第68話 ハチ公、ご主人様に食の嗜好を伝える

「それで? 具体的に今日は何を買うつもりなわけ?」


「えっと……メインはキャンプの夕食で作るカレーの材料かな。それと、遊び道具を少しって感じ」


「カレーねえ……まあ、定番だし悪くないか」


 スーパーマーケットに一足先に辿り着いた狛哉とこだまは、本日購入する品を確認しつつ会話を繰り広げていた。

 買い物は遅刻している面子がやって来てから行うとして、その前に何を買うかの段取りを決めておくのも大事だと予定外の事態に直面しているからこその確認を行う二人は、狛哉が持ってきたしおりを見ながら話をしていく。


「お肉は腐りやすいから学校側で用意してくれるみたい。だから僕たちは野菜とカレールーを買っていけばいいわけだね」


「ふ~ん、なるほどね。あんた、玉ねぎ大丈夫なの? 犬には猛毒だって聞いたことあるけど?」


「いや、僕は人間だから。森本さんに犬扱いされてるだけで、普通に玉ねぎは食べられるって」


「知ってるわよ。そこはご主人様の小粋なジョークに合わせなさいよね」


 ふふん、と鼻を鳴らすこだまの様子から、彼女が上機嫌であることを感じ取る狛哉。

 紗季たちが遅刻しているというのに、どうしてだか機嫌がいいな……と不思議がる彼は、こだまがどうして上機嫌であるかはわかっていないようだ。


 それはそれとして、苦手な食べ物の話になったタイミングで、彼はこだまへとこう話を切り出す。


「玉ねぎとか、野菜に関しては別に食べられないわけじゃないけどさ……できたらカレーは甘口にしてもらえると助かるかな……」


「へぇ? あんた、辛いもの苦手なんだ? おこちゃま舌ね~!」


「べ、別に食べられないわけじゃあないよ!? カレーも中辛までなら食べられるし……でもほら、カレールーって種類によっては中辛でもすごく辛いものとかあるでしょ? だからその、そういうのに当たる可能性を排除するためにも、甘口がいいなって……」


 狛哉の苦手なものを知ったこだまが、浮かべている笑みを更に強める。

 意地悪く微笑む彼女に必死に弁明した狛哉であったが、その行動がまたこだまの嗜虐心をくすぐってしまったようだ。


「まあ、犬に刺激物は厳禁っていうしね。自分から申告できたのは偉いわよ、ハチ」


「だ、だから、僕は犬じゃなくって人間だってば……!!」


「わかってるわよ。辛いのが苦手なかわいいハチのために、情け深いご主人様が甘口のカレーを作ってあげるから、安心しなさい」


 ぷぷぷ、と小馬鹿にしたように笑うこだまだが、なんだかんだでかわいいから怒れなくなってしまう。

 敢えて狛哉の苦手な辛口のカレーを作るような真似もしない辺り、これも彼への愛らしさからくる弄りなのだろう。


 優しいのか、それともいじわるなのかわからない主の弄りに困った表情を浮かべていた狛哉であったが……そこで彼女の発言を思い出し、僅かに心を震わせる。

 そのまま、彼は今しがた思ったことを言葉としてこだまへと聞かせた。


「そっか、キャンプでは森本さんの作った料理が食べられるのか……」


 新入生キャンプでは、班を組んだ生徒たちが自分たちの分のカレーを手作りする。

 こだまだけが作るわけではないし、自分たちも参加するわけだが……彼女の手料理を食べられるという部分に関しては、あながち間違っている話ではない。


「へえ? そんなにあたしが作ったカレーを食べるのが楽しみ?」


「あ、えっと……うん。楽しみといえば楽しみ、です……」


 自分の発言を耳にしたこだまからの問いに、正直に答える狛哉。

 ここで嘘をついてもすぐに彼女にはバレてしまうだろうなと考えての判断であったが、どうやらその回答は大正解であったようだ。


 先ほどまでよりもずっと上機嫌で嬉しそうな笑みを浮かべたこだまは、狛哉の脇腹を軽く突いてから弾んだ声で彼へと言う。


「まあ、普段の行いがいいから、哀れなハチに神さまがサービスしてくれたんじゃない? ご主人様の愛情がたっぷり込められたカレー、食べたい?」


「……わん」


「なら、今日の買い物であたしのために頑張ることね。駄犬には駄犬への、忠犬には忠犬なりの態度で接するから、食べるカレーが美味しくなるかどうかはあんたの行動次第よ。そのことを肝に銘じておきなさい。わかったわね、ハチ?」


「……わん」


 恥ずかしさをごまかすように、おなじみの犬の鳴き声で返事をする狛哉。

 こだまはそんな彼の反応に文字通り胸を弾ませながらスキップし、先を歩いていくのであった。


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(自称)ご主人様は僕にだけデレてくれる 烏丸英 @karasuma-ei

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