最終話 コロッケの日


 ~ 五月六日(金) コロッケの日 ~

 ※朋友有信ほうゆうゆうしん

  信じる事が、友情において最も大切




「で。結局ゴロゴロして終わり、と」


 ゴールデンウィーク。

 どんな部でも大抵、合宿だのなんだの。

 校外で活動するのが一般的な所。


 我が部活探検同好会は。

 我が家に集まって遊ぶだけで終わってしまったわけなんだが。


 まあ、沢山おしゃべりして。

 みんなでゲームをして。

 買い物をして。


 親睦が深まったんだから良しとするべきなのだろう。



 意外にも、手を焼くものかと思っていた一年生二人も。

 すっかり二年生たちと打ち解けて。


 既に彼女たちは。

 三人から、大切なことを学び取ってもいる。


「せんぱぁい、料理うまぁ! コロッケ美味しいですー!」

「売れるレベル。お代わり急げ」

「はいはい」


 そう、大切なこととは。

 俺の扱い方だ。



 ゴールデンウィーク明け。

 どうにもエンジンのかからない金曜日。


 部活の約束があったわけでもないのに。

 各自が家に直帰するでもなく集まった部室の中。


 こいつとのカケに負けたせいで。

 こうして、コロッケを上げ続けているのだが。


「サクサクでおいし……」


 いつもの無表情では隠し切れない嬉しさが垣間見える。

 そんな勝者は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 自分の戦利品だというのに。

 嬉しそうに後輩たちに分け与えるその姿。


 いつも通りのマイペースが。

 食べる速度にも反映されている模様。


 五人が、一人平均二個半は食べきっている計算になるコロッケタワーから。

 こいつは一つしか取ることなく。


 しかも、未だに半分しか食い進めていないのだ。


「は、半分だけど、食べたい人いる?」

「大丈夫です! 舞浜センパイから取り上げたりしないですよ!」

「ごめん。舞浜先輩の賞品なのに、つい食べ過ぎた」

「にゅ」

「ほんとだごめんなさぁい! ……保坂先輩。早くお代わり出せよ」

「待たせるとか。良くない」


 気付けばこっちに飛び火とか。

 愛されてるな、秋乃のヤツ。


 でもな?


