都市伝説を試してみた

天灼 聡介

デノイズ

 事の発端は、彼の友人の一言から始まった――。


「なあ、肝試しでもやらないか?」

 夏休みを目の前に、多くの学生達が浮足立っている頃。休み時間でのとあるグループの雑談のなか、一人が唐突にそんなことを言い出した。

「肝試しって、どこでだよ。ここらへんに心霊スポットなんてあったか?」

「ないな。というか、何もないだろうがここらへん。コンビニに行くのだって一苦労するんだぞ。心霊スポットに限って言えば、うちの学校には七不思議なんて定番もない」

「いやいや、街灯もろくにないんだから。ある意味、ここら一帯が夜は心霊スポットになるんじゃないの。ここらを知らない奴からしたら、夜中に来たら十分に雰囲気だけはあるぞ」

 肝試しの言葉を皮切りに、雑談に夢中になっていた各々が口々に話始める。

「わかってるって。いや、面白いネタを見つけてさ。心霊になるかどうかはわからないけど。試してみたいんだよ」

 そこに、最初に肝試しの話を始めた『健太』が、スマートフォンを取り出して見せた。

「なんだよ。えっと、心霊スポットに発生する19Hzの怪異?」

 スマートフォンの画面には、そんなタイトルで書かれたとある投稿内容が映し出されていた。

「ああ、何でもこの19Hzの音には人間に幽霊を見せてしまうっていう効果があるんだと。実際に心霊スポットには、この19Hzの音が何故か鳴っているらしいんだ」

「これが、いったいどうしたっていうんだよ」

「いや、だからさ。この19Hzの音を聞きながらなら、心霊スポットでもないただの普通の場所でも、幽霊とか不可思議な現象を体験できるってことだろ。実際に試してみないか、わざわざ遠出をして心霊スポットに行くのも面倒だし、もし幽霊を見れたらラッキーじゃん」

 健太はなんとなく購入した宝くじが当たっていた、みたいな感覚で皆にどうかと提案をする。

「まあ、どうせ暇だし。いいぜ付き合ってやるよ」

「俺もいいぞ。なんか面白そうだし」

「僕も、なんか興味があるな」

「怖くなんてないからな」

 その場にいた各自が少し悩んだ末に、結果的に健太を含んだ五人が、その話に乗ることとなっていった。そして、どうせなら少しでも雰囲気がある方がいいと、町はずれにある普段は子供の遊び場になっている古びた廃駅へと夜に集まるなど、その場の勢いのままに話が進んでいき休み時間が過ぎていくのであった。


 そしてその夜、時計の針が午前零時を過ぎた頃だった。親が寝ず静まったことを確認すると、隆司をこっそりと家を抜け出していた。もちろん抜け出した理由は、健太達と約束をした肝試しを行う為であり、雰囲気を考えてなのか深夜の時間帯での決行を決めていたのだった。

 待ち合わせ場所へは多少の距離があるので、隆司は自転車へと跨ると、人気もなければ街灯もない田んぼ道を待ち合わせ場所へと向かう。

そのまま、しばらく自転車を漕ぎ続けると、遠くに目的地である廃駅の姿が闇のなかに浮かんで見えてくる。するとそこには、ずいぶん前に来ていたのか健太が手を振りながら待ち構えていたのだった。

「よっ、隆司。こっちこっち!」

遠くから隆司の姿を確認すると、健太は頭の上で手を大きく振りながら、大声で名前を叫ぶ。

「おっす、健太。早いな、いつからいたんだ?」

「んっ、三十分くらい前かな。来たら誰もいねー」

「当たり前だろ」

これから肝試しをするにはずいぶんと元気そうな健太の姿に、隆司はどこか安心する。肝試しという言葉のせいか、深夜の時間帯のせいなのか。どうにも怖いという感情が湧き上がってしまい、先程まで健太と会うまではどうにも後ろが気になってしまっていた程だったからだ。

