第4話 しがらみ 強さの理由とこれからと
俺は相沢と学校の屋上でベンチに座って会話をしている、だからそこが夢の中だと直ぐに気付いた。
だけど久しぶりに会った友人に懐かしく思い、俺は目覚めることなく彼と会話を楽しむことにした。
「よう篠崎、元気してたか?」
「元気してたって言うか……まあバイト頑張ってるよ」
「そういえば椎名が世話になってるな」
「お前の彼女とは映画友達として良くして貰ってるよ」
相沢と良く行った弁当屋の唐揚げ弁当を一緒に食べながら俺等はさり気無い会話をしていたのだった。
相沢は生前の話や吉井のことを俺に話してくれて、俺はそんな今の彼女とのギャップや生前での彼との笑い話を楽しむのであった。
「そういえば夢の中まで、俺になんの用事が有って会いに来たんだ?」
「うーん、久しぶりにキャッチボールでもしたいかなって思ってさ」
「キャッチボールか? まあ構わないけどさ」
俺は彼から渡されたグローブを受け取ると、それを腕に嵌める。
気付いたらここは屋上ではなく、校庭へ場所が移動しており、改めてここが夢の場所だと思い知らされたのであった。
「お前は今度どうしようって思ってるんだ? 人生のこととか、進路のこととか」
相沢からボールを受け取る。
「普通にボチボチ頑張って行ける大学に行って、またそれから考えようかなって思っていたよ」
そのボールを相沢へと返す、こうして俺たちはキャッチボールを始めた。
「曖昧な奴だな、野球はキッパリと諦めた癖に、田原さんだっけ? 彼に弟子入りでもすれば良いじゃない」
「冗談止してくれよ、俺は呪いと関わったりするのはごめんなんだ、今後は平和に過ごして行きたいと思ってる」
「それは無理だ、呪いって言うのはそう簡単に解けるもんじゃないからな」
「分かっているよ、今見てるこの夢も呪いだって言うんだろ?」
「ハハハッ、篠崎には俺が呪いに見えるのか?」
「別に呪いとは思ってないけど、自分で自分を追い詰めて、こんな夢を見てると考えるのが自然だと思うんだ」
「自分で自分を追い詰めてる? それじゃ篠崎は俺に後ろめたいことでもあるって言うのか?」
「そりゃ野球部で一緒に頑張ってれば、そんな事件に遭わなかっただろうしな」
「俺が野球部にいたって、事件に巻き込まれることは必然だったさ、それにこんなことじゃないだろ? 俺に後ろめたいことって」
「……」
相沢からボールが渡される。
俺が後ろめたいこと、確かにあるって言えばあるが、
「俺、吉井と今後どうやって過ごして行けば良いのか分からない」
「なんだよ、そんなことかよ……」
俺は弱弱しく、相沢へとボールを返す。
「死んだ俺のことはもう良いんだよ、お前はお前として椎名と絡んでやってくれ」
「そんな簡単に言わないでくれ、これが出来ないから辛いんだよ」
「まあ、死んだ俺が言うことじゃないな、頑張るんだ」
相沢からボールが返ってくると、眼の前には相沢はいなかった。
俺は独り、校庭に立たされ、残されて、どうしたら良いのか分からない気持ちになった。
夢から眼を覚めると、俺はぎこちない気持ちになった。
「相沢……」
俺はもう一度横になり、溜息を吐いた。
明日も学校だ、もう一度寝よう。
その夢を見た日、俺は放課後に島野に呼ばれて屋上へと来ていた。
「篠崎先輩、今日もバイトだと言うのに呼び出してしまって申し訳ない」
「急にどうしたんだ?」
これから数日、島野のホッペのビンタ痕はすっかり消えていた。
事件後、責任を感じたのか島野は野球部を辞めて、今はソフトボールの草野球団体に入ったらしい。
マネージャーなんて言う汗水吹く仕事より、好きなスポーツをして騒いでいる方が彼女らしくて良い、俺はソフトボールを始めた彼女を今後、応援するつもりだ。
「実はな、これを見て欲しい」
彼女が俺に渡した物はミサンガだった。
「ミサンガ? これがどうした?」
「実は私のクラスでは今ミサンガが流行っていてな、皆で作り合ったりして楽しんでいるんですよ」
「ほほう、それで?」
「このミサンガなんですけど、良く見てください」
見せられたミサンガは、複雑な色で構成されており、手作りの割には切れ細かく編まれており、とてもじゃないが学生が流行りのキマグレで作った品には見えない立派なミサンガだった。
「これがどうしたんだよ?」
「黒い部分を良く見て欲しい」
そう言われて黒い紐の部分をじっくりと眼を細めて見てみる、そして俺はやっと異変に気付く。
「髪の毛……?」
「そう、髪の毛で編まれているんだ」
髪の毛で編まれているだと……
「もしかしたら、これは呪品と言われる品なのではないかと思い、篠崎先輩に相談した次第だが……」
呪品、相手を呪いに掛けるための道具、島野は過去に小指箱と言う呪品を使い、人に呪いを掛けてきたが、このミサンガはこんな便利な道具には見えず、付ければ死でも齎しそうな、そんな憎悪すら感じられる。
「島野、これは誰から渡されたんだ?
「分からない……気付いたら机の上に置いてあったんだ」
そこで俺は島野から心覚えについて聞こうとするが、前回の小指箱の事件、呪いの正体に気付いた者は必ずとも島野のことを恨んでいることだろう。
それ以外にも、女性には僻みのターゲットにされたり、何人もの男を振ってきた彼女、理不尽なことも含め、彼女には恨まれる心覚えは沢山ある。
「別に誰が私のことを呪おうとしたのかは良いのだ、そうされても仕方のないことを私はやって来たのだからな……」
島野はハニカミながらも悲しく微笑む。
「……兎に角こればかしは俺にもどうしようもない、田原にこれを渡しに行こう」
バイト前だが、俺と島野は田原のアパートへとミサンガを見せるために島野と向かった。
田原の住むアパートに着き、チャイムを鳴らしあがらせて貰うと、田原は野菜炒めを炒めていた。
「あら、二人してどうした、バイトまでまだ時間があると言うのに」
「田原こそ、野菜炒めなんて酒のツマミを作るには早すぎないか?」
「これは直草のぶんさ、子供だから健康に良い物を食べさせないとね」
田原もすっかり父親みたいな顔してきたな……雰囲気で言うなら家政婦って感じだけど
「そんなことより田原、これを見て欲しいんだ」
そして俺は例のミサンガを田原へと見せると、田原は思った以上に顔を曇らせるもんだから俺も血の気を引いてしまう。
「とりあえず明君、これをテーブルの上に置いてくれないか?」
その後、俺と島野はテーブルの前へ座らされ、田原からミサンガの経緯などを聞かれ話すと、田原はこのミサンガの正体について語りだす。
「島野ちゃん、これは『かんひも』と言われる中部地方に伝わる村と村との争いのために使われた呪品を真似して作った呪品だね」
「やはりこれはかんひもだったんですか……?」
「ん、島野ちゃん、かんひもを知ってるのかい?」
島野が口を開く。
「昔、私の親父が他の族からかんひもの呪いを受けたと言うことを話しておりまして、その時に私見てしまったのだ、木と髪の毛で括られたワッカのような物を」
なるほどと言う顔をする田原、ヤクザの世界でも使われている代表的な呪いなのだろうか。
「かんひもとは、元々は自分の村で遭った災害を他の村に押し付けるために作られた呪品なのさ、そして何度も押し付け合いが続いている内に悪を溜め続けて、それは死を齎す品へと変貌するおぞましい物さ」
「死を及ぼすだと……?」
俺と島野は恐怖し、踵を使い尻を引き摺り、後ずさりする。
「そんなに恐がらなくて良いよ、このかんひもには見た目だけだが新しい、人一人殺すだけの呪いを抱え込んでいるとは考えられない」
「そ、そうなのか?」
