6. 僕は窮地に陥る

 やっぱり戻らなければ良かった。

 しかし、そう後悔しても時すでに遅し。



 

 無事、机からイヤホンを見つけた僕は、急ぎ足で帰ろうとしていた──のだが。

 校庭を横切る途中、運動部部員の掛け声に混じって、かすかに誰かの怒声が聞こえてきた。そのまま通り過ぎれば良かったものを、迂闊うかつにも、僕はその声のする方向へ足を運んでしまったのだ。


 そして、僕は校舎裏にてある現場を目撃することになる。

 まず目に入ったのは、パンダの着ぐるみだった。とは言っても、それは脱ぎ捨てられ、丁寧に畳まれ、地面に置かれていた。

 これから察すると思うが、当然、少し離れた場所には銀がいた。しかし、そこには銀の他に、体格の良い二人の男子校生も立っていた。


 反射的に、建物の裏に隠れ、三人の様子を窺う。

 一人は金髪、もう一人はよく分からない角刈り。二人とも、いくつ穴を開ければ気が済むんだというぐらいピアスを開けており、いかにも不良という印象。

 銀は僕に背を向けていたため、表情は見て取れないが、明らかに三人が仲良く駄弁だべっている雰囲気でないことだけは確かだ。


 女子Bの言ってたことは本当だったんだな、と本来なら彼らを無視して通り過ぎたいところだが、そういう訳にもいかない。

 なぜなら、彼らは西嶺高校の生徒ではないからだ。紺色のブレザーに「東」と大きく刺繍された特徴的な校章。見覚えがある。東守ひがしもり高校──去年まで、僕が通っていた高校と同じ制服なのだ。


 しかし、なぜそいつらが西嶺に?疑問に感じていると、金髪野郎が声を荒げた。


「だからどこに居るかって聞いてんだよ! 俺ら、そいつ見つけたらすぐ帰るっつってんだろ!?」


 どうやら人探しをしているようだ。しかし、不良生徒の多い東守高校と違い、西嶺高校は市内では有名な名門校である。よりにもよってこんな輩と接点のある生徒などいるのだろうか?



──ん? 接点?



 銀がだるそうに頭を掻く。かなり執拗に問いただされていたらしい。かなり苛立っている様子が、背中越しに伝わってくる。


「だーかーらー、知らないっつってんでしょ。『シラトリ』なんて生徒。わざわざ遠くから来てもらって悪いけどさ、多分そんな奴見つかんないんで、いい加減帰ってもらえます?」




 「シラトリ」──うん、間違いない。あの不良共が探している生徒とは、僕のことだ。

 一気に全身から嫌な汗が流れる。最悪の展開だ。よりによって、なんでこの場にいる生徒が銀なんだ。

 コイツにだけは、絶対にバレる訳にはいかない。


「テメェ、しらばっくれるのも大概にしとけよ! アイツがこの学校に転校してきてんのは知ってんだ。

 せっかく白鳥の野郎ぶっ潰すために東高に入ったってのによー、こんなお坊っちゃん高校なんかに逃げやがって、アイツ」


 角刈り野郎がさらに声を荒げる。コイツら一年生だったのかよ。


「お前ら一年だったのかよ」


 銀が呆れた声を出す。初めてコイツと意見が合ったぞ。


「にしても、白鳥君て人は、よっぽど前の学校で人気者だったんだな。そんな人なら、ぜひ一度お目に掛かりたいもんだよ」


 転校初日にして、もう嫌というほどお目に掛かってるんだよ。


 ていうか、もしかするとコイツにはもう何となく気付かれてるんじゃないか。

 いくら眼鏡掛けてて地味だからと言っても、似たような名前の転校生がすぐ近くにいるのだ。よほど察しの悪い人間じゃない限り、薄々心当たりとして僕の顔が浮かんでくるだろう。


 しかし、コイツがものすごく馬鹿だという可能性も無くはない。だとすれば、今あの不良二人に「白鳥」の名前を大声で叫ばれて、騒ぎになることの方がもっとまずい。


 さて、どうする。


 このまま現場から去るか、それとも銀の助けに入るか。


 しかし、正直双方とも僕にとってリスクが大きすぎる。

 銀の噂が本当ならば、アイツはまあまあ喧嘩が出来るはず。負ける可能性は高くないだろうが、東高の連中は恐らくそれで引き下がることはない。何たって、アイツらは、僕と喧嘩する為だけにわざわざここまで来たのだ。白鳥智也を見つけるまで、アイツらは何度だってここに押し掛けて来るだろう。


 だからと言って、後者に至ってはもはや自殺行為とも言える。

 正直、極道の世界で育てられた僕にとって、不良やヤンキーなど、小学生のガキ大将と何ら変わりない。あの二人を相手にしたところで、一瞬で肩がつく。

 なので、当然僕が介入した方が早く解決するのだが、それだと、銀の前で自分から正体を曝露しに行くようなものだ。


 こうして僕が悩んでいる間にも、三人の口論は激化していく。特に角刈り野郎は抑えが効かなくなっている。


「ってかお前、そもそも『白鳥』の名前の意味知らねーのかよ」


「は? 何、白鳥君の苗字にそんな大層な由来でもあんの。もしかして白鳥城の城主様とか?」


 分かりやすく銀が二人を煽る。これ以上はまずい。痺れを切らした角刈り野郎が、「白鳥組」の名前を出すのも時間の問題だ。

 何か、僕が白鳥智也だとバレない方法はないのか──。


 何でもいい、何か──。


 

 ──あ。




 何も知らなそうな銀の反応を見て、角刈り野郎が怒り顔から一転、余裕そうに鼻でふん、と笑う。


「まさかテメェらみたいな坊っちゃん達が、アイツの家系知ったら腰抜かすぜ」


「何だよ、言ってみ」


「テメェらの学校に転校してきた奴はなぁ、全国でも有名なヤク──」




 ドスッ




 一瞬、銀には目の前で何が起こったか分からなかった。

 なぜなら、たった今まで生き生きしていた角刈り野郎が、ばたりと地面に伏せたからである。

 よく見ると、奴の頬には思い切り殴られた跡が刻まれており、泡を吹き、白目を剥いていた。


「え?」


 金髪野郎も角刈り野郎に何が起こったのか分かっていない様子で、情けなそうに口をぱくぱくさせている。しかし、これまた一瞬で、金髪野郎も同じように倒れた。




 銀が隣を見ると、そこには、恐らく二人を殴り倒したのであろう人物が立っていた。

 そいつは、銀が不良共に呼び止められた際、地面に置いておいたパンダの被り物を頭に被っていた。

 頭部しか身につけてないということは、助太刀するまで着替える時間が足りなかったということか。


「何やってんの、黒鳥くん」


 銀はパンダの頭を持ち上げる。案外楽に取り外せるものだ。

 そこには、不良生徒二人を瞬殺した人間とは思えない、ボサボサの髪の毛に少し眼鏡のずれた「白鳥智也」がいた。

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トンボ倶楽部 西村五右衛門 @go_en

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