「他の皆は?」

「ああ、もうすぐ来るだろ。約束時間まで、まだ一五分ぐらいあるしな」

「マジか、少し早く出すぎたな」

「遅れるよりはいいんじゃね。遅れた奴は、一人で奥まで行くとか、なんか罰ゲームでもやるか。証拠に、なんか持ってくるとかしてさ」

「おまえは、自分はもう関係ないからって勝手だな。まっ、面白そうだけど」

 そんな何気ない会話を隆司は健太と話ながら、廃駅の前で皆の到着を待っていた。


 やがて、思っていたよりも時間が経ったのか。暗闇の向こうに、自転車のライトが浮かび上がると、残りの三人が現れた。

「おっ、ようやく揃ったか」

 健太は隆司との会話を中断すると、三人へと声を掛ける。

「おまえら、早いな。やる気十分かよ」

 五人のなかでは、割と長身の真司が呆れた顔で喋りながら自転車から降りる。

「こんな場所に二人で早めに来て、まったく何をやってるんだか」

 眼鏡を上げながら、こちらも呆れた顔で誠人が二人を交互に見る。

「たく、小学生か。お菓子はもったか、三百円までだぞ」

 少し小馬鹿にしながら、体格の大きな剛士がにやつく。

「たまたまだよ、たまたま。それよりも、早く行こうぜ」

 遅れて来た三人の言葉に健太は気にする様子もなく、適当に会話を流すと、待ちきれないのか皆を急かすにように歩き始めた。

「あっ、おい。待てって!」

 足早に歩き始めた健太の背中を追いかけるように、隆司を後を追って歩き始める。

「やれやれ……。本当にやる気十分だな」

 真司の言葉を皮切りに、その後ろを自転車から降りた三人も慌てて後を追っていった。


 廃駅の入口、とは言っても元々がそこまでの大きな駅でもないが、五人はその前に立つと夜の闇に浮かぶ姿を見つめていた。

田舎にかつて走っていたローカル線で、昭和の中頃に廃線になり、そのまま時代に取り残されて忘れられたかつての駅。回りを木々に囲まれ、撤去された線路後の窪みには水が溜まっている。昼間に子供が遊び場にしている以外には、そこには誰も訪れることはない。不気味というよりも、どこか寂しさを感じてしまう。

 しかしながら、そんな哀愁を五人が感じるはずもなく。しばらく確かめるように廃駅を眺めると、持ってきた手荷物のなかから懐中電灯や軍手を取り出すと、肝試しというよりはまるで探検でもするかのような準備をし始めた。

「よしと。皆、準備はいいか?」

 健太が懐中電灯を片手に振り向き、全員の顔を照らした。

「おい、顔を照らすなよ。まぶしいって」

「悪い悪い。ああっ、こっちの方がよかったか」

 隆司が顔を照らすライトの明かりを遮りながら文句を言うと、健太はライトの明かりで自身の顔を下から照らす。

「ガキか、おまえは。それよりも、健太の方こそ準備はしてきてるんだろうな」

「あん、準備?」

 健太は自分の手に持つライトや軍手を確認するように見ると、首を傾げて見せた。

「アホか、健太が言い出したんだろうが。19Hzの怪異とかって都市伝説だよ、都市伝説。その肝心な19Hzの音は用意したんだろうな」

「ああ、それな。もちろん、ちゃんと用意してきたぜ」

 訝し気にする隆司と、その様子を見守る三人の前で、健太はズボンのポケットのなかから

 高価そうなレコーダーを取り出して見せた。

「こいつに入れてある。携帯でもいいかなって思ったんだけど、こいつの方が性能いいし、何より俺のスマホはバッテリーが古いからな。いつ電源が切れるかわからん。それにスピーカーも本当に音が出るのかが心配だったし」

「音がって、そんなに19Hzの音って出しにくいのか?」

「いや、音が出しにくいっていうか。そもそも俺達の耳には聞こえないんだわ。始めは適当なサイトから動画を引っ張ってこようかと思ったんだけど、なんか変換だかサイトの規定かなんだかで、そもそも19Hzの音が出てないやつもあるみたいだからさ。よくわからんから、放課後すぐに放送部のとこ行って、無理言って作ってもらったんだわ」

