなのか?)どちらにせよリスクはあるだろうと考えながらもアイナの攻撃を受け流しつつ、隙を見つけて蹴りを叩き込んでみたが、やはりダメージを与えられている様子はない。これはダメだと思いながら必死に逃げ回っているうちに俺が発動させていた能力がついに効果を失い、再び元の状態に戻ってしまう。その結果、今までよりも更に苦しい状況に陥った。アイナの攻撃は相変わらず苛烈でまともに防御行動を取ることも出来なくなり、どうにかこうにか逃げ回るだけの作業となってしまう。

だが、そんな俺の窮状を見てアイナはこう言って来た。

「もう良い加減諦めたらどうかな?これ以上、私と戦う必要もないはずだよ」

「そうだな。俺も正直言ってそう思いたい。けどそうもいかないんだわ。こっちもこっちの事情があってさ」

「君の都合なんて知らないよ」アイナは呆れた声で言うと攻撃を仕掛けて来るが、その動作には明らかな隙があった。なので俺がそこを狙うように反撃を放つ。

その攻撃によってアイナは怯んでしまい、思わず攻撃の手を止めてしまうが、それもほんの一瞬の出来事だ。次の瞬間には再び猛攻が再開する。

だが今の攻防の中で俺が得られたものも存在していた。

それはアイナに決定的な弱点が有るという情報だ。その欠点を見抜くことが出来たおかげでどうにか彼女を殺すことが出来るのではないかと俺は考える。問題はそれを実行に移す手段であるが、その前にやるべき事があるので先にそちらを終わらせることにしよう。

俺は《エクスカリバー》の効果が終了すると即座に、《白銀の騎士の鎧(ライトインゴットシリーズ)》を纏うことにする。そしてそのまま一気に駆け出した後に、アイナとの距離を詰めて、攻撃を放った。アイナはそれをギリギリで受け止めて、押し返すことに成功した。それから反撃へと移ろうとするが俺は《縮地》のスキルを利用して距離を取り直したので、アイナの一撃を回避する事に成功する。

俺はアイナに反撃の機会を与えないように、次々と攻撃を放ち続ける。そして彼女が反撃に転じる余裕を失う程に攻撃を畳み掛け続けた後、《白夜ノ型》を使用し、俺の姿をアイナの視界から消し去ることに成功をする。

「なんだい!?何が起こっているんだ!」そんな驚きの声が背後から聞こえてきたが無視だ。

俺はその声が聞こえると同時に、その場から離れてしまう。そして俺が先ほどまで居た場所に向かって無数の斬撃が飛んできたのを確認する。

俺の使った技の名は【月牙天衝】と言うものだ。《エクスカリバーIII》にセットされている《大罪の業剣》の一つで『憤怒』と呼ばれる剣を使う事で使用可能となる奥義のようなものである。

《エクスカリバー》の能力を使っても、この技は使用不可能だったが、どうやらこの世界で手に入れた《剣聖》の加護のおかげか使用する事が出来るようになったのだ。

「ちっ、逃がしたか!なんなんだいったい!?どうしていきなりこんなに強い力を発揮できるようになったっていうんだ!」

俺はアイナの言葉に対してこう返事をしてやった。

「そりゃお前、加護の力を手に入れたからじゃないか?」

「なるほどね。確かに加護を手に入れてから、かなり身体の調子が良いのはその通りだけど、まさかこれ程の差があるなんて思いたくなかったね」

「そうだろう?俺だってこの世界に来てからは散々苦労したんだよ」

そう言いながら、今度は俺から仕掛ける。アイナは《勇者》として覚醒してからかなりの時間を鍛錬に当てていたらしく俺から見ても高いレベルを持っているように見えるが、その戦闘能力は決して高いとはいえない。だからこそ俺はそこにつけこむような攻撃を何度も繰り出して行った。《縮地》を駆使して動き回りながら《白銀の刃》を投擲したり、《月閃》の能力をフルに活用して斬撃や衝撃波を飛ばしてみるが、アイナは全てを防ぎきれずに、小さな傷を負っていく。そんなアイナの姿を見たところで俺は《エクスカリバー》による強化効果が終了した。それと同時に俺が放った最後の斬撃がアイナの胸を大きく切り裂くのが分かる。どうやら完全に致命傷を与えたようだ。

だが、ここで油断をしてはいけない。相手は勇者なのだ。《勇者》とは俺の知る限りで最強の力を持ち合わせた化け物であり、その戦闘力に関しては他の勇者達の比ではないからだ。だが、それでも俺はこの好機を逃すまいと思ってアイナに対して更なる追撃を行おうとした。だが、その時であった――

アイナが俺の攻撃を受けて吹き飛んだ直後で地面を転がりつつも、体勢を整えて立ち上がったのが見えたので、それに合わせて止めを刺そうと《白騎士》の力を使った斬撃を放つ。

《加護の書:白銀之書》を使用すると共に、そこから得た力で、俺が振るった《加護の力》に込められた斬撃の力を増大させ、さらにアイナに直撃した。

これで決まったと思った瞬間だった。突如として俺の背後に何者かが現れた事に気付き、反射的に振り返りつつ、《加護の力》で生み出した巨大な盾を構えた。

するとその刹那に凄まじい衝撃が全身を駆け巡る事となり、その力に押し負ける形で俺はその場から吹っ飛ばされてしまった。地面に倒れ込みそうになったところを《縮地》を使いどうにか堪える事に成功したのだが、その一瞬の間に生じた隙を狙っていたアイナが、まるで神がかった動きを見せた。その速さは今まで見せて来たどんな攻撃より素早く鋭いもので、しかもアイナが持つ剣は《勇者の聖装》という《勇者》だけが扱える特別な聖剣であるという事がすぐに分かった。

俺の剣がアイナの体に触れたかと思うと、次の瞬間にはその剣は弾かれてしまっていたからだ。《加護》による攻撃は間違いなく通用しない。それがはっきりと理解できた瞬間だった。

俺の体は《勇者》の力の前に屈服してしまい、為す術もなく地面に倒れ伏してしまう。そこで俺が感じたのは屈辱でも敗北感でもない。

アイナの強さを心の底から称賛する気持ちだった。恐らく俺よりも強いだろうと思われる人物を倒せるという事実。それは素直に喜べる事実だった。もしも、俺に加護の力が無かったのならば確実に勝てない存在だろう。だが加護という力は俺に与えてくれた。

俺はまだ戦う意志を失っていないとばかりに起き上がると再び攻撃を仕掛けていくが、それを阻むようにしてアイナも動く。俺の動きに対応して攻撃を放って来るのだ。

その結果、激しい斬り合いになるのだが、次第に俺の体に切り傷が増え始める。アイナの方は未だに無傷に近い状態だと言うのに、俺が押され始めているという状況。これは一体どういうことだろうかと不思議に思っていると、そこでアイナの持つ《勇者の聖衣》と《聖剣》について思い出すこととなる。

《勇者の聖具》と《勇者の武器》は、他の星晶獣や魔王が所持しているものと比較すれば非常に希少性が高い武具だと言えるだろう。《勇者》の持つこれらの装備は特殊な力を宿していて《勇者》以外の人間には扱うことが出来ない。そしてこの二つの武具は非常に強力で、特にアイナの場合はこの《白の騎士の鎧(ライトインゴットシリーズ)》に匹敵するレベルの強力な防具を所有しているということになる。

俺はそれに気付いた途端にアイナから繰り出される連撃を必死になって回避し始める。その速度はアイナ自身の速度と《加護》の効果を底上げすることで得られる加速によって生み出されているものだ。そしてアイナは更に加速すると俺を圧倒し始めた。だが俺もただ無様に逃げ回っているだけじゃない。俺の《加護の力》は俺自身を強化するだけではなく周囲の空間にも影響を及ぼす。それはアイナも例外ではなかった。俺の力が及ぼす範囲にいることでアイナもその影響を受けることとなる。その結果、俺に近付こうとするアイナの行動は、俺とアイナが戦闘を始めた頃よりも鈍くなった。そしてそのせいでアイナは余計なダメージを受けることとなる。アイナはそれに気付くと、俺から少し距離を取ろうとしたが、その時にはもう遅かった。

「《大天使の抱擁》」

《加護の力》がもたらす能力の効果が俺の周囲に広がっていく。その効果を受けたアイナは苦痛の表情を浮かべて動けなくなったが、どうにかして逃れようとして暴れ回るが、無駄な足掻きに過ぎない。アイナはやがて自分の身に起きている異変を理解すると怒り狂って叫んだ。だが、俺の方はアイナの叫びを聞いている暇はなかった。既に限界まで加護の力を使ってしまっているからだ。

そのおかげか俺の体が悲鳴を上げていた。そしてこのまま戦い続ければ間違いなく俺の命は無いと直感で分かってしまった。なのでこれ以上の戦いは無理だと判断する事にした。俺は即座に《縮地》のスキルを使う事でアイナとの距離を離すと、《白騎士の鎧》に籠めた力を解き放つ。

それによって《白銀の装甲》に蓄えられていたエネルギーが全て開放されると同時に、白銀色の光を放ち、《エクスカリバーIII》が発動可能状態になる。俺はそれを確認するなりすぐさまアイナへと告げた。

「終わりにしようぜ」

俺の言葉を聞いたアイナは一瞬呆気に取られた顔をするが、その直後に何かを思い立ったのか、ニヤリとした笑みを見せるとこう言って来た。

「いいや、まだ勝負はこれからだ!」

そしてアイナは《聖剣エクセリオン》を振り上げると同時に俺に向けて攻撃を放つ。その一撃は明らかにこれまでと比べれば遥かに強力なものだった。恐らくアイナが使える最強の一撃が俺に向かって放たれたのだと思う。だがその一撃を放った後の反動は大きく、その動作には大きな隙が出来てしまっている。

俺はそのチャンスを逃さずに、アイナへと迫ると、全力を込めた一撃を放った。

その一撃を受けて、アイナの身体が大きく吹き飛び、俺達の戦いは遂に決着を迎えたのだった。

《聖槍グングニル》 【ランクSS】

『加護:聖』【必要魔力:500】【攻撃力:S+】

『能力:貫通』

《エクスカリバーIII》から《エクスカリバーIII:白夜ノ型》へと進化した《加護の力》の《聖剣》。

その《加護》の力を用いて《エクスカリバー》を召喚することが可能となる他、全ての《加護》の能力を発動することが出来る。ただし《加護》の能力を行使する為には常に《加護の力》を蓄積した状態にする必要がある為、常に全速力で走り続けることが求められる。また《白夜の翼》のように《加護》の能力を使用し続ける時間に制限がある場合は《加護》の能力を使用することが困難になる可能性がある。

《大罪の剣》《憤怒の盾》《怠惰の首飾り》《色欲の手錠》 ◆グラン 本作の主人公であり、最強の騎空士と呼ばれるほどの実力の持ち主。《七つの原初たる存在》の1人であり、「大賢者」「錬金術師」と呼ばれている存在でもある。

◆ロゼッタ 元帝国の女将校で星屑の船団の船長を務める妖艶な美女。

その正体はかつて帝国に所属していた科学者だった。

◆ルリア 主人公の仲間であり蒼い髪の少女。星晶獣星の民の末裔。

不思議な力を秘めており、他人の感情を感じ取ることが出来る特異体質。

※本エピソードには残虐な表現が含まれています。

この先に進む方は十分にご注意下さい。

※残酷描写につきましては、今後もかなり過激なものが出てくると思いますので予めご了承願います。

**

――俺とルリアは目の前に居る2人を見て唖然としてしまった。

何故ならそこには血だらけで倒れ伏している《勇者》のアイナの姿が有ったからだ。

彼女は俺達が見下ろす中、微かに動くと声を出すのが分かった。

どうやらまだ生きているらしい。《勇者の聖衣》と、アイナが所持していた《加護の力》のお陰だろう。

ただそれもいつまで保つかは分からない。アイナは意識を保つだけでも苦しいはずだ。しかしアイナはすぐに口を開いた。そして、そのまま語り始める。その内容は信じられないものだった。

《勇者の聖衣》とは、元々アイナの故郷に存在していた技術を元に、彼女の父、つまりは国王が開発したもので、その効果は凄まじいものがある。だが一方でデメリットも存在するという。それは《勇者の聖衣》を着込んでいる間、装着者は他の星晶獣や魔王が持つ特殊な武具を装備する事が不可能となってしまう点だそうだ。

「私の持つ《勇者の聖具》は《勇者》の身体能力を格段に引き上げる。けれどその代わりに他の武器や魔道具などは扱う事が出来ないのよ。その代償として《勇者の聖具》を身に付ける人間は肉体が耐えられない程の痛みと、それに伴う激しい倦怠感に見舞われてしまうことになるわ。だからこうして私はいつも《勇者の聖衣》を着ているんだけどね。貴方と戦う前もそうしていたでしょう?」

アイナはそこで言葉を切ると共に苦しげな顔を見せた。それから、ゆっくりと起き上がる。そして俺を見上げて言った。

「でもまさか、こんな形で追い詰められるとは思ってなかった。正直、悔しいわ。私が貴方に対して勝てるのは加護の力で得た一時的な加速だけだと思っていた。だけど違った。《聖剣》による加速すらも追いつかない速さを持つ人間が本当に存在するなんてね。これは私の完敗みたい」

するとそこでルリアがアイナの前に立つと優しい口調で尋ねた。

「どうしてあんな酷いことばかり言うんですか?確かにあの人の態度はとても良いものとは言えません。でもアイナさんがそんなことをする必要は無かったんじゃないですか!?」

するとそこでアイナは静かに首を横に振ってから答えた。「ううん、必要だったんだよ。私は復讐の為に戦っているんだから」その瞬間、俺は思わず息を呑む事になった。アイナが俺達に見せた笑顔が余りにも辛そうなものだからだ。だがすぐに表情を変えると続けて言葉を紡ぐ。

「でもまあこれで終わりだね。後は任せたからさ」

その台詞を言い終えた直後、アイナは地面に倒れ込んだ。慌てて近寄ると、俺の体に寄り掛かるようにしながら呼吸していることが分かる。そして彼女が《勇者の聖具》を解除したらしく、徐々に加護の力が無くなっていく。同時に俺自身も体に纏っていた《白銀の装甲》の力を解いた。そして改めて《勇者の剣》に視線を向けてみれば既に消えている事に気付く。どうやらアイナに《白騎士の鎧》を渡した際に一緒に《白夜の装甲》に込められた力の一部がアイナに渡ってしまったようだ。俺はその事に内心舌打ちをしながらもルリアの方に向き直る。すると、そこには悲しんでいる少女が一人。

そしてその隣に立つ少年もまた同じ気持ちを抱いていることが見て取れた。「どうしてなんだろうな。僕はアイナちゃんのこと友達だって思ってきたはずなのに、それと同じぐらい憎んでいた筈なんだ」

その言葉で俺は全てを理解する。

《勇者の聖衣》と《エクスカリバー》の二つの強力な装備を失った状態で、このグランサイファーに乗っているアイナでは《星屑の連環》との戦いの中で生き残れる可能性は低い。それは恐らく、もう戦う意思が残っていない彼女にとっては絶望的な未来なのだと思う。その事実を理解した時、アイナは自分と友人との関係がこのまま続いて欲しいと願わずには居られなかったのだと思った。だからこそ、アイナは最後の最後まで自分が傷ついても良いと考えながら行動したのではないか。そう考えずにはいられなくなってしまった。俺にはそれが痛い程理解出来てしまったからだ。

だからこそ俺はアイナを抱き抱えるとそのまま歩き出す。向かう先は医務室。

俺はアイナに告げる事にする。これからお前の代わりにこの艇に乗る人達を守ってみせるから、安心して眠ってくれと。そのおかげかアイナは俺の言葉を聞くなり小さく微笑みを浮かべるのだった。

*

* * *

その後、アイナは《星の民》の科学者である父親、その部下であり親友であった《錬金術師》の母との間に生まれてきた子供だった。そして、母はアイナを産んだ後、自ら命を絶つ。その事を切っ掛けにして、アイナの人生は大きく狂ってしまったのだと思う。《勇者の聖衣》の適合者となったアイナは《星屑の連環》に狙われ、《聖剣》を奪い取ろうとする組織からも追われるようになったからだ。

やがてアイナが《勇者》の力を得て間もない頃に《星屑の連環》のリーダーは《魔王》を討伐すべく行動を開始する。その際に偶然にもアイナはその場に出くわしてしまったのだという。《勇者の聖衣》を着ていれば問題無かったが生身の状態では《星屑の連環》を相手に生き残る事は出来なかったらしい。

そして《星屑の連環》は《聖剣》を奪った上で、更にアイナを殺す。しかし《勇者の聖衣》の力は絶大であり、《星屑の連環》はそれを奪おうとしていた組織の手に渡る前に処分しなければ危険だった為だという話を聞かされたという。結局、《勇者の聖衣》の力を完全に自分の物とするべく、組織に捕まった時に洗脳を受け、最終的には完全に自我を失う形で操られる存在となってしまったそうだ。その話をしてくれたアイナの様子は明らかに普通ではなかった。だから彼女の記憶を取り戻す為の旅が始ったのだと思っている。

そして、アイナはこう言った。「私が持っている《勇者の聖衣》はただの強化の為の装置なんかじゃない。本当は《聖具》なのよ。《加護の力》が込められた《勇者》を強化するための兵器があれなの」

《聖剣》とはまた別の能力を持ち合わせた武器の事を言うのだという。だが、その仕組みは極めて特殊で、普通の人間に扱えないらしい。何故なら使用者の意思によって自在に《勇者の聖衣》の機能を変更する事が出来、しかもそれを着込んでいなければ他の《加護の力》を扱う事すら不可能な状態になってしまうという厄介な代物らしいからだ。

《勇者の聖衣》を常に装着していないと他の《加護の力》が使えなくなってしまう。これは本来ならば絶対に起こり得ない現象らしい。《加護の力》は本来、どんな状況においても使えるはずのもの。だからこそ、もしも《勇者の聖衣》を着用していない場合に限って他の《加護》が使えないという事態が起きたとしたら、それは大きな隙を生み出す事になるだろうという話だった。

そして《聖衣》の装着者である勇者が何らかの要因により死亡した場合は《勇者の聖衣》も失われるらしい。つまり俺の《聖剣》と似たような仕組みになっている訳だ。ただしこちらの場合は勇者が死ねば同時に強化の力が解ける《勇者の聖衣》と違って《勇者の聖衣》の力を身に宿す《勇者》は死ぬ事が出来ないらしい。それは勇者が死んでしまえば、自動的に次の《勇者》が現れるようになっているからだそうだ。つまり俺達が戦っている最中に俺が殺されても《白銀の甲冑》と、《勇者の聖衣》は共に残り続け、アイナと同じような《加護の力》を使い続ける事が可能な状態になるのだと言う。そう考えると恐ろしい性能を持った《勇者の聖衣》と言えるだろう。《勇者の聖衣》は《勇者》が死んだ場合でも残るらしいのだがその場合は新たな《勇者》は現れない。何故なら勇者が生きている間に《加護の力》が蓄えられていた分しか《勇者の聖衣》を使うことが出来ないからだ。

「私の持つ《勇者の聖具》は《勇者聖具》と呼ばれる特別なものでね、私の意志次第で自由に性質を変化させられるわ」

そう言いつつアイナは《勇者の剣》に変化させる。「私の意志に従って変化する武器ってことだよ」とアイナは言う。それから、俺は尋ねることにした「アイナ、俺達と一緒に来ないか?」すると彼女は驚いたような顔を見せてから「どうしてそんなことを言えるのかしら?」と言ってきた。その問いに対して俺も質問で返すことにする。「逆に聞くけど、なんの為に戦うつもりなんだ?」と尋ねればアイナの顔に迷いが生まれるのを見て取ることが出来た。

俺はその言葉を受けて思う。アイナは《加護》の力を手に入れてから様々な相手と戦ったと言っていたが《勇者の聖衣》と《加護の力》を扱えるアイナは並の魔物相手に負けることは無いはずだ。それに、アイナは先ほど俺に対して、この国の人々は皆平和主義なわけじゃ無い。と言った。だがその割には俺達は今まで《星屑の連環》の団員達に一度たりとも襲われてはいない。