「だとしてもだ……真似事であっても、このような呪品を作るのは許されないことだ、特にこれは小指箱とは違い、完璧に人を貶めるために作られた品物、絶対に許してはいけない」
田原はそのかんひもを白い紙へと包むと出掛ける支度を始めるのだった。
「田原、バイトが近いけど何処かへ行くのか?」
「その時間までには多分帰ってくるよ、それより島野ちゃん、身体の調子は大丈夫かい?」
島野は以前、小指箱を使い自らを呪ってしまい、はっきりと悪影響は出ていないが、あの日からずっと、直草と遊ぶついでに週に一度ほどだが田原に軽い呪解をして貰っているようだった。
呪いとは相手だけではなく、自分さえも呪ってしまう、島野は今も万が一の状況に怯えているのだろうか……
「今のところは異常もなくて大丈夫ですよ、おじさん」
「おじさんはヨシテくれよ……私はまだ未婚なんだから、それじゃ私は行くからね」
それから俺は田原が車で出掛けるのを見送り、島野と少しだけ公園で話をする。
「島野……やはり、お前は子供が産めなくなるかも知れないことに今は恐怖してるのか?」
「恐怖はしてる、だけど子供が産めなくなるより、他人を呪い自分自身を呪ってしまった私は呪いよりも恐ろしいことをしていた、直草後輩や吉井先輩のお陰でそれに気付くことが出来たよ」
その後、島野は「私は直草が帰ってくるのを待ってる」と言うので、俺は早いがバイト先に向かうことにした。
乙女の花園を邪魔するのもアレだからな。
バイト先には30分ほどだが早めに着き、俺が仮眠を取ってると田原がやってきた。
「あら、明君、起しちゃったかな」
「田原か、もう帰って来たのか、大丈夫だったか?」
「大丈夫もなにも、稲荷神社にかんひもを届けただけだからね、心配はないよ」
「稲荷神社って、新越谷の?」
「そうそう、あそこの神主さんとは知り合いでね」
「なるほど、それでお祓いして焼いてきたってことだな?」
「まあ、そうなるね、そんなことより明君、あと少しでバイトが始まる時間だけど大丈夫かい?」
俺は時間を見て、とっくにバイトの開始時間を過ぎていたことに気付きビックリした。
「そうとう疲れてるみたいだから、別に寝ていても構わないよ、客も何時も通り、全くいないからね」
「いやいや、そう言う訳にはいかないだろ、起してくれて構わなかったぞ」
起きあがり、俺はバイト衣装へ支度をする。
「なになに明君、最近寝れてないのかい?」
「寝れてない訳じゃないが……最近夢ばかり見て寝が浅いことは確かだな」
「夢か、吉井ちゃんみたいに彼氏が夢に出てくる的な?」
「……まあ、そうなんだけどね」
相沢が死んでから、もう直ぐで二カ月が経とうとしていた。
吉井の場合、相沢といる夢を見て、それは自らを呪うシガラミとなってしまっていたが、俺の場合も稀に見る夢であり、シガラミと言うほどではないが何日も続いて見ていると辛いモノはあるものだ……
「これは明君が、今でも友人のことを想ってやれていると言うことさ、別に深く深層心理を探ることはない、こんな自分を誇って良いと思うよ」
田原はそれを伝えると、先に店の中程へと品出しの続きを始めに行った。
俺もいい加減に仕事を始めないとなと、大きく深呼吸して残された仕事を片付けに掛った。
バイト終わり、俺はクタクタになりながらもシフトを交代して貰い、コンビニを出る。
田原はいつも通り、コンビニの中で今日のツマミになる物を選んでいるようだった。
「明、今日は随分疲れてるな、お疲れ様」
直草が田原の迎えでコンビニ前まで歩きで来ていた、服装は島野から譲って貰ったのであろう黒白色のゴシック服で、バイト終わりの疲れを更に疲れさせる物にしてくれる直草のファッションは、ちょっといい加減にこのへんの常識も身に付けて欲しいと願うものだった。
「直草、このファッションどうにかならないか……」
「別に可笑しくないよ、可愛いじゃん」
可愛いけどさ。
そうして直草は俺の胸の上に背を向けて頭から寄り掛かる。
「島野お姉ちゃんの件、聞いたよ」
「島野から話は聞いたか……」
「私が迷わしの神だった頃、呪いを使う人間は沢山見てきたよ、呪いを扱うには、その負担と自らの呪いで二重に呪いを掛けてしまう、そして最後は神頼み……人間って本当に愚かだと思う」
「直草……」
「それでも、私は神だったのに、このように願われてもどうすることも出来なかった、助けることが出来なかった、それはとても悲しいことだったわ」
「救うことの出来ない運命ほど辛いことはない」と直草は言い加え、明ならどうすると言う問いに対して、俺は「これでも願うことしか出来ないよな……」と、哀しい表情を浮かべる直草のことを撫でてやった。
「待たせたね、明君、でも今日はもう帰って良いよ、明日は吉井ちゃんと二人きりでデートの約束らしいじゃん?」
「……デートじゃない」
何故この情報を田原が知っているのだ。
「だって直草が他の用事で来れなくなれば、自然的に二人になるだろう?」
「私のせいにしないでよ、今週は部活でミーティングがあるのよ」
直草は学校でついに部活動に入ることができ、『アウトドア部』とか言う妙な部活動に入ってしまったのだ、俺が在学だった頃はこんな部活なかったぞ。
部活内容は山を登ったり、海に行ったりするための部らしく、越谷でこんな部を考えた輩は、何を思ってこのような部を創立したのだろうか。
「それで、どこに行くのか決まったのか?」
「夏が始まるから海に行くとか話してました」
「海かぁー俺ももう何年も行ってないな」
「海と言うのは楽しいのか? 私は一度も行ったことなかったから」
「楽しいぜ、でも危険でもあるから気を付けるようにな」
「危険なの? 危険なのに行くの?」
「海は危険が沢山だよ、波に浚われる可能性もあるし危険な生き物もいるから気を付けないとね」
「私、泳げないのよ、見るだけなら大丈夫かな」
直草は泳げないのか。
「海にはな、海難法師と言われる妖怪がいてな……」
「田原、直草を怖がらせようとするな」
「海にも妖怪がいるのか……」
すでに怖がってるじゃないか。
「海難法師は伊豆らへんの海に伝わる妖怪でな、眼を合わせるだけで相手を殺すんだよ」
「おい田原、だからやめろって」
「入らなくても……襲ってくるの?」
「そうだよぉ~民に騙されて殺された悪代官の妖怪が殺しに来るんだよ、ぐふぇあ!?」
俺は田原の腹を殴る。
「田原、直草にトラウマを植えつけるな……直草、これは都市伝説みたいな面白話だからな、気にするなよ」
「う、うん……でも伊豆とか言う海には少し行きたくないかな」
「まあ……伊豆までは少し遠いからな、大洗とか江ノ島くらいの海が良いんじゃないかな」
「そうなの? 場所は分からないけど聞いてみるね
」
田原と直草と別れ、俺は自転車を走らせる、その時に俺は我が校の制服の後輩とすれ違う。
この町で我が校の制服を着ている少女と出会うと、吉井の件と言い島野の件と言い、また何か事件な起きるんじゃないかって言う不安を覚える。
「篠崎先輩」
そしてしかも、知らない後輩に声を掛けられるものだから、俺は新味に恐怖を覚えた。
俺はまさかの状況に自転車を止めて彼女に振り向く。
肌は白くてYシャツには緑のリボン刺繍があるのは島野と同じ一年だとは分かるが、高校生としてはとても小さく、直草よりも身長も体格も小さい少女がそこにいた。
「篠崎先輩は不幸ですか?」
不幸? 彼女は何を言っているのだろうか。
俺は不幸なのか? 否
「不幸ではない」
「篠崎先輩は不幸じゃないんですか? 自らを呪い呪われ、友人が殺されて、妖怪に愛され、妖怪に憑かれ、後輩が呪いの虜になり、それでも不幸じゃないんですか?」
