第11話決闘
―――フェリシア城、中庭
キバナコスモスが咲き乱れる華やかな中庭、城内の応接間とは異なった雰囲気である。花言葉は『野生的な美しさ』。リビアヤマネコである彼らにとってはまさに象徴のような花であろう。何故ならリビアヤマネコから様々なイエネコが派生していったのだから。彼ら特有の『野生美』こそがこの中庭に詰まっている。
「さて、ルールは簡単、相手の喉笛に杖もしくは剣、牙を当てることができれば勝ち。私と貴女の執事に審判を行わせよう。シルヴェスに主審を、フォルテに副審を。いいだろうか?」
ノワールとヴェラ、共に獣化専用服、先ほどとはうってかわって実用性を重視したシンプルかつ柔軟性に富んだ服を着て、試合場で両者は対峙する。
「ええ。よろしくお願いしますね、
ノワール様」
ニッコリと笑うヴェラ。
失礼、目は笑っていない。
「では、決闘開始――!」
魔法も獣化も剣術もOKの特殊な結界が貼ってある試合場で行われる正式な試合…それが決闘だ。勝敗は滅多なことでは覆らないので重要な場面で行われたりする。今回の場合、殆ど縁談の破談という意味に等しい行為だ。
「ノワール様は私のことをイヌ科と一括りに仰いましたが……、私はイヌではなくオオカミですからね?」
ギラリと、普段の目つきとは似ても似つかない攻撃的な目でノワールを睨むヴェラ。その瞳はアルビノの為、燃えるような赤色をしている。
「お喋りをする余裕があるとは感心だ。先に攻撃させてもらう」
腰につけていたサーベルを引き抜くと俊敏な動きでヴェラに迫る。彼は例え相手が女性であろうと男性であろうと相手に容赦しない。魔力保有量が多ければ威圧で戦闘を避けるということもまた一つの身を守る術である。しかし決闘の際には役には立たない。ヴェラは軽やかに躱すと、獣化する。部分獣化ではなく通常獣化だ。イヌ科最大のタイリクオオカミ。彼女はその純血種だ、獣化能力も非常に高い。ヴェラは、女性とはいえ狼である。獣化をすれば、食物連鎖の頂点にいた狼は大抵の獣は容易く屠れる。ヴェラの獣化した際の体重は30kg弱と軽くなるものの、獣本来の力で相手を押し倒すことができるようになる為、ヴェラだけでなく、大型肉食獣にとって獣化は最も効率の良い相手の倒し方となるのだ。
「っ?!」
ヴェラはノワールのサーベルの剣身を噛むと、首を振ってそれを投げ飛ばした。その勢いでノワールを押し倒し、馬乗りになる。
「ノワール様は、獣化をなさらないのですね」
鋭い牙が、口から覗く。絶対的有利な状況となったヴェラはノワールに言葉をかける。
「今なら私はあなたの喉笛に食らいつくことができますし、あなたは左手の杖を私に突きつけることもできる」
左腕の袖に隠していた杖を見つけられていることを知り、ノワールはゾクっと震える。恐ろしいと言うのに、目が離せない。
「でも、勝負を終わる前に……1つだけ、教えてくれませんか?」
狼の姿のまま、ヴェラは問う。その白い体毛は、逆光を浴びてキラキラと光り、ノワールにとってはとても眩しく、美しく見えた。
「賢いあなたが何故私と決闘をしようなんて挑発をしたのですか?あなたなら私の実力を見抜けない程愚かではないでしょうに」
言っていることは煽りと受け取られても仕方のないようなことだが、彼女の声は至って真剣で、女王の威厳を放っていた。ノワールは耳を後ろに倒し、引き絞っている。彼の瞳は、揺れながらもヴェラから逸らせずにいた。彼はその美しく強い力を秘めた獣に、目を奪われていた。呼吸は荒く、心臓の鼓動が伝わってきた時、ヴェラは初めて彼が恐怖していることに気づく。ヴェラがハッとして力を緩めると、ノワールは顔を背けて小さな声で言った。
「……先に私の首に
牙を当ててからにしてくれ」
耳は後ろに引いた状態になっており、怯えから不機嫌へと変わっているが、先程の表情を見せられている上で牙を彼の首に当てるなど、とヴェラが躊躇っているとノワールは動けるようになった為、上半身を起き上がらせ自らヴェラの牙を首に当てた。