それは何故か?答えは簡単な事だとアイナ自身が言っていた。そもそもこの国の人間は基本的に戦わないからだ。《星屑の連環》のような組織に属している者達でさえ基本的に戦闘行為を行おうとしないのだから当然と言えば当然なのだが、それが事実なのだろうと思う。だからこそ俺もアイナの言葉を信じて、こうして一緒に旅をする事に決めた。そしてアイナにも同じように考えて貰いたかった。アイナも俺の言葉の意味を分かってくれたようで、やがて小さな声で「分かった。一緒に行きたい」と返事をしてくれた。

その日、アイナをこのグランサイファーに乗せた俺はルリアと共に彼女の部屋へと戻ると、アイナを仲間として歓迎するパーティーの準備を始める。ルリアにはアイナの分の食事を用意をしてもらっていた。そしてアイナは「私は良いのよ」と言って遠慮したが、それでも俺は無理やり食事を用意して食べさせた。その事に気をよくしたルリアもまた料理を作り始めた。そうして俺達の用意したご馳走を食べ終えて、しばらくするとアイナは静かに涙を流し始める。

ルリアがその涙に気付き声をかけた瞬間だった。アイナは堰を切ったように話し始めてしまったのだ。

アイナは元々は普通の家庭に生まれた子供だった。しかし、彼女が五歳の時にある事件が起きてアイナの世界は一変したのだという。アイナが生まれ育った家は《錬金術師》の一族が住まう屋敷だった。そこでアイナは生まれた。《勇者》の適合者であった母親はアイナを生んですぐに息を引き取り、父親は《加護の力》を持たない人間であったが、その頭脳を評価され《勇者》の世話役を務めていたのだと言う。だがその《勇者》である父親が、とある理由でアイナに《加護》を与えることが出来なくなり、アイナの面倒を見てくれる者が居なくなった事でアイナの運命は大きく狂い出す事になったのだと。

《勇者》の適合者は成長するに連れて、《加護の力》の扱い方を自然に覚えて行くのだという。アイナは生まれて間もない状態で適合者に選ばれてしまい、その力に目覚めると同時から母親に育てられた為に他の人々よりも早く《加護の力》を操る方法を学ぶ事となったらしい。しかし、それは決して正しい事ばかりでは無かったようだ。アイナを育てた母親は《賢者》の力の持ち主だったが、彼女の性格は優しく争いごとを嫌っていて《勇者》であるアイナの力を伸ばすために《加護の力》を制御する方法をひたすらに学ばせようとしていた。だが、その結果、アイナは感情を抑える術を身につける事になってしまった。そしてそれは幼いアイナの心に多大な影響を与える結果となってしまい、今の無邪気さが失われる切っ掛けを作る事になってしまうのだった。

アイナは幼い頃より《勇者の聖衣》を身に付けるように教育を受けてきたのだという。その理由は《勇者》の力を最大限活かすため、だそうだ。アイナの母親はその点に関しては非常に熱心だった。そしてアイナもその教育方針に不満を覚えなかったのだと言う。それが普通であると考えていたからだ。だがその認識は甘かった。何故ならばアイナの父親は元々錬金術師ではなく《加護》を持っていない人間だった。だからこそ《加護の力》の扱い方については疎い部分があったのだ。《勇者》の力を育てるのに最も適していたのは実戦経験を積むことだったらしい。だがアイナを育ててくれた母親の性格上それは出来なかった。その為、アイナの力を高める事は不可能となっていたのだ。

そう、アイナの母親がアイナを《勇者》の力と相性の悪い《加護の力》の使い手にした理由、それは《勇者》が他の《加護の力》を扱う際に発生する隙を埋める事にあったらしい。そしてその役割を担っていたのが父親だったという訳だったらしい。《勇者の聖衣》を装着したアイナは《加護の力》を自由に扱うことが出来る。《加護の力》を使って戦う時は常に他の《加護の力》を使うための隙が生じることになる。そこをカバーする為に必要な存在が、《加護の力》の制御を教える役目を持っていたアイナの父親であった。

しかしアイナの母親は自分がアイナから奪った《加護の力》について何も知らずにこの世を去ってしまった。だからアイナは知らなかった。《勇者の聖衣》はただ《加護の力》を強化するだけの存在では無いという事を、アイナはただただ母親の教えを守って《加護の力》を強化していくだけだったのだ。

だからアイナは《加護の力》がどのような存在で、どうすれば強化が出来るのか。そんな事は何も知らないままにここまで来てしまったのだという。だが今の状況でそれを説明してしまうと、またアイナの心に負荷を与えてしまう事になると考えた俺はアイナに対して「今はただゆっくり休むといい」と伝えておくことにした。

それから数日の間は俺と《加護の力》についての特訓を行った。そしてある程度使えるようになってからは、アイナは自分自身を《勇者の聖衣》の強化装置として扱う訓練を始めた。アイナは自分に言い聞かせていた「私が、お母さんを殺したのよ」

《勇者の聖衣》の強化を行う事が出来るようになった俺は、アイナの体を包み込んでいた白い輝きが次第に消えていっているのに気付いた。アイナは必死の形相になりながら叫ぶ。「止めなさい!私を元に戻せばアンタが死ぬかもしれない!」

アイナは俺に告げる。自分を犠牲にしようとしているのだろう。俺はそれに対して反論しようとするのだが、その時だ。俺の目の前で変化が起き始めていた。俺の手の甲に刻まれた紋章が赤く輝いている。そして次の瞬間、俺の中から《加護の力》が流れ出してきて俺の体を満たし始める。その現象に驚いているとアイナが言った。

「これは《聖具》の暴走!?一体どうして、どうしてそんなことが!?」

俺は咄嵯の判断を下す。

「この力は使うぞ。そうしないとお前の言う通り、俺が死んでしまう可能性があるからな」

《聖衣》は使用者を選ぶ。だが例外が存在するらしい。それは《加護の力》を使い続けていると《加護の力》が暴走を起こし始めることがあるのだと言う。それは一種の状態異常のようなものらしい。俺の体は《加護の力》が暴れ出した事で傷つき始めた。「大丈夫か?」「平気だ、それよりもこっちにこい」俺の傍まで近寄ってきたアイナに対して、俺は告げた「このままだとお前が危険な状態になる」俺の言葉を聞いたアイナは何かに気づいたようだったので俺は自分の手をアイナへと差し出す。するとアイナが俺の手を握り締めて来たので、その瞬間から俺とアイナは互いに互いの意識を集中し合うことになった。

すると《加護の力》の侵食が始まったのか、体が軋み始めるのを感じると同時に痛みが生まれ始める。それでも構わず、更に俺達は互いを強く意識して行った。そうする事でどうにか、《加護》の力が暴走を引き起こす前段階の状態を維持する事が出来たのだ。

「すまない、少し手を貸してくれないか?」

俺はアイナに向かって言う。彼女は俺の顔を見ると何が起きているのか分かったらしく、そのまま《勇者の剣》を俺に手渡してきた。それから、俺が《勇者の聖装》の力を使った反動を受けて動けなくなるのを防ぐべく、彼女はその《勇者の剣》を自らの腕の中に抱きしめると俺とキスをした。

唇が重なり合っている時間はほんの一瞬だったと思う。けれど長い時間のようにも思えた。それはアイナの唇の感触を感じた時に俺は思ったのだ。きっと俺はアイナの事を愛し始めているのだと、だがそれを言葉にしてしまえばもう後戻りが出来なくなってしまうような気がしたので口には出さなかった。その代わりに俺達はこれからの戦いに備えて出来るだけの準備をする事に決めた。

俺達がグランサイファーを降りると既にルリアとカタリナ、イオとロゼッタの姿があった。ルリアとアイナは既に面識があったが、改めてアイナに挨拶をしている最中だ。ルリアに俺の様子がおかしいことを伝えられて心配された俺はルリアに抱きつく形で倒れ込む。そんな様子を見たロゼッタさんに、微笑まれて、からかわれたりしているうちに、いつの間にか体の調子は戻ってきていた。どうやらアイナとのキスのおかげのようだ。その後、皆と合流したことで俺は気になることがあったので尋ねる事にした「ラカムに聞いてきたんだけどさ、俺が《勇者の聖具》に力を注ぐことが出来るって話は、あの人知ってんの?もしも知らんなら話しておきたい事があるんだよね」

俺の話を聞いたオイゲンは言った。「あーそれね。それは多分、大丈夫だと思うぜ。アイツがここに戻ってきた時には俺が《加護の力》の扱い方を指導していてな、そのお陰かどうか分からないがアイツが扱える《加護の力》の数が増えたみたいなんだよ。アイツ自身はあまり興味がないようだったけどな」

アイナを仲間に加えてから数日後のことだった。

その日、俺はルリアと一緒に街に出て買い物をしていた。アイナの服装は以前までは普通の服を着ていたので違和感があったのだが今ではすっかり馴染んでしまい、彼女の為に用意していた服が無駄になったと思ってしまうほどなのだから不思議なものだった。それはアイナ自身も自覚していたようで、「この世界の人々はみんな良い人達ですね。だから私達のような存在でも優しく受け入れてくれるのでしょう。それが嬉しくもあり寂しい気持ちにもなってしまって」などと呟いていたのを今でもはっきりと覚えている。

そんな時だった。突然として魔物の群れが現れてしまったのである。街中での戦闘行為は避けるべきであり、俺はすぐさま武器を構えると魔物との戦闘に備える。そうしながらも周囲に視線を走らせて敵の正体を見定めようとしていた。だがその時だった。空に黒い点が現れたのである。それはまるで雨粒のように降ってきていたのだが、すぐに異変が起きたことに誰もが気付いた。地面に落ちたそれは生き物に擬態したのである。その数は二十を超えたあたりで数えることを止める事になってしまったのだ。それだけ多いということでもあるのだが、それよりも問題なのは、それらが全て人型であったということである。

「おいオイ。これまさか《魔王軍》の奴らが送り込んできたのか!?」「おそらくそうだと思います。しかし何故、この場所がバレたんでしょうか?」

イオは疑問に思っていたがそれは俺も同じだった。だが今はそれについて考えている場合ではないので俺は《加護の力》を使っていくことにした。まずは俺自身の能力強化だ。俺はアイナに対して《加護の力》の強化を頼み込んだ「頼む」

《勇者の聖衣》を身につけたアイナは《勇者の聖剣》を構えた状態で構えると「貴方の力、使わせてもらうわよ」と言った後に力を解放する。《勇者の聖衣》の《勇者の力》を強化することによってアイナは身体能力を強化する事が可能だった。その強化された力でアイナは俺の体を包み込んでいる白い輝きに向けて攻撃を放つ。アイナが放った一撃が当たると同時に《勇者の聖衣》の輝きがさらに増したのを見て俺は《加護の力》による肉体強化が上手く出来ていることを確認するとそのまま魔物の集団に対して斬りかかることにする。

アイナの《勇者の聖衣》を強化するために使った《加護の力》の影響はしっかりと受けており《加護の力》によって得られる効果は今までよりも強力になってしまっていた。俺は《勇者の聖剣》で斬撃を放ち続けていく。俺の振るう《聖剣》が触れるたびに《加護》の光が放たれていくが気にせず俺は動き続ける事を選んだ。

アイナはというと戦いの最中に《勇者の力》の強化を行っていたのだ。それによってアイナはより《加護の力》を扱いやすくなったらしい。俺の攻撃で弱った相手を確実に倒す為、アイナの援護を受けることになった俺も自分の役目を果たすことにした。

それから戦いはあっけなく終わった。《勇者の聖衣》の強化によって強化され、更に《勇者の聖剣》を扱っているアイナの力があればこの程度の相手など問題にすらならないのだと知ったのはこの戦いを通しての事だ。

それから暫くの間この街に滞在していた俺たちであったがアイナを連れて旅を続ける事に決め、街を出た。その際の別れ際に、ルリアがアイナに自分の持つ星晶獣と意思疎通を図る能力をアイナへと託し、それをアイナは受け取ると俺達にこう言って来たのだ。「私はここで失礼させて頂くことにします。実は私にはどうしても倒さねばならない相手が居るんです。だから今は私と別れた方がお互いの為にも良い筈です。もしもまた再会することがあればそのときこそ一緒に戦えるように頑張りましょう!」

こうして、アイナとは別れることになった。だが彼女との再会は必ず叶うと信じて進むことを決めたのだ。そんなこんなで俺はアイナが居なくなってしまったグランサイファーの船内で、一人で過ごす事になったのだった。そして俺は、俺がこの世界で生きている限り、俺を待っているかもしれない《勇者》のことを思い出すことになるのだけれど。それはまだ先の話になる。

この話を書き終える前に「あとがき」を書いていますが、この作品を書くに当たっての個人的な感想をつらつらと書かせてもらいますと「異世界転移してハーレムを築くなんて夢見ちゃってさー」とか思っている主人公にちょっと説教したくなる気分になってしまうんですよね(苦笑)

ただそういう感じの主人公が嫌いかと言えば別に嫌いでもないのですが、やっぱりチートとご都合主義満載の異世界に呼ばれれば誰だって憧れるものなんじゃないでしょうか? それに主人公はチートと御約束を貰いつつも自分の力で何とかしていくわけで、そういった努力と成長の描写がある作品が好きです。ただ最近、そういうタイプの小説が売れなくなっているというのは悲しいものですよね。「俺が頑張ってもどうせ駄目だろうが、お前がやってみろ」的な上から目線な主人公の作品が評価される昨今で、こういう作品を書ける作者は本当に凄いと感心させられました。

さて、ここから先は蛇足でしかないようなので飛ばして下しあ。

今回は一ページしか書くつもりは無かったはずなのに、気がついたら五千字近く書いていて驚き。でも「どうせなら、最後まで書ききっちまうか」と思ったので続きを書いたのですよ。そうすると何だか「もっと面白いものが読みたい」と言う声が何処からともなく聞こえてくるので、じゃあお言葉に甘えて「次は、もっと良い話が読めるようにしてやろうじゃないか!!」と思い立ったのが今回の話の発端でございます。

今回、《勇者の聖装》と《勇者の力》の二つを組み合わせて使うと何が起こるのかを想像してみるのが面白くって。なので色々と試してみたりしてました。ちなみにこの話に登場するキャラ達の名前については「名前を考えると楽しくなって筆が進むからなあ」という理由で付けていました。なのでルリアは最初「アイナ」という名前では無く「アイナ」の部分は後々になってから付けた名前なのですね。なので、アイナの外見が元ネタのキャラクターとは全然違う容姿になっちゃいました。

アイナに渡している服に関しては、アイナは普通の服を持っていないという事情があるのでしょうが無いのです。

この世界に来てから既に十日ほどが経過していたが俺はその間ずっとグランサイファーの中を一人で探索していたのである。最初はイオと一緒に行動していたが彼女はどうにも面倒臭がりで「何かする時は呼んでくれ」と言って部屋の中に引っ込んでしまったのだ。なので結局は一人で過ごすことになった。

俺はイオと一緒に過ごす時間はとても好きだったので彼女がいない生活というものは寂しいものであった。だが、それももうすぐ終わると思えるくらいの収穫を得られたと思う。

そう、つまりは、遂に、見つけたのである。それは《騎空艇》の設計図だった。俺はこれをどうにか利用出来ないかと考えていて、そして気が付いたのだ。そう、俺達はこの島に降り立ってからずっと《魔物》と呼ばれる存在と戦ってきたが、あれは一体何故なのか?その理由について調べようと思っていたので、これは良い機会だと思い俺は早速魔物についての調査を開始することにする。

俺が出会った魔物は全てが人型をしていた。しかしそれはあくまでも見かけの話であって実際に中身がどうなっているのかまでは分からない。しかし俺の考えではおそらくは人型の《魔物》こそが《魔物》の本質に近いものであるのではないかと考えていた。その考えに至る根拠となったのはイオが《魔物》に対して「まるで人形を相手にしているようだ」と言っていたのを思い出したことにある。

俺が戦ったことがある《魔物》は、いずれも二足歩行をしている生き物の姿をしていて、顔に当たる部分にも人間に似たパーツがついていたのだ。それは人間の形をしているというよりはむしろ「人間が魔物になった結果が今の彼らの姿なのだ」といったほうが正解に近い気がしていた。だからこそ俺はこの《魔物》たちの正体を調べようと決心し、その手始めとして街に向かうことにしたのである。

俺は《勇者の力》によって《光の力》を強化することで肉体を強化すると《加護の力》を使って自分の身体強化を行うと走り出すのであった。

《勇者の力》による肉体強化のおかげで移動速度が上昇していくのを感じながら俺は街中を進んでいくと《魔石屋》を見つけた。店の看板を見るとそこには《錬金術》と書かれている。おそらくは「賢者の石」のようなものを求めて人々がここに来るようになったのであろう。そして俺が訪れたこの店で俺が手に入れた物はというとある情報だった。

この街は鉱山で栄えた場所で、そして、かつてはこの国の首都だったらしい。しかしある時、山奥で巨大な隕石が落ちてきてこの国は滅んだそうだ。だが不思議なことにそのクレーターはこの街の中心に落ちてきたのだという。そのせいもあって未だにこの街からは鉄鉱石が多く産出されているそうだ。それはともかく、この街の近くにある《霊峰グランハイリア》ではかつて《勇者》たちが魔王を倒したときに使っていた武器が眠っているという伝承があるのだという。

それを聞いて興味を抱いた俺が向かう事を決めるのも、当然の結果だった。

それから、しばらく時間が経ち、ようやくグランサイファーへと戻る事に成功した。

《勇者の聖剣》を手に入れたおかげもあり、道中に遭遇する魔物をあっさりと倒せたのが大きかったのだが。

グランサイファーに戻った俺は、すぐにアイナが言っていた事を思いだした。俺が倒した《魔王軍》の《魔物》達が持っていたものを調べる必要があったのだ。そこで俺はまずは街の人達を集めて《勇者の力》を使って俺が見た《魔物》の記憶を見せる事にした。

その記憶には《勇者の聖剣》に関する情報は含まれていなかったが《聖剣》に関する資料が収められた本が見つかったのは大きな成果だった。《聖剣》の使い道に関して、俺が知っているのはその性能の高さであり、その力を引き出すためには使用者の技量が大きく関わるというものだった。だからこの知識を得た事で、俺は更に《勇者の力》の扱いを上達させなければいけないと思ったのだった。更には今まで使っていなかった技も扱えるようになる必要があり、俺はグランサイファーに戻ると訓練をしようと考えたのである。

そういえばこの街に来る途中に出会った商人を名乗る男もグランサイファーの事が知りたかったらしくて、一緒に旅をしてみた。彼がグランサイファーに興味を持ったのは単純に「空を飛ぶ船が有ったなんて凄いな!」という思いが強かったらしいが。それから彼は、この世界で流通していない素材を大量に抱えていると知った。しかもそれをグランサイファーの倉庫で管理できるという事も判明し、彼は大喜びだ。それで「船旅の途中に俺を拾ったのも何かの縁だしよ、お前も乗せてやろう」とか言ってくれたのだ。

そういうわけで彼を乗せて俺も旅に出る事になった。その際に彼は俺に対して色々と尋ねてきたが、どうも俺が持つ「異世界転移特典」とやらを知りたい様子で色々と聞かれたので答えてやった。

すると何故か喜ばれてしまったので、俺は不思議に思った。ただ異世界転移特典については秘密にしなくてはいけないこともあるようなので、この世界に生きる人々に対しては「俺のことは深く詮索しないでくれ」とだけ言ったのだった。

そんなわけで俺の旅には、新たな同行者が出来たのだった。そしてグランサイファーでの移動中、俺はグランサイファーの機能を確認しておくことにする。俺は《グランサイファー》の操縦室に入り込み、グランサイファーに積まれた装置を眺めると「なるほどな、これは面白そうだ」と感じた。そして「グラン」という《グランサイファー》の名付け親でもある少年が《精霊神》から貰った「説明書」を見てみることにした。この《精霊神》から貰い受けたというアイテムだが、これが本当に万能過ぎる能力を持っている。