彼女の言葉に驚いた、この後輩は俺が部を辞めてからの数カ月を色々と知っている。
「お前は何者だ?」
真っ直ぐな俺の問いに対して彼女は口角を鋭く上にあげてにやける。
「誰だと思いますか?」
俺は記憶を辿るが思い出せない、いや、それ以前に出会っていないのだから知ってる訳がない。
「……後輩?」
「そうですね、後輩です」
「その後輩が何で俺の事情を色々知ってるんだ?」
「どうしてでしょうね?」
うーん、話にならないな……
「先輩にはもっと不幸になって貰わないと駄目みたいですね」
「不幸にだと?」
「そうです、不幸にです」
「どうして俺が不幸にならなくちゃいけないんだ?」
「心覚えがないんですか? 先輩はとても頭の中が幸せなんですね」
……話にならないな。
「まあ、身をブルブルしながら待っていてくださいね」
それを伝えると、少女は名も名乗らずに何処かへ去って行くのだった。
ついつい彼女のペースに飲まれてしまったが、彼女は恐らく呪いのことや超心理のことを知っているだろう、彼女の言葉から察するに呪品を所持している可能性も推測出来る。
……これは惨劇の始まりになるのは察しが付いていた、理由は分からないが吉井の件でも島野の件でもどうにかなったように、俺は武者震いをしながら、この恐怖と闘う覚悟をした。
この日も俺は夢を見た。
何時もと同じ夢だ、屋上で俺は相沢と二人でいる。
「また俺に会いに来てくれたのか?」
「俺は夢を見ているだけだ」
そう言うと相沢はハハハッと笑い、俺にジュースを投げる。
「まあ飲めよ」
「飲ませて貰うよ……」
実際は夢だから飲んでもアレなんだけど。
「明日、椎名とデートだろ?」
「……」
「まあこんな顔するなって、良いんだよ、バシッと行ってこい」
「相沢はこれで良いのかよ?」
「言いも何も、うーん」
「まあまあ、せっかくまたここに来てくれたんだから俺とキャッチボールでもしようぜ」
そしてまた舞台は校庭へと移動する、
「んで、実際の所、椎名のことはなんて思ってるんだよ?」
「何とも思ってないよ」
「もう二カ月になるんだから、こんなことはないだろ?」
「そんなこと言われてもな……なんて答えれば良い物か」
「ハハハッ、まあ頑張ってくれよ」
夢から目が覚める……最近、本当に相沢とキャッチボールする夢を見るな。
寝が浅くて辛いが彼との夢を見るのは別に嫌な気分ではないが……寝よう。
次の日、この日は久しぶりに吉井と二人きりで映画を観る約束をしていた。
その映画の前に俺たちはカフェに入って昨日出来事を話していた。
「島野ちゃん、可哀想……」
「一件終わって、また一件、うーん」
「それより昨日会った後輩ちゃん、心覚えは本当にないんだ?」
「覚えないな、タダ者じゃないのは分かる」
「そうなんですか? でもこれから篠崎さんを不幸に貶めようとするのは感心しませんね」
俺だって理由も分からずに不幸になって貰うなんて言われたら、心に来るもんがある。
しかもその少女は俺の事情を知っていて、正直参っちゃうものだ。
そんな話をしている時だった、俺の携帯電話が鳴り俺は宛先を見る。
「だれからです?」
「田原から電話だ」
一体どんな用事だろうか、バイトのシフトでも交代してくれと言う電話か、はたまた飲むから付き合えって言う連絡か、どちらでも別に構わないのだが。
俺は田原からの電話に出る。
「どうした田原」
「明君 直草が呪いに掛った」
俺と吉井は映画をキャンセルして直草の元へと向かった。
「田原、直草は様子は大丈夫か?」
「……死にはしないだろうけど、魘されてる」
アパートに入り寝室まで行くと、布団の中で泣きながら魘されている直草の姿があった。
「学校へ行くと自転車に乗って行ったまでは良かったんだけど、直ぐに帰ってきて、この有様なんだ、恐らく待ち伏せか何かに遭ったんだと思う」
「直草、大丈夫か……?」
「明……声が聞こえるの、あの時の声がずっと耳の中で繰り返してるの……辛いの」
直草は俺にそれを伝えると、また強く嗚咽をし、泣き叫ぶ。
「田原……直草をどうにかしてやることが出来ないのか?」
「明君、これは『シオリ』だね」
「シオリ……?」
「そう、枝を折ると書いて枝折り、木が揺れる音を聴くと心が楽な状態になったりしないかい? それと同じように木の枝を折ることによって人は脳に刺激が与えられるんだ」
「それがどうした……?」
「この呪いは身近で誰もが一度は味わったことがある呪いだろう、例えば子供が味わったとしても経験が少ない子なら何でもない呪いさ、普通の大人でも溜息一つで収まる呪いだが、もしこの枝折りが直草のような嫌な思い出を沢山持った子が味わった場合、どうなるか」
「辛い思い出を蘇らせる……」
まるで直草を苦しめるためだけに存在してる呪いじゃないか……
「直草、俺が付いてるから大丈夫だぞ?」
「明、ありがとう……うぅ……」
島野に引き続き、直草まで呪いのターゲットにされるとは、一体この町はどうなっているんだ。
……ん?
『先輩にはもっと不幸になって貰わないと駄目みたいですね』
昨日の見知らぬ後輩が話していたことを思い出す。
「田原、少し話がある」
俺は吉井に直草のことを頼み、田原と公園へと行く。
「話ってなんだい? もしかして、直草のことで心覚えがあるのかい?」
「実は昨日、見知らぬ下級生の後輩が俺を不幸にするって言って来たんだ」
「明君を不幸にするって?」
「もしかしなくても島野の件、直草の件、彼女の仕業であることは間違いないと思う」
「根拠はあるのかい?」
「根拠はないけど、彼女は何故か俺等の数カ月の経緯を知っていたんだ、吉井のことも直草のことも島野のことも、恐らく原田のことも知っているんだと思う」
「ひやぁー……これは怖いね」
田原は携帯を取り出し、何処かへ電話を始める。
「師匠に電話か?」
「明君の話が本当なら、これは間違いなく危険な匂いがするね、無差別殺人事件のような大掛かりな仕掛けで呪いでターゲットにされたんじゃ、私ではとてもじゃないが無理かも知れない、師匠の手を借りることになるかも知れない」
「俺はどうすれば良い?」
「明君は身の危険を感じたら深追いしないで私に連絡して欲しい、それに私の推測なのだが……この流れで行くと次に犠牲になるのは吉井ちゃんなのかも知れない」
「吉井が呪いのターゲットに?」
「そうだ、島野ちゃんにかんひもを渡して、直草には枝折りを使う、その後輩と言う奴は直接明君に手を下すのではなく、身の周りの人を呪いで貶めて楽しんでいるように見える卑劣な奴に見える」
そうか、あの後輩はそうやって俺を不幸にさせようとしているのか。
「相手の策になんか乗る必要はない、明君がこれで絶望したら、それこそ相手の思い通りだろう」
俺は溢れて来る怒りを押さえる、強く握った拳を緩めて深く深呼吸をし自分を落ち着かせる。
話を終わらせてアパートに帰ると、そこには島野が来ていた。
直草の調子もある程度は戻って鼻こそ啜っているが、もう心配はないようだ。
「直草後輩が甘えてくる」
「……」
「直草ちゃん、島野さんのことが本当に好きなんだね、私には懐かないのに」
なんか少し悔しそうな吉井。
直草は島野のことを黙ってギュッと抱きして言葉を発しない。
「もう大丈夫そうだな……心配したぞ、直草」
「うん」
お、喋った。
「もう大丈夫なのか」
「うん」
とりあえず頭を撫でてやる。
「今日は部活には参加せずに、ここで休めば良いと思うよ」
「うんうん、涙が乾いたら行ってくる」
行ってくるって、また外で何かあるかも知れないのにか?