「たかだか、肝試し程度にそこまでしたのか」

 話を聞いていた隆司が呆れた顔をする。

「放送部の連中も気の毒に、迷惑かけたって誤っとかないと。まあとにかく、その作ってもらったってやつをとりあえず聞かせてくれよ。怪奇現象ってやつが起こるんだろ?」

 そして会話に割り込む形で、真司が喋ると、健太のレコーダーを指差した。

「かも、だけどな。言っとくが……」

「いいから、もったいぶってないで。さっさとつけろっての!」

 健太の話を遮る様に、剛士が健太へと詰め寄る。

「わかった、わかった。たくも、それじゃ流すぞ」

 健太は溜息をつくと、一旦間を置いてレコーダーの電源を入れた。

「何だよ。何もきこねぇじゃないか」

「俺達の耳には聞こえないって、さっき話をしたろ」

 剛士は健太にそう言われながらも、耳元で手を立てて辺りを見回す。

「特に、何も変化はないな」

「そうですね。見える範囲内では、ですけど」

 真司と誠人も、確認するように懐中電灯の明かりで周囲を照らしている。

「すぐには、効果が出ないのかもしれないだろ。とにかく、せっかくここまで来たんだ。駅のなかを探索と行こうぜ」

 周囲の反応に少し拗ねた様子の健太だったが、次の瞬間には親指で廃駅を指差すと、楽し気に歩き始めた。

「変わり身、ハヤ。それにしても、本当に何も聞こえないんだな」

 健太の何とも元気そうな姿を横目に、隆司も本当に流れているんだろうかと、レコーダーから最大音量で流れているであろう19Hzの音に聞き耳を立てる。

「あれ?」

 その瞬間だった。耳元で甲高いスピーカーのノイズのような嫌な音が響き、隆司は目の前の視界が暗転すると、体をふらつかせた。

「おい、大丈夫か!」

 隆司の様子に気が付いたのか、真司がふらついた隆司へと駆け寄る。

「えっ、ああ……。悪い、なんかふらいついた」

 耳元を押さえながら、隆司は一度顔を振ると、心配そうな顔をしている真司へと目を向ける。

「平気なのか。おまえ、何か顔色が悪いぞ」

「大丈夫、大丈夫。妙に暑いせいかな、そのせいかも」

「なら、いいけど。あんま無理すんなよ」

 真司はそう言い、先に歩き始め「行けるか?」と、隆司に声を掛けた。

「ああ、今行くよ」

 隆司は耳に残る、先程の音を考えなら真司の後へと続いた。


 そして、五人が廃駅のなかへと入ると、そこは長年雨風にさらされていたせいか、至る所が崩れては壁に穴が開き物が散乱している光景が広がっていた。懐中電灯の明かりだけでは足元が見えにくく、散乱した瓦礫やゴミで足場が悪く。健太を先頭に、五人は慎重に懐中電灯で足元を照らしながら奥へと進んで行く。

「ずいぶん久しぶりに来たけど、またひどく荒れてるな」

「そりゃ、そうだろ。俺らがガキの頃依頼だからな。よくここらへんで虫取りしたり、隠れん坊したり。ここに秘密基地を作ったりしたっけか」

 健太の声に、真司が思い出すように喋りだす。

「そういえば、今気が付いたけど、ここに来た五人ってよくここで遊んだメンバーだよな」

「あっ、確かにそうですね」

 隆司も子供の頃を思い出し、ふとそんな事実に気が付く。

「あの頃は、誠人も確か眼鏡君とか呼ばれて、よく怒ってたよな。眼鏡って呼ぶなって」

「そんなことまでは、思い出さなくていいですよ」

「そいつは仕方がないだろ。牛乳瓶の底みたいな特徴的な眼鏡をかけてたんだぞ、あだ名をつけるなって言う方が無理ある」

 誠人のあだ名に反応するように、剛士が笑いながら誠人へと話し掛ける。

「君は本当にデリカシーがない人ですね。感心しますよ」

 怒っているのか、呆れているのか。諦めた顔で、誠人は剛士へと嫌味含んだ言葉を返した。


 しばらくそんな会話をしながら、五人は廃駅のなかを進んで行くが、結局のところ不気味な人影も出なければ、不可解な物音もなく、恐怖するどころか昔話をするうちに気が付けば改札を抜けてホームまで出てきてしまうという結果になってしまっていた。

「やっぱり、こんなもんだよな。肝試しって言っても、自分たちがよく遊んだ懐かしい遊び場みたいなもんだからな。所々で怖いってより、懐かしい記憶の方が出てくるんだからまったく意味がないわな」

