第3話 願いの呪い ヤクザの指

 例の一件から数週間が過ぎて、六月も終わろうとしていた。

 いつもバイト中、品出しもせずにサボっている田原だが、今日もサボっている。

 だが今日の田原は元気よくサボっていない、何かもう疲れて死にそうって感じでサボっているもんだから何時もみたいに叱ることが出来ずにいた。

「田原、何かあったのか?」

「ああ、明君、実は昨日、師匠からの頼まれ事で、埼玉東地区の学校を調査をしているんだよね」

 埼玉東地区の学校の調査か、これは大がかりな話だな。

「レイクタウンの一見から次の段階へと移行して、色々分かったことが在ったんだけどね、事件って奴は今のが解決するまで待ってくれる筈もなくて、私は違う事件の担当へと回されたって所だね」

 田原も大変だな―

「て言うか、今さらだけど、田原って思ったより霊能者としての仕事をしてると思うのだけど、今さら過ぎて言うのもアレだけどさ、やっぱバイトしながらじゃないと食っていけない訳なのか」

「霊能者として師匠の下で働かせて貰ってはいるけどさ、この業界で金を請求することは基本的にタブーなんだよね、世間では儲けのためにインチキで霊能者をやっている輩もいるけどさ」

「そんなもんなんだ」

「そんなもんだよ、バイト代よりも稼げてないもの……トホホ」

 これは結構辛いな。

「まあ……別にもう仕事少ないし、サボるならサボるで良いけど、バイト中に死ぬのだけは勘弁してくれよな」

「すまないね、明君、この仮はいつか返すよ」

 と言っても、本当に品出しも佳境を迎えており、俺は最後に残っていたタバコの品出しを始めた。

 そして田原はレジ前でくたばった。

「せめて客が来た時くらいはちゃんと対応してくれよ」

「……ああ」

 本当に大丈夫だろうか……

 そんなダラダラ作業するような、誰もいない店内に一人の客人が現れた。

「「いらっしゃいませー」」

 俺と田原は感情の籠っていない挨拶をすると、そこにいたのは俺と同じ学校の制服の女子。

「あれ、篠崎先輩じゃなですか!?」

 俺の名前を先輩で呼んでくれる女子生徒には余り心覚えがなかったが、彼女の方をふと見ると、そこには見覚えがある短髪で元気な女の子がいた。

「あれ、島野? こんな所まで来るなんて、部活はもう終わったのか?」

 彼女の名前は島野 光、野球部のマネージャーをやっている後輩である。

「あら、明君の後輩かい? じゃあ俺はそのまま寝かせて貰うよ」

 田原はそのまま、タバコの棚に寄り掛かり、寝始めた。

「……この人が、今の篠崎先輩の上司かい? 凄い人だね」

「そうだろ? あいつこれでも霊能者なんだぜ?」

「霊能者? ハハハッ、これは凄い人だね」

 まあ、大体の人はいきなり霊能者だと言われても信じはしないし、笑われてもしょうがないことだ。

「まあ、実は安部先輩の家がこのへんでな、遊びに来ないかと誘われたもんだから、ちょっと、ここら辺まで来ていたんだ」

 安部か……彼の名前を聞くのも久しぶりである、安部は三年の野球部の先輩であり、部長である。

「へぇー、島野も女の子なんだな、野球部では男に向かってノックをするくらいパワフルの子だから、男には興味がないと思ってたよ」

「そんなことはないさ、私だって女の子みたいに可愛い一面もあるのだぞ?」

 そこから俺は島野が、直ぐに買い物をして帰って行くもんだと考えていたから、背も向けず会話を続けていたが、居座るものだからどのように対応するか戸惑ってしまった。

 少しの無言が生じた、彼女とはマネージャーとして数カ月間はお世話にはなった訳だが、良く話をしていた訳でもなく、マネージャーとしての対応は何度か受けたが、男だらけの部活にいる唯一の女の子なだけあって、、肉食な部員は何度かアタックしてる所を見かけたもんだから、俺は心の中で青春してるねと思うことはあったけれど、島野との絡みは全くもっての回無であり、俺は彼女にどんな話を振れば良いのか全くもって分からなかった。

「あ、あのう、篠崎先輩?」

 案の定、島野から話を振られたために俺は安心したが、そんな彼女は俺に声を掛けて次の言葉を口にするのを曇らせた。

 これは俺から無理でも話を振らないと駄目だろうか……

「安部キャプテンとは、今元気にしてるのか?」

「え? あ、はい、夏に向けて凄く張り切っていますね!」

 俺は聞きたくもない、辞めた部の調子を聞いて間を持たせることにした。

「そうなんだ、もう夏も近いし、島野も大変になるな」

「そうなんですよね、合宿ももうすぐ始ると考えると、もう本当に大変ですよ」

 ……この子は何時帰るのだろうか、知らなかったけど結構お喋り好きな子だったんだな。

 また無言が続く。

「あ、あのう……」

 ここは「じゃあバイト頑張ってください」とか適当なこと言って帰るタイミングだろ! と、心の中で叫んでしまったが、彼女はやはり居すわった。

 これはきっと何か伝えたいことがあるのに言いだせないでいる、って感じだなと、ようやく俺も気付き、だから俺は彼女に訪ねることにした。

「どうした?」

「あの、篠崎先輩、今日何時にバイト終わりますか?」

 ああ、そんなことか、俺がバイト終わる時間を聞いてどうするのだろう。

「十時には終わるから、もうすぐだけど、それがどうしたんだい?」

「実は篠崎先輩と話したいことがあるんですよ」

 俺と話したいことがある?

 なんの事だろうと俺は一瞬思ったが、野球部での相談事かなんかだろう。

「まあ、別に構わないけどさ」

「これは良かった、です、じゃあバイトが終わるまで、外で待っていますね」

 彼女は元気よく、一度自動ドアの前で足を止めたが、外へと出て行った。

「随分元気な子だね……」

 田原は死んだまま俺に声を掛ける。

「女の子なのにノックをしてくれたり凄い子だとは思っていたけど、ここまで元気な子だとは思っていなかったよ」

「もしかしてだけど、彼女はあの有名な島野 光、ではないのか?」

 フルネームで知られているとか、どんだけだよ、と思ったが無理もない。

「そうだな、島野 光だな」

「島野組、越谷に住んでる人なら知らない人はいないんじゃないかな、有名な暴力団組織のボスの一人娘じゃないですか」

 そうして田原はヤクザ基、島野組について語り出す。

「明君はヤクザは子分や舎弟の証に、あることを手下にさせるのを知っているかい?」

「バッチとか刺青とか色々聞くけど、有名なのは小指詰めですかね」

「良く知ってるね、まあ……今でもやっているのか分からないけど、小指を切らせる理由には、極道の道から逃げれないようにする、って言うのは有名な話だけど、本当はもっと的確な理由がある、それと言うのが子分から集めた小指を箱に詰めて重ね、呪いを利用し呪品を作るんだよ」

「呪品……?」

「そうさ、ヤクザはこの呪品を遣って敵対する物に服従の呪いを掛けていたのさ、ヤクザとは人を脅したり武力を振るう役柄、もっとも呪いを上手く使っていた役柄とも私は思うよ」

「なるほど、呪いを利用する役柄と言うわけか……」

「そんなことより明君、私は是非とも光ちゃんの噂話を聞いてみたいと思っているのだけど、明君が敬遠の表情を見せるくらいだもんね、彼女にはヤクザの娘らしい、なにか面白い噂話はあるんじゃないのかな?」

 流石田原、鋭い。

「そんなつもりはなかったけれど……」

 俺は外で無垢にも待ってくれている彼女のことを見て、喋るべきかを少し迷ったが語ることにした。

「俺が知っている噂話って奴が、これは中学の時の話なんだけど彼女、今でもそうだが結構モテるんだよな、だから一部の女子生徒からは反感を買って妬みのネタにされていたんだ、そんなある日のこと、理由は知らないが、ある女子生徒が島野のことを殴ったそうだ、まあ、その日は穏便に話は終わったみたいだが、そこにいた生徒が言うには明らかに島野が悪いみたいな話になっていたらしく、彼女自身、不快であったこと気儘になかっただろう」