「皆、私が来ないと心配するだろうし、部活動だから参加しないと」
これは無理にでも参加するって感じだな……
「直草のことは私が車で送って行くよ」
「私も今日は直草後輩に同行しようじゃないか」
田原……島野……
「それじゃあ、二人に任せるとしようかな」
「まあ、先輩たちはデートに慎むがよい」
……島野、こう言う台詞を言わないでくれよ。
笑顔で手を振ってグイグイと俺と吉井をアパートから追い出す島野。
「それじゃ元気でやってくれよ?」
「島野お姉ちゃん……」
直草が少し、心配そうな顔を見せていたが、うーん、傍にいてやりたいけど、田原も島野もいるんじゃ少し邪魔になってしまうか……
そして俺と吉井はアパートを追い出されてしまった。
そういえば追い出されて聞きそびれてしまったが不気味な後輩のことについて聞いておくべきだったな……メールであとで聞いてみようか。
「島野お姉ちゃんはそれで良かったの?」
「直草先輩は何を言っているのだ?」
「だって島野お姉ちゃん、泣いてるんだもん」
「私が泣いている……? あれ、どうしてだろう……」
「諦める必要なんてないよ、今からでも二人を追いかけて、デートの邪魔しちゃっても良いと思うよ」
「……」
「島野お姉ちゃん……」
「……私は良いんだ、こうやって先輩たちに迷惑を掛けるのは本当の私の主義じゃないし、呪いに頼ってしまった以上、もう引くしかないんだ」
「それは違う、今からだってやり直れる……」
「そうかな……」
「そうだよ」
夏休みを前に俺は眠れない日々が続いていた。
相沢の夢をよく見るようになったのもあるが、それ以前に俺は不気味な後輩についての足取りが掴めていないのだ。
島野に特徴を伝え覚えがないかを電話で後に尋ねたが、島野が言うには、そんな子は知らないらしく、そもそも直草よりも小さい女の子が、この学年にいないとのこと。
俺はますます恐怖に溺れていた。
そして事件は起こった。
俺は仕事前、バイト先で田原を待っていた、いつも彼がコンビニに来る時間は仕事開始より20分ほど前に店に入ってくるのだが、こんな彼がいつまで経っても来ない。
「田原さん、遅いっすねー」
田原が来ない間、前のシフトの方が来るまでと言うことで残ってくれているのだが、彼が遅れて来るのは本当に珍しい、て言うか今まで一度もないことだ。
「田原さん、仕事は良くサボるけど、こう言うのは初めてっすね」
「そうですね、田原に何度か電話してるんだけど、出ない」
そういえばあの不気味な後輩は俺の身内に嫌がらせをしてきた、それは田原も例外ではなかったってことだろうか……
「流石に俺も帰らないと不味いんで店長に連絡しますね」
「そうですね……店長に来てもらうことにしましょうか」
俺は仕方なく電話し、田原の代行に店長が来てくれることになった。
店長は俺が電話しても嫌な顔をせず来てくれた、タバコ事件の時にガヤガヤ言われたから、愚痴くらいは吐くかなと思ったが、むしろ田原のことを心配しているようで、俺も余計に心配する。
「暇だね、篠崎君」
「……はぁ、そうですね」
店長とは、そんな深く話をする仲ではないのでビックリしたが、まさか店長から暇だねって言葉が出てくるとは思わなかった。
「私が暇だね、なんて言う言葉を呟くなんて思っていなかっただろう?」
「そうですね、店長ってザ 熱血って感じじゃないですけど、暇なら動けって言う方だと思ってました」
「別にバイトなんだからサボったって遊んでたって良いんだよ、だって私がバイトの身分なら、こんな安月給でココまで働けなんてブラックとしか言いようがないと思ってるからね」
凄いことを言いだす人だな。
「はぁ……」
これは、どう言い返せば良いのだろうか。
「って言うのも、田原君からの受け売りなんだけどね、この言葉は40年近くコンビニ業界で飛び回っていて初めて言われたもんだから、ビビって来ちゃったね」
うわぁ……流石にこれはないな。
「田原君とは実は前職からの付き合いでね」
「そうなんですか?」
「実は私の娘がお世話になっていたんだよ」
田原は元々、メンタルカウンセラーとして働いていたと言う話は聞いたことがあるが、仕事内容までは話してくれなかったから、これは初耳だ。
「だから田原君が仕事を辞めた時、私が彼をバイトに誘ったんだ、最初は社員になって貰うつもりだったけど、彼の本業が大変になってからは、そんなこと言う余裕もなくなっちゃってね、昔に一度だけ、彼がこうやって仕事をサボったことがあったんだ、その時私も若かったから彼の事を本気で怒ってしまったのだけど、実は私の娘が凄い迷惑を掛けてしまっていたとは知らずに彼を怒ってしまってね、もう彼には頭が上がらないよ」
俺が知らない、田原と店長の記憶、昔に何があったのかは俺は分からないし知ることは恐らくないだろう、だけど
「昔から田原は変わらないんですね」
「彼は変わらない、だけどそれが私が不安なんだ」
「不安?」
「実はまだ彼は子供なんだよ、成人を迎えたからって必ずとも大人になれるとは限らないからね」
「うーん、確かにやってることは子供っぽいことも目立ちますけど」
「肝が据わっている癖に情に流されやすく、真面目な考察が出来るのに素直になれない、本当に田原は子供だと思う」
「それは違うと思います」
やべっ、ついつい口を出してしまった、店長は呆気取られた顔をするが、その後鼻笑いをして話を続ける。
「篠崎君は本当に田原君のことを慕っているんだね」
「慕っているわけじゃないですけど、田原には色々お世話になってるしね」
「そこもまだ田原の子供っぽい所だと思うんだよね、自分のことより他人の幸せ、自分の幸せは二の次、私は心配してるんだよ」
その後に店長は「それが彼の良いところでもあるんだけどね」と言い加え、今日は普通にバイトの効率の話などをしながらシフトを交代する時間になった。
この日から田原は姿を消した。
次の日の放課後、俺は大事な話があると吉井と島野を屋上へと呼んだ。
事前に田原が消えたことは伝えていたが、俺は三人で今後のことについて話したいことがあったのだ。
「大変なことになったな、篠崎先輩」
「あの強い田原さんが失踪だなんて……」
俺たちは放課後に学校の屋上で話し合うことになった。
「そのことについてなんだが……島野、頼みがあるんだ」
「私に頼みがあるのか? どんなことでも構わないぞ」
「田原が消えてから直草の様子が可笑しいんだ、すまないけどなるべく直草を一人にさせたくない、頼めるか?」
「このくらいお安い御用さ」
勿論、直草の傍に直草がいて欲しいと言うのは本音だが、この先、島野や直草にもう一度、呪いでの嫌がらせがないとは言えない、出来れば二人には一緒にいて欲しいのだ。
「それに吉井にも頼みがあるんだけど、良いか?」
「どんなお願いですか?」
「今のところ、呪いの一件に関わった人で被害に遭っていないのが吉井だけになってしまった、つまりは一番狙われる可能性が高いんだ」
「そうですね……」
「そこでなんだが、松本師匠のことは覚えているか?」
「レイクタウンで会った綺麗な方ですよね?」
「突然で悪いんだが、松本師匠にお前を守って貰うことが急に決まったんだ」
「その方が今回の件が収まるまで、吉井を護衛をしてくれると仰っているんだ」
「護衛ですか……」
吉井は少し不満そうな顔をするが、これはお前のためなんだ、頼むから受け止めて欲しい。
「構いませんです、でもなんか申し訳なくて……私も強くなりたい」
強くなりたい……?
「吉井、呪いは強くなったからって対処できる物ではないんだ…… 田原でさえも今回、どういう意図があるのか分からないが失踪した、それには間違いなく呪いが関わってきていると思う」
「勿論そうなんですが、田原さんや松本さんみたいに、呪いから対処する力が欲しいんです、私、霊能者になろうと思います」
吉井が霊能者に……
「霊能者って……なりたくてなれるものじゃない、ましては吉井が霊能者だなんて」
「分かりません、だけどもう……大切な人をを失いたくないんです」
「吉井先輩……」
それを言いきると吉井は「自分のことも考えてください」と涙ながらに言い残し、走って去ってしまった。
「篠崎先輩、私もこれは思うんだ、先輩は他人のことばかり気にして自分のことが見えていない」
俺が自分のことが見えていないだと……?