何でも「説明書」に書かれている内容によると、この世界に存在する様々な物の名前が分かるようになっている上に、それについての簡単な説明も読むことができるので非常に助かるものだった。さらにこの「説明書」は所有者である俺にしか使えないというのも良い所である。

例えばこの世界に存在する全ての文字や文章、それに図形などが全て理解出来るようになったりもする。それには当然ながら日本語だけでなく異世界の文字でも関係無い。本当に凄まじいまでの便利グッズなのだが、これ一つだけでは足りない。

そう思って俺は「もっと色々なものを確認出来れば良いな」と思いつつ船内を見回してみる。

すると、ふとした瞬間、視界の端に何気ない動きで移動する人影が見えたので思わず「おっ?」と思ってしまう。しかしよく見ると人ではなかった。そういえば、この街に向かう途中で出会った《ドワーフ》達の中に「機械の類に詳しくなりたくば《機巧の工房》に行くと良い」みたいな事を言っていた人物が居たことを思い出す。その人物は、かなり大きな体をしていたが《人間族》にしてはかなり背が低い人物だったと思う。確か「《鍛冶の民》」の「《長老衆》」の一人であると名乗っていたはずだ。

ただ、その時はあまり気に留めなかったので覚えているのは「《機巧の工房》に行ってみるかな」と思っていたからだ。

《錬金術師》から買える《賢者の石》を使えば、この世界のあらゆる金属や道具、それに宝石や魔石などを合成して特殊な力を秘めたものを生み出すことが可能になるらしいのだ。その「賢者の石」をグランサイファーに取り込むことが出来れば何か良い物が造れるのではないかと俺は思い始めていた。

なので、そのことについて相談するべく、《長老衆》に会いたいと思った俺は《機巧の工房》へと向かうことにしたのである。しかし《錬金術》は俺の知識の中には存在しておらず、この《グランサイファー》に搭載されている技術は一体どういったものでどういう原理で動いているのかすら分からない状況なので実際に目で見て確認する必要はあっただろう。そう判断していた俺は、その人に会うために《錬金街》に向かうことにする。そうすれば《錬金術師》がいる場所を教えてくれるに違いないと考えたからである。

それから、《勇者》としての役目を果たすための準備を終えた俺は「いざ、行かん《機巧の町》へ!俺が求める《錬金術》とはどんなものなのか確かめるために、《錬金術の街》に向かうぜ!」と言ってから《錬金街》へと向かった。その《機巧の錬金術師》が俺の《錬金術》を気に入ってくれるかどうかが勝負だと俺は感じていたのである。

俺は街の中央へと辿り着く。そこは俺の予想とは全く異なる風景が広がっていたのである。それは俺のイメージしているものとは全く違っていて。《勇者》という特別な力を持ちながら「この程度の事も分からないのか!?」と言われたくないという気持ちで《賢者の石》を使ったが、それでも、分からないものは分からないのだ。そもそも、この街は「町というよりも巨大な要塞だった」と表現すべきだろう。

それはさておき《長老衆》の一人だという人物を探してみると、どうやら「ここがワシらの家じゃよ」と言ってくれたので、その人の後についていき《錬金術街》の中枢にある施設に案内された。そこに入るとそこには俺とグランが出会った「あの子犬のような可愛らしい少年」がいたのであった。彼は、俺を見ると少し驚きの声を上げていたが、それから自己紹介をしてくれると「君なら僕の技術を理解できるかもしれない」と言い出して、この世界の仕組みを説明してくれた。俺が《グランサイファー》を動かす際に必要になりそうな機能についても丁寧に教えてくれた。

その結果分かった事は「グランの奴め、《賢者》とか言う割には《錬金術》が下手くそすぎる」ということである。

俺はその話を頭の中で整理した上で「それでは、まずは、基本的な部分の確認を行いましょうか」と言うことにした。《賢者》であるならば俺の持っている「賢者の聖剣」も扱える可能性は高く。もし使えるようであれば俺も「賢者」の称号を得る事が出来るのではないだろうか。

そんな風に思っていた俺は、この《グランサイファー》を動かして、自分の力を確かめると共にグランにも「グランサイファーの操作方法」を教えてやることにした。しかしグランサイファーの操作方法は俺の知るそれとは大きくかけ離れていたので最初は戸惑ってしまったが「これは《勇者の力》と《賢者の力》が融合したときに得た《聖勇者》の能力のおかげだな」というのを理解することが出来たので俺は何とか操作を覚えていく。

そうこうしながら俺は《グランサイファー》が無事に起動するかどうかを確認した上で、これからグランと一緒に《グランサイファー》で「空」の世界へと飛び出していこうと考えるのであった。

俺が《勇者の力》を手に入れてから数日が経った。

「今日こそ《魔王軍》の《魔物》達が持っていたものを調べないとな」

俺はグランにそう告げる。それから「よし、出発しよう!」と言ったところで背後に気配を感じて振り返ると「おい、坊主」と言われる。俺に「坊主」という言葉を使って話しかけてきた相手はドワーフの男だった。見た目だけで言えば年齢は20代後半ぐらいだと思う。

そんな彼に向かって俺は「何か御用ですか?」と尋ねる。すると彼は「ああ、このグランサイファーっていう空飛ぶ船のことだよ」と返してきたので、その言葉を受けて「この船がどうかしましたか?」と尋ねたのである。

するとドワーフの男は、こちらのことをジロリと睨むように見ると「この船だが、何処から手に入れやがった?」と話し掛けてきたので、そこで「俺も知りません」と告げる。そして《グランサイファー》について説明するのだが「これは貴方達の持ち物です」と伝えたのだ。

そう、実は《グランサイファー》が空を飛ぶ原理に関しては未だに解明できていない。このグランサイファーを飛ばすためには大量の魔石と動力が必要になるようで、その二つを同時に確保するのは難しかった。なので「グランサイファー」についてはグランに操縦してもらう事にしたのだ。ただ、その際に問題が起きた。俺が操縦室に入ろうとすると、なぜか入れないのである。

俺とグランの二人がかりで、どうにか扉を開くことは出来るようになったものの。操縦席まで移動する事が出来なくなってしまったのだ。だから、仕方なくグランは俺のサポートを受けながら「船」そのものを操作しているという状態だったのである。

ただ、そんな事情を知らないであろう《グランのドワーフ》には「このグランサイファーを手に入れたのは偶然だった」ということを改めて説明した。その上で「俺はグランさんに操縦を任せたんですよね」と言うと「そうみたいだな」とだけ返事があった。それから彼は《精霊王》様からの《手紙》を懐から取り出すと俺に渡してくる。

そして、彼はこんなことを言った。

「お前達はこの世界で何をするつもりなのかは知らんし、どうでも良いことではあるがな。お前がこのグランサイファーの持ち主ってことになっている。この船の所有権はお前にあるという事になるんだ。つまりグランの坊主が持っていても意味が無い物でもあるんだよ」

俺は「そういうことだったんですか」と言って、とりあえずその話を聞き入れることにする。そのうえで俺は「これは《錬金術師ギルド》が出している「説明書」なので、その「錬金術師」の人に聞けば分かると思います」と答えてみる。すると、その言葉にドワーフは反応を示し「なるほどな、まぁ確かに、その可能性が高いだろうな」と言ったのである。

ただ、ここで俺は気になっていたことがあった。この目の前の老人から敵意のようなものを感じる事が出来たのである。

それに加えて、《グランの種族》の人達というのは、どこかしら「俺を信用していない」ような気がしていた。それが《グランサイファー》のことだとすれば「何故そんなに警戒する必要があるのだろう」と疑問を抱く。しかし俺には分からないので「それでは俺は、これからグランサイファーのことで忙しいので失礼します」と伝えてから立ち去ろうとしたのだが「待ちな!」と言われてしまう。

その言葉で足を止めることになった俺は振り返り「何かご用でしょうか?」と尋ねようとする。しかし俺の言葉よりも先に彼が「《グランサイファー》は何処で手に入れたのか教えてもらえるか?」と聞いてきたのである。

「グランサイフウアーは俺の知り合いである「《錬金術師》の方から譲っていただいたものです」俺は彼の言葉を遮るようにして言う。《賢者》と呼ばれる者であれば、《賢者の石》を使えば、あらゆる道具を生み出すことが可能になるという話を聞くことがある。《錬金術師》ならば尚更である。だからこそ俺は「《グランサイファー》がどういう理由で存在しているのか知っているのではないか」と考えたのだ。それだけではなく、その《賢者の石》があれば、もっと色々な物を造りだすことが出来るようになる。俺は、その事実を知って、どうしてもその《賢者の石》というものを手にいれる必要性を感じたのだ。《賢者の石》を手に入れることができれば「グランサイファー」の機能を更に高める事が出来ると思ったのである。それこそ《賢者の船》と言えるようなものにまで進化させる事が可能なはずなのだ。俺には、そこまでの知識は無かったが「グラン」は俺の質問に答えてくれるはずだと思ったので彼に「グランサイファーについて詳しく聞きたい」と言ってみた。

しかし俺の考えに反して、彼は《グランサイファー》について詳しい話はしなかった。

どうやら「グランサイファー」について知らないようだったが《長老衆》と呼ばれている人物の名前を教えてくれることになる。それは、やはり「あの子犬のような可愛い少年」の事だった。どうやら《長老衆》の人間には名前が無く、皆「あー、《長老衆》か《賢者衆》と呼ばれていて、それで識別されるらしいぞ」と言われた。

そんなわけで「ありがとうございます」とお礼を言うと、ドワーフの男との会話を終えたのである。

それから、俺達は再びグランサイファーのところへと戻る。

俺の《賢者の力》は万能で《錬金街》の中なら大抵のものを作り出すことができるのだが、このグランサイファーについては《グランサイファー》という名称以外の情報は入手できなかったのだ。それでも《錬金術師》ならば、《賢者の石》について知識を有している可能性も高いだろう。だから、これから《錬金術師》の元に向かうつもりであった。「錬金術の街で《錬金術師》に会えば色々と話が聞けるだろう」と、そう思った俺は、そのまま《錬金術街》へと向かうことにしたのだった。その道中、グランと《グランサイファー》について話をする。《錬金術街》に辿り着けばグランが操縦できる可能性もあるからだ。

「なにしろ、この《グランサイファー》を操れたら凄いと思わないか?なんと言っても俺が動かせているんだぜ!これさえ有れば俺が勇者として世界を守る役目も完璧に果たす事ができる!」俺は嬉しくなって、そんな事を口にしてしまった。それを受けてグランが少しだけ不機嫌になった。

その事に少し驚いたが、理由はすぐに分かった。俺の事を心配してくれていたらしい。「俺は絶対に《勇者の力》に呑まれることはありません」俺は断言するように言う。

「そもそもグランの力が有るから、俺は安心してこの力を扱えています。もしも、貴方の力が使えなくなるような事が起きて、俺の手に負えない事になったとしても俺の師匠なら、なんとかしてくれるでしょう」と口に出して言ってみると、ようやくグランが納得してくれたようだった。

俺とグランの二人は《錬金術師》に会うために、グランサイファーで《錬金術師ギルド》に向かった。そして到着すると、すぐに《賢者》を探しに行くことにした。だが、しかし、そこで《長老衆》の一人である「サニアさん」と出くわしてしまう。

そこで彼女は「あら?もしかしてお二人でデートですか?」なんてことを聞いてくる。そこで俺が、この《グランサイファー》を《錬金術師》に見せてやりたいと言ったら「そうなんですか。それでは私も同行いたしましょう」と言うことになった。それから俺はグランに操縦を頼んで《グランサイファー》を動かし始める。そうやって移動している最中「サリア様は《勇者の力》という奴をどのように考えますか?」という疑問をグランに対して投げかけたのである。するとグランは「私は嫌いです」と答えた。「勇者」と「聖女」と「賢聖」の力を全て持っているからという理由でグランは俺のことを嫌っている。しかし俺にとってはグランの態度の方が余程気に障ってしまう。なぜなら「聖」の力とは勇者の力を封印するために存在していたものだ。それなのに、それを「勇者の暴走を止められなかった」「聖女の力が無かった」と嘆くばかりで「自分から勇者の暴走を誘発するような力を手に入れてしまう」というのは「どうなんだ」という気がしたのだ。

ただ、だからといってグランは悪い奴ではない。ただ単純に、自分の事を大事に想ってくれているだけだと理解できた。それに「グラン」と「グランサイファー」という名前をつけたことも俺が教えたのだ。そうすれば俺もグランのことを大切に出来ると、そういう風に考えたからである。だから、そういう部分に関しては感謝をしているし「俺はお前が、そうやっていてくれるだけで良いんだよ」と心の底から言えるのだった。

そう思いながら、俺とグランは「グランサイファー」に乗り込むと「《錬金術師ギルド》に向かって移動する。

それから《グランサイファー》で移動していると、途中で一人の男に出会う。見た目からすると、かなり高齢の男性で、どこか気弱そうな印象がある男性だった。俺の知り合いにも似たような雰囲気を持つ人がいるから良く分かるのだが、その男は《錬金術師》なのかもしれない。それを証明するように「貴方は《賢者》なのですね」と言われたのである。俺は素直に、そうですと伝えると、その男性は俺の瞳を覗きこむようにして「ふむ。どうも、お前さんに《賢者の素質》が無いみたいじゃな」と口にする。

その言葉を聞いた瞬間に、背筋が凍るような感覚に襲われることになった。それから俺は、どうしてグランサイファーを持っているのかという話をすることになったのである。「この乗り物は《錬金術師》が造ったのか?」その言葉に老人の錬金術師が答えることはなかった。

そして彼は続けて「この《グランサイファー》が造られた理由を考えて欲しい」と頼まれてしまう。俺は正直に考えてみることにする。それこそ《グランサイファー》が何故「錬金術師の工房」にあったのか。《賢者の石》は簡単には手に入れる事が出来ない代物なのだ。それを手に入れるために作られた物だと言われれば「なるほど」と、そういう気持ちにもなる。しかし「俺は《グラン》と一緒にいるのが楽しいし幸せだ」と思っているからこそ「グランサイファーを手放したくない」という思いがあった。《グランサイファー》を俺のために作ってくれた人物がいるとするのならば、俺は礼を言いたい。それだけの価値はあると思ったからだ。だからこそ「もし《錬金術師》の誰かが造ってくれたというのならば、俺には礼を言わなければならない義務があります。その方を教えてください」と答えてみた。

ただ、それでも「答えられない。《賢者の石》についての情報が《錬金術師》の外に漏れる事を警戒しているからだ。だから教えられるわけがない。それでも教えろと言い張るなら戦う事になるだろう」と答えられた。

俺は彼のことを信用できないと思いつつも「《錬金術師》について知りたいという願いを聞き入れてくれるのであれば俺の持つ《賢者の石》について、少し教えよう」と言った。それを受けた彼は「ならば交渉成立としようじゃないか」と口にすると同時に、いきなり攻撃を仕掛けてくることになった。だが、こちらがグランの《賢者の力》を使って防御壁を生み出し、相手の攻撃を防ぐことに成功したのである。しかし相手の正体について確認を取ることが出来なかったのだ。《グランサイファー》が、どんな攻撃を受けてしまったとしても「問題ないから安心してくれ」と言っていたので本当に大丈夫だと思うのだが、念のため《グランサイファー》に何か不具合が起きていないかどうか調べるためにグランの力を使わせてもらう事にする。そうすると《錬金の都(アトランティカ)》に到着した時に手に入れた【鑑定士の目】の能力が使えるようになっていることが分かった。これで「錬金術師」の詳細を確認することが出来るはずだと思ったのだが、ここで、とある事に気づいた。どうやら「グラン」が、あの「可愛い少年」の名前を知っていても「グランサイファー」が「グラン」を認識できていないようだ。どうやら俺は《グランサイファー》の中に入り込んでいるようで、それが影響して「グラン」の名前を正しく認識していないようだった。俺は改めて彼の名前を伝えることにしたのだった。グランは《グランサイファー》と会話を始めると「こいつが私の主で、私は今、とても幸せなんですよ」と楽しそうに話し始め、それに対して《グランサイファー》の方も同意したようだった。

それから俺達は「錬金の街で何が起きていたのか?」について話をすることに決める。

《錬金術師》の居場所について尋ねてみると「おそらくは街にある《錬金工房》の一番上。そこに行けば会えると思う」と返ってきたので《錬金術師ギルド》へと足を向ける。だが街の中で錬金術師の《賢者衆》達に襲われた時のような騒ぎが、ここでも起きたので俺達は慌てて、その場から離れることになる。そして、どうにか逃げることに成功すると、そこで錬金術師の女性に出会ったのであった。

その女性は《錬金術師》だと名乗らなかったが俺のことを一目見て《錬金術師》だという事を見抜いてきた。しかも《賢者の素質》の有無まで言い当てたのだった。それで彼女が俺のことを観察している間に「この子犬のように可愛らしい男の子は《勇者》なのでしょうか?」と尋ねてみたのである。それを受けて女性が「その通りですよ」と言った後に《グラン》の力を褒める。

それを受けて《グラン》は「それほどでも」と言って嬉しそうな表情を浮かべていたのだが《グラン》の言葉に俺は驚くことになった。

俺が《勇者》であるということが《錬金術師ギルド》にいる人間にまで知られているということだった。

そんな話をしていたのだが、それを止めるように、ある男が現れて「何を騒いでいるんですか?サニアさん」という言葉が響いた。

サニアという女性の事を呼び捨てにした男の名前は「リゼ」だった。年齢は40歳くらいだろうか?かなり高齢の外見をしているが老けて見えるだけで実際の年齢は不明。ただ、見た目だけで判断すると20代の半ばぐらいだと思う。身長が180センチ以上もある上に、がっしりとした体格をしていて「武闘家タイプ」といった印象が強い男性である。服装は動きやすい軽装。腰には二本の大剣が携えられていた。《勇者の武具》ではなく「本物」なので《錬金術師》によって鍛えられた大剣術だと思われる。そのせいで、かなりの迫力を感じる。

そんな男に《錬金術師》は「なんでもありませんよ」という態度を取り、《錬金術師ギルド》の中に戻るように言う。それを受けて男が「わかりました」と答えた後、こちらを見て口を開く。

「貴方は《錬金術師》ですか?」という問いかけに俺は素直に「そうだ」と答える。それから《グランサイファー》の事を説明し、その上で、どうして、この街に来たのかを説明した。《グランサイファー》の説明が終わった段階で、男は《グラン》を睨んだのである。すると《グラン》が怯えるような声を出したのだが「別に何もしませんよ」と言うと落ち着いたようである。俺は、なんで《グラン》のことを気にしていたのか尋ねることにしたのだった。

「いえ、貴方に《賢者の力》が無いような気がしたんです」という男の答えを聞いて俺は、その質問を肯定した。それを聞いた彼は「なに!?」と驚いた反応を見せる。

「つまり、この子は偽物なのか?確かに、この子に本物の《賢者の力》は、まだ、ないようだが」という彼の言葉に反応したのは錬金術師の少女だった。彼女は慌てた様子で「それは間違いです。《賢者の力》を宿す者は皆、その力を発現するタイミングが違うだけで最初から《勇者の力》を覚醒していますから。この子の場合も例外ではないのですから。そもそも、この子は偽物ではありませんわ!私が責任をもって育てますから。だから安心してください!」と言う。

ただ《グランサイファー》が、そんな言葉を無視して「あの~僕ってば《グランサイファー》ですからね。一応言わせてもらいますけど」なんてことを口にするのだ。その言葉を耳にした《グランサイファー》以外の人間は「何を馬鹿な事を言っているのか」と言いながら笑っている。

その姿を見て、俺は思った。もしかしたら、こういう感じに「《グランサイファー》は《錬金術師ギルド》で認知されていないのか」とも考えたが《錬金術師ギルド》で暮らしているはずの《錬金術師》の老人に「俺の《グランサイファー》を預けているのに名前を憶えて貰っていないというのは少し悲しいものがあるな」と思ったのである。

それに加えて俺はグランに《グランサイファー》について詳しい説明をするのを忘れていたことに気がつく。俺は改めて、そのことを口にする。そして、どういう状況になっているのか説明する。それから《グランサイファー》が特殊な乗り物であることと、その能力を明かす。すると、この国の王様からの贈り物だということを説明すると「ふむ。お前は国王と知り合いなのか」と言われたのだが、それを否定しようとする前に、いきなり錬金術師の男性が立ちあがり、こっちに話しかけてくる。

