第39話 異世界成年事情と戦闘民族

「…大丈夫か?」


 俺が黙ってしまったせいで、ランスを心配させてしまったみたいだ。いや、心配じゃないかもしれないな。頭大丈夫かっていう意味かもしれない。


 俺って何歳だっけ、は完全に失言だった気がして仕方がない。取り敢えず笑ってごまかそう。


「いや~、俺こっち来たばっかりだからさ!分かんないことだらけなんだよ。こっちの成年って何歳から?やっぱ成人式とかあるの?」


 ランスはサッと周りを確認し、取出した紙を破った。それが何か聞いてみると、会話が聞かれないようにするための魔法陣が描かれたスクロールらしい。心なしか周囲の話声が小さくなった気もする。俺も魔法の、なんか派手なスクロール欲しいな。


「リッカの言う成人…式?と同じものかは分からないが式というからには…、貴族であれば社交界デビューの日が近いのではないだろうか。平民は…、特に決められた行事はないらしい。これは友人から聞いた話になるのだが、彼らは酒場を始めとする未成年では立ち寄りづらい場所に行ったり、喫煙をしたりすると言っていた。女性は各家庭で祝いの席を設けるらしいが、こちらは詳しくは知らない。くっ、リリアナの16才の誕生日、こんなことなら身分の柵など考えず参加すべきだった…!」


 ランスはテーブルの上の拳を握り締め肩を震わせている。どんだけ参加したかったんだ。というか、いつの間にかリリアナさんの話になっていた。


「あ、うん。残念だったな。ところで、こっちの成人は16才なんだ?」


 取り敢えずスルーして話を戻す。

 ランスの話が正しいとしても俺には原作リッカの年齢を覚えていないから結局のところ、この話題に意味は無いかもしれない。もうギリ成人してる、という方向性でいいんじゃないだろうか。


 リリアナさん病から復帰したランスはすぐ元の表情になった。


「いや、厳密に言うと違うな。16歳は最低年齢だ」


「???」


 これはややこしくなってきたぞ。この話はもう良いかな、と思い始めていると、そこらへんにいる鳥のような色になっているティーが口を開いた。


『リッカが住んでいた場所では、皆18才が成人だったんですよね?』


「あ、うん。そうそう。何か法が改正されて18才が成人。お酒とかは変わらず20歳かららしいけど」


『フォーグガードでは身分や地域、民族によって成人とされる年齢がバラバラなんですよ。大人の仲間入りが出来る最低年齢が16才なんです』


 なんとなく成人の年齢がバラバラなのは納得できる。地球でも、海外では成人の年齢が日本よりも早かったり遅かったりするという話を小耳に挟んだ記憶が薄っすらある。


「う~ん。その、最低年齢ってなんなの?場合によっては成人出来ないってこと?」


「そうだ。貴族であれば、男女間の差は有るが、共通するのは社交界で問題無く振る舞えることが条件になる」


「…出来なかったら?」


「成人としては認められないな。まぁ、肉体としては認められるから、飲酒や喫煙はできるが。基本的に22才を越えても基準に満たない者は可哀想だが縁談に恵まれなかったり、当主になった場合は他家から軽んじられる。余程素行に問題がある者はデビューする前に切り捨てられ、他の兄弟が後を継ぐこともある」


「うわあ…。怖っ」


 こっちの世界の貴族じゃなくて良かった、と思って安心していると、ティーが補足を入れてくれる。


『そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。何事も積み重ねですから、多くの方は20才までにデビューしていますし。幼少期から長らく大病を患って、奇跡的な回復の後、30代でデビューした例もありますから。それに、切り捨てられるといっても、領地から出してはもらえませんが面倒は看てくれますし、いきなり平民にされたりはしませんよ』


「あっ、そうなんだ。なーんだ。ラノベみたいに追放とかあるのかと思った」


 背もたれに身を預けてふと、ランスを見ると、顎に手を当てて何か考え事をしているようだ。


「ランス?どした?」


「……そういえば、ドーンソルダートに成人の儀を利用して部族を抜けてきた男がいたことを思い出した。名はエウゼビオといったか。彼も神聖スキルを持っていたから、安否が気になってな」


 ランスは神聖スキルを奪われている。ということは、他に奪われている人がいないとは言い切れない。その人も砦から追い出されてしまったんだろうか。友達なら心配だろうな。


「その人は友達だったの?」


「いや、友達というほど親しくは無かったが、有名な戦闘民族だという話を聞いて、一度手合わせはしてみたいと思う相手だった。お互い部隊が別でなかなか機会に恵まれなかったんだ」


「戦闘民族!?えっ、それってどんな!?」


 少年漫画に出てきそうなキーワードを聞いて、思わず身を乗り出す。か○はめは!?かめは○はなのか!?


「彼のいた部族については私も詳しくはない。遠く西へ国境を越えた場所にある、セアセルクル地方出身だという話だ。セアセルクル地方は災害級の危険生物や精霊が住む樹海に囲まれた、閉鎖的な地域らしい。冒険者ギルド創始者であるシズマ・ウェームラ等しか辿り着いたことがない秘境で、そこに住む民族は類まれなる戦闘能力を有している。大柄で褐色の肌と白い髪、青い目が特徴だ」


「ふーん…。ちなみに、髪が逆立って金髪になったり、目の色が変わったりは?」


「……?そのような種族がいるとは聞いたことがないな。君の故郷にはいたのか?」


「ううん。架空の物語の中にしかいなかったよ」


 ティー情報でもスーパー○イヤ人みたいな民族は存在しないみたいだった。

 想像(期待)していた感じからかなりかけ離れていたけど、取り敢えず何だか強いことだけは分かった。もし砦を追い出されているんだとしたら、その人も俺たちのパーティーに勧誘するということで話は纏まる。

 ただ、これについては問題があって、そのエウゼビオさんの噂が全く出回っていないことだ。特徴的な見た目をしている人物が街に入ってきたら多少なりとも話題になるはずなのに、それが無いということはフィリコスネーブに立ち寄らなかった可能性があるとランスは言っていた。

 現実問題、フィリコスネーブとドーンソルダート砦から一番近い都市ですら歩けば3日かかると言われているのに街に立ち寄らないなんて選択肢があるのか。そんな疑問をティーにぶつけてみたら、なんと可能だそう。ティーによると、エウゼビオさんの特徴は数あるティグレ族のなかでもかなりの強さを誇るディオベン・ヤド・ティグレ族だという話だ。彼らは狩猟民族とあるだけに野宿はお手の物。さらに本気を出せば3日程の距離なら普通の人間の半分の日程で駆け抜けられる体力まであるのだとか。


『エウゼビオさんを今すぐ追うのは難しいと思います。追い出されているかどうかも分かりませんし…』


「だよなぁ…。追い出されていたとしても、どこに行ったか分からないんじゃなぁ」


 それから次の予定についても話をした。

 俺の冒険者試験とか講習の件が片付くまではフィリコスネーブを離れられないので、それまではこの街で情報収集をすることになった。情報収集と平行して冒険者の仕事も最低限こなさなければいけない。

 目指せ借金返済だ。


 結局のところ俺たちは防音スクロールの効果が切れるまでギルドから出ることはなかったのだった。

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神様、俺の煩悩を返して もずーん @mozu-n

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