「酷い話だね、ヤクザの娘にここまで出来る女子生徒って言うのも凄い話だけど」

「話は急展開するけど、その翌日、その虐めをした女子生徒たちが、揃いも揃って不登校になったんだよ」

「ハハッ、ざまあ見ろとしか言いようがないけど、実に怖い話だ」

「どうして不登校になったのかは分からないけど、ヤクザの娘だけあって、その先の噂話は沢山存在するんだよね、族の者を使ったとか、銃を使ったとか」

 田原はふーんと、ヤクザ怖えと呟いていた。

「でも、明君って言う男は本当にほっとけないね、吉井ちゃんを虜にして、直草を手駒にする、そしてヤクザの娘も自分の物にしようだなんて……」

 俺は咳き込んだ。

「いやいや、吉井とはせめてもの付き合いだし、直草は中学生、今回の島野に関しては、きっと野球部絡みの相談事だと俺は思うんだよ、てか田原、さっきまで死にそうな顔してたくせに元気じゃねぇか」

 説明した後に俺は話を変えようと振舞ったが、田原は「ふーん」と、疑うような素振りを見せ、タバコ棚から寄り掛かった状態から便所座りまで姿勢を低くして、また死にそうな顔に変っていき眠った。

「田原、流石にここまですると、また前回みたいに怒られるぞ?」


 バイトが終わると、俺は直ぐ支度をし、コンビニを出た。

「う、明、仕事お疲れ」

 コンビニ前には直草待っていた。

「し、し、し、篠崎先輩、中学生に手を…手を出してるんですか?」

「……島野、コイツは田原の親戚の直草だ、ほら、さっきレジで死んでいた人の」

 前にバイト先の人に直草について、この子は? と聞かれた時に田原の兄妹だと説明したら凄い顔をされたので、それ以来、親戚と言う説明をすることにした。

「なるほど……ならタダの腐れ縁と言うことだな?」

「???」

「いやいや、気にしないでくれ、こちらの話だ、直草後輩と呼ばせて貰うぞ?」

 としても、本当に良く喋る子だな。

「明、この人は学校の友達さんですか?」

「まあ、昔やっていた部活の後輩なんだ」

「部活の後輩さんですか、じゃあ私の先輩ですね」

 直草は人間に戻ってからは俺の懐の中へ入り、背を向けてブランコに乗るかのように両手を押さえて来るのだ、実に可愛い行動でバイトで疲れている俺は良く直草の頭に顎を乗せて楽な体制を取る。

 直草の人肌の冷たさを感じながら、今日もバイトが終わったと一息を吐く。

「……篠崎先輩から犯罪臭がする」

「酷い奴だな、疲れてるんだ、それより待たせて悪かったな、話ってなんだ?」

「そうだった、篠崎先輩、私ずっと気になってたんですけど、どうして部活辞めちゃったんですか? 急にいなくなって、それから相沢先輩もいなくなって……一年のマネージャー如きが気にすることじゃないのかも知れませんけど、私、心配してたんですよ?」

 ああ……そんなことか。

「まあ、レギュラー落ちしたから、なんて言うと恰好悪いけど、辞めた時は後悔もあったけど、今じゃバイトも始めて楽しくやってるよ」

「バイト……楽しいですか? あのう、先輩、私が監督を説得して篠崎先輩をレギュラーにして貰いますから、もう一度野球部に戻ってきませんか?」

 監督を説得して俺をレギュラーに? いやいや、この子は何を考えているのだろうか。

 確かに小学生の時からそれなりに続けてきて、高校に入ってからもベンチ入りを目指して頑張ってきた野球、出来るもんならやってみたいけど

「ええと、島野が何考えてるか分からないけど、説得してなるようなもんじゃないし、皆、汗水垂らして頑張ってるのに、コネとかお願いして勝ち取ったって、それは違うと思うんだ、それに今はバイトして趣味も増えたし、もう野球は辞めたんだ」

「そんなこと言わないでください、私、小学生の時に篠崎先輩がいたリトルシニアと当たった事があったんですよね、最初は華奢な方だなと思っていたんですけど、少年野球なのに容赦ない流し打ちの粘りは脅威を逸する物がありました」

 そういえば余り覚えていないのだが、リトルシニアで女の子がキャッチャーをしているチームと当たったことを思い出した、恐らくそれが彼女だったのだろうけど、俺はこんなこともあったなと、思い出しては回想に浸っていた。

「絶対に損はさせませんから、戻ってきてください、篠崎先輩」

 おれは一瞬は迷った、ここまで言われたら戻っても良いんじゃないかと、そしてもし、本当にレギュラーになれるのならと妄想し、ベンチに立つ自分を想像する。

「明」

 直草に袖をグイグイ引っ張られ俺は我に返る。

 俺はなんて酷い妄想をしていたのだろう、深く一息吐くと、余りに可笑しかった妄想に微笑して島野に回答を返す。

「悪いな島野、俺は今の生活が大切なんだ、島野がこうして俺のことをこんな風に覚えてくれていたことは嬉しいけど、戻れないよ」


 その節を伝えると、彼女は不満を抱えた顔をしていたが「今日のところは帰ります」と、そう俺に伝えて帰ってくれた。

「明、帰っちゃったけど良かったの?」

「ん、良かったさ、部活よりバイトで金稼ぎだよ」

「レギュラーって言うのが良く分からないけど、明はそれに憧れてたんじゃないの?」

「そりゃ憧れていたさ、だけどマネージャーがこんな大切な権利を決めれる訳もないし、俺はこうして田原や直草といる方が楽しいよ」

「そう? 私も中学校に行くより明と会話している方が良い……」

 なんだ、この不安にさせるような台詞は。

「それより明、晃平がコンビニから出てこないが、奴はどうなっておるのだ?」

「恐らくコンビニの中で死んでるんじゃないかな……仕事中もぐったりとしていたからな」

 全くもって仕方のない奴である。

 その後、俺は交代したシフトの方から「邪魔だから持ってってくれ」と、田原を渡されて、田原を駐車場にある彼の車の中へぶち込むと、「ああ、悪いね」と、一言だけ発し、そのまま爆睡をしやがったのだった。

「明、今日うちに田原も晃平もいないんだけど、泊まりに来ない?」

「直草、一応お前の苗字は田原ってことになってるから、田原は家にはいることになるぞ」

「そうでした」

「……まあ、アパートまでは送って行くよ」

 田原の住むアパートはよく行くあの公園からそんな離れてない所にある、バイト先からもそんな遠くなく、俺は良くお邪魔させて貰ってはいたが、如何せん夜は近所から煩いとクレームを貰った覚えがあるため、公園でお話することが多くなった。

「明は学校、楽しい?」

「楽しいかと言われれば、今は色々なことがあった後で辛いって言うのが答えだけど、それなりに楽しくやってるよ」

「そうなの? 私も勉強は今まで知りたかったことを知れて楽しいけれど、今までこんな多くの同年代近くの子に囲まれて生活したことなかったから、どうすれば良いのか分からないことが沢山ある」