 真司が溜息交じりに頭を掻きながら、ホームを懐中電灯で照らす。

「まあ、懐かしい話もできたから、これはこれで楽しかったけど」

「ああ、マジか。なんか起こると思ったんだけどな、やっぱり都市伝説は都市伝説か。くそっ、信じた俺が馬鹿だった」

 隆司とは反して、肝試しの結果に期待をしていた健太は残念そうに、その横で肩を落とす。

「普通は、都市伝説をそこまで信じるなんてことしませんよ。期待のし過ぎですって」

「何だよ、幽霊が見れると思ってたのにさ、ガッカリだ。出たらカメラで撮ってネットに上げようとしてたのにさ」

「いくら何でも、それは無理ですよ。実際今まで生活してきて幽霊なんて見たこともないのに、出そうな所に来たからって、はいっ見れましたはないですって」

 健太と同じく残念そうな顔をする剛士を横目に、誠人はいたって冷静かつ常識的に剛士の発言に返事をする。

 そして全員がそれぞれの思いを口々に話ながら、駅のホームでしばらく時間を潰し「んじゃ、帰るか……」そう誰かが口にすると、誰もそれに反論する者はいなかった。

しかし、全員がホームから来た道を戻り始め、改札の手前に来た時だった。

「うわっ!」

 驚いたことに、目の前を歩いていた健太が声を上げると、そのまま姿が消えてしまったのだ。

「健太!」

「おい、どうした?」

 後ろを歩いていた隆司が驚いて健太の名前を呼ぶと、後ろから真司が駆け寄る。

「健太が消えたんだ」

「はっ。何って、マジかよ」

 隆司の言葉に前を見た真司も少し驚いた顔をすると、健太が消えた場所へと歩いていく。

「おい、健太。大丈夫か、動けんのか」

 真司は健太が消えた場所の手前で立ち止まると、足元へと懐中電灯の明かりを向けて、下に向かって声を掛けた。

「ああ、大丈夫だ。これが一番ビビったわ」

 真司の声に、姿が見えない健太が返事をする声が聞こえる。

「えっ、何で」

「なんですか?」

「何だ、大丈夫かよ」

 隆司が不思議そうな顔をして、真司の下へと小走りに駆け寄ると、後ろにいた誠人と剛士の二人も後に続く。

「おーい。こっちだ、こっち、やらかしたわ」

 三人が真司の下へと着くと、足元から聞こえる声に、それぞれが手に持つ懐中電灯をその場所へと向けた。

 すると、そこには大きく開いた穴の向こうに、尻餅をついた健太が懐中電灯を振りながら、声を上げていた。

「おまえ、足場が崩れて落ちたのか。怪我とか大丈夫なのかよ」

「ああ、問題ない。レコーダーも無事だ」

 健太はその場で立ち上がって見せると、レコーダーを見せる。

「レコーダーって、心配するところ、そこかよ。そんなん、別に壊れても問題ないだろ」

「何言ってんだ。親父のこっそり持って来たんだぞ。壊したなんてことしてみろ、親父に何されるかわかったもんじゃない」

 自分の体よりも手に持つレコーダーの心配する健太の姿に、隆司は呆れた顔をする。

「上がって来れそうか」

「そこからは無理だな。ロープでもあれば別だけど、さすが登れそうにないわ」

 健太は隆司へとそう話すと、周囲を懐中電灯で照らす。

「やけに広いな。どこだ、ここ?」

 そんなことを呟きながら、どこか上がれる場所がないかを探していた。

 さて、どうするか。その場でお互いの顔を見ながら、健太の救出方法を考え始める。

「おい、こっち。下に降りる階段があるぞ」

 唐突に、剛士のそんな声が廃駅のなかに響く。

 皆そっちの方に顔を向けると、健太へと説明をしてその場を離れる。

「本当だ。こんな所に階段なんてあったか?」

「まあいいだろ。これでここから下に降りて、健太と合流できる」

 真司は剛士の肩を叩くと、懐中電灯で階段の奥を照らす。

「特に崩れてはないな、行けそうだ。隆司、健太に今からそっち行くから、動かずにそこに居るよう伝えてくれ」

「了解!」

 真司の声に、隆司は穴へと駆け寄ると、周囲を懐中電灯で照らす健太に話し掛ける。

「おい、健太。階段からそっちに行けそうだから、今から下りるわ。とにかく動かないで、そこで待っててくれ」

「おう、頼む」

 隆司の声に、健太は見上げながら懐中電灯を振って答えた。


 そして、その後。すぐに真司を先頭に、後ろに隆司と剛士が続き、暗い階段を懐中電灯の明かりを頼りに下へと降り始めたのだった。全員でとも思ったのだが、もしもの時を考えて誠人は上で待機し、四人が戻らないという最悪の場合は警察に連絡する手筈となっている。

