第10話フェリシア城の裏庭

―――フェリシア城、裏庭


草食獣が肉食獣の国の中で生きるのにあたって、気をつけるべきことは何点もある。


一つ、誰か他の者がいる時には決して油断しないこと。気を抜いた瞬間襲われることは多々ある。ただでさえ血気盛んなこのカルニボアの国民性だと言うのに、現在は内戦中である。ろくなことがない。


二つ、追われたら逃げてはいけない。捕食者は逃げる獲物を本能的に追いかける。目をつけられないようにすることが最善の策だが、最悪の場合、というのは考慮しておいて損はない。


三つ、決して屈するな。現在も尚、肉食獣の力には敵わない者も多いが、魔法が使える今、肉食獣に喰われ、野垂れ死ぬことを回避することは勿論出来る。


―――そう、今のナトのように。


獣化したウマの視界は350度ある。かつて草食獣が肉食獣から身を守る為に進化した結果、警戒する為の広い視野を獲得したのだ。馬であるナトからすれば襲われる前に襲われないように回避することは容易い。それでも尚、……いや、ループス領の主要な従者となった今、襲って来る不敬な輩は多数存在する。獣化をせずとも耳は良いままである為、足音くらい聴こえる。明らかに身なりが整っていない上に、とてもじゃないが歓迎してくれているとは思えない。飛びかかってきたネコ科の獣人をナトは瞬時に獣化して蹴り飛ばす。馬の蹴りは獣人の形態であれば殺す事も可能なほど力が強い。


「ガァッ……!!」


倒れて苦しげな声を出す襲撃者。その仲間であろうもう1人が、ナトに蹴られた方を見て恐怖で怯えだす。怯えるくらいならばそもそも襲撃など謀らなければいいものを、と冷たい眼差しでナトは襲撃者を睨む。


「なっ、ウマだと?!クソが……っ!」


肉弾戦は敵わないと思ったのか、ナトに攻撃魔法を放ってきた。あまりに騒がしいとヴェラ達に迷惑がかかる、と考えたナトは瞬時に獣化を解いて、獣人の姿に戻るとため息をついて、杖を袖から取り出し、防御魔法を展開した。


「ハッ!どうせ魔力不足になってんだろ、オラァ!」


もう1発炎魔法が展開されようとしたその時。


「生憎、魔力保有量は多いんだ」


ナトの攻撃魔法は雷魔法。……音が大きくて困る為、同時に消音魔法を使うのがポイントである。早く展開したい場合には無詠唱でいくこと。無詠唱はその分魔力を使うものの放つためのラグが無いため、スピード展開することができる。そしてその一瞬鋭い閃光がナトの杖から放たれる。


「……は?」


音のない雷に打たれて茫然自失としている襲撃者。プスプスと焦げ付いた音を立てた後よろめいて倒れたことをナトは確認すると、城の警備はどうなっているんだ、と再びため息をつく。彼はループス領とループス城に慣れてしまったせいでフェリシア領の治安の悪さに嫌悪感を抱き始めた。そして辺りを見回す、一体警備員は何処なのか。


「すっご〜い、つい見惚れちゃったよ」


ナトへ耳につく甘ったるい高めの声が塀の上からかけられる。見上げればしっかりとした黒い制服らしき衣装を着た猫の獣人ではないか。逆光で顔こそ見えにくいが黒のキャスケットからはみ出た少しオレンジがかったネコ耳がピンと立ち、ナトの方を向いていた。明らかに興味津々と言った様子にナトは厄介な奴が来た、と警戒しそっぽを向いた。


「そっぽ向かないでよ〜。僕とお話ししようよ。ウマの従者さん」


ネコ科特有の高所からの飛び降りをスタッと塀から決め、愉しげな顔をしてナトの元へやって来る。馴れ馴れしいその態度にナトは少し苛立ちを覚えたが、無視を続けた。するとウエストポーチから縄を取り出し、襲撃者二人を縛り上げる。


「ほら!これでキミとお話ししても怒られないからさ!」


ウキウキした様子でナトにまた近づいてくるそのネコの獣人の顔は一瞬性別がわからないような中性的な童顔をしていた。段々と面倒になってきていたナトだったが、彼の耳元で先程とは真逆の冷たい声で囁かれた。


「ねぇキミ、本当に従者?」

「……訳の分からないことを」


ゾワリとした感覚に襲われつつ、相手に引く気がないことを感じ、ナトは無視を続けることを諦めた。


「キミと呼ばれるのはいささか鼻につく。

私はナトだ。あなたも名前くらい名乗ってもらえないか」


ナトがやっと相手にする気になったことを確認すると、ニコニコと笑いながら自己紹介をし始めた。


「フフーン、僕の名前はケイ。アビシニアンのケイ・シュトラフ!ねぇ、ナト!なんで急に話したくなったのー?ねーねー!」


非常に面倒なタイプの相手をしなくてはならなくなった、と内心頭を抱えるナト。厄介なタイプであり、殆ど思考が読めない。先程の低音の声が出せるあたりやはり男ではあるらしい。加えて本当に警備員なのだろうか、という疑問を抱く。魔力保有量がかなりあるらしく、纏うオーラが特殊であり只者ではないことだけが確かだ。


「ケイ、あなたは警備員なのか?」


そう聞くと、ニンマリとした笑みを浮かべ長い尻尾をナトの目の前でユラユラと揺らす。


「ナトはどう思う〜?」


ケイが心底相手をイラつかせる天才だと感じつつ、ナトはロボから聞いた話を思い出す。フェリシア領の特殊部隊として、領主直属の部隊がいると。その名は―――


「『微睡』」


ナトが口を開きかけると同時に、ケイはニヤリと悪い笑みを浮かべて言った。ナトは不快そうに耳を伏せる。


「やっぱ知ってたー?これでも秘密部隊なんだけどなぁ。約一名裏社会で名を轟かせちゃってるしー?まぁ、僕はナトを殺さないし傷つけないから安心してー。

ホントはナトの護衛兼監視の為にここに来たのにー、なんかもう倒しちゃってたからやること無くなっちゃった。それに襲撃者ならナト一人でも倒せちゃうでしょー?」


よくもまぁ、ベラベラと……。とナトは呆れつつケイの話を聞く。


「(腹立たしい限りだが、監視役と言うのなら私から離れるつもりはないらしい)」


ナトは本当に厄介なことになったと痛感する。ループス領でないここでは気を抜くことは許されない。しかし、その状況で心が折れるナトではない。ロボへの忠誠を誓っている彼はフェリシア領主直属の特殊部隊の隣というこの状況をいかに情報を聞き出して利用するかを考え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る