第9話ヤマネコとオオカミ

―――フェリシア城、応接間


豪奢なシャンデリアが吊り下げられたその絢爛な応接間は、フェリシア城内で最も派手な部屋である。その部屋の中で、オオカミ2人とヤマネコ2人が沈黙を守っていた。フォルテは必要以上に飾らないその様はネコを表しているようで面白いと感じつつ、隣に座るヴェラを目だけで見る。いつもよりも装飾の多い赤を基調としたドレスを見に纏っている。普段の服よりも動きづらいというのに平気な顔をして着こなすヴェラ。フォルテお得意の読心を行っても、全く感情の揺らぎが見られない。そして、普段がお転婆娘とは思えないような美しい所作で振る舞う。放つオーラはもはや女王と言っても過言ではないだろう。ヴェラの持つ群れの長としての血が、元より気の強い彼女を、より凛とした女性にしている。


「本日はフェリシア城へ足を運んでいただき感謝申し上げます。私はノワール様にお支えしております、シルヴェス・リリーシャスと申します。お見知り置きください」


光沢のある金髪と、ノワール同様灰色の耳を持ち、灰色を基調としたアフタヌーンドレスを見に纏うシルヴェスが両者の沈黙を破った。


「この度はフェリシア城へお招きいただき誠にありがとうございます。私はフォルテ・ウルフレムと申します。以後お見知り置きを。このような機会を設けていただき誠に感謝致します、とループス領主ロボ様から伝言を預かっております」


普段は少し緩めのネクタイをしっかりと締め、パリッとした燕尾服を着たフォルテは、本気モードだ、とヴェラは隣で感じ、心の中で微笑する。小さく息を吸うと凛とした声で自身の名を述べた。


「この度はお招きいただき、感謝申し上げます。私は次期ループス領領主、ヴェラ・A・ループスと申します。本日はよろしくお願いいたします」


フェリシア領主の衣装を纏ったノワールは、言葉の裏に不敵な笑みを秘める目の前の女性、いや、女王を凝視していた。彼もまた、内に挑戦的な笑みを浮かべながら。

元より結婚するつもりなど毛頭ないのは両者同じである。いかに相手から有力な情報を引き出せるかがこの縁談という名の会談の目的……、その点だけはヴェラもノワールも共通していた。


「本日はフェリシア城にお越しいただきありがとうございます。私はフェリシア領領主ノワール・F・フェリシアと申します。こちらこそよろしくお願いします」


心理戦の火蓋は切られた。仮初の笑顔を振り撒きながら、彼らは相手のボロを探す。そんな当たり障りのないような押し問答が10数分続いた後……。


「フェリシア様は休日は普段何をされていらっしゃるのですか?」


趣味を聞いているのではない、領主として何を行っているかを問うヴェラ。


「ノワールとお呼びください、ヴェラ様」


貼り付けた笑顔で名前呼びをしてヴェラの動揺を誘おうとするノワール。貼り付けの笑顔とはいえ、ノワールは美丈夫である。


「はい、ノワール様」


なんのダメージも受けないヴェラを見て、少し面食らうノワールとは反対に、フォルテは吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。ヴェラに色仕掛けが効かないことを彼はよく知っている。


「私は領内の治安維持と交易路の防衛強化に努めております。ヴェラ様は何をなされていらっしゃるのですか?」


嘘はついていない、と涼しげな顔で答えるノワール。自身が領主であることを暗に誇示する。


「私も領内の各地を回っていつでも連携が取れるようにしております。国防と言うのは大切ですからね」


ヴェラの発言にシルヴェスは隣のノワールの纏う空気が一瞬で変わり、身震いした。彼がどれほど努力してきたかを隣で見てきたシルヴェス。ヴェラの今の発言は彼の神経を逆撫でするものと知っている。そして、恐る恐る様子を確認すれば。


「……ええ、国防ほど大切なものはありません。私はこのフェリシア領を守る為だったら何でもすることでしょう」


一瞬時が止まったかのように沈黙したノワールであったが、仮初の笑みは剥がれ落ち、トーンダウンした声で真剣に言葉を放った。あまりの豹変ぶりにむしろ驚くヴェラ。フォルテは冷静にノワールに読心術をつかっていた。そして、剥がれ落ちた仮初の仮面は砕け散り、もう元には戻らない。


「イヌ科というのはいいですね、従順かつ単純で。ネコのように気まぐれでないだけマシです。羨ましい限りだ」


ノワールは自嘲した後、消え入りそうな声で皮肉を言い放った。シルヴェスは激しい後悔の念に襲われた。たった30分の仮眠で思考回路がまともに働くはずがない。毎日各地で若いというだけで心無い言葉を浴びせられるノワールの心はとっくに限界が来ていたんだ、と。無理矢理にでも休ませればよかったとひたすらに従者である自身を責める。


「単純……?」


無論耳の良い獣人がその言葉を拾わない訳がない。ヴェラはノワールが放った『単純』という一言を怒りに満ちた声で呟き返す。フォルテは読心した内容の衝撃と、ヴェラが怒りに満ちていくのをヒシヒシと感じ、事態の最悪さに顔を引き攣らせる。


「イヌ科が単純だと仰るんですね、

 ノワール様は」

ヴェラの怒りは、自身への侮辱に対するものではない。種族そのものを侮辱されたことに対して怒っているのだ。彼女はそういう人だ、フォルテはもはや諦めの表情を浮かべる。


「……っ、ええ、そうですよ。

あなたも例外なくね」


苛立ちを募らせるノワール、主人の暴走をどうにもできずに目を伏せるシルヴェス。


「証明しましょうか、決闘で」


ノワールが挑発的に笑って決闘を申し出た。もう、誰にも止められない。


「えぇ、いいですとも」


心理戦ではない、今、本当の戦いの火蓋が切られようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る