第12話
「……ふう」
氷室が帰ったあと、俺は一人で自室にいた。自室で自家発電を行っていた。
単刀直入に言うと自慰行為を済ましていた。
そりゃ、俺も男なのだからあんなことがあったあとに平然と日常に戻れるはずがない。
一度冷静にならないと明日から氷室の顔を見れない。いや、冷静になっても見るのは恥ずかしいけど。
『私、本当はえっちなこと大好きなの!』
薄々感づいていたが、氷室は意を決したようにそんなカミングアウトをしてきた。
きっと、周りの期待や生活における不自由が起こすストレスが彼女をそうさせたのだろう。
きっかけは些細なことで、けどそれが積もりに積もって今に至ったのだ。
完璧人間と噂される氷室真冬のそんな姿を知ったとて、俺が彼女の言動思考に対して軽蔑のような気持ちが起こるようなことはなく、むしろ親近感が湧きさえした。
そのことを伝えたところ、
『ねえ、加藤くん。それってね、私の全てを見ても同じことが言えるかしら?』
彼女は真面目な表情でそう言った。
それが始まりだった。
『もう一度、私に催眠術をかけて。そして、全てを曝け出すように仕向けて』
どうして?
そう訊いたら彼女は、
『さすがにここでカミングアウトするには羞恥心が働くもの。でも、そうまで言ってくれる加藤くんを信じたいの』
覚悟の灯ったその瞳を向けられた俺は、その言葉に頷くしかなかった。
そして催眠術をかけた。
彼女は全てを曝け出した。
それこそ、もう思い出すことさえ躊躇ってしまうような出来事だった。
普段の彼女からは想像もできないような……言葉を選ばずに言うならばみっともない姿。
性欲に溺れ、好奇心のなすがままに動き、全てを欲した。
俺は抵抗しなかった。
『全てを受け入れて。止めるということは、否定を意味するから』
催眠術にかかる間際、氷室と約束したからだ。
彼女は全てを曝け出し、俺はそれを受け入れる。それが可能かどうかを試す。
そういう時間だったのだ。
彼女が求めたことを全て与えた。
彼女がそれを願うのならば、俺はそれを叶えたい。
その気持ちは変わらなかった。
まさか、興味本位で催眠術の本を読んでいたときには、こんなことになるとは思いもしなかったが。
「……ん?」
スマホを見るとメッセージが届いていた。差出人は氷室真冬。その内容は短く、たった一言、『ありがとう』と書かれているだけだった。
「ありがとう、か」
それこそ、以前白木屋に借りたエロ漫画の内容をそのまま実現させたような十八禁な出来事が繰り広げられた。
その結果、俺は引くどころかよりいっそう彼女を愛おしく思ってしまった。
これが恋かと言われると何とも言えないけれど、でも他の女子とは違う感情は確かにそこにあった。
「……こっちこそって感じだな」
これからどうなるんだろう。
そんなことを思いながら、俺はベッドに倒れて天井を見上げた。
そこにはまだ、彼女の温かさが残っていた。
それを感じると、さっきの出来事がフラッシュバックする。
きっと、あれは愛ではない。
だから多分、ここからラブコメディは起こらない。
あるとすれば、それは欲望にまみれた醜い物語だろう。
俺は男で、氷室は女で。
互いがそれを求めてしまえば、阻む壁はどこにもなくて。
だから俺達は、きっとこの先も『ストレス発散』という大義名分を言い訳にしながら、互いの欲望をぶつけていくんだと思う。
黒髪ロングの女の子ってのはいつでもどこでも、清楚なんだって思っていた。
どこで植え付けられたイメージ像なのかは分からない。いつの間にか、どこかで生まれた固定観念。
今の俺に、そのイメージ像はない。
彼女が催眠術にかかったら~黒髪ロングの女の子は清楚だと思っていた時期が俺にもありました~ 白玉ぜんざい @hu__go
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