 もちろん、それは最悪の場合で、ここまで来ると肝試しなどの浮かれた気分はなく全員が真剣な顔をして、慎重に奥へと進んでいた。

「ずいぶんと長い階段だな。どこまで下りればいいんだ」

「いや、そんなに長くはないだろ。暗くて先が見えないから、そう感じているだけだよ」

 先頭に立つ真司がどこか不安そうな顔をする。

「おい、あれ扉か?」

「本当だ。何なんだ、あれ」

 後ろを歩く剛士が、懐中電灯の明かりで階段の先を照らす。

 その言葉に隆司も懐中電灯で階段の先を照らすと、そこには木製の古ぼけた扉が確かに見える。扉はかすかに開いているようだが、隙間の先にまでは明かりが届いていない。

「何かの地下倉庫にでもなってるのか、通路は狭いし。こんな場所があったなんてガキの頃には気が付かなかったな」

「まあ、隅々まで見てたわけじゃないし。あれだろ、備品とか非常食とか。そんなもんでも置いてあったんだろ」

 隆司の言葉に、剛士はそう答える。

「とにかく、行くぞ」

 先程と変わらずに不安気な真司は、あまり喋らずに足を進める。

 やがて扉の前へと来ると、真司は息を呑んで扉へと手を掛けた。押された扉は、金具の部分が錆びているのか、金属特有の不快な甲高い音を立てながら外側へと開く。

「暗いな。おまけに、かなり広い。おい、健太聞こえるか!」

 扉を抜けて先へと入って、真司が声を上げると、部屋全体に広がるように音が響いては広がっていった。

「聞こえてないのか?」

 真司が呟きながら扉の先へと歩く。

「聞こえてないんじゃって。何だよ、ここ……」

 真司の後に続いた隆司は、その空間に思わず声を出した。

「おい、本当にここ、この駅の下なのか」

 呆然と立ち尽くす二人の横で、剛士も同じように唖然とした顔をする。

 そこには、先も見えない果てしなく広大に続く空間が存在していたのだ。あまりに広く、懐中電灯の光も、途中で闇のなかへと消えていく。

「おい、健太! 聞こえないのか」

 その異常な光景にたまらずに、声を上げたのは真司だった。

「健太、どこにいるんだよ」

「おまえ、早く返事しろ」

 真司の声に呆然としていた二人も、健太へと呼びかける。

 しかし、その呼び声に反応はなく。ただ三人の声だけが木霊すると、辺りはやがて静寂に包まれ。何の音も気配もない。しばらく、三人は呆然として立ち尽くしていた。

「どうするんだよ。何かここ、おかしいぜ。やけに寒いし、空気が重いしよ。こんなだだっ広くて声が響いてんのに、何であいつの返事がないんだ。聞こえてないわけがない」

 しばらくして、剛士が不安そうな顔で二人へと声を荒げる。

「どこか違う部屋に、いるとか?」

「いや、おかしい。考えてもみろよ。階段の場所と、健太が落ちた場所はそんなに離れてないだろ。動くなとは言ってあるし、動いたとしてもこの広さだぞ、ただの広い空間に部屋もないんだ。あいつだってこんな所で、下手に動く程バカじゃない」

 隆司の言葉に、真司が険しい顔つきで返事をした。

「じゃあ、どうするんだよ。このまま、健太を見捨てるのか」

「こんな所で、下手に動けるかよ。ここの出入り口を見失ったら、完全に終わりだぞ」

「それは、そうだけどって。あれ……」

 剛士の意見に、隆司は何かを返そうとしたが、ふと見上げたそこを凝視するとやがて体を震えさせる。

「おい、あの穴って、まさか」

「はっ、あの穴」

 隆司は一点を見上げて、震えながら天井を指差すと、二人は怪訝な顔でその方向へ目を向けた。「「えっ」」と、二人はその光景に前に、同時に声を出す。

 隆司が指さした先、そこには遥か頭上に小さな穴が見えていたのだ。驚いたのは天井の穴にでない、その天井の高さにだ。それが先程健太の落ちた穴という事実にだ。三人の視線の先には、ちらちらとライトで下を覗く人影が動いる、間違いない。