「私達の身の心配をしてくれるのはとても嬉しいです、だけど先輩はそればかり考えていて、自分が襲われるケースを考えてないんですよ」
「俺が襲われるケース……」
俺は頭の中が真っ白になった。
もし自分が犯人に襲われた場合、俺はどのように対処すれば良いのだろうか。
それだけじゃない、直草や島野が再び襲われた場合も自分がどうにかするつもりでいたが、俺は呪いに対する対処方法を備えているわけではないのだ。
田原から聞いた簡単な知識だけで対処できるようなケースではないことは確かなのに、俺はどうにかすると完璧に天狗になってしまっていた。
知らず間に俺は死を覚悟していたのだ。
これじゃ過去の吉井と同じ過ちをする所だった。
「相沢先輩が殺されて……篠崎先輩まで死んでしまったら、吉井先輩はきっと、はい」
「……」
田原もきっと、他人のことばかり考え自分のことを二の次にする。そんな弱みを握られて負けてしまった、それは間違いないだろう、彼があんな少女と対等に闘って負ける筈がないと俺は信じたかった。
田原が消えてから一週間が経ち、明日から夏休みがやってくる。
直草は田原が消えてから泣いてばかりになった。
島野は呪いを恨み自己嫌悪に溺れるようになった。
田原の入っていたシフトは俺が代わりに入ってカバーしたが、出来ない部分は店長が代わりに入ってくれてることになったが、これも何時まで続くか……
警察官の有川は失踪した彼を捜査していてくれて、時々コンビニにいる俺に状況を知らせてくれている。
田原を目的に来客してくれた方々も、彼にしばかれていた不良たちでさえも、俺に彼の不在を心配する声を掛けるものだから、如何に田原がこの町で愛されていたかを認識した。
その中で二人、弱らずに闘い続ける人がいた。
松本師匠は弟子が負けたことにご立腹で、この前に会った時のような優しい気迫ではなく、憤慨なオーラが身から染み出ていたのを感じた。
なにより驚いたのは吉井はまるで別人のように変化していた。
黒くて長かった髪は短くカットされ、制服も優等生のような着こなしからは少し離れてルーズになった気がする、眼が姿勢が風格が……以前の彼女ではなくなってしまった。
色々なモノに変化していく中、俺は何も変わっていない。
気付いた時には俺は直草や島野、吉井から距離を置くようになっていた。
一人の男の失踪が、この町を変えていく、皆を呪っていく、俺を苦しめていく。
これは紛れもなく、『不幸』であり『呪い』だった。
「最近、元気ないな」
「吉井がどんどん変わって行ってしまったんだ。」
「椎名が?」
「そう、田原が消えてから、彼の師匠に頼んで霊能者として勉強を始めたらしい」
「……ほう」
「それから、彼女は髪も切って、少し恐くなった」
「椎名が恐く? ハハハッ笑わすなって」
「いや、マジなんだよ」
「……それで、田原さんは見つかったのかよ?」
「まだなんだ、生きてるのかな」
「タフなオッサンなんだろ? 死んではいないと思うさ」
「それでも……俺はどうしたら良いのか分からなくて、皆が変わっていくのに俺だけが残されていく感じがして」
「そればかりは俺も分からない、だけど無差別殺人事件の時、篠崎は椎名を守ってくれた、それと同じように椎名もお前のことを守りたいと思ってるんだ、それだけは忘れないで欲しい」
この日が終われば夏休み、俺はもう自身を弱らせきり、休みが来ると言うのに生きた心地がせず、それはもう呪いから逃げ出せずにいるのに、諦めがついたような気持だった。
田原、助けてくれ、田原。
そんな時だった。
『着信 田原 晃平』
俺の携帯が鳴り響く・
ああ、田原無事だったか、そりゃそうだ、彼がこんな女の子に負けるはずがない。
きっと何か事情があって、一週間姿を隠していたに違いないのだ。
俺は焦って電話に出る。
「田原、一週間もいないから心配したぞ、何があったんだよ」
『フフフッ、私が田原だと思ったのかな? 違うよ、私だよ』
若い女性の声、殺伐とした語り方、これは間違いない、あの日出会った少女の声だ。
「何故お前が田原の携帯を持っているんだよ」
『それはね、あの男が私に負けたからだよ』
「嘘だ、田原がお前なんかに負けるはずがない」
『負けたんだよ、結局奴には守りの術しかなかったんだ、やっとで篠崎先輩も不幸だと感じてくれたみたいだね』
「……どうしたら田原を解放してくれる?」
『話が通じて助かるよ、それで条件なんだが一人で久伊豆神社まで来てくれないかな』
「一応聞くが久伊豆神社って越谷の河川脇の所のことで良いんだよな?」
久伊豆神社とは越谷の中部付近にある元荒川脇にある神社だが、越谷だけでも同じ神社が数ある。
『恐らくここだね、亀池や滝模型がある場所だよ』
「分かった、一人で行こう」
『私に嘘を付いたら一瞬で分かるからね、待ってるよ』
出来れば松本師匠に連絡を入れるなどの方法があったかも知れない、だが彼女は何者なのか理解せず、更に理由もなく俺の過去を知っている、連絡と言う手段を使うことは先ず出来なかった。
罠かも知れない、呪いは間違いなく関わっている、対抗手段は俺にはない。
言われるがまま俺は久伊豆神社へと足を運ぶのだった、頼れる人がいないとしても、俺に田原を助ける僅かに希望があるなら向かわない訳にはいかない、鳥居を潜り本殿へと向かう。
それはラスボスと闘う気分でもあったが、展開は一方的だろう。
「来たね、篠崎先輩」
「来たぞ、田原は大丈夫なのか?」
「彼なら生きてるよ」
そう言って田原は少なくなった髪の毛を鷲掴みされ、地べたへと寝かされる、手首はしばかれて血痕がおでこや首元や足に見られ、無抵抗なまま何度も殴られた跡が見られた。
「明君、来てくれたんだね、ぐはっ」
不気味な少女は田原の腹に蹴りを入れる。
「明君、彼女は呪いを使う、来てくれただけでも私は嬉しい、もう逃げてくれ」
「少し黙ってろ」
少女は小さく華奢な足で田原の腹部をもう一度蹴り、黙らせようとするが、彼は諦めなかった。
「彼女は無差別殺人事件で捕まった、あの犯人の娘」
「黙れ」
「夫のDVが理由で離婚、妻に引き取られるが、殺人事件の影響で学校では孤立」
「だから黙れっ」
「二学期から君たちの学校に転校、彼女の名前は天野 」
「情で喋れるようにしといてやったのに、堂々と情報を流すなっ」
「……」
「やっとで黙ったか……」
彼女が田原の口の自由を許した理由はそんなことではないだろう。
直草の件と島野の件を味わっていれば理由が分かる、楽しんでやがるのだ。
田原がこう傲慢で、屈しない精神を持っているまで、彼女は想定できなかっただろう。
何の問題なく学校に侵入できた理由は、転校生で制服を所持していたから、島野も知らないはずである。
そして天野と言われた少女は、あの無差別殺人事件の犯人の娘らしい……そういえば、笑う時のあの口角をあげる仕草は、あの殺人鬼のモノと似ていて、彼女が俺を恨む理由は親の敵討と言えば話が通じる……通じるか?
親とは言え暴力が理由で離れ離れになった親の敵打ちなんて、想像出来ないぞ。
「天野、お前の目的はなんだ?」
「ここにいる田原と篠崎先輩と吉井先輩を不幸にさせることだ」
「そんなことしてどうなる? 学校で孤立したからの腹癒せか?」
「そんなことは理由でも何でもない、私は親父がお前らのせいで逮捕されたことを怒っているんだ」
ないんだ、絶対にあり得ないんだ。
「親父はお前やお前の母親に暴力を振るった恨むべき者だろ?」
「お前にそれが分かって溜まるか、もう良い、お前も田原と同じようにしてやる」
そうして彼女が取り出したのはミイラのような人形だった、今まで見てきた呪品とは一回りも二回りも違う風味を出していて、死の匂いって言うものすら感じ取られた。
「明君、これは阿修羅モドキと言う今までの呪いとは違う類いの呪品だ」
阿修羅を語るこの人形には確かに手がいくつかあり、顔も四つもある、今までの呪いと違う類いと言うのはどういうことだろうか。
「阿修羅は天災を齎すのさ」
彼女は、阿修羅を天へと翳すと、突然地震が起き始める、今まで味わったことのない地震に俺は地べたに手を付け、身を構える。
「なんだ、これは」
俺は今までに体験したことのない状況に呆気取られる、こんなのどうやって対処すれば良いんだよ。
「阿修羅モドキは使用者の感情に左右される呪品だ、相手が動揺すれば逃げるくらいのチャンスは作れる」
相手が同様するような言葉を吐かせれば良いのか、俺にこんなことが出来るのか……
「またペラペラと喋りやがって……テイッ」
天野は田原の首を絞めに掛った。
「減られ口が叩けないように首を絞めてやる……」
「……くっ」
くそっ、俺はどうすれば良いんだ。
「あ…天野ちゃんっておっぱい小さいんだね……背中に胸が当たってるよ?」
「なな……ななな、ななななな」
天野は田原のセクハラ的発言に動揺を始めた、そんな時でもかとツッコミを入れたくなったが、今ならきっと逃げることが出来るかも知れない。
……いや、駄目だ、田原を置いて逃げる訳にはいかない。
「おおおりゃああああああ」
俺は自分を奮い立たせて天野の手から阿修羅を落とすために突進をした。
「明君!? 駄目だ、逃げろ」
彼女のことを抱えるように封じたつもりでいたが、俺は腹部らへんが熱く燃えているような感覚がしていることを覚え意識を停止させた。
