所持金148円だけどちょっくら世界変えてくる

立花 橘

所持金148円だけどちょっくら世界変えてくる

「わらしべ長者って知ってる?」


 話題の尽きた待ち時間、ふと男が口にした言葉に、隣りにいた彼の友人は不意をつかれたように驚く。


「知ってはいるけど…どうしたやぶから棒に」


「これ見て」


 男はカバンから財布を取り出し、悲しいほどにスカスカな中身を見せる。


「えっ?少なすぎない?…いくら?」


 一枚一枚硬貨を取り出し、金額を数える。

 100円玉が一枚、10円玉が4枚、1円玉が7…いや、8枚。148円という、この時代じゃ満足に腹を満たすこともできないなんとも心もとない金額である。


「………」


 二人の間に沈黙が流れる。


「でさ、話は戻るんだけど」


「おう、言ってみろ」


「わらしべ長者って知ってる?」



 ***



 20☓☓年、晩冬ばんとう

 段々と暖かい日も増えてきた3月の暮の頃。

 僕は路頭ろとうに迷っていた。


 ポケットで148円というなんとも頼りない全財産がチャリンと音をたてる。

 かわききった喉を潤すため、公園を探しはや数時間。

 公園どころか水道一つも見えない田舎で、僕は路頭に迷っている。


 そろそろ意を決して、泥にまみれた田んぼの水でも飲むべきか…?


 せめて川でもあればいいのだが、狙いすましたかのようにここには何もない。

 民家どころか、人の痕跡を感じさせるものが何一つとして存在しない。


「クソっ…なんで僕がこんなこと…」


 意識が朦朧もうろうとし始め、今にも倒れてしまいそうだ。


(もう…どうにでもなれ)


 そう、全てを諦めようとしたときだった。


 ゴゴゴゴと巨大な重音が空から響き、辺りは暗闇に包まれた。

 爆風が吹き荒れ、僕は体勢を崩しその場に倒れる。


 恐る恐るに目を向け、僕は言葉を失う。


 UFO、そう形容せざるを得ない近未来的な物体が、僕の目の前に降り立った。


 煙を吐き出すようなシューという音がして、その物体は動きを止める。

 自然と身構えてしまっていたが、宇宙人が襲いかかってきたところで、僕に何ができるというのだ。


 悪い予感は的中した。


 扉と思える縦長の金属板が吸い込まれるように消え、中から銀色の体をした…イメージ通りの宇宙人が現れた。


「                   」


 うまく聞き取れなかったが、何かを言っていたのは間違いない。

 敵意…はないとは言い切れないが、少なくとも今すぐに襲いかかってくるようなことはなさそうだ。


「ハ、ハロ〜…」


 恐らく僕の人生で最高に勇気を振り絞り、コミュニーケーションを試みる。


「         !!!」


 失敗した。

 何やらひどくお怒りの様子。

 恐らく彼らの言語で「ハロー」は最大級の侮辱ぶじょくとかなんだろう。知らんけど。


 終わった…恐怖より、落ち着きの方が強かった。

 元から終わったような人生だったんだ。

 むしろ、何処かで野垂のたれ死ぬよりも宇宙人に殺される方が良いのではないか。


 諦めて立ち上がる。せめてもの抵抗でもしてやろうかと思ったが、生憎とそんな気も起きない。


 起き上がると同時、僕の代わりのつもりだろうか、チャリンと僕のポケットで148円が声を上げる。


「      !!」


 武器を持っているとでも思われたのか、ひどく憤慨ふんがいして宇宙人はポケットの中身を出すよう催促さいそくする。

 決めた、来世は翻訳家になろう。


 僕がポケットから硬貨を取り出すと、物珍しそうに宇宙人はそれを眺める。


「               ?」


 彼に言われるがまま、その硬貨達を彼に手渡す。

 宇宙人はそれをまるで宝石かのように大切に扱い、若干、喜びで微笑んでいるようにすら見える。


「それ、あげますよ…」


 今世紀最高峰のジェスチャー

 決めた、来世はパントマイマーになろう。


 宇宙人が僕にハグをしてきた。

 文化どころか種が違えど、愛情表現は変わらないらしい。

 その後、彼はUFOを指さした。


「        」


 まさかとは思うが…


「くれるのか?」


「          !」


 おいおいマジかよ…

 嬉々として宇宙人は踊り狂い、その姿は阿波踊りを踊るオバちゃんのようだ。


「      」


 別れの言葉だろうか。

 その一言を告げたあと、彼は垂直に天へと向かい飛び上がり、やがて星になった。


 思えば、僅か数分のことであったが、今の僕があるのは勿論、その数分あってのことだろう。


 その後は順風満帆だった。


 UFOをアメリカだかフランスだかの怪しい研究施設に高額で売りつけ、その金を資本に企業を成功させた。


 あの日の出来事が夢じゃないのは、この会社、俺の家族…全てがそれを証明してくれる。

 あの時終わったはずの俺の世界を、ちっぽけな148円が変えてくれたのだ。


 だから俺は、今日もスーツのポケットに148円を忍ばせる。



 ***



「で、その時大王様が交換したのが、未知の鉱物から造られた円形の奇妙な物質だったらしいんだ」


「そんで、そのコインが今の社会のほとんどのエネルギーをまかなうスーパー物質だった、と」


「そう、しかもそれをただの量産型の惑星旅行車ユー・フォーと交換したんだとよ」


 この国に伝わる有名な物語の一つである。


 昔々の物語、今の王様の先祖の先祖が、たまたま訪れた惑星で交換したコインが、この国…いや、この世界を変えるエネルギーだったという物語。


「で、それは分かったんだけどよ、結局何が言いたいわけよ」


「だからよ、俺のこのなんでもねぇ148円でも世界が変えられんじゃねぇかと!」


 その時に大王が持ち帰ったコインを模して造られた、今ではこの国の一般的な通貨となったコインを掲げて、男は叫んだ。


「お前なぁ…一攫千金だなんて、早々簡単にできるわけねぇだろ」


 彼の友人が直様に彼をたしなめた。


「じゃあなんでお前もここに並んでるんだよ」


「……それはそれ、これはこれだよ」


 行列のできたレンタル惑星旅行車ユー・フォー屋の前で、二人の男たちが笑っていた。

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