「おい、なんなんだよ。どうなんってんだよ。あの穴、何であんな場所に、絶対やばい」

 その光景に、最初に取り乱したのは剛士だった。

「知らないって。そもそも、俺が健太と話した時は、あんな高さじゃないって」

「落ち着け、二人共。とにかく、ここはまずい。一旦ここを離れるぞ、警察か親か、俺達じゃ駄目だ」

 真司は恐怖を押し殺しながら、なんとか冷静になって取り乱す二人を地上へと出るように声を掛ける。

「ああ、当たり前だ。冗談じゃないぞ、こんな所いられるかよ」

「でも、真司。ああ、わかったよ」

 隆司も何かを言い掛けるが、真司の真剣な目に頷く。

「戻るぞ」

 しかし、そう真司が言って地上へと戻ろうとした時だった。


「ああ、何だ。皆、ここにいたのか……」

その声に三人の背中はぴたりと固まると、その聞き覚えてのある声の主へと恐る恐る振り返った。

「何だよ、あんまり遅いから心配したよ。いやさ、丁度良く駅員さんが通りかかって、出口を教えてくれだんだ。それでさ、おまえら切符持ってるか。それがないと帰れないし、電車にも乗れないだろ」

 虚ろな目だった。そこには先程まで三人が探していた健太が、焦点の合わない目をぎょろぎょろと動かし、虚ろな人形のような瞳で語り掛ける姿が、そこにあったのだ。

「うわあああ!」

 あまりの状況に、ついに限界を迎えた剛士は叫び声を上げた。錯乱し、手を振り見出しながら健太を突き飛ばし、その奥へと叫びながら走っていく。

「おい、どこに行くんだ」

 真司が我に返って、剛士へと叫ぶ。しかしその声は剛士へとは届かず、そのまま叫び声と共に闇の先へと消え、やがて姿も声も聞こえなくなる。

 隆司は腰が抜けたのか、ガクガクと体を震わせ、地面へと尻餅をつきそのままへたり込む。

「ああ、ああ、あああ……」

 声にならない、恐怖が口から溢れ出し。大粒の涙を流す。

「くそっ。おい隆司立て、逃げるぞ。しっかりしろって!」

 そんな隆司の姿に真司は、強く隆司の頬を正気が戻るまで叩く。

「あっ、ああ。逃げる、そうか逃げないと、そうだ剛士、健太は」

 何度か叩いた後に、少し正気を取り戻した隆司は健太の名を口にする。

「ひどいじゃないか。突き飛ばすなんて、僕が何をしたっていうんだ」

 隆司の声に続くように、健太の声がすると、二人は再び健太へと目を向けた。

 まるで操り人形のようにぎこちない挙動、口元からだらしなく垂れる涎に、無表情な顔。もう、そこには人間と呼んでいいのかさえ怪しい、友人の姿をした何かが動いていた。

 二人はその姿に、背筋を凍らせる。もはや、何に恐怖をしているのかさえわからない。この場所も、目の前の友人も、異常な状況も、それら全てが自身へと警告をしているのだ。早く逃げろ、ここから逃げろと、頭のなかで警鐘が鳴り響く。

「ああ、駅員さん。お蔭様で、友達が見つかりましたよ。ええ、ありがとうございます」

 そんななか。硬直する二人の前で、健太はぎこちない動きで振り返ると、何も見えない暗闇へと声を出す。

 息を呑む二人の前に、遠くの暗闇からカツンカツンと革靴の乾いた音が響き始めた。

 そして、それはほのかに光を帯びながらにぼんやりと浮かび上がる。その人物は片手にランタンを持ち、ゆっくりと歩み進めながら、その姿を闇へと映し出した。

 その姿は駅員のそれだった。しかし二人には、もうそれは異常以外の何物でもない。ただ恐怖という言葉だけが、二人にとっての全てになっていた。


 二人が動けずにいると、やがてそれは二人へと視線を向けた。

「お客さん。切符を拝見……」

 それで十分だった。近付くその姿に、その帽子の下。その顔に二人は同時に声もなく駆け出した。窪んだ眼球のない目、腐った頬、ひどい異臭。映画や漫画でしか見たことがない、動く屍がかすれた声で、二人へと向かい声を出したのだ。