 元々神として、この町を徘徊していた直草、きっと俺や田原には分かってやれない辛さや悩みもあるのだろう。

「晃平は行きたくなければ学校なんてサボって良いって言うけど……」

「本当に辛かったら休んでも良いと思うけど、学校をずっと行かないでいると、田原みたいに酷い大人になっちゃうよ」

「これだけは嫌だ……」

 我ながら酷い説明だったと思う。

「まあ直草、頑張れ」

「うん……」

 無責任だが、俺は直草にこう言ってやることしか出来なかった。

 直草にはこれから人間としての人生が待っている、俺は直草のことを最大限にサポートしてあげたいと思っているが、彼女自身が乗り越えないといけない物事もあるだろう。

 俺はそっと直草の頭を撫でてやった。


 翌日、今日もバイトがある日なので俺は急いで学校を後にしようとしたが、俺は馴染みのある奴に声を掛けられる、彼は同じクラスメイトで同じ野球部だった二年の岡田だ。

「篠崎、ちょっと良いか?」

 俺は昨日の島野の件もあったので、正直に嫌な予感しかしなかったが、とりあえず話を聞く事にした。

 教室で話すのも何だしと言うことで屋上まで行き、俺は風に浸りながら岡田と話を始めた。

「退部依頼だな、どうしたんだ岡田?」

「いやな、実はさ、野球部の話での話なんだけど」

 やはりこの話か。

「昨日島野後輩が俺のいるバイト先まで着て部に戻って欲しいと言っていたんだけど……そのことか?」

「島野がお前のバイト先に? いや……俺は相沢の一件とかもあるし……お前に無理に戻って来て貰おうとは思っていないよ……」

 岡田はちょっと気まずそうな顔と少し考え事もしていたようだが苦笑いしながら語ってたもんだから、俺は少し恥ずかしくなった。

「……そ、そうか? 買被りした台詞、すまない」

「構わないよ、これで本題に入らせてもらうけど……実は野球部の間で呪いが流行ってしまっているんだ」

「呪い?」

 岡田が何故呪いの存在を知っているかは置いといて、野球部で呪いが流行っていると言うのはどういうことなんだ?

「そうなんだ、もう夏の大会が始まると言うのに先輩や出場する連中が部に参加しなくなっちまって、このままだと野球部は崩壊だよ」

「こんなことを俺に相談するのか?」

「風の噂だけど、お前が霊能者と知り合いで、例の殺人事件もお前の知り合いが解決したと言う噂話が浮上してるんだが……どうか、その霊能者に解決して貰うことが出来ないか?」

 こんな噂話が浮上しているのか……

「お前はたぶん、野球部を恨んでいるだろうから、どうしても教えて欲しいとは言えない……それを括っての頼みだ、どうか霊能者と会わせてくれるだけでも良い、どうにかならないか?」

 確かに野球が潰れたとなれば、きっと俺はざまあみろとあざ笑うに違いない、そりゃ自分が挫折人間だから、と言うと弱い人間だが、俺は弱い人間なのだ、本当なら断りたかった。

 それでもこれは俺の善に反する……なんて考えてしまう自分はそれよりも実に弱い人間であり、俺は彼の頼みを断ることが出来なかったのだ。

「頼むだけ頼んでみるよ、どうなるか分からないけど」

「本当か? 期待してる」

 その後、岡田は部員が少ないぶん、やることが多いとのことで急いで部活へ向かって行った、俺もこんなことがあった後で気が進まないがバイトへと向かったのだった。


「田原、お願いがあるんだけど」

 バイト中、俺は品出しが終わった暇な時間を利用し、田原に岡田から頼まれた例の話について伝えた。

「明君、君と言う人はお人よしだね、自分が辞めた部活が危機だからって助ける義理はないんだよ? しかもそんな相談を明君にするなんて、その岡田と人間は随分意地悪な人間なんだね」

 うーん、全くもって田原の言うとおりである。

「確かに俺もこれはお人よしだと十分理解してるよ、だけど部活で良くしてもらった奴の頼み事だし、一応田原には伝えておこうと思ってさ」

「明君、これはいずれ話そうと思っていたことなんだけどね、呪いと言うのは実に危ないものなんだ、これは理解しているよね?」

「無差別事件の件も直草の件も、勿論自分が呪われたことがあるくらいだし、理解はしているつもりだ」

「それなら分かって貰いたいのだけど、呪解を専門とする霊能者はそれを行うに伴い、自分の中でルールを設けるんだ、なんでか分かるか?」

「危ないから?」

「その通りだね、正確には一線置くことによって自らが呪いに掛ったり呪い返しに合うのを避けるためさ」

「なるほど」

「例えば私の場合は呪解をするに当たっては身内までと決めている、悪いけど岡田君の頼みは受けられないな」

「そうか……ならそう岡田に伝えておくよ」

「もし岡田と言う奴が、それでも教えて欲しいと言うのならゴロツキの霊能者なら紹介できないこともない、彼は呪解なら数十万でやってくれるだろう」

「数十万?」

 いやいや、学生がこんな大金を払えるはずがないだろう。

「実際リスクを考えれば当然の金額であることは間違いない、霊能者としてのタブーに触れていることは置いといて、腕は信用できる奴だよ」

 だとしても、こんな人を紹介するのは意地悪としか言いようがないような気もするがな。

 どう説明するべきか悩んでいるところ、コンビニへと客が来たので俺と田原は客へと目線を映す。

「「いらっしゃいませー」」

 そこにいたのは、昨日も来た島野であった。

「篠崎先輩、今日も来ちゃいました」

「島野か、また安部と遊んでいたのか?」

「いいや、安部先輩なら体調が悪くて今日は部には参加していないよ、だから今日はただ篠崎先輩に会うためだけに来たんだ」

 この話を聞くと確かに野球部に呪いが充満していると言う岡田の話は本当らしい。

「そういえば篠崎先輩、部に帰ってきてくれと言う話だが、考え直してくれました?」

「島野がなんて言おうが、俺はもう部活には戻らないつもりなんだけどな……」

「そうですか……でも、きっと近いうちに篠崎先輩は野球部に帰って来てくれると思います」

「?」

 この意味有り気な台詞、島野は俺が部に入りざるを得なくなる必勝法でも知っていると言うのだろうか。

「では今日はこれで失礼するよ」

 コンビニに来たと言うのに、何も買わず島野は俺に言うことだけ言って笑顔を振りまいて竜巻のように去って行った。

「ヤクザの一人娘だから、どんな恐ろしい子なのかなって思ってたけど、凄く元気な子だね」

「昨日も言ったけど、こんな元気な子だとは思ってなかったよ」

「そうなのかい? 変わり者ではあると思うけど、健気で悩みのない良い笑顔だね、でもこの子、ここまで何しに来たんだろう」

「さあ……」

 本当に何だったんだろう。

「うーん、これはきっと明君に恋してるね」

 こ、恋してる?

