第32話 あり得ない謁見
翌日の午前中のことだった。王城の祈りの間にエイドとフミルが訪れたとの一報を受けて、メリアはシロエを伴ってその場に赴く。ただ、首を垂れていた二人が同時に顔を上げたのだが、彼女はそこで見たエイドの表情に絶句してしまっていた。
(ええ……ッ⁉)
記憶にある彼の面影は――現在、そこには見る影もないのだ。げっそりとやつれており、以前の勢いはどこにもない。憔悴し切った顔をしており、虚ろな目はどこを見ているのかも定かではなかった。
ただ、彼女が硬直してしまった理由が、シロエには分からない。
「……姫様?」
背後から促され、ようやくメリアも動き出す。
「え……! ええ……」
未だに動揺が隠せなかったが、呼吸を整えてから、とりあえず段取り通りに語り出していた。
「……話は聞きました。あなた達の活躍は、私の耳にも届いています。よく頑張りましたね。何か褒美を取らせたいと思いますが、希望はありますか?」
客観的には優美な光景の中、フミルが恭しく口を開く。
「身に余る光栄です。希望を申せとの仰せですが、よしなにして頂ければ幸いです」
「遠慮しなくても構いませんよ」
メリアがそのように促すが、少女の反応に変化はなかった。
「いえ、御随意のままに」
小さく頭も下げてしまったため、彼女もそれ以上は勧めない。
「……分かりました」
そして、少し緊張しながら隣へと視線を移していた。
「それで……そちらの方は何か希望はありますか?」
同じ質問だったが、彼の反応は全くない。
「……えーと……?」
メリアが思わず所在無げにしていると、フミルが慌てた様子で隣に声を掛けていた。
「……エイド君……!」
すると、やっと小さな反応がある。
「……めるまーく……」
ただ、これを聞いて――
「――!」
メリアは瞬時に全てを理解していた。
そうだった。モンストル・マスターを目指すエイドにとって、メルマークは唯一無二の存在だったのだ。その相棒を急に失い、このような心理状態にまで陥ったらしい。あまりの落差に呆れもあったが、それ以上に別の感情が彼女の内を支配していた。
メリアは――
静かに歩を前に進める。
「姫様……⁉」
シロエがその行動に驚く中、彼女はエイドの前で腰を落とし、真摯な視線をずっと向けていた。
「……私もあなたの従者がいなくなったことは存じています」
「……?」
その言動でエイドがやっと相手の存在に気づく中、メリアはさらに口調を和らげながら告げる。
「でも、大丈夫です。信じていれば、またきっと会えますよ。私が保証します」
温情による彼女のこの振る舞いは、周囲の者達の心も和ませたようだ。祈りの間はすっかり優しい空気に包まれており、エイドの表情にも徐々に色が戻ってきていた。
「あ……」
ただ――
ここで、彼は何を感じ取ったのか、急に首を傾げる。
そして――
無意識に片手を前に出し、あり得ないことを口走っていた。
「……ん? お手……?」
その言動に――
『――ッ⁉』
周囲の空間が、一気に凍りつく。
時間が停止したかのような状況だったが、ここでフミルが血相を変えながら時を動かしていた。
「……え、エイド君⁉ 何やってるの⁉」
「え……? あ……なんだ? 俺は何を……?」
一方の彼は自身でも理解ができていない様子だ。ただ、現実に起こってしまった事実だけは変えようがなかった。
メリアが硬直する中、傍のシロエが一気に顔色を変える。
「……なんという無礼な……ッ!」
「!」
その憤激にフミルが身を震わせる中、シロエは彼に人差し指を突きつけながら糾弾していた。
「あなた……いったい何を考えているのですッ! 目の前にいらっしゃるのは、我が国の姫君ですよ! 王族に対して、まるでペットでも扱うような……ッ!」
「……!」
一方のエイドは、その矛先が自分に向いている理由もまだ理解していない様子だ。それを見たフミルは、メリアに詰め寄って一気に言上していた。
「申し訳ありません、殿下! 殿下もよく御存知だとは思いますが、この人、ちょっと変なんです!」
この言動に、彼女もやっと反応を見せる。
「……え、ええ。この程度のことでは私も――」
が――
「――って………………え……?」
そこで、再び硬直していた。
(私も……よく御存知……?)
あり得なかった。人間の姿で二人に会うのは、これが初めてなのだ。何故、自分がエイドの人となりをよく知っているはずだと、この少女は断言するのか。
その理由はどう考えても――
一つしか思い浮かばなかった。
ただ、シロエには彼女の心境など知る由もない。
「いいえ、赦しませんよ! 衛兵!」
『⁉』
二人が動揺する中、奥に控えていた兵士を呼び寄せていた。
その様子を横目にしていたメリアは、小さな声で呼び掛ける。
「……シロエ」
だが、相手の耳には届かなかったようだ。
「その者をひっ捕らえなさい!」
さらに金切り声を上げていたが、そこでメリアも声を大にしていた。
「――シロエ!」
『⁉』
その場の全員が静まり返る。そんな中、メリアは泰然とした様子で指示を出していた。
「……よいのです。下がらせなさい」
「ですが……! それでは、王族の威厳というものが……!」
シロエが食い下がるが、彼女の方は先程と同じ口調で断ずる。
「……よいのです!」
『⁉』
再度、静寂が訪れる中、メリアは目一杯の作り笑顔を保ちながら立ち上がり、優しく告げていた。
「……二人とも、御苦労様でした。あとのことは私に任せて、今日のところはもうお帰りください」
この指示を受け、フミルも腰を上げながら促す。
「大変失礼致しました! ほら、行きますよ!」
「あ……おう……」
それでもまだ状況がよく呑み込めていないエイドを伴って、そそくさと祈りの間から退出していた。
そのまま室内に沈黙が落ちるが、やがてシロエが彼女の顔を恐る恐る覗き込む。
「……姫様……?」
そこにあったのは――
確かに微笑だったが、その奥で何かの感情が複雑に渦巻いていることは、誰の目にも明白だった。
その日の夜――
王城内で獣のような咆哮を聴いたという者が続出したが、ただの悪質な噂として、すぐに処理されることと相成っていた。
化けた王女と無能なマスター 宮井くろすた @obt10
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