俺が何者か確認し、「お前を殺せば、この国は俺のものになるんじゃないか?」などと話し始める。だがグランが、それに反応して《グランサイファー》の力を全開にして錬金術師の男を吹き飛ばした。錬金術師の男が地面の上で倒れ込んでしまうと俺は《グランサイファー》に向かって礼を言いつつ、これからどうするかを考えることにする。

すると「貴方達の事は見逃してあげましょう」という言葉と共に錬金術師の女が《グランサイファー》の中に乗り込んできたのである。それを確認した俺は、すぐにグランの力を使って、彼女の行動を邪魔することにした。その結果として、グランサイファーの内部で暴れまわっていた錬金術師を撃退する事に成功したのだった。

ただ《グランサイファー》が、あまりにも激しく動いた結果「私の中で何かが壊れた音が聞こえてきました。どうしてくれるんでしょうか?」と言われてしまった。その件に関しては申し訳なく思いながらも俺は「グラン。その、ごめん」と謝罪したのである。

俺と《グランサイファー》の間に何があったのかについては省略しておく。

ともかく、俺は《グランサイファー》の内部に潜り込んでいた錬金術師の女性と一緒に行動を共にする事になった。その際に彼女の名前と職業を知る。錬金術師の名前は「サリア」というらしく《グランサイファー》に乗って移動を開始した。ちなみに《グランサイファー》は《グラン》という名前である事も教えてくれた。それだけではなく《グランサイファー》が錬金術師の《賢者衆》が造り出した《勇者》のための道具であるという事についても教えてもらった。さらに《錬金術師》達が暮らす国の名前や位置関係、錬金術師ギルドの支部の正確な場所まで、すべて把握しているようだったので、俺としては凄く頼もしい仲間を得た気分になったのだった。

こうして、ようやく俺は《錬金術師》の錬金術師に会う事が出来た。

ただ俺には一つの懸念事項が存在した。俺の正体を知っているのは今のところ、《錬金術師》の錬金術師とグランサイファーだけなので錬金術師が「グランサイファーを俺に返すのは嫌だ」と言い出してもおかしくないと思ったからだ。俺は《グランサイファー》の能力を利用して錬金術師に対して「返さなくていいぞ」と伝えると《グランサイファー》は嬉しそうな態度を取ったのだった。ただ、それを見て、またサニアという女性が怒ってしまったのだが《グランサイファー》の能力は、どうやら錬金術師にとっても魅力的らしいので「本当に良かったの?」という質問に素直に答えたのである。それを聞いて、ますます《錬金術師ギルド》に戻りたくないという気持ちが湧いて来たのだろうが俺は、なんとか我慢するようにお願いをして《グランサイファー》に乗って移動を開始させたのだった。

街を出てしばらく移動すると街道に出るので街から離れないようにしながら《錬金術師ギルド》がある街に向かう。だが《グランサイファー》は目立つため街道沿いには近寄らずに隠れながら進むことにしたのであった。

そんな風に街道を進んでいる最中だった。俺達は複数の人影を発見した。人数は五人で男女比は3:2で男性の方が多いように見える。そして彼らは「お腹が空いた」と言い出し、食事を始めた。俺は彼らの顔に既視感を感じた。それというのも、先ほど《グランサイファー》に「この人達は盗賊じゃないのか?」という疑問をぶつけてみると、あっさりと答えを返してきたのだ。

『違います。あれでも一応冒険者ですよ。あと彼らが身に付けている装備を見ると良い武器を使っているので大丈夫だと、おもいますよ』

『あぁなるほど。確かに装備を見る限り、そこまで強い奴等には見えないもんな。というか冒険者のパーティかな?』俺はそんなことを考えて、もう少し彼等を観察しようとしたのだが《グランサイファー》が、それを阻止する。俺は《グランサイファー》に、なぜ止めるのか尋ねたが《グランサイファー》は黙り込んだままで返事をしない。

それから暫くの間は彼等を尾行する形で移動することになった。それから三日後。《錬金術師ギルド》に到着したのである。その頃になると流石に、もう警戒されるようなことはなかった。というよりも、むしろ歓迎ムードで迎えてくれたのだった。

俺の目の前に居る女性の名前は「アネット」。見た目は20歳前後の美しい黒髪の若い女性である。ただし外見年齢は当てにならない。なぜなら《錬金術師》という特殊な力を持っている以上、外見と実年齢が違う可能性もある。この《錬金術師ギルド》の受付の女の子は20代後半の見た目をしているにも関わらず100歳を超えているという話を聞いた事があるし、この女性は30代の見た目をしているにもかかわらず50歳近いかもしれないのだから。

「それで貴方の目的は一体なんですか?もしかしたら私の能力に興味があって訪ねてきたとかですか?」

アネットの言葉に対して俺は、すぐに違うと答えた。《グランサイファー》が《錬金術師》達を信用できると言っている以上、俺は彼女に従うつもりだ。だからこそ彼女が何か企んでいる可能性があるのなら見極める必要があったのだ。

ただ、そういった話を彼女にしたところ「ふーん。そういう感じですか」と納得して、それ以上何も聞こうとはしなかった。俺は、それを見て、やはり彼女のことを信用して問題無いのか?と思ったのだが《グランサイファー》が何も反応していない事から考えても問題は無いように思える。それどころか彼女は《グランサイファー》を見て微笑んだのである。それから、なんと「貴方の事は、ちゃんと私が責任を持って面倒みさせてもらうからね。安心していいからね」と言ったのだった。

俺はその言葉を聞いて驚いたのだが《グランサイファー》の方は「よろしく頼むよ」と返事を返したのだった。その会話を聞いていた他の人間が「おい!勝手に人の《グランサイファー》を口説くんじゃない!」と声を出したが彼女は全く動じずに対応する。そして「別に構わないでしょ。貴方の所有物である《勇者》だって私が育てているんですから。それと、そこの男の子、名前はなんていうんです?」と言って来た。

俺は「俺の事ですか?」と言うとアネットが「他に誰がいるっていうの?」と言う。そして俺は自分の名を名乗ると、彼女は、こんな風に告げたのだ。「へぇ~貴方が《勇者の力》を手に入れた子なんだね。ふ~ん。ちょっと興味出てきたかも。だから、もしよかったら、貴方のことも教えて欲しいな」なんて事を言って来る。俺は正直、彼女の言葉の意味が良く分からなかったのだ。

「それじゃ自己紹介をし合いましょ」

俺に自己紹介する時間を与えてくれるという事なのだろうか?よく分からない。とりあえず彼女の機嫌を損ねて、これ以上の情報が得られなくなるのも良くないと思い「分かりました」と告げる。そして俺は「えっと俺の名前と職業を言えばいいんですよね?」

アネットが、その問いに答える。「そうです。後は《グランサイファー》の事でも良いですし好きな食べ物でもいいですよ」

俺にとっての《グランサイファー》は家族の一員のようなものだし、《グランサイファー》についての話をしたところで何の得にもならない気がする。そこで俺は自分の趣味を話す事にした。「それじゃ趣味を言わせて貰います」と口にすると「あら珍しいですね。男の人は女性の趣味を聞くと引く方が多いのに」という言葉に少しばかりカチンときたが、それは気にしないようにして俺は言う。「ゲームの話になるのですけど《グランファンタジー》ってオンラインゲーム知ってますか?俺は《グランサイファー》を操りながら旅をするのが好きで」と話し始める。すると俺が話を始めると彼女の態度が変わったのが見て分かった。どうやら、この話は錬金術師の彼女のツボに入ったらしく食い気味で「《グランファンタジー》って言った!?あの有名なVRMMORPG《グランファンタジー》の話が聞きたいんだけど!!」と言われてしまったのである。その様子に驚きながらも「はい。俺、グランというキャラクターを使って《グランサイファー》を操っていたりするんですよ」と話すと錬金術師の女性は「グランサイファーを使ってた!?それマジ?」とテンションを上げて話し始め、俺は「マジです。グランがレベル99に到達した時に、俺のレベルが10だったので《グランサイファー》を手に入れる為に、この世界に来たんです」と本当である事を伝えた。すると錬金術師の女性はとても喜んだ顔をしてくれた。その勢いのまま、その日の夜には宴会が行われる事になる。

その日以来俺は《錬金術師ギルド》に入り浸るようになった。

理由は一つだ。俺は《グランサイファー》が欲しかった。なので、どうにか《グランサイファー》を譲り受けるために色々と錬金術師の女性と交渉をした。もちろんだが《グランサイファー》の所有権は彼女にあるため《グランサイファー》が嫌だと言えば無理にでも奪い取るような手段を使うことは出来ない。しかし彼女は《グランサイファー》を大切にしているようだったので俺としては《グランサイファー》が欲しいと頼み込む形になってしまう。そんな俺に対して、なぜか《グランサイファー》も「主は、もう少し冷静になって下さい」と言われたりもするが基本的に俺の行動を止めるような事はない。

それだけではなく《グランサイファー》の方からも「我を上手く使ってくれたのならば、それ相応に礼をしよう。それに我が力を使えるのは現状では主にだけしか出来ぬ芸でもあるから、そう悪い提案でもないはずであろう?」と言ってくれる事もあり錬金術師との交渉は思ったよりも早く終わる。そして《グランサイファー》の了承を得た上で交渉を成立させたのである。ちなみに《グランサイファー》の能力について説明を行う。

『グランサイファーの能力を説明する』

「おう。宜しく頼むぜ」

俺が《グランサイファー》に声を掛けると彼は普通に応じてきた。ただ俺にとっては普通のやり取りだが《グランサイファー》は《グランサイファー》でしか出来ない事を、これから行ってくれるという。俺は《グランサイファー》の説明を楽しみにしながら、彼の言葉を待った。

『うむ。我が持つ能力は【召喚】という物だ。それ故にグランサイファーを呼び出していたり、グランサイファーを呼び寄せる事も可能となっている』

俺は、それを聞いた時、「おおっ!」と歓声を上げてしまいそうになる。だが「その能力は、どうやって手に入れたんだよ」と尋ねようとするのだが《グランサイファー》に、いきなり手を掴まれる。それから「今から説明するが、くれぐれも大きな声で叫ぶでないぞ」と言われる。俺は素直に「はい。わかりました」と答えておく。すると《グランサイファー》は俺の手を握った状態で何かを唱え始めたのだ。すると周囲の風景が変化し始めて俺は、その場所が見知らぬ部屋である事に気づく。そして俺は目の前で起こっている状況に対して混乱し始めるのだが、そんな俺に対して「騒ぐなって言われなかったか?」と、どこかで聞いた覚えのある女性の声が聞こえてくる。俺は反射的に後ろを振り返ると「やっぱりアンタだったか」と女性が言う。それから「アタシの《グランサイファー》が世話になったみたいだね」なんて言ってきた。俺は彼女の姿を見て「もしかしてルリアさんなのか?どうして《グランサイファー》の姿なんだ?もしかして、これ《グランサイファー》の仕業だったりしないよね?」と尋ねると「残念だけど今回は違うね。でも、なんでだろうねぇ。もしかしたら、これは《勇者》の特殊能力とかかもしれないね」と答えたのだった。

目の前に現れた女性の姿を確認してから俺は、まず、この女性の事が誰だったのかを思い出すために頭を働かせることにした。

この女は《勇者》であり「ルリ」という本名を持つ。見た目は20歳前後に見える美人で髪は腰くらいまでの黒髪ロングで前髪の分け目部分に赤いピンを使っているという特徴があり。スタイルは抜群。しかも胸が大きい。ただし戦闘の邪魔になると困るという理由で服の下に隠れている。

彼女は《錬金術師ギルド》に所属している《勇者》であり、俺と同じ年齢だ。だから同年代の人間なのだが彼女は、俺に対して、かなりフランクに接してきてくれた人物でもあった。というのも彼女は俺の《グランサイファー》が気に入っていたようで、たまに話しかけてきては自分の《グランサイファー》と仲良くなりたいと考えてくれているらしい。だから、俺に対しては最初から敬語抜きの言葉遣いで話しかけてきていたのである。

俺と彼女が出会った切っ掛けは《グランサイファー》の件だ。

《グランサイファー》は、この《グランサイファー》を《グランサイファー》と名付けて、俺の《グランサイファー》にしようと考えた。その結果として《グランサイファー》が俺と契約を結ぶことになる。しかし彼女は、その契約に不満を持っているという話を聞かされた。それで俺としても「ならどうすればいい?」と《グランサイファー》に相談したら、彼女は俺との契約を一度破棄したいという申し出を行ったのだった。それが原因で俺と彼女は喧嘩をした。その後すぐに彼女は謝ってきて「ごめん。私が間違ってた」と頭を下げて来たのを覚えている。

その出来事があってから俺は、彼女と仲が良くなったのだ。

俺は《グランサイファー》から説明を受けたのだが、それを聞いていたら「おーい!」と呼ばれてしまう。

俺は、それを無視して、とりあえず自分の置かれている状況を確認しようとしたのだが彼女は、それを許すつもりがないようだ。そこで俺は彼女の方を振り向くと「無視すんな」と言われたので仕方なしに彼女に視線を向けると彼女は腕を組んで不機嫌そうな表情をしていた。

「お前さぁ。人の話を聞かない癖があるのは良くないと思うんだけど」

そんな彼女の発言を聞いて俺は思わず「はぁ?」と言いそうになってしまう。俺は別に話を聞かなかったわけではないからだ。ただ俺の方も、そろそろ話の流れを把握したかったというのもあって質問を投げかけてみたりする。

「えっと、俺に何が起きたんだ?」

「ここは私の部屋だよ。まあ私が作った錬金術の工房みたいなものかな。私は普段、此処に居て研究を続けている。でも《グランサイファー》と会話をしている姿を見掛けて、どうなっているのだろうと、つい、のめり込んで見入ってしまったわけ」

俺は、それを聞くと「なるほど」と思ってから《グランサイファー》に顔を向けた。

『おい!どういうことだよ?』

すると《グランサイファー》から声が聞こえてきた。

『すまぬな。主よ。あの女の錬金術に興味が湧いたのは本当だ。あの錬金術は、おそらくではあるが、かなりの高確率で、あの女にしかない特殊な能力を有していると予測する事が出来るものだ。それに主と契約を結んでいた方が何かと楽に生きられる気がした。だが一番大きな理由を言わせて貰えば我は《勇者》と話がしてみたくなった』《グランサイファー》が「話してみて分かったのだが、やはり我らは似ているのかもしれぬ」という言葉を聞き「は?似ているって何を言っているんだよ?」と言うと「我も《勇者》の話に興味を持ったという事だ」という言葉で締められてしまう。

俺は納得できなかったが「とにかく《グランサイファー》の能力についての説明を始めてくれないか?」と口にした。《グランサイファー》からの説明は、それこそ本当に《グランサイファー》の能力について話されただけだった。つまり【召喚】というのは《グランサイファー》を呼び出す事が出来るだけで、《グランサイファー》自体を強化する事は出来ないのだと。《グランサイファー》の能力を簡単に説明するのならば俺の《グランサイファー》は【飛行】しかできない。《グランサイファー》が、それ相応に強化されれば他のスキルを身に着けることだって出来るようになるかもしれないけど《グランサイファー》に進化するためには、まだまだ時間が掛かるだろう。

そんな《グランサイファー》の能力は【飛行】だけであって、他に使える能力は、【錬金】だけである。だが《グランサイファー》は、この【錬金術】というのが非常に面白い能力だと思っているそうだ。《グランサイファー》は【錬金術】を使えるのであれば《錬金術師ギルド》に入りたいとも考えていたらしく。だからこそ、その願いが叶う可能性があるという事で《グランサイファー》と契約を交わそうとしたらしい。

だが残念なことに《グランサイファー》は、その契約を交わす事が出来ずに終わってしまったとのことだった。《グランサイファー》曰く「《グランサイファー》という存在を欲してくれるのならば話は別なのだが。現状では《グランサイファー》を欲している人間は一人しかいないから無理である。それに加えて我が主と契約を結んだばかりだからな。その主が望むのならば、この力を渡しても構わないとは思うが、それは今はまだ早い」と告げられてしまってから俺は「それならしょうがないね」としか答えることができなかった。それだけではなく彼女は《グランサイファー》を使って錬金術を使い「こんな風に、ちょっと変わったアイテムを作ってみたいかもね」と言ってきたのだが俺は「どんなアイテムを作ったとしても絶対に売り物に出来ないから無駄だと思います」と言っておいたのだった。

それから彼女は「やっぱりダメかぁ。なら作ろうと思ったけど諦めようかねぇ」と言っていたので「ところで《勇者》さんは何のために、この街にやってきたんですか?」と聞いてみる。すると彼女は「《勇者》様と呼ぶように」と言われるのだが俺は気にせず《勇者》様に質問をしてみることにした。すると「アンタ達の仲間を探しているんだよ」と答えてくれる。どうやら《勇者》達は俺のことを探してくれているらしい。

《勇者》に、そんな事を言われてから俺は思い出す。確かに仲間を探してはいるのだが「今は、それよりも優先すべきことがある」ということを思い出したのである。

「俺としては仲間のことは気になりますが、今は先に、こちらの問題を解消してしまいたいと考えています」

俺は、それだけを告げる。ただ《勇者》から意外な言葉が返ってくる。彼女は「アンタも大変だよね。でもアンタが《勇者》になるような事態が起きているのだから、それなりに大変なことが起きていても不思議じゃないでしょ?」と言われる。それについては同意するべき部分があった。しかし「それで俺が《勇者》になったという話を何処で知ったんだ?」という俺の問いかけに対して《勇者》様は、すぐには答えてくれない。そこで《グランサイファー》が口を挟んでくる。『我と契約を結んでくれている《勇者》と連絡を取り合っていたので知ってはいたが。主に伝えなかったのには理由がある。まずは、それを話す前に《勇者》に質問をしたい』そこで俺は「ああ。いいぞ」と《グランサイファー》の言葉に対して許可を出した。すると彼は《勇者》に向かって、こう尋ねたのだった。

『汝、もし、この世界に存在する魔王を討伐したら、どうしたいと考える?』《グランサイファー》がそう尋ねてみると「そんなもん決まっている」と《勇者》は言う。「私は魔王を殺すために《勇者》になった。それを達成した後なんて考えてはいない」それから《勇者》様は、しばらく考える仕草を見せてくれた後に言った。「まあ《勇者》としての役割を果たしたら、とりあえず、どこかの街の騎士団に所属してみようと考えている。でも一番は《勇者》の役割を全うするために《聖王》と呼ばれる人物の元を訪れて、《勇者》としての力を存分に発揮できるように鍛えてもらう必要がある」と、それを聞いて俺は「そういう話を聞いてしまうと俺達の状況を説明しても良い気がしてくるなぁ。ただ、それをする前に確認しておきたいんっですが、どうして《聖王》と呼ばれている人物は《勇者》を鍛える必要があるんでしょうか?」と尋ねる。

俺の言葉に対して《勇者》は「そりゃ簡単さ。《聖王》が、その役目を担っているからに決まってるじゃないか。《聖王》という職業を《冒険者組合》が管理しているから《勇者パーティー》のまとめ役として《聖剣》という特別な力を与えられているんだぜ」と言う。そして《グランサイファー》が《勇者》に向けて《聖剣》とは何であるかを尋ねる。それを受けて彼女は「《勇者》だけが使える《神造兵器》であり最強の武器だ。私は、そう聞いている」と言う。それを受けて《グランサイファー》は『なるほど』と口にした。

『それで?どうなんだ?《グランサイファー》よ。《勇者》に教えてしまうのか?』

《グランサイファー》は《勇者》に《神造兵器》がどのような物なのかを教えても構わないのかどうかを聞いていた。《グランサイファー》の話を聞いて《勇者》様は、どういう反応をするだろうか?と俺も考えてから「あの」と話しかける。俺が《勇者》様へ話しかけようとした時に彼女は《グランサイファー》に、こういう話をし始めたのであった。「私が、この話を知ったからって別にアンタ達が困る事はないし、私が悪用するような人間でもないと分かってくれると思うから教えておく。実は、この話は少しだけ聞いた事があるんだ。だけど、まさか本当だったなんて思わなかったんだ」

