奈落への予言
結騎 了
#365日ショートショート 099
「よく聞け。今から12年後、お前は墓に入る」
声が聞こえ、男は足を止めた。はて、幻聴だろうか。
「幻聴ではない。こちらを向くのじゃ」
生い茂る木々の上から、髭を生やした老人が降りてきた。白くて長い髭。服も白い着流し。頭の上には輝く光輪。全ての記号が、死者を意味していた。
「なんだお前は。俺は今、忙しいんだぞ」
「そんなわけがあるか。ただの登山の途中だろう」
「人の話を聞かない奴だな。いいか、だから忙しいと言っている。せっかくこの山に来られたのだ。見ろ、この雄大な森林、そしてすぐ側に広がる崖を。この樹木は何十年もここにあるのに、少しでも足を踏み外せば、俺は奈落の底へ真っ逆さま。そのスリルが醍醐味の山だ。生と死が同居する、素晴らしいコントラストじゃあないか」
老人は髭をなぞりながら呟く。
「私もな、そう思っておったよ」
男は目を凝らす。ややっ、よく見ると、この老人にはどこか見覚えがある……。
「そうじゃ」。思考を見透かしたように、老人は答えた。「私はお前じゃ。死後のお前なのじゃ。今日は、天界からお前に忠告に来た」
「なんだって」
理屈ではない。頭にぴりっと響く、この感覚。にわかには信じられないが、この老人が言っていることは真実だと、男は直感で理解した。
「つまり、さっきの……。俺が12年後に死ぬということか」
「よく聞きなさい。私は、それを回避するために来たのじゃ」
老人は男の目を真っすぐに見つめている。しかし……
「はっはっは。これは好都合だ!感謝するぞ、死後の俺よ!」
男は高笑いをしている。
「死期のお告げなんて、よくある小説のネタじゃあないか。俺はな、昔からこういうのを読むたびに思っていたのだ。死期が確定しているということは、つまり、それまでは決して死なないのだ。俺はこれから12年間、不死身の肉体なのだな!」
「だから私が来たのじゃ。いいか、よく聞きなさい」、老人は手を伸ばし、男を静止しようとする。
「不死身、最高!このスリルに、身を委ねるのだ!はっはっは、一度やってみたかったんだよな!それっ!」
そう叫ぶと突如、男は地面を蹴った。崖を飛び降り、歓声と共に落下していく。その姿は、途方もない崖下まで一気に消えていった。
老人は呟く。
「やれやれ。白骨の遺体で見つかるのが12年後、なんだがなあ。人の話はよく聞くものじゃな」
奈落への予言 結騎 了 @slinky_dog_s11
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