「先輩は考えが甘いですね、駄目ですね」
俺の脇腹からは血が垂れている、ナイフが刺さっていて俺の意識は遠くなっていく。
この躊躇のない殺人行為、彼女が殺人鬼の娘であることを全く忘れていた……
俺は最低限、彼女に怪我がないように意識してしまっていた、田原がここまで痛めつけられているのに相手を同情してしまったことを、今さらになって後悔した。
地べたへ転がる俺へ容赦ない蹴りが行われる。
「甘い……甘すぎるんだよ、人を何だと思ってる、私を何だと思ってるんだ、私は殺人鬼の娘だ、こう言う同情が私は嫌いなんだ、こういう情けが私を苦しめてるんだと、何故お前らは気付かないんだ」
「止めなさい」
―――
聞き覚えのある声、だけどトーンが違う、感じの悪い声が俺に救いを掛ける。
痛みで力が入らない身体をどうにかひっくり返し、俺は声の先を見た。
そこには吉井が一人で立っていた。
「吉井先輩……何故ここが分かった?」
「私には分かるわ、篠崎君が助けを呼べば何処だって私には分かるんです」
その言葉だけで察しが付いたのか天野は深く溜息を吐き、吉井を睨む。
「そう言えば、あの事件の時も吉井先輩は呪いを感じ取っていましたよね、これは参りましたよ」
「天野さんのことはとっくに調べが付いています、警察も呼びました、これから霊能者のスペシャリストももう一人ここに来ることでしょう、あなたに勝ち目はありませんです」
吉井も天野のことを睨みつける、以前の彼女ならこのようなことは絶対に出来ないだろう。
別人になってしまった彼女からは狂人にも屈しないオーラを漂らせ始める。
「だからどうしたと言うのだ……」
天野は阿修羅モドキを天高く振り上げる。
強い地震が起き、地面が揺れ始める、立っているのも無理な状況なのに吉井は動揺もせずに天野に向かって歩いていく。
「……!?」
流石の状況に先ほどとは比べ物にならない動揺を見せる天野は、後退りして彼女にナイフを突き刺しに掛る。
吉井は天野の腕を押さえつけた。
「うぅ……うううう、離せ離せ離せ!!」
天野は腕を振り回し、無理矢理吉井から手を離させた、その際に吉井の顔にナイフで擦り傷が出来たが、吉井はピクリともしなかった。
「直草ちゃんが……あなたに何をしました?」
「妖怪は篠崎先輩と関わった」
「島野さんは……あなたに何をした?」
「後輩は篠崎先輩に虜になった」
「……私達があなたに何をした?」
「……煩い煩い、殺してやる、呪え呪え呪え、もう良い、やっちまえ、やっちまえええええ」
天野はもう一度、阿修羅モドキを強く握る。
そうすると天候は変わって行った。
気付いたら雨が降り始めて、大雨が降ってきた。
雨は俺の傷口に染みる。
「呪いよ、奴らを苦しめろおおおおおお、フフフッ……フフフフフフフフフフフ」
勝ち誇ったように高笑いする天野、それなのに依然として吉井は彼女を睨む。
本殿に一筋の雷が落ちる、これさえも彼女が呼びだしたと言うのか……こんなの一撃でも喰らえば即死じゃないか。
「越谷の都市伝説で、こういうものがある……」
こう言う場面でも、傷だらけな状況なのに関わらず田原は口を開き語りだす。
「雨が降り続いて止まらない日が何年も続いたことがあったようだ、その時にとある民は一匹の狐を見つけたと」
雷が何発も何発も落ち続け、俺は何時、地獄に落とされるかを覚悟する。
「埼玉の災害が起きた時、その狐が現れ……災害を殺して去って行ったのだ」
そして俺は真隣に雷が落ちて来て呆気以前に恐怖を覚える。
「天は、あなたを許しません、さばきを受けなさい」
雷は天野の手ごと、もぎ取り阿修羅モドキはこの世界から消し去っていた。
「……ひぃ、ひひひひひ」
この雷が振り終わると、雨は徐々に収まり空は晴れていた。
全てが終わった。
俺と田原は緊急外来に送られ、俺は包帯とギブスだけで済んだが、田原は衰弱していて、今日は入院することになった。
俺と田原は二人、誰もいない緊急入院室で、回想に浸っていた。
「一週間もお前は何をしてたんだよ……」
俺は隣にいる田原に声を掛ける。
「天野を調べ上げて尾行してたのさ、そしたら私は変な奴らに捕まって監禁された、もう駄目だと本気で思ったよ」
うわぁ……つまりは彼女以外にも天野に手を貸す者がいたと言うことだろうか。
「今回の件、彼女は普通では手に入らない呪品を使用していた、彼女が使っていた、あの『阿修羅モドキ』とは、直草が生きていた時代、江戸時代の処刑制度で殺した人間の身体の一部を縫い合わせて作られた呪品、平安時代に暴君を振るっていた悪魔『リョウメンスクナ』を模して作られた恐ろしい物だよ」
「リョウメンスクナ……? これは俺も知ってるぞ、ニュースにもなったくらい有名なミイラ……呪品で、さまざまな天災がこのリョウメンスクナが影響しているとか」
「そうだ、そしてリョウメンスクナを模した人形は色んな地方でも作られてきた、韓国や中国が発祥とも言われてるが、定かではない」
そんな危ない呪品を一人の女の子が所持している訳がないだろう、殺人鬼だった親父の所持物だった可能性も考えられるが、ならその殺人鬼は何故呪品を使用しなかったのだろうか。
「彼女は何で暴力を振るった親父の復讐なんてしようと思ったのだろう」
「明君、それは違うよ、暴力を振るっていても犯罪者だとしても、どんなに醜い親だとしても親は親なんだ」
「……こんなこと俺には分からないよ」
「明君にも解る時が来るさ、親が歳を取り何も出来なくなっても、明君はきっと親を今までと同じように見ているだろう? それと同じなのさ」
「そうなのか? うーん」
「……そう言えば今回の件で皆には迷惑掛けてしまったみたいだね」
「島野と直草には辛い思いをさせ、吉井は変わってしまった」
「二人には謝らないといけないな……でも吉井ちゃんは変わってなんかいないと思うよ、ただ、こんな短時間で無意識の部分をコントロール出来るようになったのは凄いと思うよ」
無意識の部分を?
「前回の殺人事件と言い、彼女は無意識に超心理を使っていた、それをコントロールする力を教わったんだろう、師匠と彼女の力は似ているからね」
「コントロール出来るようになったと言うことは……彼女はもう、この町の呪いになる可能性はなくなったと考えても良いのか?」
「分からないが可能性は減っただろう、コントロール出来ているようで実は乗っ取られているとも考えるが、彼女は直草や島野、そして明君を助けるために戦った、強い意思を持っているなら、この町を守る一人の『霊能者』になっていると考えても良いかも知れない」
「吉井が霊能者に……?」
「そうだ、今までの彼女からは想像出来ないだろう」
「出来るものか、彼女は大切な人を失って、弱り切っているのに」
「彼女にとって、これ以上、大切な人を失いたくないと言う気持ちが吉井ちゃんをここまで強くさせた」
「それがあの雷を打たせたと言うのか……?」
「それは分からない、吉井ちゃんの言葉に動揺した天野が呪い返しに遭った線も考えられるが、超心理を発見したユングは師であるフロイトに超心理の実態を否定され、実際に怒って雷を落としたと言う話がある、それを考えれば……吉井ちゃんが雷を落としたって言うのも超心理『サイコパス』が起こす呪いなのかも知れない」
「そんな簡単に奇跡が起こって良いのか……」
「奇跡……かは分からないけど、明君は久伊豆の祭神が何なのか知ってるかい?」
「いいや」
「久伊豆の命は稲葉の兎と言われている、それを天から狙っているのが雷獣と言われる狐の妖怪なのだが、その妖怪は兎を狙って越谷に住みついている、だが雷獣は呪いも好物としている不思議な妖怪で、吉井の超心理と阿修羅モドキの呪いと言う偶然が雷獣を呼び寄せたのかも知れない」
「偶然の積み重ねってことか……」
……
「俺は今後、どうやって吉井と付き合っていけば良いのだろうか」
「明君らしくもないね、今まで通りに過ごしていけば良いんだよ、どんなに身を強く見せたって、どんなに弱くなったって、変わらない所もあることを忘れないで欲しい」
「彼女にはもう、俺が必要ないんじゃないかな」
「そんなことないさ、吉井ちゃんは明君のことが好きなのに、どうして明君はそこまで吉井ちゃんに意地悪をするのかい?」
俺だって、俺だって呪いさえなければ吉井と付き合っている未来があったかも知れない。
だけど駄目なんだ……俺は怯えている。
彼女がこうなってしまって、俺は今までと同じように彼女と付き合っていけるかが不安なんだ。
「晃平……どこに行っていたんだよ」
「篠崎先輩、おじさん、大丈夫ですか!?」
そこに慌ただしくやってきたのは直草と島野だった。
直草は田原に抱きつき、そのまま大声で泣き始める、島野も涙腺から涙を流していた。
「今回の件、先輩達には辛い事件になりましたね」
「死ぬかと思ったよ……」
「あの不自然な地震、親父から聞いたのですが呪いが原因だったみたいで、こんな呪いにどうやって勝ったんですか?」
「俺と田原は完敗だったよ、吉井が倒してくれたんだ」
「吉井先輩が……確かおじさんの師匠から勉強させて貰っているとは聞いていましたが……だからさっきまでここにきていたんですね」
吉井がここに来ていただと……?