それを受けて《グランサイファー》は『本当、というのは何についてなのだ?』と質問をした。それを受けて《勇者》は《グランサイファー》に対して《グランサイファー》から、どういった話を聞いたのかを話し始めた。その内容は《勇者》にとっては驚くべき内容だったというのだ。

そもそもの始まりは、そう遠くない過去の話だ。

当時の人々は魔族に苦しめられていて《聖戦》を望み、その結果として《大災害》を引き起こしたという話。

そして魔族の王が全ての魔物を率いて人類に宣戦布告をし、この大陸に戦争が起こったという事実。

ただ魔族は自分達の国を作りたいだけだったという話で「まあ私は魔王と戦うつもりだから関係ないけどな」と言っていたのだが《勇者》様は何かを考えるような表情を見せた。それから《勇者》様は「もしも《聖剣》を手に入れたいと思っているのなら、アンタ達に、ちょっと協力してあげてもいいかな?」と呟いた。

俺は彼女の方を見つめると「何か良い方法を知っているという事なんですか?」と聞き返す。《勇者》は小さく笑みを浮かべながら、はっきりと「知っている。というより、それを手に入れるために必要な物を、もう、いくつか持ってきているんだよ。それに《聖騎士》っていうのは《グランサイファー》を呼び出したら絶対に仲間にするべきだろうから、私も、この《グランサイファー》と契約を結んでおく事にしよう」と言った。

俺にとって、その提案はかなり有難いものなのだが「待ってください!俺の方からも質問させてください!」と言ってから彼女に、いくつかの質問をしてみることにしたのである。彼女は、その質問を全て笑顔で受け入れてくれるのだが「私の方は質問じゃなくて確認だよ」と言うのだった。それについて、どう答えればいいか分からず悩んでいると《グランサイファー》が「主よ。今は、そんな事を言っている場合ではなかろう」と言われてしまった。確かに彼女の言っている通りで俺は今すぐに《グランサイファー》の力を使って錬金術師の工房を破壊するのを優先しなければいけないのは確かなのだが。どうしても俺は彼女への疑問を解消する必要があった。なので俺は、まず「錬金術師を倒すのに協力してくれると貴方は言いましたが、俺の頼みを何でも叶えてくれるという訳ではないですよね?」と尋ねたのである。

その質問に対して《勇者》様は「まぁ、そうだね。錬金術師を倒して、その工房を破壊してくれと頼まれれば、やぶさかじゃないけどね。でも今のアンタには、それだけの戦力がないから難しいでしょう?」と言われた。その指摘に関しては、確かに間違ってはいない。

それを踏まえて俺は「分かりました。それでは貴方に質問をさせて下さい。《グランサイファー》と契約を結んだ事で、貴方には《勇者》としての権限が与えられる。それは事実ですね?」と言う。それに関して《グランサイファー》は「そのように《グランサイファー》も認識している」と答えたのである。「なら俺のお願いを聞いてもらえるかもしれない。今すぐに、この場所から離れてもらいたいんです。その場所に、これから強力な敵が現れるので」

俺は《勇者》様に対して、そういう話をする。

「なるほどね。やっぱりそういう展開になっているか」

俺の話を聞いた《勇者》様は楽しそうな口調で「面白いね」と言い「それなら、ここでの戦いが終わったら、その時は、ちょっとアンタに付き合ってあげることにしようかねぇ」と微笑みを浮かべて言う。だが《グランサイファー》の奴に文句を言われると「別にアンタ達とは戦い終わった後も関係が継続できると私は考えている。だからこそ、ちょっとの間、一緒に行動しても構わないんじゃないかねぇ」と告げて、それを受けた彼女は「ふむ。それも確かに悪くはない考えだと我は判断するが」と答える。

俺は《勇者》と、そんなやりとりをしている間に《グランサイファー》の力で移動を行うことにしたのだが。俺は移動する前に《勇者》様に頼んでみることにする。俺は自分の仲間を探している最中なのだ。そのために《勇者》には《勇者パーティー》の全員を見つけて欲しいと思っていたのだった。だから、それを頼むために「あの、もし宜しかったら《勇者》様には仲間を探してもらうために動いてもらえないでしょうか?」と尋ねる。

俺がそう尋ねてみると彼女は「そうしてやりたい気持ちもあるんだが。悪いが、アンタの仲間の捜索を手伝う事は出来ない。それよりも今は先に、やらないといけない事が出来たのでな」と言われる。その返答に対して「え?何かあったのですか?」と尋ねてみた。すると「実はアンタが、あの《勇者パーティー》に所属しているって話を、さっきまで、まったく知らずに話をしていたんだ」と彼女は言って「これは、ちょっと不味い状況になったかも」という顔になってみせる。

それを聞いた俺は首を傾げてから「《勇者》様は、どうして、その事を知らなかったんですかね?普通は、もっと情報を持っているものだと思ったんですが」と言うと「《聖騎士》とか《僧侶》が、あんまり、そっちの話に踏み込むような真似をしなかったんだよ。《聖王》は、その手の知識を持っていそうな感じだったが《聖騎士》達は興味がないようだったのでな。それで私はアンタに何も言えずに、ただ黙っていたんだけど、まさか本当に、こんなことが起こるなんて思っていなかった」と言うのだ。

そこで俺は彼女が、どのような経緯を経て、この迷宮街に流れ着いたのか気になり始めていた。だから《グランサイファー》に確認してもらってから、そのことについて尋ねてみる事にしたのである。

『ところで貴女がこの街に来ることになった理由などは《グランサイファー》の記憶にあるかな?』

《グランサイファー》は俺の願いを受けて記憶の中から該当する情報を検索していたようだった。それから、やや間が開いてから《グランサイファー》は、こう言葉を返してきた。

『残念ながら《聖王》が魔王に戦いを挑んだ結果については記録が残っていないようだ』と言うのだ。それを受けて《勇者》は「それじゃあ仕方が無いか」と言う。どうも、この話題は打ち切りとなったみたいだ。なので俺は、この機会を利用して「そういえば自己紹介をしていないと思いまして、名前を教えていただけますか?」と聞く。すると《勇者》様は少し迷った後に「まぁ良いけど。教えなくても良いよ」という反応を見せるのであった。それから俺と《グランサイファー》が《勇者》様に《グランサイファー》と契約を交わしたことで得た権限を使用して転移を行ってもらうことになったのであった。《聖王国》へ帰還した後は色々と忙しくて時間が取れないからと。そして「この《勇者パーティーメンバー》という役職を正式に貰えるまでは《聖剣》についての説明はできないからね」という言葉を貰った。それを受けて俺も納得することにしたのである。

こうして俺と《グランサイファー》と《勇者パーティーメンバー1号》との協力関係は始まりを告げるのであった。

1 迷宮街の外れで、そんな会話を交わした数日後。

場所は錬金術師の店が存在する階層と地下四階と五階の境界部分に位置する一画に存在する大きな洞窟内だった。この場所は迷宮の出入口が存在しておらず、それに加えて錬金術師の工房が存在しないため。錬金術師と《魔王》による激しい戦闘の影響も皆無の場所でもあった。

そのため現在この場所を調査中の《冒険者》が居る。彼らは全員が黒系統の装備を着用しており、その中でも、ひと際目立つ存在として漆黒の全身鎧を装備している人物が存在したのだ。そして彼は兜を外す。彼の容姿を一言で表すのならば美男子といった表現が適切なのだろう。ただし外見的な年齢は若く見えて二十代前半にしか見えない。そんな彼こそが現在の人類が召喚に成功した最後の魔王である。名前はリゼルというのだが彼が身に着けているのは魔王だけが着用を許されている《闇の魔装具》と呼ばれるものらしいのだが。それが具体的に何なのかについて詳しく知っている人物は数少ないのである。

何故、そこまで少ないのか?というと《闇》という特性を持った属性が関係していて。そもそも《闇》の属性を扱えたとしても魔法の才能が無ければ扱うことができないからである。しかも魔力の量に関しても、かなり高いレベルで要求される上に《闇》の特性が強すぎて扱いが難しいというのが現状なのだ。

そもそも、この世界において《光》と《火》と《水》以外の全ての元素を操ることが可能とされているのに。それに比べて《闇》の適性がある人間は極めて稀な存在であると言われているのも理由の一つとして挙げられるだろう。

ただ、そんな珍しい種族が《聖教国》と敵対関係にある《大災害》を引き起こしてしまったという事実が存在している。《勇者》と呼ばれる者が引き起こした《聖戦》。その《勇者パーティー》には様々な人種が集まっていたが《魔王》に関しては純粋な人族しか選ばれなかったという話だ。しかし《勇者》達が作り出した結界のせいで詳しい情報を手に入れることはできなかった。それ故に多くの謎を残しているのが《聖勇者》という人物である。

だが今回。その人物が生み出したと思われる《魔王》が《大森林地帯》に存在したとされる。《大森林地帯》というのは広大な面積を誇る《獣王国》が隣接している地域の名前であり。その境界線付近は《魔物領域》と呼ばれている。その理由に関しては《獣王国》が管理し切れないほどの大量の魔素が発生した事が原因で《魔王》が誕生したのが原因である。

本来、《魔王》とは、それほど頻繁に誕生するものではない。それこそ数百年単位で発生することが無いのである。そんな、おとぎ話の類に登場している《魔王》の力を受け継いでいる存在が目の前で笑みを見せている男なわけで。俺は、そんな彼に視線を向けてから《勇者武器》である長槍を構えていたのだった。

俺は《聖王国》で、それなりの時間を過ごしていたはずだ。その、わずかな期間で、これだけの変化が起こっているとなると嫌な予感を覚えてしまうのだが、それを頭の中で必死に抑えつけると、俺は自分の中にある感情を抑える為に深呼吸を行ったのだった。

「ふぅ、ふぅー。さて。覚悟を決めるとしようか。《勇者》と戦うなんて考えたこともなかったし。それに勝てる自信もなかったけど。やるだけやってみるしかないよな」

《勇者》との戦いに勝つためには《勇者武器》が必要だと考えていたので《勇者》に攻撃を仕掛ける。

だが、こちらの行動を予期していた《勇者》によって迎撃を受けることになった。俺の攻撃に対して《勇者》は盾と剣を使い受け流すと。同時に《勇者の武具》から《勇者パーティー》のメンバー全員に連絡が入るのが聞こえてくる。

「どうする?アイナさん。僕達の能力を使うか?今の状態で、まともにやり合うのは流石に分が悪いんじゃないかと思うんだ」

そう言った相手に対して《勇者》は苦々しい表情を作りながら「そうだねぇ。それじゃ、ちょいとばかし協力してもらうことにしようかねぇ」と言ってから「とりあえず《戦士》と《武闘家》。あんたら二人で私と《聖王》のサポートに入ってもらえるかねぇ」と口にしたのである。その言葉に《勇者パーティー》のメンバーである《戦士》と《格闘家》の二人は「分かった。でも援護を行う前に確認させて下さい」と言い出した。すると彼女は「何かね?」と返事をする。

「今回の、この戦いは我々勇者パーティーの全員で挑むような内容なんですか?」

《勇者》は、そう尋ねられたことで少しの間、考え込んだ後に口を開く。「そうだよ。だけど《僧侶》だけは別だ。あの子は絶対に連れてきたら駄目だね。理由は分からないが彼女は戦いに向いていない子だからさ。だから《僧侶》は地上にて待機させておく」

《勇者》の言葉を聞いた俺は、そこで一つの事実に気が付き始めていた。

つまり、もしも、これが本当の《聖戦》だというのであれば、俺達の仲間の殆どは戦いに向いてないということになるのだ。それだけではなくて《賢者》であるリリアも戦いが出来ないのではなかろうか?と疑問を抱く。ただ、これは俺の推測にすぎない。

なので俺の考え過ぎであって欲しいと思いながら《勇者》に対して話しかける事にした。まずは「えっと、それで俺が戦ったりするのは問題ありませんか?」と質問をしてから戦うことを許可して貰えるかどうかの確認を行おうとしたのだ。

それに対して《勇者》は「アンタに戦う意思があるっていうのなら、私は止めないよ。でも《魔王》の力がどの程度か分からん以上。油断をするような真似は控えておいてくれよ。私の見立てだと、アンタが今まで出会った中で最強クラスに強い存在だと思う」と言うのだ。それを聞いて俺は「え?」と思ってしまった。確かに、この《勇者》の見た目だけで判断すると弱そうとは思うのだが。実際に戦闘を始めてみれば圧倒的なまでの実力の差を感じさせられたのである。

そして俺が驚いている間に《勇者》達は移動を開始した。それから《戦士》と《格闘家》は俺と距離を詰め始める。

「俺達も全力でサポートさせてもらうぜ」

「ああ、そういうことだから安心してくれ」

俺に向かって、そんな事を言ってきたのだ。それを受けた俺は二人に対して「分かりました。助かります」と返すのである。そんなやり取りの後。俺は二人の攻撃を避けることにした。というのも彼等の攻撃が速過ぎるから回避行動を行わないと危険すぎると判断したのだ。俺は《勇者パーティーメンバー1号》から貰った能力を駆使すると自分の体を動かす感覚が変わってくる。そのおかげで俺の肉体能力は、ほぼ100%の力を発揮することが出来ている状態になっている。

この状態での戦いならば普通ならば負けることは無いと思えるぐらいの状況なのに、だ。それでも相手が相手だけに苦戦を強いられることになるだろうと思えた。だからこそ相手の隙を見抜くように心掛けると、どうにか反撃に転じようとした。

そして、しばらく打ち合いを続けていると俺の方に変化が訪れる。それは《勇者パーティーメンバー》の全員が使用している技能の恩恵を受けられる状態になったからだ。これにより身体能力が向上して反応速度が上昇しているのだが、それでも俺を苦戦させたのが、やはり《勇者パーティーメンバー》の能力が、あまりにも強力過ぎたという事に原因があったのである。

俺は《勇者》が使っていたスキルを思い出した。あれは本当に反則だろうと思ったのだ。そして今回の戦いで改めて思った。彼女と戦って勝てる可能性があるとすれば《勇者》に力を与える存在である【魔王】を仲間にして共に戦うしか方法がないのではないか、と。しかし俺自身が【魔王化】を行えるのか?という問題があった。もし行えない場合は、このまま何もできずに終わる可能性が高いのではないだろうか?と不安を覚えたが、ここで考えるのを止めてしまった。それよりも今は少しでも多くの情報を集める必要があると考えて集中する事に決めたからである。

「お前が噂の魔王なんだろ?」

そう言い放った俺の声に反応した相手。それが今回の戦いを始めるきっかけになった相手だった。名前はリゼルと言ったのだが俺は彼に手を差し伸べながら「はじめまして」という声を出した。すると彼は一瞬驚いた様子を見せたのだが。すぐに落ち着きを取り戻すと。こう言って来た。

「貴方の事は聞いていましたが。まさか私に対して握手を求めてくるとは思っていませんでした。正直、戸惑いを覚えています。それにしても貴女は随分と若いですね。年齢で言えば十五歳といった所でしょうか?その若さで《聖教国》に認められた《勇者》の称号を得たと耳にしています。その偉業を成し遂げたことに関して素直に賞賛したいところですが、今の私には貴女の手を握り返せるほどの余裕が有りません」

俺は「別に気にしないでいいですよ」と、そんな風に返したのだが。

《聖王国》での《勇者》の態度を思い出す限り、こういった形で話してくれる可能性は低いかもしれないと考えていた。しかし意外にも会話を続けることができた。

それどころか彼が気になることを口にしてくれたのだ。そのお陰で俺は「貴方が《魔王》なのか?」と尋ねてみると意外な答えが帰って来ることになる。

「そう、です、よ」

そんな短い返事だったが。その一言だけでも十分な情報が得られたと感じた。だから《聖王国》の連中が《魔王》と呼んでいた男が目の前に存在する人物なのかを確認する為に。俺が「ちょっと失礼します」と言ってから彼の体に触ったのだ。《魔王》と呼ばれている存在に触れられることを嫌がられて逃げられないかと警戒していたが、その心配は必要がなかった。むしろ《勇者》は、されるがままに任せてくれたのである。

「どうですか?私が言ったことが本当だということが、お分かりいただけましたか?」

俺は、それに「ええ」と答えた。そんな時。突然の事だったので驚きを隠せなかった。《聖王国》で出会った時に見せていた冷徹な態度をしていた青年が姿を見せたのである。

その顔は《勇者》と同じような容姿をしているのだが。《勇者》と比べると背が高く。それに少しだけ筋肉質で引き締まった体形なせいか威圧感を感じさせるような風貌だった。

「久しぶりだな。元気にしていたようだな」

《勇者》であると思われる男性に名前を呼ばれるまでもなく誰かはすぐに理解したのだが。俺は黙って様子を見守る。すると向こう側から来たのだが。どうしてか分からないのだが《勇者パーティーメンバーの2人》と合流して一緒に俺と戦う姿勢を見せる。

そうしてから再び、この場で、こんな質問を投げかけて来るのだ。

「魔王様からの命令で、ここを襲撃してきたんですね。申し訳ありませんが僕達は引くわけにはいかないのです」

「《聖王国》からの正式な依頼を受けているという事なんですか?」

「そうです」

その言葉に俺は「そうなんだ。大変ですね」と答えると。この場から離脱しようと考えた。すると何故か《僧侶》の姿も見えてきたので俺は《聖剣使いの勇者》に問いかけることにする。

「えっと。俺に協力して貰えるっていう認識で良いのかな?それとも、あくまでも戦いを続行するつもりなんですか?」

ただ、その言葉に答えるつもりはないらしく、俺に向けて攻撃を開始する。俺は《勇者武器》を構えてから、まずは盾による防御を試みることにした。《勇者》の持つ盾に対して《聖剣》の攻撃を受け流しながら、その一撃を防ぐことに成功すると。そのままカウンターの要領で攻撃を行う。

だが、そこで俺は予想外の事態が発生する。《聖剣》の攻撃を受けた時に、あまりダメージを受けていないと自覚したのである。その理由を考える前に俺は攻撃をしてきた相手に対し、今度は蹴りを叩き込んだ。《勇者》は「くぅっ!」と言いながら吹き飛ばされてしまう。

その様子を見ていた《僧侶》は《勇者》の名前を呼んで、駆け寄ろうとするが《戦士》が止めるのである。そうして二人は俺達から距離を取るために走り出す。その後を追いかけようと俺も移動を開始しようとするが。そこで《僧侶》の様子が急変する。

彼女は、その場で頭を抱えて座り込んでしまうのだ。それを見て俺は思わず動きを止めて彼女の下へ向かう。そして声を掛けたのだ。

「え?何が起きたんだよ!?おい!おい、しっかりしろよ」

「あ、ああ。だ、だいじょうぶだ。それより《勇者》を助けてあげてくれないか」

《僧侶》は意識を失いかけていた。

それを見かねた俺は《聖勇者》に話しかけようとする。

すると彼は立ち上がろうとしている最中だったのだ。俺は「無茶はしない方が良いんじゃないのか?」と尋ねる。すると《勇者》は俺を睨み付けながら口を開くのだ。

「この程度の怪我ならば問題ありません。それより貴方が持っている《魔装》を見せて下さい」

そう言われて俺の手元にある《魔王》専用の《勇者武器》を見せると。

《勇者》はそれを、そっと奪い取った。それから何かを考え始めると、しばらくすると「ありがとうございます」と、俺に《勇者武器》を返して来たのだ。その行動の意味が分からなかった俺だったが。とにかく《聖勇者》から俺の手に渡って戻ってきた《魔王》専用武器。

それを構えた俺を見た瞬間の出来事である。

《勇者》が「待ってください。それは《聖教国》で回収しました」と言ってくるのだ。

その言葉を聞いた《戦士》は慌てて止めに入ろうとしたが《勇者》に阻まれてしまうのである。それだけでなく、さらに予想もしていない行動を起こすのだ。

「それでは始めましょう。さっきの続きですよ。私の名前は、アルタイルといいます。改めてよろしくお願いしますね」

そう口にすると、いきなり攻撃を始めてくるのであった。《勇者》アルタイルとの攻防が繰り広げられる中で俺は自分の身に起きている異変に戸惑うことになった。先ほどまでよりも肉体が強化できる状態が続いているのが分かっていたからだ。

俺は、そんな自分の状態を冷静に見極めながら戦闘を続けていた。するとアルタイルは唐突に、こう言い出した。

「貴女の名前を教えて貰っても、よろしいでしょうか?」

「え?いや、それは、その、ちょっと」

「名前ぐらい教えて頂いても構いませんよね」

有無を言わせない口調で迫ってくる《勇者》のプレッシャーに押し負けた俺は《魔王》としての名を名乗らざるを得なくなったのだ。

「私の名は、ルーナと申します」

その発言に満足そうな笑みを浮かべたアルタイル。

「覚えましたよ」と一言、呟いてから《魔王》ことルーナに攻撃を仕掛け続ける。《魔王》の攻撃方法は拳が主体なので、そういった戦い方になるのが普通だろうが。《勇者》の放つ攻撃の殆どに《魔力付与》が施されており、しかも《勇者》の持つ【技能】が強力な為。その攻撃を受けるたびに体が軋む。そんな苦痛に耐えるしかないという状況に陥っているのだった。そして今現在も《聖勇者》の【技能】によって身体能力が強化されており。それに対して《聖王国》側が所持している《聖武具シリーズ》を使用して、対抗しようと試みる。だが、その全てが打ち砕かれる結果となってしまう。その状況を見ているだけの状況だった。

(このままじゃ駄目だよな。だけど、どうやって倒せば良い?)