「それは……ないんじゃないかな、島野は安部と付き合ってるし、普通にモテる子なのに俺に恋するなんて、馬鹿としか言いようがないよ」

「きっと馬鹿なんだよ」

「直答だな……」

「でも、好きな人に会いたいと思う気持ちは普通だと思うし、恋には理由が必要だと思うけど好きになることに理由なんてないと私は思うよ」

「……田原が恋話なんて、珍しいな」

「私だって昔はモテたんだよ? 師匠との出会いも最初は恋物語だったんだよ?」

「えええぇ……想像出来ない」

「酷いな明君は、私だってムキムキなムチムチだったんだよ」

「これは嘘だろ?」

「これは嘘だ」


 今日は、田原の本当か嘘か疑うような恋話を聞かされながらバイトが終わった。

「篠崎君、遅いです」

 バイトが終わり、もう十時なのだが、今日は来週観に行く予定の映画を決めようと、吉井がコンビニ前まで来てくれる約束であった。

 いつもなら俺の独断で決めてしまうのだが、次に観に行く映画は二人で決めようって吉井からの相談により、バイト終わりに話そうと言うことになる。

 別に映画館で決めれば良いじゃないか、とも言ったのだが彼女は「久しぶりに田原さんとも会いたいし」とのことで、急に来ることになった。

「こんな時に持ってて良かった、アイパット」

 俺は家から持ってきたアイパットをネットに繋いで自分等が行くシネマのサイトへとページを繋いで、上映予定の映画一覧を見る。

「んー吉井はホラーとか大丈夫? 呪いの館の最新作が今週からやっているんだよね」

「私は別に大丈夫ですよ、これより……さっきから凄い視線を物陰から感じるのですが……」

「凄い視線?」

 俺は辺りを見渡した、コンビニの裏の方から小さな女の子が俺等の事を覗き込んでいる。

「直草……こっちおいで」

 凄い警戒心を放しながら、直草は俺の方へと近づいてきた、そしてちらちらと吉井のことを見る。

「あ、明、この方がこんな所に来るなんて私は聞いてないよ」

 そういえば直草が神だった時、吉井の心を読んでしまい、凄い恐怖に怯えていたっけ。

 俺は直草を捕まえて、いつもと同じように両腕を掴ませて楽な体制を取った。

「直草、こんな怯えるなって、彼女は吉井って言うんだ」

「……こくり」

 直草はゆっくりと頭を下げて、吉井に対してお辞儀をする。

「この子が前に言っていた直草ちゃん?」

「そう、田原の親戚の子で可愛いだろ?」

「宜しくね、直草ちゃん」

「……」

 いつもお喋りな直草だが、吉井の前に何を怖がっているのか分からないが、固まってしまった、それほどに以前、彼女から恐怖を植えつけられたとでも言うのだろうか。

「……直草、緊張しすぎだぞ?」

「この際だから言わせて貰うが、実は私、コミュニケーション能力が乏しいのかも知れなくて、明と晃平の前では何ともないのだが……学校でも誰かと話そうとすると固まってしまうのだ」

 そう言えば、昨日直草は同年代の子とのコミュニケーションが難しいって言ってたな、以前のことで吉井のことを怖がっているのかなと思ったが別にそう言う訳ではなさそうだった。

「直草ちゃんって引っ越してきたって聞いてたけど、どのへんから来たのかな?」

「……青柳らへんに住んでました」

 一言、一言、言うたびに俺に助けを求めないでくれよ。

「そうだ、直草ちゃんも今週の映画、一緒に観に行かない?」

「えっ、明と吉井はデートをしに行くんじゃないの?」

 デート、か。

「で、で、デートなんかじゃないですよ、ただ友人としての付き合いです」

 これはこれで傷付くな……

 そういえば直草のファッションはと言うと、真っ白なワンピース姿であり、凄く似合っている……だけどこれはイケない大人(田原)の趣味が丸出しな感じもして、ゲームかアニメにでも出てきそうな人形感が凄い、悪いけど吉井らへんに似合う服を選んで貰う必要があると思った訳で

「直草、服も選んでやるから、一緒に来ような?」

「服を買ってくれるの? なら、行きたいけど……」

 なにを気を遣っているのだろうか、直草は吉井の顔色を疑っているようにも見えた訳だが……俺は直草の頭を撫でてやった。

「直草、お前は子供なんだから気を遣う必要なんてないんだよ」

 例え、人の二生ぶん生きているとしても、今の直草は中学生の子供であって、俺が田原に頼ることがあるように、直草もまた俺たちに頼ってしまって良いのだ。

 直草もまだこのへんがまだ融通が効いていない感じで、ちょっと前の自分を見ているようで、ちょっとだけ歯痒かった。

「良いの……?」

「ああ、良いんだよ、」

 直草は俺の顔色を疑うものだから、崩れるくらい可笑しい顔をしてやった。

「……明、気持ち悪いです」

「お前が人の顔色疑うから変な顔してやったんだろ」

「それでも気持ち悪い」

「クスクス……二人とも兄妹みたいに仲良いですね」

 そんなやり取りをしてるもんだから、吉井にクスクスと笑われてしまったじゃないか。

「兄妹? 兄妹に見えますか?」

 直草はちょっと嬉しそうに答える。

「本当に兄弟みたいです、顔とか声のトーンとかも何処となく似てますし」

 そこまで意識したことはなかったけど、直草とは会ったときから、ずっと息があってたりするんだよな、実は遠い親戚だったりするのだろうか。

「そんなことより、直草、明日迎えに行くから、どれを見に行くか一緒に決めようか」

「直草ちゃんも一緒に決めよう?」

 そうして三人でアイパットを捲りながら明日、何が見たいか話し合うことにした。

「あらら、直草、やっとで女の子の友達が出来たかい?」

 コンビニから出てきた田原はビールを片手に、既にグイッと飲んでいる感じで、少し顔が赤く染まっていた。

「田原さん、こんばんは」

 吉井が礼儀良く頭を下げると、田原は機嫌よく手を振った、これは結構酔ってやがるな。

「田原……なかなかこっちに来ないと思ったらコンビニの中で飲んでいたのか」

「だって飲みたかったんだもん」

 凄い子供染みた理由だな。

「それより、実は今さっき、別件の仕事なんだが動きがあったみたいで、明日は尾行の仕事が入っちゃってね」

「霊能者って言うのは尾行もやらなきゃならないのか……田原も大変だな」

「私みたいに売れない霊能者は何でも屋みたいなもんだからね、明日で全てが終われば良いのけど」

 それを伝えると、田原は今日は疲れたから帰って寝ると、直草になるべく早く帰るように念を押し、帰って行った。


 明日観る映画は結局最初に言ったホラー物を観ることに決まり、直草を家へと送ると、俺は吉井を駅まで送って行った。

「ごめんなさいです、ここまで送らせちゃって」

「別にいつものことだろ? それより直草のことを誘ってくれて、ありがとうな」

「皆で行った方が楽しいじゃない、だけど、もしかしてだけどあの子って……呪い絡みで田原さんが引き取った子……だったり?」

 俺はギクリとしたが、この事は話してしまって良いのだろうか……

 どう言い訳をしようか。

「うーん、確かに呪い絡みであることは確かだけど、他言無用で誰にも話せないんだ」

 吉井に関して、こんなことはないだろうけど、直草が元々神だったなんて噂話が広まったら、きっと直草にとって生きにくい世界になるだろう、だからこれは誰にも言っちゃいけない話だと俺は深く思っている。

「そうなの? 人には色々な過去があると思いますから模索するようなことはしないですよ、だけどこんな小さな子さえも呪いに巻き込まれて辛い目に遭うなんて、直草ちゃんを呪った人を絶対に許しちゃいけないですね」

 吉井は、怒るようにその事に対して語る、そう言えば吉井の呪いはまだ解けていないのだろうか、きっとまだ辛い思いをしているに違いないのだが……

「そういえば、吉井は島野のことを知っているんだっけ?」

 当直に思い出し吉井に訪ねた、吉井と島野は元々同じ青柳の学校だったと思った。

「島野さんですね、知っていますよ、中学では陸上部で大活躍でしたよ、ソフトボール部にも勧誘されていたらしいですけど、リトルシニアとか言う野球団体に入ってたために断っていたとか、スポーツ万能、容姿端麗、歌も上手いことから、言葉の意味は難しいですけど迦陵頻伽なんてことも言われてましたよ」

 凄い言われようだな……彼女ってこんな凄い子だったのか。

「確か、彼女って私たちと同じ高校でしたよね?」

「そうなんだ、野球部のマネージャーをやってる子で、実は野球部に戻ってこないかと勧誘されちまっててな」

「そうなんですか……」

「いや、戻る気はないよ」

「そうなんですか……? でも、幸人のことを思って野球部に戻れないでいるとかなら、きっと幸人も悲しむと思います」

「そう言うことじゃないんだ、俺は今、田原や直草、それに吉井ともこうして出会えたことに感謝してるから、だから今のままでいたい、そう思っている」

「篠崎さん……」

 俺はそう語ってから、今さらになって恥ずかしくなり顔を赤くする、我ながらこんな告白はちょっと、ないだろうよ……

「それじゃ私、帰りますね? 明日楽しみにしてます!」

「ん、ああ、じゃあ明日会おうな」

 吉井も俺のこんな台詞に恥ずかしくなったのか、逃げるように約束をすると、改札を通り、帰っていってしまった。

 なにやってんだよ、俺……


 約束の日の早朝、俺は直草を自転車の後ろに乗せて歩いていた、純白なワンピースを着た少女を自転車の後ろに乗せて移動するのは少し周りの目線が怖いが、少し遠いが数キロメートルくらいなら直草を自転車の荷台に乗せて歩くのも容易いもんだ。