「あれ……まさか顔を合わせていない感じでしたか……?」
「明君、もしかしたらだけど、あの弱音を吉井ちゃんに聞かれちゃったんじゃないかな?」
もし、そうだとしたら……それは都合が良かったのかも知れない。
「良いんだ田原、俺と吉井は離れ離れになる運命だったんだ、相沢が殺されて、弱ってる彼女を守る使命はもう終わったんだよ、いつか彼女と俺は別々な運命を生きて行かなくちゃいけない、それが今だったんだよ」
「駄目だ、篠崎先輩!!」
突然威喝にも聞こえる咆哮をしたのは島野だった。
「篠崎先輩は吉井先輩のことが好きなのは分かっている」
「……」
「吉井先輩がこの一週間、篠崎先輩から距離を置いて自分の甘さと向き合っていたのを、私は知っている、二人は互いに好意持っているのに、呪いだの役目だの、そんな理由で終わりにしてしまうのは間違っていると私は思うんだ」
島野はまだ涙を流していた。
そんな島野に直草が顔を隠すように抱きつく。
「明、島野お姉ちゃんの決意を無駄にはしないで」
……何のことだろうか。
「早く行って彼女を追いかけて」
なんだか良く分からないが……俺は島野の言葉に同感した訳ではない、直草がここまで怒っている理由も俺には分からなかったが、言われるがまま、俺は病室を出て、吉井を探しに行くのだった。
「これで良かったの? 島野お姉ちゃん……」
「これで良かったのだ、出会いは一期一会、会者定離なのであれば、きっと私にも新しい恋が待っているのだから、次の出会いに私は期待するとしよう……」
「やっと見つけた……」
俺が吉井を見つけたのは緊急外来口から病院を出て直ぐの所だった、帰ろうとしていたのだろうか彼女はバス停の前にいた。
「篠崎さん……」
彼女は少し驚いている表情を俺に見せたが、直ぐにきりっとした俺の知らない目付きに変わる。
「どうしたんです? こんな怪我してるのに走ったら傷口が開きますよ?」
「どうしたじゃないだろ、ここまで来たのに俺に会わずに帰るつもりだったのかよ」
「そうです、帰るつもりでした」
「……」
ああ、これはかなりカンカンな感じだろうか。
「もしかしたら、俺と田原の会話を聞いていたのか?」
「……だとしたらどうだと言うのですか?」
「俺は確かに今後、吉井とどうやって絡んでいけば良いのか迷っている」
「はい」
「殺人鬼の事件後に最初は田原に頼まれて、様子見を兼ねて映画に誘ったことも謝る」
「はい」
「だけど、お前といて俺は楽しかったし……楽しかった、次の約束をされた時は断るか迷ったけど俺は返事を返してしまった、吉井のことをもっと知りたいと思ったから」
「……はい」
「俺は吉井といれてとても楽しかったし、これからも一緒にいたいと思ってる、吉井はどう思っているのか教えて欲しい」
吉井の顔は依然として恐いままだった、だけど何かを我慢しているような感じは染みだしていて……俺はそんな彼女の顔を見ていられなかった。
「俺は吉井のことが好きだ」
だから彼女の本当の気持ちを知るために、俺は本当の気持ちを伝える。
そうすると、吉井の顔は紐が切れたかのように涙が流れ始め、彼女の顔も俺が知っている吉井の顔へと戻って行く。
嗚咽を唱えながら、彼女は俺に返事をした。
「私も……私も、篠崎君のことが好き……」
こんな結末で良かったのだろうか、俺と吉井はこんな関係で良いのだろうか、俺たち二人は付き合うことになった。
「相沢、俺、吉井に告白したよ」
「……やっとで告白できたのかよ」
「なんか悪いな」
「そんなこと思ってない、俺はずっとお前と椎名がお似合いだと思っていたんだよ、天から見ててな」
「見ていてくれたのか?」
「ハハハッ、本当はずっと見てたのさ、これから椎名のことを頼むぞ」
それを伝えると相沢は鞄を持ち、どこかへ行こうとする。
「相沢、行くのか?」
「ああ、もう俺の役目は終わったからな、お前と椎名の夢の中で生き続けていたけど……これももう終わりにしたいと思う」
「そうか……バイバイ、相棒よ」
「そうだな、じゃあな、相棒」
夏休み初日、地獄のような日々が終わり、これから楽しい夏休みが始まる。
と言っても、所詮俺たちは受験生……大学に行きたいなら勉強、社会人になるなら就職活動を始める時期で、悩ましい日々になることは間違いないのだが……
「ええと、付き合い始めたなら、椎名って呼ぶべきなのかな?」
「明さん、ってなんか言いにくいです」
そんなことも忘れて、俺と吉井はこれから映画を観るためにレイクタウンのカフェで話をしていた。
「これからも松本師匠の元で修業をしていく予定なのか?」
「私、今の能力を使いこなさないと、この町にとって恐ろしい呪いになってしまうらしいから……松本師匠から使い方を学ぶ必要があるみたいです」
「そうなのか……辛いな」
「辛くなんてないです、私はこの力で明さんや田原さんを助けることが出来ました、もっと頑張って、この町を平和な町にしてみせます」
偉い闘争心だな、吉井は両手でガッツポーズしてみせた。
「椎名……さん、凄く変わったな、お前」
「明さんは……今の私が嫌いですか?」
いやいや嫌いじゃないけど、
「嫌いじゃないけど、守り涯はなくなった気がする」
守らなくても自分で守れるだけの力を彼女はもう持っているからな。
「大丈夫ですよ、私が明さんを守って見せますから」
本当に吉井は変わってしまったんだなと、無垢な笑顔を見て、守られる男は恥ずかしいなと、俺は少し心を落ち込ませるのであった。
映画を観終わったあと、俺と吉井は田原のお見舞いへと足を運ぶのであった。
そこには松本師匠もおり、俺と吉井はそっと帰ろうとしたが、捕まってしまう。
「椎名ちゃん、晃平が凄く心配してたわよ、色々あったみたいね?」
「松本さん……こんな拷問みたいな聞き方しないでくださいよ」
恥ずかしがる仕草も今までの吉井のモジモジとした恥ずかしがり方ではなく、堂々と、そして顔を赤らめながら怒る彼女の顔も、凄く新鮮で可愛い物があった。
「師匠こそ、田原さんとは順調なんですか?」
「もう、椎名ちゃんったら意地悪なんだからー、私と晃平はずっとずっとずぅーと、ラブラブなんですよ?」
「師匠……勘弁してくださいよ」
田原に抱きつく松本師匠、田原は面倒臭そうな顔をしている、としてもなんなんだ、この女子の、べた付き合うような言い合いと言う奴は……
それより田原はもうすっかり元気そうで安心した、これならバイト復帰もすぐだろう。
「それじゃ椎名、邪魔になると悪いから行こうか」
「そうですね、じゃあね、田原さん、松本さん」
「明君、来てくれて有難うね、吉井ちゃんも」
「お二人とも、晃平を心配してくれて有難うね」
そうして俺と椎名はここを去った。
「篠崎ちゃんと椎名ちゃんを見てると、昔の私達を見ているようね」
「きっと二人には、これからも色々な呪いが待っていると思う、出来れば明君には平凡に生きて貰いたかったんだけどな」
「吉井ちゃんが霊能者として覚醒してしまった以上、恋人である篠崎ちゃんも、これから色々な呪いに出会うことでしょう」
「私は師匠と出会って呪いに巻き込まれたけど、彼らには私達がいる、私達が二人をしっかり守ってあげれば、彼らは私達みたいの覚えをさせないで済むかも知れない」
「俺さ、夢の中で相沢と会ってたんだよ」
「そうなの……? 実は私、二人がどこかで話してる夢なら何度も見たの」
「……」
俺の夢に出てきた相沢は、やはり俺等の夢を通して何かを伝えていたのだろうか。
「ゆきとは明さんに何を伝えていたの?」
「分からないけど……ずっと椎名のことを気にしていたぞ」
「そうなの?」
そういえば相沢は俺にずっと椎名を頼むって言っていたっけな……もしかしたら、彼は俺に椎名と付き合って貰いたかったのだろうか。
「それで、相沢はもう行くって言ってたよ」
「……もう彼のことは忘れないといけないのかしら」
俺もそれを気にしていたからこそ、椎名と距離を置いていた所があった、椎名が彼氏を作ると言うことは相沢を忘れることにも繋がると思ったからこそ……俺は椎名に一線置いて過ごしてきた所があったのかも知れない。
でも、今はハッキリと言える。
「そんなことはない、俺の中でずっと相沢は生きている、それと同じように椎名の中にも相沢が生きていても良いんだ」