俺は思考を続けるが。なかなか打開策が見つからない。

そんな中で《勇者》は、こちらが何もできないと思っているようで一方的に攻め続けてくれるのである。俺は歯噛みしながらも相手の隙を見つけようとしていたのだが。やはり相手の動きが速すぎて何も出来ずにいた。《魔王武器》を使っても《聖勇者》が使う能力の発動に対して妨害することができないからである。そのせいで、どんどん不利になっていく状況は、やがて限界を迎えてしまった。

俺は、とうとう耐え切れずに吹き飛ばされたのである。

地面に叩きつけられそうになるが、そこで俺は必死に手を伸ばすことで《聖剣》を掴み、それを支えにして体を起こしつつ《聖勇者》を見つめるのだが、その時だった。《聖勇者》が「勝負ありですね」と言ってきたのである。その発言に驚いた俺は、どういう意味か確認しようと思った。だが、そんな時間すら与えられることは無く。次の瞬間、腹部に強烈な痛みを感じると視界が真っ暗になってしまったのである。

そうして俺の意識は完全に途切れてしまい、そこで俺が《魔王》としての人生を終えたのだと実感した。そんな俺の前には《勇者》が姿を現したのだが、どうにも様子がおかしいと感じていた。というのも目の前の人物は《聖勇者》ではなく、全く違う別の人物に変化してしまったのだ。そう考えた時である。俺の目の前に現れた人物。それが《勇者》リゼルであり、俺が戦ったのが別人だったという可能性が生まれた。その考えに至った俺は、とりあえず現状を把握する為に情報収集を行おうと思った。

すると俺に語りかけてきたのは《勇者》を名乗る少女である。彼女は「え?あ?な、何で私が喋って」と言うと、そこで初めて自分が口を開いている事に気づいたようだった。それから、どうして声が出るようになったのか疑問に感じているような様子だったが、すぐに思い出すと、こう言葉を口にしたのである。

「あの《聖勇者》は、どうして、こんなことをしているんですか」

その質問に対する返答はすぐに行うことができなかった。だがしかし俺は彼女の正体を知る必要があった。その事で「質問があるんだけど、君の名前を聞かせてくれないか」と尋ねてみると「あ、わ、わたしは、アイシアと申します」と答えるのである。その発言に、俺は「《聖勇者》の名前はアルタイルじゃないのか?」と尋ねるのだが。その質問に対し、アイアは戸惑いながらも首を横に振ったのだ。

「いえ、その名前の方ではないですけど、えっと、でも、何で貴方が知っているんですか?」という返事を聞くと。俺は彼女が本物の《聖勇者》だと判断した。

俺は、ここで自分の記憶を整理していくことにした。すると俺自身が体験していた過去の記憶が蘇ってきたので、俺は思わず驚き、その場で膝をつくのである。

俺は一度、死んでいる。

それを思い出したことで全身の震えは治まらなかったが。今は恐怖に打ちひしがれていてはいけない。俺は、この場を生き延びるために全力を尽くすことを決めたのであった。俺は《聖勇者》に言うことにした。「俺に協力してほしいことがあるんだ」と。すると《聖勇者》と名乗る彼女は「は、はい、なんですか?」と応じてくれた。その言葉を聞けたことに対して安心感を得た俺だったのだが。その気持ちも長続きしなかった。

突如として現れた巨大な黒い炎に飲み込まれてしまうと俺も、また《聖勇者》も、その黒炎から逃れられないと理解できた。そうすると、そこで《聖勇者》の姿が見えなくなってしまうのである。そこで俺は、彼女の名を呼ぶのだが。俺の声が彼女に届いたかどうかも分からず、そのまま意識を失った。

目が覚めると俺は暗闇の中で、ただ一人。立ち尽くしていることに気づく。

(ここ、どこだ)

周囲を見渡そうとしても真っ暗な空間が続いているだけだが。そこで《魔王城》と呼ばれる施設の中にいるらしいということだけは理解できた。そして何故、俺がこの場所で目覚めることができたかという理由を考えてみることにする。その結論としては、おそらく誰かによって生き返らせてもらったのだと思われた。俺は《死者復活》を発動させた。そして《死者蘇生》が成功すれば、俺が生きていた時の姿で復活させるはずだと考えていた。

その推測通りに自分の体を視認できるようになると《魔王武装》を手に持ち構えてから周囲に気配がないのを確認した後で部屋から飛び出すことに決めた。そうすると、しばらくしてから、いきなり背後に衝撃を感じ取ることになる。その一撃により壁に叩きつけられた俺は背中に強いダメージを負ったものの何とか意識を保っていた。そうして自分の身体を庇うために腕を前に出すと、そこを狙って《魔王》専用武器による攻撃を放たれることになる。だが俺は反射的に《魔王武器》を振りかざす。そのお陰で、どうにか《勇者武器》による攻撃を防ぐことが出来た。だが壁際に追い込まれた状態で攻撃を受けている為、俺は体勢を崩してしまう。その結果、追撃を喰らう形で《魔王武器》を弾かれてしまうのであった。《魔王武器》が部屋の中を舞っている光景を目にする。その直後、俺の首筋に冷たい何かが触れる感覚を覚えた。

視線だけを動かしてみると銀色の髪を持った《聖勇者》の武器。《勇者武器》が俺の頸動脈に触れており。その事実を理解した途端にゾッとした寒気を感じたのだった。《聖勇者》が「動かないで下さい」と言ったのは、そういった状況だったからである。《聖勇者》は俺の命を握る立場にいるので当然の行動だろう。そう考えるのが普通なのだが。俺にとっては不利な状態なので動かずにいられる訳がなかった。だから俺は強引に動くことを決意すると《勇者》に対して、反撃を行おうとする。だが相手も、さすがは勇者を名乗るだけあって一筋縄ではいかなった。俺の攻撃は見事に防がれてしまい。その瞬間に首元の《勇者武器》に力が入るのを感じていた。《聖勇者》が俺を殺すことに関して躊躇していないのだと分かる。だが俺は殺されたくないと思っているため《聖勇者》の攻撃を避けつつ必死に打開策を考えるしかなかった。

(くそっ、こっちの攻撃を全部避けられてる。どうやったら勝てんだよ。こんな化け物によぉ。だけど負けてられねえよな)

俺が思考しながら攻撃を繰り返し続けている間に、《聖勇者》から仕掛けてくることはなかった。それに加えて《聖勇者》は「まだ本調子じゃないみたいですね」と呟いたのである。それに対して「当たり前だろうが!」と俺は叫びながら攻撃を行い続けるのだが。結局、《聖勇者》の攻撃を回避するだけで精一杯になってしまい何もできないまま時間が過ぎ去ってしまう。

俺は、このままでは不味いと分かっていたため。《聖勇者》の動きを止める必要があると考えたのだ。そのため《聖剣》に魔力を込めていく。そうして、《魔王武装》の能力である《魔王覇道》を使用。それによって周囲の時間を加速させていったのだった。

それにより強化された動きで相手の行動を制限しようとした。だが《聖勇者》も時間の影響を受けていたようで、俺と同様に加速している状態だったのである。

その事から俺が有利だと思える場面も存在したのだが、それは《聖勇者》の能力で相殺されてしまい。結局、俺は相手の動きを封じることには失敗。その代償として俺の身体に激痛が走ることになってしまう。その苦痛のせいで俺は床に倒れてしまい動けなくなる。

そこで、ふと気づく。俺が《聖勇者》に倒されてしまうかもしれないと焦りを感じ始めていた。そんなタイミングで俺は、ようやく《聖勇者》が何をしようとしていたのかを理解することになったのである。

《聖勇者》は俺が持っていたはずの武器を奪っていたらしく。俺に向けて刃を向けて来たのだ。《聖勇者》が行おうとしている事が何なのかは理解できないが。俺は、それでも《魔王武器》を手元に戻すための行動を起こす必要があった。そのために俺は必死に手を伸ばして《魔王武具》を呼び戻そうとする。だが、やはり、それは不可能だった。だが、そこで《勇者》が持つ武器。《勇者武器》は《聖剣》と同じく光を放つ特性を持っているので、その現象が起きていることは一目で分かった。

だが《聖勇者》に隙が生まれていないかと確認しても、こちらに向かって攻撃を仕掛けようとしていなかったのである。その事実から俺は《聖勇者》は俺の予想を上回る行動を起こしている可能性が高いと思ったのだ。しかし俺も黙って殺されるわけにはいかないと。そこで俺は《聖剣》を取り出し《聖剣技》である《エクスカリバーIII》を使用しようと思ったのである。

その考えを実行する前に俺は確認しておくことがあると思った。俺は今にも《勇者》によって斬り捨てられようとしているのだ。そんな状況下で、この先何が起きるのか。それを想像しなくてはならなかったのである。

まず俺に《聖勇者》は俺のことをどうするつもりなのかを確認する必要があり、その為に質問を行うと。彼女は「貴方の持っている知識を全て貰い受けることにします」と答えたのであった。その言葉を聞いて《聖勇者》が俺の体を奪うために魂を縛ろうとしてくることが予測できたので。《聖勇者》から距離を取ろうとした。

だが《聖勇者》は「貴方に私を倒すだけの力がないので逃げられないと思いますけど」と言ってくる。俺は、そうやって《聖勇者》は挑発しているんだと判断していたのだが、その次の言葉で絶句してしまう。「それとも死にたいんですか?」と言われてしまうと。俺は彼女のことを睨みつける事しかできなかった。それから《聖勇者》は俺が《魔眼》を所持していないことや、既に《魔物化》していることに対して驚きを示していたのだが。《聖勇人族》について質問をされる事になる。そこで俺も自分が何者であるかを説明することになった。

その話を終えた後に《聖勇者》は俺に対して興味が湧いたのか。こう質問してきたのだ。

「私の目的に協力してくれるつもりはありませんか?《魔王軍》との戦いが終わった後に《魔王城》の施設を使えば《聖勇者》として戦えるような存在を生み出せるはずなのです」と、そんな話を彼女は持ち掛けてきたのであった。

その話を聞いた時。《聖勇者》が何を企んでいるのか分からなかった俺だったが、とりあえずは彼女の協力を得るしかないと考えてしまったのである。それに、そもそも今の俺は「死なないために」必死になって抵抗し続けていた。その結果として、この場で死ぬくらいなら、どんな条件でもいいから生き延びたいと考えた俺は、すぐに《聖勇者》に協力を約束することを決めたのだった。

「それで、俺に何をしろと?」

「貴方は今から、この場所から出ていき、そして自分の目で《魔王》と呼ばれる存在を観測し続けてください。そうすることで貴方の知識を利用すれば、新たな魔王を生み出すことができるでしょう。ですが、そうするためには、どうしても、必要なものがあります。そう、その情報を手に入れなければならないのですが、それがどこにあるかまでは分からない状態です」

《聖勇者》の言葉を受けて俺は、ここで初めて、《聖勇者》が言っていた事を理解できたので素直に応じることにする。そして俺と《聖勇者》はこの建物の中を移動していく。

その途中でも「俺が死んだら意味がないぞ」などと忠告したが。その程度の事は分かっていると言われただけで終わる。

そうすると《聖勇者》は立ち止まると振り返るので俺は身構えることにした。

《勇者武器》を手に持つ《聖勇者》に対して俺は「やるつもりなのかよ」と言い放つと。そこで《勇者》から提案を受けた。「戦うのではなく。話し合いで問題を解決するべきではありませんか?貴方も《死者復活》を発動させた影響で《死者蘇生》が使用できなくなっていますよね。つまり、それは私も同じなんですよね。だから戦いは、お互いに避けるべきなのではないかと考えている次第です。そうでなければ私は全力を出すことが出来ませんから」「その理屈で言えばお前の方が俺より強いだろ!なんで、こんな回りくどい真似をしてんだよ。はっきり言えば良いだろうがよ。その方が俺も気兼ねなく全力で相手を出来るからよ。その方がいいに決まってんじゃねえか。なのに何故、そんな回りくどいやり方をする」

俺は、そう告げると《聖勇者》は「私が本気で相手してしまえば、きっと、あなたを消滅させてしまうと思うからです。だからといって手加減が出来る状況でもないですよね。だって、あなた、すでに《魔王武装》を使用していましからね。それだけではなく、それだけでは満足していないようにも感じました。その点を踏まえて私は貴女に提案をしたのですが。分かりませんか?もし私が、その答えに辿り着かないと言うのであれば。残念ながら、これ以上の協力は期待できないと、判断することになります」《聖勇者》は真剣な顔つきで言う。俺は、それを聞き入れながらも疑問を感じていたのである。だが《聖勇者》は《勇者武器》で攻撃を行おうとして来なかったので。

どういった対応を取ればいいのか迷ってしまった。そのせいで俺は動くことができずにいた。

《聖勇者》の問いかけに俺が返答せずにいると、そのまま《聖勇者》が歩き出すのである。

(くそっ、なんだ。どうすりゃいいんだ。このままでは不味いと分かってるのに体が動いてくれねえ。くそっ、こんな所で終わってたまるか)俺は内心で、どうすれば状況を打破できるかを考えていると。突然、目の前の空間に歪みが生じた。それを見て《聖勇者》が警戒心を露にする。その直後。「見つけたぜ」という言葉が響いたのだ。《勇者武器》を構える《聖勇者》は声の主へと視線を向けると、そちらの方向からは見覚えのある女性が歩いてきたのである。

「久しぶりだな。おい。お前ら」

そう言いながら彼女は俺達に近寄ってくると。

そこで俺は「おまっ!」と叫ぶことになったのだ。

なぜならば、彼女は以前、この島を訪れたときに世話になった女性で、名前は、そう確か──「えっと。たしか貴方の名前は、そう、クロエ、だったわよね?」《聖勇者》が彼女の名前を呼ぶ。

「おっ。私の名前を知っている奴がいるとは意外だった。ああ、そうだ。あたしゃ、クロエって言うんだ。アンタ、あの時の嬢ちゃんだよな?随分と可愛くなったじゃねえか」

その女性は笑みを浮かべてから《聖勇者》を見つめて言った。だが《聖勇者》の反応はあまり芳しくないようだ。

「どうして、ここに現れたのですか?この方は《勇者》です」

その言葉を耳にしたクロエさんは《聖勇者》の方を見ると、「ほぉ。こいつが《勇者》なのか」と興味深そうな表情をしながら近づいて来た。俺は「何やってんだよ、てめぇ。《魔王》が動き出してんのに」と彼女に話しかけたのである。だが、そんな俺の言葉を聞いたクロエさんは「何言ってんだい、坊っちゃん」と口にしてから、こう続ける。

「あたしは、もともと《勇者》じゃないんでねぇ。《勇者》なんて呼ばれてもピンとこないし、そもそも。あんたら、《勇者》の敵になるって決めたわけでもないだろうが」

その言葉に対して俺は反論しようとした。その時に《聖勇者》がクロエさんのことを観察するように見ていることに気づいたのである。「まさか、貴方、《勇者武具》の所有者になっているんですか?」その言葉にクロエさんは苦笑いした。「その通りだ。さっきから、そう言っていたつもりだったんだけどね。なかなか伝わらなかったみたいで悪いことしてしまったかも」と謝罪してきたのであった。その反応に対して俺は「ふざけんなって、俺達が、どれだけ苦労させられたと思っていると思ってんだよ」と思わず文句を言ってしまう。そんな俺にクロエは微笑むと言ったのである。

「まぁ、そんな話は、もう止めようじゃないか」

「はあ?どういう意味だよ」

「その話については決着がついてないだろ。そんなくだらない事で時間を使っている場合ではないんじゃないかな。今は一刻を争う事態なんだし」その言葉に俺は「何だと?」と尋ねると、彼女は俺に向かって「いいから落ち着け」と告げてきたのだ。そのやり取りを見ていた《聖勇者》も会話に加わって来る。

「この人が何者かは知りませんが、今から私が貴方達の力になりましょう」

《聖勇者》の言葉を受けてクロエは「そりゃ有り難い話だけど。私も、あんまり長く此処には留まれなさそうな雰囲気だしね。だから、こうしないかい?」そう口にすると彼女は《聖勇者》に向けて剣を突き付けたのである。それを見た俺は、すぐに行動を起こすことにする。《聖勇者》の前に飛び出したのだ。そして彼女を守るような体勢をとる。それに対して《聖勇者》が呆れた様子で言ってきた。

「その行為が何の意味を持っているのか私にも分かりませんが。無駄ですよ。その程度のことで私を傷つける事は出来っこないのですから」

そう言われても、この状況に陥れば仕方がない。それに俺だって《勇者》として覚醒したのは最近なのだ。だから、そんなに凄い存在になったわけではないのだ。そう思いつつ俺は《聖勇者》に対して「だったら試してみるかよ」と言ってみせた。すると彼女は不思議そうに尋ねてくる。「それで勝てると、本当に思っているのでしょうか?私の能力は貴方の想像を超えるはずなんですよ」そんな《聖勇者》に対して俺は、あえて、こういう態度を取る事にした。「ああ。勿論だとも」と答え、《聖勇者》のことを睨みつけたのである。すると《聖勇者》は「そうですか。ならば良いでしょう。貴方も、そのつもりで掛かってきてくださいね」と告げると共に《勇者武器》を構える。

そんな二人の様子を見てクロエさんは「面白い。なら、そこで見ていろ」と言うと《勇者武器》を取り出して構える。俺は鞘を手にしたままの状態で《聖勇者》と対峙し、彼女が攻撃を仕掛けてくるタイミングを待った。《聖勇者》は俺から視線を外す事なく語り掛けて来た。「その程度で私は止められませんよ」そう語る彼女の言葉を聞いて俺は笑うと、その動作と同時に攻撃に移った。《勇者武装》によって身体能力を引き上げられた俺は一気に加速して《聖勇者》に斬りかかるのであるが、彼女は《勇者武器》を構えてから俺の攻撃を防御したのである。そして俺は、すぐさま間合いを取った。

(ちっ。やるじゃねえか)

俺は、そう考えながら次の戦いの準備をする。だが俺の動きを察知した《聖勇者》は、すかさず俺に対して、その手に持った《勇者武器》で追撃を行ってきた。それを俺は、《勇者武器》による肉体強化で回避を行うと、その場から離れる為に駆け出した。そうしながら「やるじゃねえか。その年で、そこまで動けるなんて」と褒めると、その言葉を受けた《聖勇者》も「当然です。これくらい出来ないで、どうやって貴女を倒すつもりなのですか」と答えた。そんな二人の様子を黙って眺めていたクロエさんは「いいねえ。やっぱり戦っている姿を見ると心が落ち着く」と、しみじみと語るのであった。「ところで、あんたら、この島に来た理由を忘れているんじゃねえだろうね」俺は彼女に問いかけた。すると、それに応じたのはクロエさんである。「それは私も同じ意見ですね。この島にやって来た目的を私達は思い出すべきですよ」