「別に電車で良かったのに」

「何言ってるんだ、お前が通う中学校から一キロも離れてない場所にあるのに、電車で行こうだなんて我儘だぞ」

 直草は何かと便利なものに頼りたがる、一番ビックリしたのは田原の車に勝手に乗ってしまったことだろうか。

 あの時は田原と二人でブルーな顔をして直草にブレーキの位置を支持して、何故かアクセルを思いっ切り踏んでいたっけな。

「だって私、自転車持ってないんだもん」

「自転車か、直草は自転車が欲しいのか?」

「本当は、あのバイクってのが欲しいんだけど、これはちょっと怖いから、やっぱ自転車が良い」

「あのバイクって言うのも、車と同様に免許が必要だから、まだ駄目だよ」

「そうなの? 現代には便利な移動道具が沢山あるのに、どれも免許が必要だったりお金が掛ったりなんだな、やっぱ自転車が一番」

「そんなに自転車が気にったか? こんなに気にったなら、この自転車をやろうか?」

 もう乗れないと思ったわけではないが、新しい自転車を買おうかなと思っていた頃だしな。

「良いのか? 私も自転車に乗ってみたい」

「そろそろ新しい自転車を買う予定だったし、構わないし、まだこの自転車も現役よ」

「なら新しい自転車を買った暁には、この自転車を受け取ろう」

 問題は直草が自転車に乗れるかなんだけど、努力すれば必ず乗れるようになるだろう。

 そして昔、俺が通っていた学校、今直草が通っている南中学校を横通る。

 土曜日だと言うのに運動部の人たちはランニングやサッカー、それぞれのスポーツに青春を注いでいるのだった。

「そういえば、直草はまだ部活に入ってないんだっけ?」

「私、部活には入りたくない」

「あら、どうして?」

「明みたいな気持にはなりたくないの」

 うーん、これは俺が部活に挫折してた気持ちも直草に読まれてしまっただろうか。

 そうじゃないとしても、島野とこんなやり取りをしていたら、ちょっと部活と言うものが怖くなってしまうのも仕方ないかも知れないが。

「直草、中学生は部活には入らないと駄目だよ」

「だけど私、勝ちとか負けとか、そういう世界は嫌いなの」

「こんなんだから友達が出来ないんだよ、部活って言うのは勿論、競い合うような場所でもあるけど、人間関係も作ってくれる場所でもあるからね」

「そ、そうなの?」

「一緒に何かをやるってのは人間関係を求められるからね、友達が欲しかったら部活に入らないと駄目だと思うぞ」

「う、うう、そうだったのか」

 直草は悩むように唸りながら物草に悩み考え出す。

 直草は物事を直ぐに受け止める、こんな性格だから、友達はもう出来ないと開き直ってるかもと思っていたが、案外真剣に友達に関して悩んでいるようで少し安心した。

「だからと言って、私はどんな部活に入れば良いのか分からないし、来年の部活紹介とやらを待つ頃には完璧孤立だろうし……うう」

「こればかしは俺もアドバイス出来ないよ、直草がやりたい部活に入れば良いんじゃないかな」

「運動部だけは入りたくないけど……文化部とか良く分からない部が多いし、どうすればいいのか迷ってる」

 大いに迷って考えれば良いさ直草、お前ならきっと良い友達が出来て良い青春を送ることが出来るだろう。

 そんな恰好付けの台詞に、少し顔を赤らめながら直草は「うん」と頷くのだった。


 レイクタウンに着くと、俺と直草は駅のホーム前で吉井が到着するのを待つのであった。

 暑いと言う直草に駅近くにあったコンビニでアイスクリームを買い与え黙らせると、俺は携帯で吉井にメールでどのへんかを連絡をした。

 数分掛らず、彼女から連絡が返ってくる。

『ごめん、ちょっと用事で送れるから直草ちゃんと買い物でもして待ってて』

 うーん、先に入ってしまって良いのだろうか。

「明、どうしたの?」

「吉井が遅れて来るみたい、だから先に中で待ってて良いってよって」

「そうなの? それじゃ暑いし中に入ろうよ、モグモグ」

「……アイス食べ終わってから中に入ろうか」

 アイスを急ぎで食べさせると、その袋をコンビニ前のゴミ箱で捨てさせ、べとべとになった手をトイレで洗わせると、俺と直草はショッピングモールの中へと入って行った。

「明、今日は服買ってくれる約束だったよね?」

「そうだな、一万くらいならお前の人間出世祝いに買ってやるよ」

「い、一万も良いの?」

「おう、構わないよ」

 実は田原から免除金は出てるんだけど、彼曰く、直草は金銭感覚もまだまだ身に付いてないらしく、滅茶苦茶な金の使い方をしてくれたらしい。

 だから田原は「一万はコンビニで一週間働かないと手に入らない」と念入りに脅したらしいが、そのせいで彼女は軽いトラウマになったらしく、自分で買い物することを拒むようになったらしい……

「あれ、篠崎先輩に直草後輩じゃないですか! こんな所で会えるなんて、やはり運命の糸で私達は繋がっている!」

 そこに突然気障な台詞を呟きながら現れたのは島野であった、本当に良く合うな……

「明、あのお姉ちゃんのファッション……なんて言うんだ?」

 休日の彼女の服装、俗に言うロリータファッションって言われる服装なんだが……

「私も、こう言う服装にしたい」

「な、直草、このファッションは駄目だ……田原に怒られる」

 正直、直草がこう言う服装に惚れてしまうとは正直予想外だったが……

「直草後輩、この服はレイクタウンにはちょっと置いてない品物なんだ、専門店とか行かないと可愛いのは手に入らないぞ?」

 これはレイクタウンには置いてないのか、少し安心した。

「そうなの? とても可愛かったから少し興味が出ただけだ……」

 流石に止してくれと心の中で俺は叫ぶのだが、よくよく目の前の光景と言うものを確認してみる、真っ白なワンピース姿の女の子と赤色を軸にしたロリータファッションの女の子、漫画やアニメの世界にでもいるような感覚に陥ってしまうのは致し方ない光景であり、この対面はなんて言うか……辛い。

「気に入ったなら私の着れなくなった古着で良ければ、着れなくても可愛いからクローゼットに残っているのだけど着たいならあげるぞ?」

「本当に良いのか? 私は色々物を貰ってばかりだったな……」

「良いんじゃないか? 直草後輩は良い先輩に恵まれたな」

 そう言って島野は直草の頭を撫でてやる、元気満々の笑顔を振りまいて直草の手を握る。

「篠崎先輩、今日は直草後輩と服の買い物に来たのだろう? 私が一緒に回ってあげるよ」

 買い物がメインではないのだがな……

「いや、服の買い物も予定には入っていたが、実はこれから、もう一人友達が来て映画館にも行く予定だったんだよ」

「……えっ?」

 その事を口にすると、島野はアレって言う顔をしながらモゾモゾと慌てた素振りをし始める。

「もしかして……女性、の方ですか?」

「女の子だな、そりゃ俺だって同年代の女の子と遊んだりするよ、たまにだけどな」

 そのことを伝えると島野からいつもの、あの元気さが消えて行くのが分かった。

「……島野、どうした?」

 急に気分でも悪くなったのだろうか、それとも俺が女性と遊ぶってことが、そんなに可笑しかったか、失礼な。

「べ、別に大丈夫だ、だがしかし、篠崎先輩も放っておけない人だな、女の子と遊ぶのに私がいたら邪魔になるだろう?」

 そう言うと「ハハハッ」と笑い、島野は踵を返して、どこかへ走って行く。

「……やっぱ変わった子だな、あの子は」

「あっ……」

 直草はまだ島野と話がしたかったみたいだった。

「最近、毎日バイト先に来てくれるから、また会えるよ」

「うう、服選んでくれるって言ってたから、頼みたかったのに……」

 そういえば島野は服を選んであげるとも言ってたのに、こんな約束したことも忘れて走って逃げちゃうなんて、島野も現金な奴だ。

「実は、島野先輩とは昨日も会ったの」

「そうだったのか? そういえばコンビニに来てたもんな」

「その時、明が休日に何してるのかとか、色々聞かれたんだけど、もしかしたら明に会えるかと思って島野先輩は来たのかも知れないよ」

 俺に会うために?

