第67話 ハチ公、ご主人様とお買い物に行く

「時間も場所もここであってるよね。あとは、みんなが来るのを待つだけか」


 そして迎えた週末、新入生キャンプに必要な物を買いに行くために、狛哉は班のメンバーたちと待ち合わせをしていた。

 時間に几帳面というか、真面目な彼らしく、約束した時間の十五分前には既に待ち合わせ場所に到着した彼は、時間と場所を確認した上で残りの三人を待ち続ける。


 待つことを特に苦に思うこともなく、狛哉が暫くのんびりとそこで棒立ちしていると――


「早いわね、ハチ。ちゃんとができて偉いじゃない」


「おはよう、森本さん。そんな待ってないよ、僕も少し前に来たばっかりだし」


 程なくして、約束の時間に十分余裕を持った時刻にやってきたこだまが、彼へといつも通りの口調で声をかけてきた。

 柔和に彼女へと挨拶を返しつつ、改めて時間を確認した狛哉は、残る紗季と真太郎もそろそろ来る頃かなと周囲を見回しながら口を開く。


「そろそろ約束の時間だよね? 野口くんと赤留さん、まだかな……?」


「あの二人が約束の時間までに来れると思う? 十分遅刻して到着すると見たわよ、あたしは」


「あ、あはは……そんな、まさか……ねえ?」


 確かに時間にルーズそうな雰囲気はあるが、そこまで言うこともないだろうと……そうこだまの言葉に苦笑する狛哉であったが、彼女はそんな彼へと自身のスマートフォンの画面を見せつけた。

 そこには四人のグループラインが表示されており、新たに二件のメッセージが送られてきていることを目にした狛哉へと、こだまがその内容を簡潔に言葉として伝える。


「二人とも寝坊したって。三十分くらい遅れるそうよ」


「ええっ!? そ、そんなに……?」


「あいつらは想像以上の馬鹿だったってこと。まったく、どうしようもない奴らね……」


 友人たちの失態にため息を吐きつつ、お手上げだとばかりに肩をすくめるこだま。

 まさかの事態に硬直していた狛哉は、気を取り直すと自身のスマホを手に取り、続く二人からのメッセージを確認していく。


「時間かかるから、先にお店に行って待ってて……だって。どうする?」


「どうするもなにも、そうするしかないでしょ? ここでぼさーっと突っ立ってても時間の無駄だし、涼しい店の中で飲み物でも飲んで一息ついてましょ」


 視線で「行くわよ、ハチ」とばかりに命令してくるこだまに頷き、歩き出す狛哉。

 体格差からくる歩幅の違いを意識して、しっかりとその辺のことも調整して彼女と並んで歩く彼の姿に、こだまは少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。


「あいつらにも困ったもんよね。合流したら、しっかり埋め合わせはしてもらうんだから」


「あはは、そうだね。まあ、別に急いで買い物を終わらせる必要もないし、のんびり行こうよ」


「ハチは呑気ね~……まあ、あたしも別にそこまで怒ってるわけじゃないんだけどさ。それよりも……ご主人様に何か言うことはないの?」


「え……?」


 自分と並んで歩きながら、試すような視線を向けてくるこだまの言葉に困惑する狛哉。

 こういう時の対応を彼女からの躾……もとい、これまでの経験から考えた彼は、正解と思わしき答えを口にしてみせる。


「えっと、その……その服、似合ってるね。すごくかわいいと思うよ」


「そう、それでいいのよ。いつでもご主人様の機嫌を取ることを忘れないようにしなさい」


 狛哉の言葉にふふん、と満足気に鼻を鳴らしたこだまが嬉しそうな表情を浮かべながら大股で歩んでいく。

 気恥ずかしさに顔を赤くしながらも、彼女が望む答えを出せたことに安堵した狛哉は、改めて今のこだまの格好を眺め始めた。


(前のデートの時とは雰囲気が違うけど、こっちもかわいいよなあ……)


 以前、彼女と水族館に行った時に目にした、ワンピースのコーディネートとは違う、動きやすそうな服装。

 Tシャツとハーフパンツというシンプルな服装をしたこだまは、活動的なかわいさを狛哉の目に見せてくれている。


 やっぱり何を着てもかわいいなと素直に心の中でこだまを褒めつつ、あまり不躾な視線を向けていたらまた折檻されるぞと考えて自分を律していた狛哉は、不意に彼女から声をかけられてびくりと体を震わせた。


「でも、よかったわね。あの二人が遅刻してくれたお陰で、大好きなご主人様と二人きりでいられるんだから……ハチからしたら万々歳ってところかしら?」


「えっ? ああ、う~ん……まあ、嬉しいかと聞かれたら、そうかな。万々歳とまではいかないけどさ」


「正直でいいわね。別に嬉しくないなんて言ってたら、ここで紗季たちが来るまでさせるところだったわ」


 多分、半分は冗談なんだろうけど、もう半分は本気なんだろうな~……とこだまの言葉に戦慄する狛哉。

 彼女の機嫌を損ねなくてよかったと思いつつも、なんだか普段よりもずっと上機嫌に見えるこだまの様子に首を傾げながら、目的地であるスーパーマーケットへと向かって行くのであった。

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