 扉を抜け、階段を必死に駆け上がり、何度か転びながらも地上を目指す。

 やがて出口が見えると、隆司は扉を壊すかのように力一杯体当たりし、その勢いのまま扉の外へと転がり出た。

「はあ、はあ、あああ」

 隆司にはもう考えている余裕はなかった。とにかく逃げなくては、その感情だけが頭に浮かんでいる。

「真司?」

 すぐにでも、その場から離れようとするも、後から来ていたはずの真司の姿がないことに今更ながらに気が付く。

「そんな、真司も」

 一人になった恐怖で体を更に震わせ。奥歯が嚙み合わず、音を鳴らす。辺りを執拗に警戒し、息を荒くさせる。とにかく外に出なければ。なりふり構わずにとにかくこの場から離れたい一心で、駅の出口を目指す。

「そうだ、誠人……」

ふと頭の片隅で友人のことを思いだした。少なくとも、この場にはいない。どれ程の時間が経っているかわからないが、もしかしたら先に外へと出たのかもしれない。助けを呼びに行っているのかもしれない。そんな都合のいい結論だけを思考してした。


 その瞬間、遠くから何か大きな音が鳴り響いた。それは段々と大きくなり、徐々に近づいてくる。

「そんな、嘘だ」

 その音の正体に、隆司は顔面を蒼白にした。

 ここは廃駅で、既に線路も撤去されているのだ。にもかかわらず、隆司の視線の先には列車が駅へと向かい轟音を立てて走って来ているのだ。軋む悲鳴のような甲高い音と、ひどく錆びた鉄の臭い。列車の形をした何か得体の知れないモノが近づいてくる。

 呆然として、思考が停止した状態で隆司はソレを見つめていた、ソレは止まることなく少し速度を緩めて駅へと進入する。

「そんな、嫌だ! あああ!」

 その瞬間。隆司は叫び声を上げて、無我夢中で駆け出した。

 通過するほんのわずかな一瞬。見えた車窓の先に、泣き叫びながら黒い人影に囲まれた誠人の姿があったのだ。軋む音が本当の悲鳴のように聞こえ、聞こえないはず誠人の泣き叫ぶ声が隆司の頭のなかで木霊して響き渡る。

 喚き散らし、泣き叫び、転がり。手足を何カ所も怪我をしながらも隆司は帰りたいという、ただ一心で駅の出口へと走り続けた。


 そして、廃駅から転がり出ると、そのまま地べたに這いつくばりながらも、必死に恐怖から駅から離れようとする。

「切符を拝見」

 駅から転がり出て、逃げるその背中に声がかかる。

「ああっ。来るな、来るな!」

 背中越し振り返ると、そこには地下にいた化物が隆司を追いかけて来ていたのだ。

 逃げようにも、もう足腰に力が入らない。あまりの恐怖で、どうにかなっているのか隆司の体は本人の意志とは関係なく、立ち上がろうとさえしてはくれない。

「無賃乗車は……」

「来るな!」

 隆司は近づく、その存在に大きく声を上げ、手に持っていた何かを投げつけた。

 それは真っすぐに、その化物に当たると、地面へと落ちる。

『ガガッ、ガ、ザザ』

 落ちたそれは、健太が持っていたレコーダーだった。何故ここに、隆司はそれをどうして自分が手に持っていたのかさえわからない。あの場所から逃げ出した際に無意識に握りしめていたのか、自分が幻覚を見ているのか。

「ああ……」

 化物は落ちたレコーダーを見つめると、力なく声を出す。

 すると、隆司の視界は歪み始た。

「いった……」

 頭痛がすると同時に、そのままぐるぐると景色も揺らぎ、ふと幕を閉じるように暗転する。隆司の意識はそこまでだった、何かも忘れるように深い深いトコロへと沈んでいく――。



 どのくらいの時間が経ったのだろうか。

「かも、だけどな。言っとくが……」

 ぼんやりとした思考で会話を認識すると同時に、突然意識清明になる。隆司の目には、健太と剛士の姿映し出されていた。

「いいから、もったいぶってないで。さっさとつけろっての!」

「待て!」

 そう言った隆司の耳には、聞こえないはずの音が響く。


 鳴り止むことのない『19Hzの音』に、世界が再び歪に回り始めた。



 目に見えず世界に紛れる『19Hzの音呪い』の消し方を、彼は知る由もない。

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