「野球部の件でまだ話があるのかな」

「私、こう言う感情には疎いから分からないけど、島野先輩って明のことが好きなんだと私は思ったよ」

「す、す、好き?」

 島野が俺に恋してるだなんて、田原と同じことを容易く言ってくれるもんだから舌を噛んでしまったじゃないか。

「いやいやいや、だって島野とは接点なんて野球部意外ではないし、あの子凄くモテるし、そもそも島野には恋人がいるぞ」

「そうなの? でも島野先輩の、あの眼……うーう、なんでもない」

 直草の洞察力は、力を失ったとしても凄いものだと思う、だけど今回ばかしは田原や直草の勘違いだろう。

 確かに中学生の時に少し接点を持って、野球部に帰ってきて欲しいと願ってることは伝わったが、言ってしまえば、この程度である、少し時間が経てば、彼女だって諦めてくれるだろう。


「しょうがないから明に服選んで貰おう」

「俺が選ぶのか? 吉井さんを待った方が良いんじゃないか?」

「吉井先輩は自分の服選びでも迷ってるから……たぶん無理だと思う」

「……確かにそれは言える」

 吉井は数時間に渡り服選びをする、映画の上映時間を忘れてしまうほどに熱中するために、一度映画の入場時間をずらして貰うと言う暴挙を取ったこともあるくらいだ。

 しょうがないから俺は直草と一緒にレディースファッション店の中に入るのだった、女の子の服装とか全く分からないのだけど、大丈夫だろうか。

「明、私この店に入りたい」

「別に構わないけど…ぶえっ」

 直草さん、これだけは勘弁してください、下着屋なんて通りすがるだけでも気まずいのに。

「晃平は何も言わずに入っていったけど、警備の人呼ばれてた」

「そりゃそうだろうな」

 どっから見ても自分の娘ではない中学生の女の子を連れて、しかも中年のオッサンが店に入ってくればこうなるだろうな。

「しょうがない……店員のお姉さんにまた選んで貰う」

「俺はそのへん詳しくないから分からないけど、中学生なんだから、下着なんて高いところで買わなくても良いんじゃないかな」

「可愛いのが良いのよ」

 ああ、下着拘るのね。

 その後直草は自分の下着を買いに、下着屋さん(すげぇ言いにくい)に入って行き、数分後、生理用品のように袋に詰められた袋を持って出てきた彼女は六千円と書かれたデシートを持って出てきたものだから、下着って意外に高いのかと驚いたもんだ。

「どんなの買ったか見る?」

「いや、結構です」

 素で言ってるのか分からないが、ポーカーフェイスでこんなこと言われても俺は興奮しないし、こう言う不健全なエロは嫌いだぞ、直草。


 次は普通の洋服屋に入った、

 男性の服も置いてあり、自分の服を買うついでに直草の服も見てやろうと思ったわけだが。

「直草……お前が手に持ってる物はなんだ?」

「ドレスって言うんだっけ? 可愛いよね」

 まさかだけど、今のファッションさえも田原の妥協故の選択なのだろうか。

 直草を迎えに行った時の田原の「頑張って」と言う言葉を思い出す、こう言う意味だったのか……

「直草よ、もうちょっと落ち着いた服も持っておかないと、友達と遊ぶ機会が出来た時も、この服装で遊ぶつもりか?」

「可笑しいのかな」

「可笑しくはないよ、だけど、この恰好で野球やサッカーが出来るかと言われたら無理だろ?」

「む、むう」

「た、例えばだけど、このブラウスって言うんだっけ? これもフリルが着いてて可愛いじゃん?」

「大人っぽい服すぎて私には似合わないわよ」

 あら、ただ単に可愛い服を選んでるんじゃなくて服装にはやっぱり拘りとか持ってたりするのだろうか。

 言い争いの末、直草はブラウスを妥協して選んでくれたのだが、俺が指定したブラウスよりもフリルが強めな物を選び、夏でも使えると書いてある言い文句も涼しい加工と宣伝された柔らかそうな生地のジャケットも買ってあげた、女の子だからな、こう言うのも気にするようになるだろう。

「明、このでっかい輪ゴムは何だ? ずっと気になってはいたんだけど」

「これは髪留めだよ、髪を束ねるのに使うものだよ」

「カンザシみたいな物か」

 確かに色鮮やかで可愛い物ではあるな、直草が気をそそられるのも仕方ない

「直草、髪結んでみるか?」

「うん」

 直草に好きな髪留めを選ばせて、俺はそれを直草の髪に結んでやろうとした。

 ……これはポニーテールにしてあげれば良いのかな、直草の髪は背中まである長い髪で、田原が少しだけカットしてあげたらしいが、女の子は長くなくちゃと言うことで、長さがキープされている。

「明、私両方に付けたい」

「ああ、ツインテールのことかな」

 俺はこの髪留めゴムを買うと、店員さんが女性なのを良いことに、頼んで直草の髪を結んで貰った。

「おお、直草、似合ってるじゃないか」

 服装が白いワンピースなので人形っぽさが重複されてしまったが、なかなか可愛い感じに仕上がっている、ツインテールって似合う人と似合わない人が激しく別れると思うが、直草はなかなか良い感じに似合ってると俺は思う。

「本当? ありがとう」

 顔を赤らめる直草、子供の笑顔って言うのは可愛いくて良いな。

「じゃあ、次の買い物に行きましょう」

 あら外さないで行くのかな、可愛いとは言ったが、正直ツインテールの女の子を連れて歩くって言うのは翌々考えなくても気が引けるな。

「直草、買ったからって直ぐに付けなくても良いんだぞ?」

「今日はショッピングで可愛い恰好したいから、これで良いの」

 直草さん、マジ乙女っす。


 その後、吉井がもう直ぐ着くと言う連絡を受けて、買い物を中断、駅まで吉井を迎えに行く。

「ごめんね待たせちゃって、買い物はどうだった?」

「明に色々手伝って貰った」

「手伝ってもらったんだ、この下着屋さんの袋の中身も選んでくれたのかしら?」

「……それは店員さんに頼んで選んで貰ったんだよ」

 吉井も意地悪な奴だ。

「そういえば、今日はどうして送れたんだ? 別に言いたくなけりゃ良いけど」

「怒らないで聞いてくれる?」

「言わない方が怒るかな」

「篠崎さんは意地悪ですね、実はライブの先行予約開始時間が重なっちゃって、電車の中で電話する訳にもいかなくて、少し遅れちゃったのです」

「前に学校で言ってた『ガールズ ライフ ロック』って言うバンドのライブだっけ?」

「そうそう、インディーズ当時からずっと応援してたんで、絶対に行きたかったんです」

 吉井は音楽が好きでレイクタウンに行く日は、ほぼCDショップにも足を運ぶほどである、その中でも埼玉でインディーズとして活躍していたガールズ ライフ ロック、略してガルラロをこよなく愛していて、インディーズCDばかり買う彼女が唯一買うメジャーCDがガルラロのCDなのだ。

「メジャー後の初ライブだったんで競争率は相当高いと思われたんですけど、良い席も取れて、凄く楽しみなんですよ」

 吉井は何時もとなくウキウキと話す。

「これは良かったじゃないか」

「はい良かったです!」


 その後、吉井と音楽関係の話をしながら映画館の予約をしに行き、予約後は吉井がCDショップに行きたいと言ったので、俺も直草の服選びで時間を食って自分の服を買えなかったので、吉井に直草を任せ、メンズの服屋へ行くことにした。