その指摘を受けて《聖勇者》は沈黙し。俺のほうを見つめてくるのであった。「この島にやってきた目的は一体、なんなのです?」と彼女は俺に向かって問いかける。「《魔竜人》どもが、ここで研究をしているという話があるんだよ」

俺の言葉に対して《聖勇者》は「確かに彼らの存在は気になっていましたが、それでも何故に《勇者武具》がここに揃っているのですか」と言い出すのである。「それについてだが。どうも島にある《聖具》とやらを全部回収するために動き回っている奴がいるらしい」

それを聞いた《聖勇者》は眉根を寄せて何かを考え込む素振りを見せると、「やはり《魔王軍》は本気で動き出しているということですか」と呟くのであった。「ああ。おそらくだが、お前らの計画している計画は《魔族》共の計画とは関係ないものだと思うがな」その言葉を口にした途端にクロエさんは「何だと」と言うのである。それを受け止めた俺は、まずは彼女の方へと顔を向けると説明を行った。《魔王軍》は《聖勇者》の存在を利用して世界征服に乗り出す予定だという話をする。「その話を聞いた限り《魔王軍》の目的は《勇者武器》の全てを手に入れることだな」と口にする。その言葉を受けて《聖勇者》が「《勇者武器》の力を使えば世界を支配する事も容易いのかもしれませんね」と語ると彼女は少し考えた後に言ったのだ。「この島には貴方達以外にも人間がいたはず。彼等は既に殺されたのですか?」その言葉に対してクロエは答える代わりに右手で指差してみせる。そこにあった光景を見て俺と《聖勇者》はそれぞれ驚いた反応を示した。

島の中程まで移動していたのだがクロエさんの足下に無惨に転がっていた男の死体を発見したからだ。しかも全身傷だらけの状態であり、《神眼の女神様の祝福》を発動させてみた所、彼は既に死亡していたことが判明したのだ。つまり何者かの手によって殺されたという事になるわけだけれど、いったい誰が、この人物を殺したのか。そんな疑問を抱いているとクロエさんが「おい、そこの女、そこで何を見ているんだ」と語り掛けたのである。「別に大したことではありませんよ。ただの野良犬が迷い込んできただけのようですからね」《聖勇者》は《聖武具》を構えてクロエさんに襲いかかろうとする。俺は即座に動いた。だが、そこで《聖勇者》の意識は別の方向に向かったのだ。

彼女は突然走り出して、俺達が辿り付いたのとは別方向の茂みの方に向かっていく。何があったのかと思った瞬間。そこから悲鳴が聞こえてきて、そちらへ目を向けた俺は、とんでもない物を目撃してしまうのだった。

そこには血を流した状態の《魔物》の姿があり、その《魔物》の腹には短剣が突き刺さっており、その傍には《聖勇者》が立っていたのだ。その出来事に俺は唖然としてしまった。そしてクロエさんの方を見やった時。彼女から告げられた言葉で俺は驚く。彼女は「こいつらが何者かが分からないから殺しておいたぜ」と告げたのだ。「まさかアンタ、こいつの正体が」俺はそう言いかけると「その前に質問させてくれよ」と言ってきたので俺が口を開くより早く、彼女は俺に向かって話しかけてきた。

「その男は私と同じ《勇者武器》の使い手なんだ」

「同じ?こいつが?」俺はすぐに彼女の言葉を疑うと確認を取ることにしたのだ。《勇者》としての能力は、かなり違うと思うぞ、と。そんな俺に対して彼女は微笑むと、その表情を見ただけで俺は全てを理解するのである。俺が知っている《勇者》の能力を彼女は完全に把握しているのだ。だからこそ「貴方は勘違いをしているようだけどね。彼の《勇者武器》は私が使っていたような特殊な能力を持っていなかったはずですよ」と言われてしまったのだ。そう言われてみてから《勇者》の男を観察すると、どう考えても普通とは違う点が有ったのである。

この男の顔に見覚えが無いのにも関わらず、その服装は間違いなく見慣れた《勇者》が着る服であった。そう考えるのと同時に俺はクロエさんの言葉を思い出したのである。《勇者武器》を扱えるのは《勇者》だけとは限らないと。《勇者武器》の力は使用者を選ぶのは間違いない話である。それこそ、どんな存在であっても使用が出来るようなものではないのだ。そして、この《勇者》は自分が使っているはずの《勇者武装》を持っていない状態だったのだ。そして、もう一つ俺の中で気になっていることが有る。それは彼が手にしていた短剣なのだ。

それは《勇者武装》を解除させた時に出てきた代物であることは間違いないだろう。そう思った瞬間に俺は嫌な想像が脳裏を過ぎっていった。俺は《聖勇者》が持っていた《勇者武装》を回収した時のことを思い出す。そうすると、もしもの話になるのだが、あの武器が実は偽者だった場合、それが問題になりそうな気がしてきたのだ。俺は《聖勇者》に近寄ると短剣を手にして「これは、どこで手に入れた?」と問い質したのである。すると彼女は、そんな俺に対して不思議そうに首を傾げながら「貴方は一体、何の事を言っているのでしょうか?」と逆に聞いてくる。俺は、それを受け止めてから彼女の瞳を真っ直ぐと見据えた。そうすることで彼女が嘘を吐いているか分かるからである。

しかし彼女の表情は変わらないので《勇者》から聞き出すことは出来なくなったようだ。するとクロエさんが《勇者》の男の首を掴み上げると「この島は、お前のような人間が出入り出来る場所ではない。とっとと消え失せろ。そうすれば、まだ命だけは助けてやるよ」と言い放ったのである。その声は恐ろしく冷酷な響きをしていた。

俺が感じていた嫌な予感が当たっているのかもしれない、と思ったのはその直後の事である。俺は「やっぱり、この島にも誰かいるんだな」と告げる。

「この島には俺以外に複数の人間の反応が存在している」

「そうか。やっぱり居るか」クロエは俺の返答に納得したように呟くと、「まあ良いだろう。そっちは俺に任せてもらおう」そう語り始めたので俺は「いいけど。どうするつもりだよ」と、とりあえず尋ねてみた。

「どうも、この島の人間達は私の存在を知っているみたいだからな。その件も含めて話をしてくる」

その一言を聞いた時、俺はクロエさんの表情の変化に気が付いた。彼女の言葉の中に、はっきりとした感情が混ざっていることに気がついたのだ。怒り。あるいは、憎しみだろうか。とにかく何かに対する負の感情が垣間見えたのだ。「じゃ、じゃあさ。クロエ、ちょっと待ってくれよ」俺は彼女の肩に手を伸ばすと「俺が行くよ。その役目は」と言った。

「いいや、駄目だ。ここは私の出番だと思うんだよね」

「いいや。この島に関しては、俺に話をさせて貰えないかな。なにしろ、ここ最近ずっと戦い詰めだったしさ。こういう時は、俺が戦うべきだと思うんだよな」

クロエさんの提案に俺が、そういうと彼女は「確かに、それは一理ある。うん。任せたよ」と言うと俺の背中を押した。そして「行って来い」と言う。なので俺はクロエさんに軽く頭を下げると「ありがとう」と言うのである。

《勇者》の男がクロエの《魔眼》の能力によって拘束されている。その間に彼は自分の身に何が起こったのか分からず混乱していたが、しばらくしてクロエに問いかける。「お前達は何だ?一体何が目的でこの島にやって来て。僕達に攻撃を仕掛けてくるんだ」その言葉を受け止めた俺は《聖勇者》を見つめると彼に視線を合わせるのである。《勇者》の男の瞳が揺れているように見えた。「な、なんなんだ。お前の力は。こんな力が本当に存在するなんて」と彼は驚きの声を上げると。

《勇者》の男が動揺していることを感じ取った俺は、それなら少しは会話が出来そうだと思って。まずは自分について話すことにする。《勇者》の男に向かって俺は《勇者》の格好をしているだけで本物の《勇者》ではないと説明を行うのだった。

俺が本当の《勇者》では無いと言う話をした途端に、彼の目が少し変わるのが見て取れた。

「本当なのか。だとしたら、何故、君が僕の《勇者武器》を使っているのか。いや、そもそも。《勇者》の力を扱える人間は限られているはずだ」

「その言葉は、さっき、アンタの連れの《聖勇者》からも聞いたんだけど、そんなに珍しいものじゃないよ」

俺の言葉に対して彼は戸惑う素振りを見せた。その仕草を見た時、俺は彼が普通の人間と《勇者》の間に産まれた子供だということを悟ってしまう。その事実を改めて理解すると「まさかとは思うけれど」と前置きしてから「アンタは自分が何者なのか分かってないんじゃないか?」と問い掛ける。それに対して彼は「分からない」と素直に応じた。それならば、どうして、この場所に来たのだ。という事に対して俺は疑問を抱くと《聖勇者》に視線を向ける。

「貴方達は何者で。いったい、この島で何をしているんですか?」と、こちらが問い掛けたのに対して「貴方達が《魔眼の神子》を誘拐したのでは無いのか?」と《聖勇者》は返してきた。俺は、それに答えようか悩んだ。そして迷った挙句に、その事は告げずに違うことを口にする事にしたのだ。「この島には俺以外の人間がいる。この島を訪れている目的を教えて欲しい」そう口にすると《聖勇者》は顔を曇らせると黙り込んでしまったのである。

俺の目の前で二人の《勇者》を名乗る人物が存在している。片方は本物で、もう片方は偽物で、しかも島を訪れていたらしい。この二人が一緒に居れば《勇者》としての力を持っているという話も信じてしまいそうになるのだが。俺はクロエさんに目配せすると彼女が、こちらに目線を合わせてきた。そこで《聖勇者》と向き合うクロエさんの姿を確認してみてから「悪い。クロエさんに質問したい事があるからさ」と告げる。そして彼女に《聖勇者》の傍から離れるように伝える。「どうするつもりですか?」と《聖勇者》から問いかけられて「少しだけ時間を稼ぐよ」と答えると俺は口元に微笑みを浮かべる。

俺は《神速抜刀》を使う。《勇者武器》《草薙の剣》を召喚させると素早く駆け出した。俺の動きを見て驚いた表情をする《聖勇者》だが《勇者武器》を構えたまま身構えた。俺の攻撃に対して《勇者》は短剣を振り上げようとしたので、それを阻止しようとして動きを止める為に攻撃をしようとしたのだ。すると《勇者》の《勇者武器》である短剣と俺の《エクスカリバー》が衝突すると金属音が鳴り響く。

どう考えても力の差は明白で俺の方が有利で、このまま押し切れば《勇者》は短剣ごと《エクスカリバー》で斬られてしまうだろう。そうなった場合エクスカリバーが破壊される可能性は十分にあった。

俺は咄嵯に、そんな考えを脳内に巡らせた。なので《勇者》から短剣を取り上げることにしたのだ。俺は《エクスカリバー》を引き戻しながら横薙ぎを放つことで相手の《勇者武器》を吹き飛ばすことに成功する。すると《聖勇者》が地面に膝をつくと俺を見据えて「まさか」と呟いたのである。「貴様は、この僕が今まで戦ってきた相手の中で一番、弱いじゃないか」そう言うと《勇者》は《勇者武装》を呼び出し始めたのだ。俺には《勇者武装》がどんなものかは判断出来なかったので様子見をする事にして距離を取ることにした。しかし俺が《勇者武装》を《勇者武器》だと勘違いしていた《聖勇者》の方は俺の行動に苛立ちを覚えたらしく、すぐに俺へと襲いかかって来たのである。しかし《聖勇者》の攻撃は全て俺の視界に入っていたので難なくかわすことは出来たのだ。それでも、どうしても攻撃が当たってしまう可能性があったので俺の剣で受け流して回避したのだ。その時に《聖勇者》は「くそ。何故、お前なんかに、この僕が苦戦しなければならんのだ」と言う。俺は「それは、俺も言いたい言葉だな」と返すと、そこから《聖勇者》との接近戦を挑んでは後退するといった動作を繰り返し行うことになった。

《聖勇者》が使用しているのが俺が知っている《勇者武器》では無かった場合、俺の負けは濃厚となるのだが、俺は必死で《聖勇者》を観察しながら戦闘を続ける。そうすることで何か掴めるかもしれないと淡い期待を抱いてのことだった。《聖勇者》が使用してくる武器が俺の知らない武器であった場合、勝算が無くなることは確かだったからだ。なので、どうにかして正体を突き止めておかなければいけなかったのである。そんな俺の様子を見たアイナ達は《聖勇者》が本気で戦う気になったと思ったのか《勇者》に攻撃を仕掛けてきた。だが彼女はアイナの攻撃を受け止めるとクロエさんの《魔眼》による妨害を受けてしまう。

「くそ、お前らは僕の獲物だっていうのに、なんなんだ」と、ぶつくさと文句を言う。それを聞いたクロエは苦笑しつつ《魔眼の神子》へと告げたのだ。「貴方は自分の力を過信しすぎよ。《魔眼》を持つ私が貴方より強いだなんて勘違いをしているようね」

「どういうことだ?」と尋ねる《聖勇者》に対して、今度はアイナが返答をした。

「つまり、そういう事ですよ。私は確かに、あの方の力を得ていますが。その力を100%使いこなす事は出来ていません」と言う。それを聞いて、やはりアイナは、この世界で特別な存在なのだと改めて思い知らされた気分だった。それから俺は、この《聖勇者》という男の強さに関して考察を開始するのである。《勇者武器》の能力を発動させた状態の《聖勇者》と戦っている時に気付いたことがある。彼は身体能力の向上の恩恵を受けていたのだが、それだけでは俺の剣技に対抗する事が出来ないはずなのだ。しかし《聖勇者》には何かしらの能力が備わっていたのである。それが何であるのかは分からない。

「《魔眼の神子の瞳》。私の目は、この世界の法則を超越することが出来る」

クロエさんが、そういうと《魔眼の神子》である彼女は、《聖勇者》と俺の戦いを観察するかのように見守った。

《魔眼の神子》の能力。それは、《聖勇者》が発動させている能力よりも遥かに上を行くようなモノであり、だからこそ彼女は、それを使って《聖勇者》の攻撃を捌き切れていないのだろうと推測できたのだ。それに加えて《聖勇者》の持つ能力の正体を掴むことが出来た。

俺が彼の動きを見極めようとしていた理由は一つだ。俺は彼の身体に異変を感じていたのである。

俺は先ほど、《勇者》に吹き飛ばされた際の傷を治癒魔術で癒しながら《聖勇者》と《魔眼の神子》との戦いを見つめ続けるのだった。

俺は自分の目の前で行われている戦いを見つめている。

俺は《聖勇者》の攻撃を剣で受けると後方に飛び退いて間合いを取ったのだ。それを見てから彼は「まだ逃げ切れると思っているんですか?」と問いかけてくる。俺は彼の言葉を聞くと「当たり前だろ」と返したのだ。すると彼は《勇者武装》の《聖勇者武器》の能力を切り替えたのか、短剣を握り締めると俺の方に突進してきた。俺は咄嵯に後ろに飛び退いた。すると、《聖勇者》の持っている武器が、まるで鞭のような武器に変化したのである。

その武器の形状を見て「鞭か。厄介だな」と考えると、こちらに振り下ろされた一撃を回避しようと動いたのだが、それよりも早くに俺の顔面を《聖勇者》が振るった武器が打ち据えると俺は体勢を崩す。それを見ると《聖勇者》は笑いながら追撃を俺に向かって放ってくる。俺も反撃を行う為に《草薙の剣》を振り下ろす。

俺の攻撃を受けた瞬間聖勇者は後ろに下がったので致命打を与えることは出来なかった。俺は《草薙の剣》を引き戻して構える。すると俺達の間に割って入るような形で《聖勇者》の前に立ち塞がった人物が存在した。それは《聖勇者》の護衛役を務めている人物で俺達の争いを見ていられなかったのだろう。その人物とは「待ってください」と、こちらに声をかける。

《聖勇者》の連れである女だった。彼女は《聖勇者》が俺を睨みつけると口を開く。「どうして邪魔をするんだ? お前も見たはずだ。この男の実力は、それほど高くは無いと、この男は弱い」と、そう口にする《聖勇者》だったが《神速抜刀》を連続で使用した上に《エクスカリバー》という勇者しか扱えないはずの《勇者武器》を呼び出してから攻撃を行い続けていた俺の姿を見て「ふざけないで」と口にしたのだ。「どうしてアンタ達は、こんな無意味な殺し合いを続けようとしているの」と言うと彼女は、《聖勇者》に対して「少し冷静になって下さい」と口にすると《勇者》に「一旦、引きましょう」と言い放ったのである。それに対して、どう思ったのか《聖勇者》は舌打ちをすると「分かったよ」と、こちらに向けて呟いた。

どうやら俺の思っていた通りだったようで《聖勇者》が持っていた《勇者武装》が短剣に戻ったので俺達は構えを解くとお互いに顔を見合わせたのだ。そして俺達が武器を引く意思を見せた事に安心したのであろう護衛役の女性が胸を撫で下ろしてから俺の方を見る。「ありがとうございます。貴方が、この島を訪れた理由が分かりました。私の名前は《魔剣士 レイア》です。そして、あちらの方は、私の《聖勇者》様です」と、そんな風に口を開いた。彼女の名前は知っているので《聖勇者》の方が本物だろうと思って「やっぱり、そうだったのか」と答えると、そこで彼女が不思議そうな表情を浮かべたのだ。その表情の変化に俺が疑問を抱いた。

「あれ、どうしたんだよ?」

俺が質問を投げかけると《魔剣士 レイア》は口元に手を当てた後に「貴方は、まさか、私の力を感じ取ることが出来るというのですか?」と聞いてきたので俺は、それを肯定するように首を縦に振った。それを見た《聖勇者》が目を見開いてから俺に「嘘をつけ」と吐き捨てるように告げる。すると、そこに《神速の聖弓》を構えていた《聖弓の騎士》であるクロエが近づいて来た。

「どうやら、貴様は、かなり特殊な人間らしいな。《聖勇者》が感じ取れる力というのは個人差がある」と言うと彼女は、《聖騎士 ライオス》も《魔導士 アイネ》と共に近付いてきてから言う。「それに《勇者武装》を発動させる時に使う魔素の動きすら見えぬとは」

「まぁ確かにそうだよね」と、アイナは答えたのだ。

それからクロエが言う。「《聖勇者》の魔素の流れを読むには魔眼の力が必要だと言われているが、それとは別に特別な訓練が必要とも言われている。その訓練が行えれば相手の動きを見切ることも不可能では無いと、そう考えることも出来る」

《魔剣の主》の称号を手に入れたことで、俺は、そういう技術を身につけることも出来たわけだ。それに加えて、もう一つ気付いたことがある。

俺は《勇者武器》について尋ねた。

「なるほど。その様子だと《勇者武器》がどんな物なのか知っているようだな」

《聖勇者》の言葉に俺は苦笑する。

それを聞いてクロエは眉間にしわを寄せながら「知っているのなら説明はいらないだろう」と告げる。俺は肩をすくめると答えた。「俺の場合は《勇者武器》に認められて手に入れた称号だからな。詳しい事まで分からない」

《勇者》という言葉が《英雄》を意味する言葉だということぐらいならば知っていた。

だがそれ以上の事は知らなかったので、俺は《魔剣の主》が手にしている《聖剣 エクスカリバー》の能力に関しても理解していなかったのだ。なので改めて尋ねることにする。

「《聖勇者》が発動していた能力が《聖戦士 ブレイド》だったのは何となく分かるんだけどさ」

俺の返答を聞いた《聖勇者》は、それこそ信じられないものを見ているかのような瞳で、じっと俺を見つめるのだった――。

それから俺は《聖勇者》の連れである女性と話をすることにした。

彼女は「私はアイナと申します」と名乗った後で話を始める。

「それで《魔剣士 レイア》と、お話したいと、そういうことですね?」

俺が聞きたかったのは、そもそもの話であったのだ。

どうして《聖勇者》が俺に対して敵意を向けるような態度を取っていたのか、である。

すると彼女は「おそらく、その話は《勇者武器》に関してだと思います」と、そう述べたのである。

「どういう事だ?」

俺の問いかけに、まず、どういう状況だったかを彼女は教えてくれた。それは《聖勇者》である青年に俺達の仲間になれと誘われたことから始まったのだという。彼女は「あの方はとても素晴らしい《勇者》だと思います」と口にした後で続けた。

彼は《魔眼の神子》と呼ばれている人物の事を信頼しており、また自分の事も尊敬して欲しいと言ったのだと。それだけではなく彼の《聖勇者武器》についても説明を受けたのだというのだ。

彼の《勇者武器》の能力については、《神剣 ディバインセイバー》という名称の《勇者武装》なのだと聞かされたのだそうである。それ故に俺達と戦う前にも、そして戦っている最中も《聖勇者》は俺に攻撃を当てることが出来なかったのだろうと予想できたのである。

(でも何故なんだ?)

