『ストーカー 解答編』 的井ルナ

 タロくんが一段と引き締まった顔でこちらを見つめてくれる。スラックスとカッターシャツが異常に馴染む平々凡々とした男子なのに、目つきだけがやたらと鋭くてかっこいい。目つきの悪さを気にして、ちょっとだけ前髪を伸ばしているのもカワイイところ。

 見惚れていたら、タロくんに睨まれた。それもまた、いい。

「犯人はストーカーだ」

「やから、そうゆってますやんか」

 タロくんはきっぱりと首を振る。黙って聞いておけということらしい。

「答えはこうだ。部室の鍵は閉まっていなかった。昨日から部室は戸締りされずに、空きっぱなしだったんだ。放課後、的井は鍵をもってきて扉を一度閉めて再び開けた。つまりリップが盗まれたのは自作自演。解けなかったらストーカーを理由に、あわよくば家に上がり込む算段だったんだろう」

「リップを盗んだ犯人は私自身やったってことですか?」

「そうだ。はじめから言っていたじゃないか。ストーカーに盗まれたって。ストーカーとはすなわち、的井自身のことだろう。自己紹介にしても無駄に手の込んでいるけどな」

 タロくんの手が私のポケットに伸びる。彼のこういう女子に対して無遠慮なところはすごくトキメク。私みたいな厄介な相手にも物おじせずに接してくれる。良くも悪くも偏見がないし、他人に対して抵抗感をもっていない。べっちょべちょに粘着質な人間も嫌わずにいてくれる。

「昨日鍵を閉めずに返した的井は、休み時間中にリップを回収した。放課後、鍵をもってきて、ぼくといっしょに部室に入ると、わざとらしく盗まれたなんて騒いだ。その証拠に、リップはここにある」

 彼が私のカーディガンから手を引き抜くと、そこにはお気に入りのリップが摘ままれていた。

「あれま、こんなところにあったんですか?」

 私は内心舌を出していた。

「お前の魂胆はわかっているんだ」

「そっか、残念やなぁ」

 本当に残念だった。また彼を追い詰めそこなった。今度こそ彼に告白させられるかと思ったのに。

 でも、タロくんの言い分だと、教室は空きっぱなしだったわけだから、盗むだけなら誰にでもできたことになるんだけどね。証拠っぽいものを取り出されたら、さすがに指摘できない。例え、それが偽物だったとしても。水掛け論で逃げられるのがオチだ。

 彼から受け取ったリップの蓋を開ける。リップについた痕をつぶさに観察すると、無造作な潰され方をしてある。均一で平らな塗り口。まるでつるつるの面で擦ったようにみえる。唇に塗ったときの、皺が残る断面ではない。机の上で紙にでも塗りつけて使用感を出したのだろう。これもまた残念だ。私が気付かないわけないのに。

「今回は負けてあげますけど、また遊んでくださいね」

「嫌だ」

 いつもの流しで、タロくんは文庫本を開いた。

 私はにやけてみつめる。この時間が大好きだ。

 私はストーカーなんだよ? タロくん。タロくんのことなら、なんでも知ってるの。でも、強引にはいかない。駆け引きも楽しむの。絶対にタロくんの口から言わせたいから。

 タロくんが私のストーカーをしているってこと。

 タロくんはアイドルのルナじゃなくて、粘着ストーカーの変態女である的井ルナが好きでしょうがないんだもんね。タロくんだけは素の私を好いていてくれる。だから、アイドルの私もやっていける。

 私のリップを盗んだのはタロくんだ。絶対に間違いない。

 私がタロくんの仕業を間違うはずがない。

 昨日、私は間違いなく戸締りをしていた。貸出記録から私以外の人間は鍵を借りていない。リップが置かれていたのは完全な密室。つまり、リップはこの部室から出ていない。そして、おそらくまだ彼が持っている。

 切っ掛けは昨日の電話だろう。

 私は物を利き手側にまとめて置くクセがある。あのとき、リップと隣同士でスマホを置いていた。タロくんから電話がきたときに、バイブレーションでリップが倒れたのだ。そのまま転がって机の下に落ちたところまでは確認している。

 そのあとリップを回収しないまま、タロくんにせっつかされて部室を後にした。

 部室はそこで閉じられ、今日の放課後まで密室だった。誰も入っていないし、リップも外に出ていない。

 あとは今日入室してすぐの彼の行動だ。

 リップがないと騒いでから、彼はすぐに机の下に潜りこんだ。机の下に落ちていたリップを回収したタイミングはその時に違いない。最後にあらかじめ買っておいた同じリップを、ポケットにあるといって取り出してみせるだけ。袖か手の内に隠してリップをもち、ポケットに突っ込む。

 タロくんは冷たいふりして奥手だから。彼が欲しいといえば、リップぐらいいくらでもあげるのに。でも、緊張感のあるやり取りも嫌いじゃない。

 ストーカーとストーカー。

 なかなか、お似合いだと思うんだけどな。

 スプリットタンをチラ見せして、先割れした舌先を絡み合わせる。私なりの舌なめずりってやつ。この仕草、かわいくて、エロいでしょ?

「なんだよ、にやついて」

「いえいえ、キタロー先輩ええなって」

 私は彼からもらった真新しいリップを唇に塗ってみせた。タロくんは私のリップをどうするつもりだろうか。塗るのだろうか、保管するのだろうか。それともやっぱり、ムニエルに使うのだろうか。妄想だけでも、十分盛り上がれる。

「そういえば、どうしてなんだ」

 ふと、タロくんが問いかけた。

「なにがです?」

「どうしてネトラレなんだ? 別に病系アイドルならメンへラでも、ヤンデレでもよかっただろ。そっちの方がネトラレよりファン層広がりそうじゃないか」

「う~ん、そやなぁ」

 タロくんってば、私のアイドル活動に微塵も興味ないくせに、ちゃんと詳しいのはしっかりストーカーっぽいなぁ。

「女の子だって、構ってくれないとどっか行っちゃうんだよって。気持ちを確かめてるの。危機感を煽るの。だから、ネトラレなんです。ちゃんと見張ってないと、女の子の気持ちは変わりやすいんだから」

 あなたが私を見ているか、確認しているの。

 あなたが私にまだ興味を持ち続けてくれているか、知りたいの。

 私のことはなんでも知ってほしい。頭のなかの、隅々まで。

 だけど、一方的な愛じゃ疲れちゃう。あなたも愛してくれないと。

「ふぅん、そんなもんか」

 興味なさそうなタロくん。でも、ポケットに突っ込んだ右手のうちで、リップを弄んでいるのはわかってるよ。文庫本に視線を隠してこっちをみているのも知ってるよ。

 見てくれているから、見ているよ。

 タロくん、いつかはきっと言わせてみせるよ。

 私のこと、ストーキングしている変態だからって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病んでも病められない 志村麦穂 @baku-shimura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