 そのメンズの服屋に行く道のりであった。

「きゃあああああ」

 女性の悲鳴が聞こえ、俺はその方向へと振り向いた、そこには田原が島野を腕を押さえているのであった。

「お、おい、田原、何してるんだよ」

 俺は突然の意味が分からない状況に混乱しながら田原の押さえている腕を話さそうとした。

「明君、とりあえず落ち着いて聞いて欲しいんだ、彼女は呪いを使おうとしたんだ」

 呪いを使おうとしただと……

「とりあえずここで話をするのは危険だから他の場所に避難しよう」

 その後、田原は島野が手に持っていた木の箱? を奪い、彼女も無駄な抵抗をせずに駐車場の所まで同行してくれた。

「先ず田原、状況を説明してくれないか?」

「状況を説明する前に島野、とりあえず上着を抜いてくれないか?」

 ……田原は何を言っているのだろうか。

「おい田原、こんな時にふざけないでくれ」

「ふざけてなんていない、呪いに関わることだ」

 島野は少し躊躇したが、黙って上着を脱ぎ始める。

「ちょっと待った、俺は流石に席を外させて貰う」

「……ああ」

「すまない先輩、そうして貰えると有り難い」

 その後、田原は彼女を身体をどのようにチェックしたのか分からないが、この状況は直ぐに終わった。

「大丈夫だ、まだ子宮には何の問題もない」

「子宮に……?」

「そうだ、今回の呪い、子供を奪ってしまう呪いなんだ」

 子供を奪ってしまう呪いって……

「島野、これは説明しても良いか?」

 田原は確認するかのように島野のことを見る。

「……説明して良いぞ、こうなってしまった以上、腹は括っている」

「では話すとするか……島野、お前が持っていた、この箱は小指箱で間違いないな?」

「ああ、間違いない」

 小指箱と言えば、この前に田原が俺に話してくれたヤクザが人に言う事を聞かせるために使う呪品のことだろうか……まさか、島野は俺に呪いを掛けようとしていたのか?

「実は近々呪いの影響を受けてしまった人間の足取りを辿っていたら、共通点があってだな、野球部員や虐めっ子だった人間と、元々青柳中だった人間が主にだったため、ヤクザの娘ならもしかしたら呪いの品を遣うんじゃないかって話になってだな」

 これが昨日言っていた尾行って言う奴か……

「迷いがなく素直そうな眼を持つ子だなって最初は思っていたけど、人に言うことを聞かせられて思い通りになる道具を持っている……そりゃ迷いなんてないわけだよな」

 島野は下を俯く。

「小指箱は別名、子取り箱とも言われている、理由はヤクザにはなんで女性が少ないと思う?」

「やっぱ脅すのなら男性の方が良いからじゃないのかな?」

「まあ普通に考えれば、そうなんだけどな、実はこの小指箱、大人の男性が使っても呪いの負荷が掛らない品物なんだ」

「そ、そうなのか?」

「だけど女性が使用者や対象にると子供を奪ってしまうと言う酷い呪いを備えている、同様に子供は魂を吸い取られてしまうんだよ」

「た、魂を吸い取る?」

「そうだ、ヤクザは子供には優しいだろ? そう言う理由があるだなんて、思わなかっただろう? だから明君が直草といる時は使用できなかったんだよね?」

 だとしても、俺や島野だって、言ってしまえばまだまだ子供である……こんな呪品、手に持つだけでも俺なら嫌だ。

「島野ちゃん、これを遣ったのは何回目かな?」

「もう八回は使ってます」

「……八回か、相当使ってて呪いもまだ薄くて人体に影響していない感じなのを見ると、身体の中で潜伏してる可能性もあるね」

 潜伏してる可能性って、島野はもう子供を産めない身体になってしまったのか?

「だけど少しずつ呪解すればどうにかなるだろう、その代わりなんだけど……」

「その代わりに……?」

「今後とも直草と仲良くしてやってくれないかな……? この子、相当の人見知りなのに、島野ちゃんには好いてるみたいで、どうかお願いできないか?」

 田原ももう立派な一人の親だった、例え拾い子みたいな形で自分の娘になってしまっていても、やはり友達が出来ない直草のことが心配だったのだろう。

 これは自分に着せさせた『友人までしか呪解はしない』と言うルールを破るに値する価値なのだと考えると、田原もまだ若いなと思わされた。


 その後、田原は、この子指箱を白い紙で包み、札を貼り封印をすると、師匠の元へ届けると車で行ってしまったのだった。

 そして俺と島野の二人っきりになる。

「島野……これほどに俺に野球部に帰ってきて欲しかったのか?」

「……別に野球部に帰ってきてくれなくても良かったのだ、そりゃ活躍する篠崎先輩のことを観たかったけど」

 何時もの元気がなく暗い島野は可哀想にも見えたが仕方のないことである。

 野球部の呪いもきっと、彼女がしたのだろう、何故彼女はここまでのことをしてしまったのだろうか。

「別に良いの……篠崎先輩はもう、私の物になるから」

「……!?」

 彼女の手には、何故かもう一つの小指箱が在った。

 そう言えば田原とコンビニで話していた時に言っていたっけ、小指箱は束ね重ねて、呪いにするって……

 だが島野が俺に言うことを聞かせようとしてることは正直どうでも良い、どうでも良いと言うと嘘になるが、そんなことより

「島野……お前、こんなことして子供が産めなくなっちゃったらどうするんだよ?」

 俺は彼女がこんなリスクを背負ってまで俺にさせたいことが理解出来なかった。

「そんなことじゃない、そんなことじゃない、そんなことじゃない……」

 彼女は独り事を念仏のように口にして、自己暗示を掛ける、それはもはや超心理を向かえ自らを呪い、サイコパスと化した眼をしている

「島野、お前はこんな物を遣わなくても良い、俺に何をして貰いたい? 言えばどんなことでも叶えてやるから、こんな道具を遣うのは辞めろ」

「これが……これが口で言えたなら、私はとっくに、これを伝えている」

 口で言えないことなのか……? 俺はますます混乱する。

 口で言えないお願い事とは一体何なんだろうか……

 そんな時、俺を庇うように前に現れたのは直草だった。

「島野先輩、駄目だよ、呪いなんか使ったら自らを呪っちゃう、呪品の負荷だけじゃなくて心までも自ら呪いを掛けて駄目になっちゃうよ」

 直草は島野が呪品を使っていると知っていたのだろうか、直草にとって危険な状況なのに関わらず、彼女は俺の盾になるように立った。

「直草後輩……」

 壊れかけている島野に、この程度のお願いは効くはずがないと俺は悟っていたため、俺は直草を抱きしめて庇う体制に入ったが、島野は案外素直に直草のお願いを受け止めてくれたのか、呪品を下へと捨てるのであった。

「島野さん……少し話良いですか?」

 そしてもう一人現れる、吉井だ。

「……もしかして、今日、篠崎先輩とデートしていた方ですか?」

「で、で、デートだなんて、ただの映画友達なんですよ、篠崎さんは」

 その反応、何度も言うようだけど、凄く傷付くな……


 その後、二人は俺と直草がいない、どこかへ消えて行ったから俺は話を聞いていない、この間に俺は田原にもう一度来てくれるように頼むのであった。



―――

「ええと……もしかしてですが、島野さんは篠崎さんのことが好きなんですか?」

「……え、そんなの恥ずかしくて口で言えません」

「私も篠崎さんのこと、たぶん好きなんです」

「……」

「でも私と篠崎さんは呪われてるんですよ」

「呪われてる?」

「実は私の彼氏、一か月前に遭った無差別殺人事件で殺されているんです」

「もしかして……相沢先輩の恋人だったんですか?」

「今も幸人は私の恋人です」

「……」

「だけど、いつか私は現実に気付かないといけないのです、こんな呪いに捕らわれていては駄目ですからね」

「呪いですか」

「……呪いなんかに頼っちゃ駄目だよ、呪いに頼って大切な物を手に入れても、心までは嘘は付けない、自らを呪ってしまう、私は今も、あの殺人犯から貰った呪いは消えずに残っている、だけど呪いを利用しようなんてことは思わない、思っちゃいけないんだと思う」