ヴェラは獣化を解くと、倒れているノワールに手を差し伸べる。怯えられた、という事実に動揺しながらも、そっと。ノワールは、少し震えている彼女の手を取るとスッと立ち上がった。負けた、という事実が急激に彼にのしかかる。
自分の愚かな言動がフラッシュバックし、何が最善なのだろう、と空を見上げる。ヴェラは彼とすぐ横で並んで初めて気がついたが、猫背であろうノワールが背を伸ばすとヴェラよりも背が高い。
「私の負けだ。先程の失言についても謝らせてくれ。あまりに無礼な事を口走った」
考えたところであまり変わらないだろう、とノワールはもはや吹っ切れ、深々と頭を下げる。勝ったというのに、先程ノワールを怯えさせてしまったということにショックを受けているヴェラ。そんな彼女を見て、ノワールは目を合わせようと顔を覗き込む。
「怯えてすまなかった」
先程の闘志むき出しの目と同じ人の目は思えないほど目力は弱くなっていた。深紅の瞳は、小さく揺れていた。
「……っ、ゴメンなさい」
顔を伏せ、小さく震えるヴェラを見て、ノワールは目を見開く。女王の覇気すら放っていた彼女が急に小さな少女となったかのように感じられた。ノワールはヴェラをまじまじと見た。こんなにも華奢な体があれほどの力を秘めているだなんて。放つオーラと魔力は一流であるにもかかわらず、それ全てをコントロールし尽くしているのだから。ノワール自身も強い魔力を秘めているものの、ヴェラのように獣化が強い訳ではない。
「あなたの勝ちだ、ヴェラ様。あなたは何も悪くない、ただ私の実力不足だっただけだ」
口下手なノワールなりの精一杯の気遣いだった。ヴェラは耳を寝かせながら、尻尾を下げている。わかりやすくしょげている。
「(これだからイヌ科は……感情の起伏がわかりやすいせいでこちらの調子が狂うんだ。)」
ノワールはヴェラの手を取ると、試合場から出る。2人が出るとすぐさまフォルテとシルヴェスが駆け寄ってきた。
「ノワール様、お怪我はっ……」
「ヴェラ様、大丈夫ですか……っ」
従者2人が同時にそれぞれの主人の心配をする。そんな2人を見て、ノワールは勿論のこと、シュンと落ち込んでいたヴェラすらクスッと笑う。
「大丈夫だ、
彼女に傷つけられてなんていない」
「……大丈夫よ、フォルテ」
ケラケラと笑い続けるノワールに対し、ヴェラは居心地悪気さに小さくなる。
「猫というのは、捻くれているんだ。必要なことすら話せないことも多々あるくらいに」
そう話すノワールの微笑みは先程と異なり柔らかく、少しだけ本音で話している、とヴェラは感じた。
「それに、……っ」
言いかけてノワールは、ふと思い留まる。彼女に真実を告げてどうする、ただ単に弱みを増やすだけではないのか?しかしこの真っ直ぐな性格であろうヴェラが他人の弱みにつけ込むか?などと自問自答を繰り返した後、暗い表情となると、目を閉じた。そして一息ついた後、静かな声で話した。
「……いや。私が軟弱者のせいだ、
気にしないでくれ」
また自嘲の笑みを浮かべることで心の仮面を付け直したノワールを見てヴェラは少し悲しげな表情となる。オオカミは群れで過ごす獣であり、相手の気持ちに共感する能力が高い。やっと開きかけた心をまた閉ざされ、彼女は目を伏せる。
「……っ。お気遣い感謝申し上げます。いつかあなた様の魔法を見てみたいです」
せめてもの感謝を込めて、ヴェラは営業スマイルではなく、本当の笑顔を少し覗かせる。数多の男たちを虜にする人懐っこい笑顔を。その笑顔を見て、ピクッと肩を跳ねさせて驚くノワール。
試合場の結界が解かれ、試合の終了を告げる。
「…勝者、ヴェラ・A・ループス。敗者、ノワール・F・フェリシア」
シルヴェスが事務的な声で、勝敗を告げる。
「30分後、応接間でお待ちしております」
そう言って、ノワールと共に去るシルヴェス。
ヴェラとフォルテは中庭に残された。
Saga of the beast 水華戯 @whiteandblack0621
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