どうして、そういう結果になってしまったのかを考えようとした。だが考えていても仕方ないので彼女に質問をぶつける事にした。「その《魔眼の神子》っていう奴って誰だ?」という質問だ。すると、その言葉に反応を示したのがクロエだった。彼女は《聖勇者》が口にした名前に興味を惹かれたらしく、そちらに向かって問いかけたのだ。

「その言葉を口にするということは貴様は《聖剣》を所持しているということだな」

《聖剣》の《勇者武装》を持つ相手に対してクロエの口調が普段よりも更に強いものになる。それは《神速の射手》としての一面が強く表に出始めているのだろう。

するとアイナと名乗る女が「ごめんなさい。クロエさんは《神剣》を悪用するような相手が許せないんです」と告げたので、そこで俺が口を挟む。

「ちょっと待ってくれないか。《聖勇者》の連れの《魔剣士 レイア》だ。そっちの名前を教えて欲しいんだが、いいかな?」

すると《聖勇者》と行動を共にしている彼女は「あっ、失礼しました」と口にしてから自己紹介を行ったのだ。「私の名前はリディアです」と、それが彼女の名前であると。それを確認したところでクロエが《魔剣の主》に向かって言う。「我の名は《魔剣士 クロエ》だ。貴様にも名を名乗る義務がある」

すると《聖勇者》が、それに対して「お前、少し黙れよ」と告げてから《魔剣士 レイア》に向けて言う。「別にお前が俺達に敵対するというのなら構わんが、お前は違うんだろう?」

《勇者》の称号は持っているが、あくまでも自分は仲間として一緒に来ているだけだ。

そして俺達は敵対していないので安心しろ。そんなことを言っていたのだ。

そこで、ようやく俺が気になっていた質問を行うことが出来た。「どうして俺に、あんな風に攻撃してきたんだよ」という問い掛けだ。それを受けて《聖勇者》は「何となく、むかついたからだ」と言い切った。どうやら自分が《聖勇者》という特別な存在であり《魔剣士 レイア》と呼ばれる人物は弱いから、どうなってもいいと思ったらしい。だから、そのまま殺しても問題ないと考えたようだ。

(なんて理不尽な考え方なんだろうか)

俺は頭を抱えたくなった。しかし、それでも彼女達の事情を理解した上で納得した。この世界は俺の知るゲームの世界と似ているが少しだけ異なっているらしいと。

例えば《勇者武器》というものが存在している。《神剣 エクスカリバー》は、その名前が示しているように《聖勇者》が持つべき《勇者武器》だという。そして《魔剣の主》である俺は《魔剣》しか持っていないが他の人間達が持つ普通の剣とは違って魔剣であるから魔素を吸収できる能力を持っているのだ。《勇者武装》には、それぞれ所有者に合った機能や特性が存在するのだが《魔剣の主》は剣が放つ魔力を吸収することが可能で、それにより攻撃力を増加させることも出来るのだそうだ。

そんな感じで話を聞いている内に、どうも俺以外の人間は全員知り合いみたいだったので俺は「じゃあ俺は、その辺をぶらついてきても良いですか?」と尋ねてみた。すると、それなら自分も行くとアイナと、その仲間の《魔導士 レイネシア》が名乗り出た。ちなみに《神弓の騎士》は、この島に存在する唯一の酒場に行くつもりのようだった。

こうして俺は一人で行動する事になったのである。

***

「なるほどな」

とりあえず、そう言葉を吐き出すことにした。

俺の言葉を聞いて《魔剣士 レイネシア》は不思議そうな表情を浮かべた。なので俺が何を考えていたのかを説明する。

すると彼女は「ああ、なるほど」と呟いてから《魔導士 レイネシア》が《勇者武器》を手にしている理由については、こちらに居る全員が把握しているわけではないということを口にした。《勇者武器》というのは俺が考えているより複雑なもののようで「魔素の塊で出来ていて普通には、それに触れることすら出来ないのです」とのことだ。ただ例外もあると。《聖勇者》は《聖魔眼の神子》が魔素を吸収して生み出した《勇者武装》を所有しているのだという話であった。

そしてアイナは「レイネシアさんの方は、どのような《勇者武装》を持っているのでしょうか?」と聞いた。それを聞いた《魔剣士 レイネシア》は首を横に振った。彼女は自分について語ることは無かった。それは何故かと尋ねたら「それは、きっとレイアさんの方が詳しく知っていらっしゃるのではないでしょうか?」と答えたのだ。それを受けて俺は苦笑する。

するとアイナが「《聖剣士 ブレイド》を扱える人は《聖勇者》以外にも存在するのでしょうか?」と質問した。その問いに対してクロエが答える。「少なくとも私は知らんな」と、そんな答えだった。クロエの言葉を受けたアイナの視線が《聖剣 ブレイド》に向けられたので《聖剣士 ブレイド》は「《聖勇者》は、私の持ち主だが他にも《勇者武器》を扱う者が居ないとは限らない」と口にした。それからクロエが、こう言ったのだ。

「我とて全ての魔族を知っているわけでは無いが」と、前置きしてからの会話だ。

「魔族は人間達と違って、あまり争いを好む種族では無かった筈だ」それならば魔王が俺の知っている人物でなかった可能性は高いだろうと、そういう話になったのである。それを聞いた俺は《聖剣 ブレイド》が、こんな台詞を吐いていた。

『まぁ私の予想が正しければ魔族の王ってのはルリアの可能性が高いと思うが』

それは先程のアイナの説明を思い出したら分かる事でもあった。だが彼女はルリアという名前の人物は、もう存在しないのではないか? という話をしたのではなかったのかと、その疑問を告げたところ《聖剣 ブレイド》が「それは《聖勇者》の嘘だ」と言う。彼女はルリアという人物は確かに存在するが今は別の世界に存在しているのではないかと述べた。

(それは俺が知らない事か?)

そんな風に考えたが結局は分からなかったので「とりあえず俺達が出会ったのは聖勇人じゃない《聖勇者》だったな」と口にするとアイナが「えっ!?」と驚く。どうしたのだと問えば彼女は俺達に謝り出した。

「申し訳ありません。私は勘違いをしていたかもしれません。《魔剣 レイア》が所持しているのは魔族が作り出した剣で間違いはないです。ただし、それが《聖勇者》が使っているものと同一とは言い切れないようですね」《魔剣 レイア》が《聖勇者》が持っている《聖勇者武器》とは別のものだとしたら魔族側に《勇者武器》が有るのかもしれないと。そして自分達は《勇者武器》を持っていないけれど、もしも手にすることが出来る可能性があるとしたら《魔眼の神子》の恩恵によって生み出されたものか、あるいは、そういった類の能力を付与された剣を身に着けることで手に入れることができるのではないか、と、そう考えたらしい。

(それについては俺にも分からないな)

だが「俺達の目的は聖勇人の力を手に入れることだ。それについては理解してくれ」と告げるとクロエと《魔剣士 レイア》は、それに同意するように「了解」と告げた。それを受け俺は「ところで聞きたいことがあるんだけど、良いか?」と尋ねる。するとクロエが、それに応える形で質問を口にした。俺達は魔族に狙われているということだ。その理由を聞けば、そもそもの切っ掛けは聖女ルリアにあるのだそうだ。彼女は《神剣》と呼ばれる特別な剣を持っていた。それは、この世界で彼女しか扱えないものだった。だから彼女は《聖勇者》として《神剣 ディバインセイバー》と共に聖女を名乗れる立場にいるのだと、クロエが口にしていた。

ただ彼女が《聖勇者》を裏切って魔の者達についたのが問題なのだと、そう説明してくれたのである。

俺は聖剣を手に入れた後、それを聖女聖勇者 ルリアが持っていたという事実は覚えていた。ただ、その後、どうして魔の王となった聖女と敵対したのかまでは、はっきり言って、まるで覚えていなかった。だが《聖剣 ディバインセイバー》の《神器 セイントランス》を手に入れている時点で《聖勇者》は《聖女 ルリア》と敵対することになったと判断できる。それを考えると聖勇者の称号を持つ人間は聖女が魔族に寝返ることを阻止したくて戦っている可能性もあるのだ。そして《魔剣》を手にした《魔剣士 レイア》の《聖剣 ブレイディア》を奪い取ることが《魔剣士 レイア》にとって《勇者武装》を得ることが出来る方法ではないかと考えるに至ったらしい。だからこそ《魔剣士 レイア》が俺達に襲いかかってきた理由が《魔剣》を奪うことだと考えても、おかしくないという結論に落ち着いたようだ。そしてクロエは俺に向かって「お前に、それが出来るだけの実力があるのか?」と、問いかけてきたのである。それを受けて俺は考える素振りを見せてから彼女に返答を行う。

俺は《聖剣 ディバインセイバー》を欲していない。俺は魔を斬り裂くための刀を求めていて、それは《魔剣士 レイア》から《聖剣 ディバインセイバー》を奪った所で手に入るようなものでもないのだと。すると彼女は、それが事実であると確信してくれたらしい。「貴様は我と似てるのかもな」と、そんな言葉を残してくれたのである。

《聖剣 レイディオス》を所持しているのは《勇者武器》であり《魔剣士 ブレイド》が《聖剣士 ブレイド》の《聖剣 レイピア》を持っているという。

この辺りは俺の知っている設定とは異なるが「それじゃあクロエが《聖剣》を使うことはないってことなのか?」という俺の言葉に「いや、そうではないぞ。我だって《勇者武器》を手にすることは出来る」と、そんな答えを返してくれる。だが、その表情には陰があった。「だが《聖剣 レイディアントソード》と《魔剣 ダークサイド》が《聖勇者 ルリア》の手にあった以上、我が手にすることは困難を極めると、そんな気がしている」

《勇者武装》は所有者の意志に従って形を変えると言われているが《聖剣 レイディアントソード》の所有者である《勇者 レイジ》は《勇者武装》を使って世界を救ったという話を聞いていた。つまり俺が手に入れられる《勇者武器》は限られているということだろう。ただクロエの場合は《勇者武器》は持っていないが魔剣を扱うことが出来ていて「これは我だけなのではないかと思っている」と言っていた。「《魔剣士 ブレイド》よ、一つ聞いておきたいのだが、我と貴様で協力すれば聖剣を扱うことは可能なのか?それと魔剣は、どうやって魔を斬るのだ? そこが知りたいのだ」

クロエが口にした疑問に対して「我とて《勇者武器》が無ければ《聖魔眼の神子》の力を十全に振るうことは出来んが、それに近い状況を生み出すことが可能だ」と、そういう答えだった。ただ、その言葉は自信に溢れた口調で告げられていたので嘘では無いように思える。そして俺は、こんなことを質問してみた。「ちなみに俺と《聖剣 ディバインセイバー》で戦ったらどっちが勝つと思う?」

俺の言葉を受けた《魔剣士 レイア》は呆れたような顔をした後で「それを聞くか?」と口を開いたのだ。そして「まぁ《勇者》は《聖剣 ディバインセイバー》を手にしている。その時点で既に《聖剣》を操りきることが出来る可能性は低いのだ。そして貴様の剣には聖剣のような能力は付いていないのだろう?」と、その問い掛けに対して俺は肯定の態度を示した。その瞬間にクロエが俺に向けて「それでは、まず《聖剣士 ブレイド》と戦うべきだ」と言ってきたのである。

《魔剣 レイア》の《勇者武器》《魔剣士 ブレイド》の力は《勇者》の持つ《聖剣 ディバインセイバー》より強い。《魔剣士 ブレイド》の《勇者》の剣と《聖剣 ディバインセイバー》の違いについても語られたが、そこまで大きな違いは存在していないようだった。それならば俺達の力で《魔剣 レイディアントソード》を奪い取ればいいと俺は考えていた。それを聞いてクロエは、こちらの事情を考えてくれていたらしく《魔剣 ブレイド》を、あっさりと引き下がってくれたのだった。こうして俺はクロエの船に乗ることに決めたのである。

ただクロエが口にした台詞を俺は聞き逃していなかった。「聖女が居なくなったせいで聖女が守ろうとした《聖勇者》が魔王を倒すことが出来ずに魔族に支配されてしまったなんて、あの《聖勇者》が知ったら発狂するんじゃないのか?」俺の言葉を聞いたアイナが少し寂しそうな顔になる。そして彼女は「その話は私が《勇者》でいた頃には、よく耳にしていました」と答えた。「《勇者》の責務を放棄するのは許さないと私は何度も《勇者仲間》の人達に言われ続けましたし、私自身、そう思っていました」

アイナの発言を聞いたクロエは「なるほど。それでアイナが勇者になった訳だな」と呟いていた。

「アイナ、君には《聖勇者 ブレイド》のことを話しておく必要がありそうだな。これから、どうするつもりなんだ? このまま魔の者達を放置するのは、あまり好ましくない」

そんなクロエの意見に同意するように俺は首を縦に振った。するとアイナは「それなら私達に協力してくれませんか?」と、口にしてきた。そして俺はクロエが「いいのか?」と尋ねていたことを覚えている。そこでクロエが口を開き「お前が望むなら、そうしよう。ただし《魔剣士 レイド》と行動を共にしているのだけは、やめてもらいたい」と、そんなことを言ったのだった。それに対するアイナの返答は「分かりました。それに関してはクロエにお任せします」と、いった内容であった。そして、こんな風に話を纏めてみることにした。俺はクロエの船で一緒に行動することにしたが、アイナと《魔剣士 レイド》とは別行動をすることになる。クロエの船は、クロエ、レイア、俺、ラシード、ルリア、そしてアイナという構成になっている。「ところで俺も一応勇者武器を持っていたはずなんけど」と言うとレイアとラシードの反応が違った。「《聖剣士 ブレイブ》のことでしょうか? 彼は魔族の手に堕ちていたと思います」レイアは魔族が持っていたと言っていたので《勇者武器》が魔の手に落ちていることについては理解していたようだ。それに対してラシードは、そもそも、どういうものなのかも知らない感じだった。「とりあえず《勇者武器》を手に入れなければ、聖勇人の力は得られないみたいだからね」と、そんな俺の台詞を受けて、レイアとラシードは黙ってしまったのである。だが「それじゃあ、さっそく出発するか?」という言葉にレイアとラシードは何も言わなかった。ただルリアは、そんな俺達の様子を見て何かを言いたそうにしていたが結局、何も言って来なかったので俺は彼女から《魔剣士 ブレイド》の情報について聞くことにした。「ルリアは、あいつが何処に向かったとか、そういう情報は持ってないか?」俺の質問に対してルリアは、しばらく考える仕草をして見せた後に、こう言葉を返してくる。その声は震えていた。

「えっと、その。すみません。私、レイちゃんの行方を知っているかもしれなくて。でも教えてしまうと私が危険な目に合う可能性があるんです。それに魔剣士レイアさんが言っていたようにレイちゃんには敵も多いですから」と、そんなことを言いながら俺の方に近付いてきて「それでもレイ君のことが気になるんでしょう?」と問いかけてきた。俺は大きく首を横に振る。「俺には魔族を滅ぼすっていう目標がある。だから《魔剣士 レイア》の《勇者武器》を手に入れる。それから魔族を滅ぼす。そうしないと俺に平穏はない。魔を斬り裂く剣を手に入れないといけないんだよ」そんな風に俺が答えると、それを受けてルリアは「レイ君が持っている《勇者武器》《魔剣 ダークサイド》を欲しているのは魔の者を滅ぼすためじゃないって、前にレイ君が言ってくれていて」と言い出したのである。それを受けてレイアが言葉を挟んでくる。「《魔剣士 レイド》の武器魔剣 ダークネスは魔剣の中でも最強の部類に入る魔武器。《魔剣士 レイド》に認められた《勇者武器》でもある。それ故、その能力も極めて高いのだ。それを魔族は自らの力とする為に取り込もうとしていた。そして魔の者の王である魔神を討伐するのに必要不可欠な《魔剣士 ブレイド》が所持しているのだ」と、そういった説明をした。それを聞いて俺は《魔剣士 レイド》は《魔剣 ダークサイド》を、どのような理由で所有していたかを考えることにする。だが、そんな俺に向けてレイアは「そんなことより急ぐのではないのか?」と言った。「そうですね。それでは、行きましょう」

そんな風に言うのと同時に、ふと俺は違和感を抱いた。この感覚は以前覚えがあったような気がしたからだ。その疑問はすぐに解決することになったのだが「クロエ。ちょっと待って欲しいんだが。クロエは《勇者》って呼ばれている。それは魔導士である、と、いうことだよな」という問いにクロエは、「確かに我は《聖魔眼の神子》の加護を受けている。《魔剣士 レイド》の魔剣は《聖剣 ディバインセイバー》と呼ばれているのだったな」と答えたのだ。「ということは《魔剣士 ブレイド》が使っていた《魔剣 ディバインセイバー》と、クロエの持つ《聖魔眼の神子》の能力を使って作り出した剣は別物だと考えた方がいいんじゃないか?」俺は自分の中に生じた疑問をぶつけてみた。するとクロエは、すぐに答えを返してくれた。《魔剣士 ブレイド》が《魔剣 ディバインセイバー》を使って魔の者を滅ぼそうとしていたのならクロエが、それを模倣しようとしても何ら不思議は無い。そして俺の言葉は間違っていないらしく、レイアも「なるほど」と口にしては納得していた。「レイちゃんを探せる方法があるとしたら私だけが知っているかもしれない方法だと思う。ただ私が危険に巻き込まれる可能性もあります」と、ルリアは言った後で俺の顔を覗き込むように見て来て「本当にレイ君はレイアさんの武器を奪えば平和が戻ってくると思ってる?」と言ってきたのだ。その表情には真剣味が漂っていて俺は少しだけ戸惑うことになったのである。「正直分からないよ。ただ、今は俺の目的を達成するには魔族を滅ぼした上で、魔の者を支配する奴らを残らず排除していかないといけなさそうだとは思ってる。そしてその為にも俺が使える武器が必要なんだ。そしてその武器は《魔剣士 ブレイド》の持つ魔剣 ディバインセイバーだと睨んでいる。それを奪って魔族の手に渡ってしまった《聖勇者 ブレイド》に返してやろうと思っているだけだ。それしか考えていない」と、そんな俺の返事に対して「うん。そう、だよね」と、ルリアは小さく呟いた。そこでクロエが、こんな事を言った。「魔の者を滅ぼすために聖勇者が必要か? そんな訳ないだろ。それこそ魔の者にとっては脅威でしか無い存在じゃないか。だからこそ魔族の王を倒すために必要な魔剣を持っている存在が魔族に支配されて良いわけがない」「その通り。それが魔の者の王を倒す為の最善の策なのだから」俺の言葉にレイアが乗っかる形で同意を示した。ただレイアの発言には、まだ引っ掛かるものがあった。「そうやって《勇者武器》を集めれば集める程、魔神に近づいてしまうってことは分かってんのかな」という呟きにレイアは「魔神を倒しても魔族の王が居なくなっても魔族の脅威が無くならないならば倒すべきではないか」と口にした。

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異世界転生したのでチートを活かして召喚魔術を極めようとしたら現代で最強になってしまった話 あずま悠紀 @berute00

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