「秋乃に食べさせたいって思うなら、十五分ほど校内を散歩して来い」

「はぁ? そりゃどういう意味だ」

「いいかよく聞け。こいつの主食は、お前らが食う姿をみる事なんだ。そこを踏まえて、自分が食いたいのか秋乃に食わせたいのかはお前らが決めればいい」

「なるほど理解」


 そんな説明に。

 一年生二人はあっさり頷くと。


 後ろ髪を引かれている拗音トリオの手を引いて外に出る。


 まるでどっちが先輩なのか分からんけど。

 一年二人は。


 ゴールデンウィークの間に、すっかり秋乃のことが好きになったようだ。


「ほんとあの二人に懐かれてるね、お前」

「そう? でもあたし、立哉君みたいに仲良しなお話しできない……」

「仲良しというか。すっかり打たれ強い先輩と思われてるだけなんだが」

「ううん? ちゃんと繊細だって理解してると思う。どれだけかたくても、あんまり叩くとビリッと破けて中から砂が出て来ちゃうような人だって」

「知ってるか? サンドバッグってのは叩くための道具なんだぞ?」


 耐容限界超えるまで、あの腹黒コンビのフィットネスに付き合う気はねえ。


 俺はコロッケを秋乃の前に積み上げながらそう考えたんだけど。


「……なあ。何度も言うようだが、あの二人はホントに腹の中に何か変えてるか分からんぞ?」

「そんなことないよ? 二人とも、臆病で怖がりで、今みたいな人付き合いを羨望してた優しい子」

「あいつらと会った日以来、ずーっと平行線だよな」

「でも、あたしの方が合ってたから、コロッケパーティー」


 そう。

 このパーティーは、一か月前の賭けの代償。


 俺は、ゴールデンウィークの合宿までに、あの二人は俺たちの前から姿を消すと思っていたんだ。


 それが合宿を終えても。

 こうして一緒にいるなんて。


「俺には理解できんのだよ」

「そう? あたし、立哉君なら分るって思ってた」

「俺なら?」

「…………あたしたち、なら」


 揚げたてをいくつにも割って冷ましながら。

 上目遣いに秋乃が見つめて来る。


 その時ようやく。

 俺は、すべてを理解できた気がした。



 栗山くりやまみらい。

 友達は、相方一人で十分だと言うめんどくさがりさん。


 でも、その相方が他の友達を作って自分から離れてしまうというリスクがあるというのに。


 相方に友達を紹介し続けていたということは。

 彼女は、相方以外の友達も欲しかったということだ。



 小石川こいしかわ華瑚かこ

 表と裏があるように見える、ただ正直で悪態をつく時に口が悪くなる子。


 自分の面倒な性格を理解した上で友達になってくれる。

 そんな人を、ずっと心待ちにしていたに違いない。



 ずっとずっと、友達が欲しくて。

 そしてお互いに友達が出来ることを心から不安がって。


 そう、俺たちなら。

 二人の気持ちが理解できるはずなんだ。



「……そうか。あいつらが欲しているものは確かに分かった」

「でしょ?」

「でも、アイツらが腹黒なのは変わらんだろ」

「そんな二人なら……。友達には、絶対に優しくなれるの」

「お前は友達なのか?」

「ううん? あの子たちの友達になりたいって思ってる、まだ、ただの先輩」


 そう呟いた秋乃は。

 少しだけ寂しそうに微笑むと。


 冷め始めたコロッケをサクリと齧る。


 なるほど。

 そうか。


 今度こそ俺には。

 すべてが理解できた。




 ヒトの心は。


 鏡で出来ているんだ。




 思えば、お袋から、学校から、塾から。

 おおよそ身の回り全ての大人から言われ続けて来たこと。


 周りはすべて敵。

 出し抜け、戦え。

 搾取される側でなく、搾取される側になるために。


 常に戦い続けるのが当たり前だと思って来たし。

 誰もが腹の中で同じことを考えていると信じて来た。


 しかも、その言葉を裏付けるように。

 俺が相対してきたみんなは。

 やっぱりどこか、腹の中に一物持っているような気がしていたんだ。


 ……それが、秋乃と出会って。

 一緒に過ごして来て。


 俺は、間違いなく変化した。

 

 腹を探ったりせず。

 信じて、手を差し伸べれば。


 誰だって、自分を信じてくれるということに。


「だから、あの二人はお前に優しくできるんだな」

「うーん……。あたしはやっぱり、立哉君みたいに軽口を言い合えるような感じが羨ましい……」

「サンドバッグでもか?」

「そ、そこは大人の余裕で……、ね?」

「ははっ。じゃあ今すぐ変わってやりたいよ」


 俺が笑うと。

 まるでそれを合図にしたかのように。


 五人が楽しそうに笑いながら扉を開ける。


 そうだ、朱里も丹弥もゆあも。

 秋乃の背中を見て学んで来たんだ。


 友達になりたい。

 一緒に楽しく過ごしたい。


 そう思う相手には。


「朱里せんぱぁい! 夏休みはちゃんと合宿しましょうね!」

「ゆあ先輩。今度、ゲームの対戦お願いしたい」


 鏡となって。

 自分の姿が映し出されるんだ。



 …………そう。

 鏡となるんだ、ヒトは。



「あーーーー!! コロッケ残ってない!」

「呆れた。全部食べちゃったんですか?」

「どんな胃袋してるんだあんた」

「同意」

「ふえっ!? ……こ、これは立哉君が全部食べちゃって」

「うはははははははははははは!!! 俺ならいいんかい!」



 腹黒いやつには腹黒く。

 俺も確かにいくつか摘まんだが、先手必勝。


 秋乃の腹をみんなに触診させて。

 全員の不満を一身に浴びてもらうことにした。


「ひ、酷い……」

「酷いことをしたやつには、必ず報いが返って来るんだ」

「でもせめて、三個分は立哉君が被るべき……」


 なるほど。

 じゃあ。


「よし。じゃあその分、またコロッケパーティー開いてやろう」

「ま、またあたし十個も食べれるの!?」

「うはははははははははははは!!! 者ども! この食いしん坊をもっと懲らしめろ!」



 ……『友達の作り方』。

 面倒なことは、なにも無いのかもしれない。


 自分は、みんなの友達だ。

 そう信じて接するだけで。


 ほら。


 鏡に映った。

 自分の笑顔が待っているのだから。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第24笑


 =恋人(予定)の子と、

  新しい友達を作ろう!=


 おしまい♪

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秋乃は立哉を笑わせたい 第24笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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