「私はなんて馬鹿のことをしたのだろう……私の胸の中で呪いが騒ぎ踊り出してる、ああああああああああああああああああああ」

「島野さん……自らの過ちは受け止めないと駄目なんだよ、眼を開けて、向き合わないと」

「……向き合うんですか」

「そう、本当に闘うべき敵は何なのか」

「私が闘うべき相手……呪いに頼った自分……欲に負けた自分」

「それが分かっているなら、島野さんは立ち直れる……私はまだそれが見えていない」

「……」

「これからは私達、恋のライバルですね、互いに頑張りましょう」

「私が負けるに決まってる……」

「そんなことないですよ、彼は私で幸人の呪いを観てる……私もまだ幸人の呪いが消えない……彼は私に振り向いてくれないんですよ」

「そんなことはないと思います!」

「駄目なんです、分かってはいるんですけど、互いにきっと、呪いを貼り合ってるんですよ」



 直ぐに田原は俺等の元へと来てくれた、そして島野の頬へビンタを浴びせるのであった。

 女性の頬にビンタするなんてと思ったが、流石に今回ばかりか田原に威厳を上げることが出来なかった、彼の行動は本当に正しい。

「島野ちゃん、殴ってごめんね、だけどこれはちゃんと聞いて欲しいんだ、確かに女性にとって好きな男性と向き合えたり結婚できることは一番の幸せかも知れない、だけどね、子供が産めないと言う状況が島野ちゃんはまだ子供だから理解出来ないのかも知れないけど、これはきっと辛いことだと思うよ、セカンドハピネスと言う言葉が在ってだな、人は一番の幸せより二番目の幸せの方が大きな幸せを味わうことが出来るんだとさ……子供を産むこと、それは女性にとって二番目の幸せかもしれない、これを自ら呪いで失おうとする島野ちゃんは、きっと凄く愚か者なんだよ?」

 田原は優しく島野へと説教をすると、彼女は涙腺に溜めていた涙を一気に流して泣き始めた。

 彼女が何故、リスクを背負ってまで呪いを使おうとしたのかは俺には理解出来ない、欲に負けてしまったのかも知れない、ストレス発散のためだったのかも知れない、だけどそれでも、俺が何かに躓いた時に、そんな便利な物が傍にあったら……きっと誰も悩み苦しむだろう、そして島野のように欲に負けてしまうかも知れない。

 俺は改めて呪いの恐ろしさを実感し、今までにない呪いの恐ろしさを知ることになった。


 その後、島野はコンビニへと現れなかった。

 直草は、あの日から毎日、島野がここに来てくれるんじゃないかと、コンビニの前で彼女を待ち続けている。

 直草が淋しい顔を見せ始めるようになったのは、この日からであった。

 彼にとっては現世に入ってから初めての友達と言える存在だったのかも知れない、今でも吉井には何処か気を使っている感じの直草は、きっと島野は特別な存在だったのだろう。

 そういえば岡田に田原から言われた話をすると、彼は苦い顔をして「こんな金はないよ」と諦めてくれた、その話をするついでに島野が元気にしているかを聞いた所、学校も休んでいると聞いたので、流石の俺も少し心配もしている。

 六月が終わり、七月になった頃だった、俺がバイトでコンビニへ行くと、そこには島野がいたのだった。

 その彼女の頬は今でもクッキリと赤く腫れあがっており、これは自宅でも、もう一発ビンタでも喰らわされた形跡が見受けられた。

「帰宅後……親父にも本気で殴られた……」

 これほどクッキリと赤く腫れてしまっては、確かに学校には行き辛いかもしれない……

 田原はその後、あの小指箱をヤクザである島野の親父の所まで返しに行ったらしい、後に田原から聞いた話だったのだが「呪いの品とは言え、商売道具を勝手にお祓いしてしまう訳にはいかないからね」と言う事らしいが、こんな危ない品を返してしまうとは、田原も少し気が狂ってると思えてしまう。

「親父にも殴られたのか……」

「そうなんだ、グーで殴られて一週間安静にしなくちゃいけない状況になってたなんて、他の人には言えない……」

 これは流石に可哀想に、一週間も安静状態に追いやられるパンチとは、流石ヤクザのボス、娘にも容赦ないなとしか言いようがない。

「普段はあんなに優しい親父が、ここまで怒るとは思っていなくて、私は本当に愚かなことをしてしまったんだな」

「そうなのか? ヤクザと聞くと凄く恐いイメージがあるけど」

「それは偏見だよ、親父は子分には凄く優しいし確かに若い頃は小指切らせたりはしてたみたいだけど……親父はこの町を守るためにヤクザをやっている、私はそのことを誇りに思っている」

 この町を守るために?

「そうさ、レイクタウン建造の話が浮上した時、弱小企業の観方になって、第一に闘ったのが私の親父なのさ、負けてしまったけど、その後に新越谷の再建を取り立てたり、町のために頑張っている親父は私の誇りだよ」

「へぇ……少しヤクザのことを勘違いしていたかも知れない」

 その後、俺と島野はバイトの時間ぎりぎりまでコンビニ前で話をしていた、途中で田原もバイトでやってくるが、邪魔をしちゃ駄目だなと、ニヒニヒと笑いながらコンビニの中へと行ってしまった。

「そろそろバイトの時間だから行かなければ、そういえば直草が心配していたぞ?」

「直草後輩が? そういえば、今日これを直草後輩に渡して欲しくて持ってきたのだが」

 こう言って取り出したのは見事な白黒ゴシック模様のフリフリなロリータ衣装であった。

「……これは趣味が悪いんじゃないか?」

「篠崎先輩はこのへんが鈍いな、ゴシックと混同されているデザインは文化的に有り得ないために珍しい品物となっていて、珍品なのだが、きっと直草後輩なら着こなせると思ってだな」

 その後、バイト前だと言うのに数分に渡る、このロリータ衣装の解説をさせられた俺は泣きたい顔をしていたと思う。

「なあ島野、これは俺からの頼みなんだが良いか?」

「ん、どんな頼みかな?」

「この服なんだけど、島野から直接、直草に渡してくれないか? 直草の奴、お前のこと好きみたいで、ずっと心配していたぞ」

「そうなのか? じゃあ仕方ない、時期を見直して、もう一度バイト先に来るよ」


「今回の件、明君には呪いの怖さを再認識させる形になっちゃったね」

「呪いも勿論怖いけど……それ以上に、それを扱う人間の方が『恐ろしいんだ』って思い知らされたよ」

「そうだね、私もそう思うよ」

 今回の小指箱の一連、これは直接自分が被害を受けたわけじゃない、人が死んだわけでもないのに、俺の心の中では鉛のような重い思いと、針のような鋭い空気がまだ残っていて、そこでやっと自らを呪ってしまってることに今さら気付くのだった。

「田原は、どうして霊能者になろうと思ったの?」

「私が霊能者になった理由かい? 急だね、うーん、実は私は元々はメンタル カウンセラーだったんだよ」

 メンタル カウンセラー? 医者と言うことは結構田原も頭が良かったのかと、今のこの雰囲気からじゃ疑うような事実だった。

「その時、私は呪いと言うモノを始めて知ってね、こっちの道へとシフトしたって訳」

「そんな理由で医者を辞めちゃったのか?」

「そうだね」

 仕事を辞めてまで霊能者になりたかったのか……

「そんな私の話は良いんだよ、島野ちゃんは何故こんな有利な状況で明君にアレを使わなかったのかい? キスでもしたのかい?」

「そんな訳ないだろ、直草が俺を庇ってくれたんだよ」

「あの子も無茶するね……だけど直草を前にして自分の境地と向き合うことが出来た島野ちゃんは、本当は強い女の子なんだと私は思うよ、土壇場に立って眼の前の現実を観ることが出来たのは普通なら出来ないことだと思う」

「その後に吉井と二人で話してたようだけど、俺はそれは知らない」

「へぇー、恋の話かなー」

「……さぁ」


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