「私……彼の死を受け止めて生きることを、この世の終わりのように絶望してた」
「絶望して良いんだ、真実を受け止めれば絶望はある……だけど、そこで立ち止まらずに二人でずっと生きて行こう、時間が解決するなんてことは悪いことじゃない、だけど相沢の忘れ形見な俺達なら、敢えてそれをずっと受け止めていくことも出来る……ってね、なんか臭いこと言っちゃってゴメンナ」
俺は椎名に笑った、そして俺の可笑しな言葉に椎名も思わず笑った。
「明さん、面白いこと言わないでください、笑っちゃったじゃないですか」
そう笑いながら、椎名は涙を流していた。
「私ね、ゆきとを忘れるのがずっと恐かった、呪いだとしても彼と一緒にいられることがとても嬉しかった、だから夢の中で彼がさよならって言って来た時、どうすれば良いのか凄く不安だったけど、私、ゆきとのことを忘れなくて良いんだね?」
「……忘れなくて良いんだ」
「忘れる努力をしなくても良いんですか?」
「そんなことしなくて良い」
「彼のことを、これからも口にして良いんですか?」
「しても良い」
「良いんですね? 本当に良いんですね?」
そして椎名はもう一度、笑った。
そこには昔の椎名がいた。
田原の言葉を思い出す、どんなに強くなったって弱くなったって、変わらない部分があるんだと言うこと。
やっとで、その言葉の意味を認識出来て、俺は少し安心した。
「そういえば、この前のライブのチケット、癖で二枚買っちゃったんだけど……」
「ライブのチケット?」
「そう、前に予約しててデートに遅れて到着したじゃないですか、その時の『ガールズ ライフ ロック』のライブチケットです、良かったら一緒に行きませんか? ゆきとのことを思って言いだせなかったのですけど……私、明さんと一緒に行きたいです」
「俺とで良いのか? 全然行くよ」
「はい、お願いしますです」
そして俺たちは今日も別々の道を行き、帰ることにした。
「じゃあ椎名……明日バイトだけど、その前に少し遊ぶかい?」
「宿題片付けます? どんなことでも良いですよ?」
「……」
「……」
うーん、まだ遊び足りないって言うか……
「まだなんかしてたいですね」
「そうだな……花火でもするか?」
「花火ですか? そういえば花火なんてもう、何年もやってませんです、直草ちゃんや島野ちゃんも呼べばきっと楽しいですよ」
「直草は花火喜ぶだろうし、島野も野球部のマネージャー辞めてから暇そうだから呼んであげれば喜ぶよ」
「じゃあ四人で花火しましょうか?」
田原のアパート前にある公園で俺たちは集まることにした。
「さっそくラブラブだな、篠崎先輩、吉井先輩」
「そうおちょくるなって、島野」
「明、花火って言うのは聞いたことがあるが……観たことがない、どういうものなのだ?」
「直草、花火って言うのは火を見て楽しむ夏の風物だよ」
「火を見て楽しむのか? 変わった風物だな」
「まあ、見てろって」
俺は蝋燭を使い線香花火に火を付ける、そうするとパチパチと音を鳴らして線香花火は輝きだす。
「うわぁ……綺麗だね」
それを直草へと渡す。
「ほぉー……あっ」
線香花火は直草が火の球を楽しんで揺らすものだから、直ぐに落ちてしまった。
「直草、落とさないように慎重に火の輝きを見つめるんだよ」
「最初に説明してよ、落ちちゃったじゃない」
「またやれば良いよ、直草」
むぅ~っとホッペを膨らませる直草を、島野はあやして今度は二人で線香花火を楽しみ始める。
「私達も始めましょうか、明さん」
「そうだな」
そして俺達も線香花火に火を付けて楽しみ始める。
「綺麗ですね」
「綺麗だな……」
線香花火を見つめていると、俺は数カ月間の色んなことを思い出す。
相沢が殺されて、椎名と出会って、殺人鬼と出くわせて……
神と出会って、少女の涙を見て、奇跡と出くわして……
昔を思い出して、呪いの恐さを知って、人間の欲の恐ろしさを知って……
そして今回の、復讐に遭い、大切な者を傷つけられ、人の強さを知った。
楽しむためにやった線香花火であったが、花火は俺のことを思った以上にしんみりとした気分にさせ、俺は深く溜息を吐く。
「どうしましたです? 明さん?」
「この数カ月の色々なことを思い出していた、本当に色んなことがあったなーって」
それぞれ、胸に思っていることがあるだろう、この数カ月、直草は眼を瞑り、島野はしんみりした顔を見せる、吉井は唇を噛んで哀愁に浸る。
「明、今迷ってますね?」
直草は俺にそう質問をした、それは直草が俺に初めて会った時に言った台詞だ。
「迷ってるのかな……分からない」
「迷って良いんです、生きると言うことは迷うことなんです、私もやっとこれが分かった気がします、数学みたいに必ずしも正解が用意されてないのですから、吉井先輩も島野お姉ちゃんも、シガラミとか理屈に拘らずに迷えば良いんですよ、ってね、中学生に言われても実感ないと思いますけど、寝て起きて迷う人生は楽しくて素晴らしいのです」
寝て起きて迷う人生か、それをきっと生きるというのだろうな……
考えさせられる言葉に、俺たちはまた深く黙り込んでしまった。
「田原、もう大丈夫なのか?」
「心配してくれるなら残りの仕事、全部頼むよ?」
「……俺だってまだ脇腹がまだ痛むんだよ」
田原が早くもバイト復活した、店長は怪我をした田原にどうして危険なことをしたんだとカンカンに怒っているのを隣で聞いていて、自分も少し怒られた気分になった。
「それより明君、天野ちゃんの件だけど、彼女は殺人未遂で牢には入っていたけど、もう釈放されたよ、少年なんちゃら法でね」
「そうか……でも、もう俺達には関係ない話だ」
「もう何にもなければ良いのだけれど……私と師匠、だけじゃなく埼玉で仕事をする霊能者達は彼女の裏にいた人物を探しているんだよ、無差別殺人事件の件と言い、今回の阿修羅モドキの件と言い、裏でカルト集団が間違いなく関わっているね」
埼玉全体を巻き込んだ戦い、今後も俺たちはこの呪い劇に巻き込まれることがあるのだろうか……考えるだけ無駄なのだが、その時俺たちはどうすれば良いのだろうか。
「話は変わるんだけど……もし天野ちゃんのことを見つけたら、明君、出来れば彼女のことは気を遣ってやって欲しいんだ」
「……えっ」
いやいや、俺や田原、そして椎名のことをも危険に曝した奴だぞ。
「彼女、今回の事件で片親だった母親とも縁を切られて孤立、学校側も退学処分を言い渡されそうになっていたが……それは有川や私がどうにか食い止めに行った、私は呪いのせいで誰かの人生を狂わせてはイケないと思っている、言ってしまえば彼女も吉井ちゃんや島野ちゃんと同じ『呪い』と言う欲に負けてしまった一人の人間だと言うことを忘れないで欲しいんだよ」
「だとしてもだ、俺はどうやって彼女に気を遣えば良いんだよ……」
「話をしてあげるだけでも良い、挨拶するだけでも良い、学校で虐められていたら助けてあげるとか、そんな些細なことで良い、これは吉井ちゃんの件の時と同じ、私からのお願いだ」
「……分かったよ、今は夏休みだからアレだけど、もしそう言うことになってたら彼女を助けると約束しよう」
「頼むよ、明君」
言ってしまえばこんなことは絶対に有り得ないことだろう、だけど俺は呪いの恐ろしさや怖さを知っている……そのせいなのであれば、俺は天野のことを見捨てるわけにはいかない。
「田原、今さら何だが、椎名が霊能者として覚醒して、俺も今後、呪いや超心理『サイコパス』と出くわす機会が増えると思うんだ……俺も田原のようにお祓いや呪解の知識を身に付けたいと思っている……田原はどうやってこれの勉強をしたんだ?」
「明君、確かに私は呪いと出会って、色々な霊能者や古伝などからあらゆる方法を盗んできた、マジナイや知識の分野なら全国の霊能者にも劣らない強さを持っているかも知れないが、だけど一番大切なのは、呪いに負けないだけの狂人の心と真実に向き合おうとする意思なのさ」
「そうか……それは難しそうだな」
「難しくなんかないさ、明君は既にこれを持っているよ、今回の事件だって私を助けるために逃げずに久伊豆まで来てくれたじゃない? そう言う真っ直ぐな心が重要なのさ」
呪いエスプレッソ @nekoyabusa
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