こびとのハハ
Meg
こびとのハハ
ある山奥の村に、こびとの女の子がいました。
女の子のハハオヤは、それはそれはいじわるなおそろしい魔女で、女の子をいつもいじめました。女の子をたたいたり、なぐったり、グズだノロマだと人前でなじりました。
夜になると、暗いボロ小屋にこびとの女の子をのこし、男の人とどこかへ行ってしまいました。女の子はパパがどんな人なのか、しりません。
こびとの女の子は、自分がグズでノロマでハハオヤの役にたてていないから、ハハオヤが自分のことをきらいなんだと思っていました。
だからハハオヤによろこんでほしくて、小さなからだをせかせかうごかし、一生懸命ハハオヤのおてつだいをしました。お料理をして、お金をかせいで、お洋服を作ってあげました。ハハオヤがほこれるよう、山奥の村の学校でいちばん勉強して、いちばん頭がよくなりました。
けれどもハハオヤはあれがだめ、これがだめと、とにかくけちをつけ、女の子にいじわるをしつづけました。女の子にいじわるをするのが生きがいのようでした。
村の近所の魔女やこびとは、だれも女の子を助けません。
口をそろえて言うだけです。
「カゾクなんだから」
「たったひとりのおかあさんなんだから」
「おかあさんもさみしいんだよ」
「あなたは娘なんだから、おかあさんのことをわかってあげたら?」
学校の先生や同級生もそうです。
それに、かれらは女の子が勉強ができるのをへんに思っていました。ちっぽけなせまい田舎で、みんながのぞんでいるのは、勉強のできる女の子ではありません。男のためにつくし、何人もの赤ちゃんをふやす、頭がからっぽな女です。
そのうち、こびとの女の子は、すべてにうんざりしました。
いじわるでこわいハハオヤや、息ぐるしい田舎から逃げだしたくて、しかたありません。下界からやってきたトロールと結婚し、山をおり、都会のニンゲン界まで走りました。
トロールをえらんだのは、顔がこのみだったから……では、まったくありません。体が大きいのに気のよわく、簡単にいうことをききそうだったからです。
好きだと思ったことは、ただの一度たりともありません。でも、ハハはだれかにコントロールされるのは、もうまっぴらでした。
ニンゲン界におりてしばらくすると、女の子は中くらいのコドモの赤ちゃんをうみ、こんどは自分がハハになりました。
さて、ハハの夫の大男のトロールは、おくびょうもので気がよわく、他人にはへこへことします。でも、ひとかわむくと、口先だけの卑怯者でした。
コドモが泣いてハハが必死であやしているのに、夜のまちにでかけては、ストリップバーでニンゲンの女のはだかを見、よろこんでいました。
ニンゲン界でくらす資金として、ハハが小さな体で必死にかせいだお金を勝手につかい、豪邸をたて、ハハのお金で買った酒を、あびるようにのみました。
それなのに、仕事からつかれて帰ったハハが、コドモをほうっておくと、それでも母親なのかとなじりました。
ハハは、常日頃から罪悪感をかかえています。魔女のハハオヤのもとにいたときから、「おまえは悪い子」、「おまえのせい」と、いくどとなく言われてきたものですから。
トロールは、ハハの罪悪感を、巧妙に、狡猾に、残酷に利用して、むりやりはたらかせ、コドモの世話をさせました。奴隷として、あやつり人形のようにコントロールしました。
ハハの家事のあれがだめだ、これがだめだと、ハハがやることなすことすべてにけちをつけました。
でも、トロールは外面はよく、ハハがはたらいてかせいだお金はつかいこむくせに、人の見えるところでは、おしげもなくお金をばらまきます。
近所の人たちは、トロールがいい人だと、だまされていました。
ハハが近所の人に夫について相談しても、
「夫婦なんてそんなものよ」
「夫なんてそんなものよ」
「あんなに優しい人なのにそういうことを言うものじゃないよ」
「カゾクでしょ」
「いやならなんで結婚したの?」
と、ハハをせめるだけで、なんの解決にもなりません。
ハハのハハオヤと、まったく同じです。
あげくトロールは、ハハをコドモごと家からおいだし、とじこもってしまいました。よその家の『ハハ』をまねき、毎晩毎晩、きたない最低の行為をします。
トロールは日ごろから、ハハやコドモの耳にたこができるほど、しつこく言っていました。
「カゾクだろ。カゾクは大事にしろ」
でも最後の最後まで、トロールがハハやコドモら『カゾク』を、純粋に大事にしたことは、一度たりともありませんでした。トロールの言う『カゾク』とは、トロール自身、あるいは、世間体でした。
この男は、人の形こそしていますが、本質はケダモノ以下の、最低以下の、生物であるともみとめがたい、邪悪という概念の具現でした。
心というものが、トロールには一切存在しない。気づいたとき、ハハにのこされていたのは、コドモだけでした。
ハハはコドモと一緒に、まちはずれのぼろぼろの無人の小屋へ逃げこみました。たったひとつの大切な宝物を、大事に大事にしようと思いました。コドモだけが、ハハがこの世に生きていてもよいあかしなのです。
ハハは小さな体で、コドモのまわりをかけまわります。ごはんをたべさせ、おむつをかえ、体をあらい、髪をきってやりました。
はたらきすぎて、いつも体がずきずきしたけれど、コドモが自分を必要としてくれているとうれしくなって、もっと奉仕しました。
コドモはやがて体が大きくなり、自分の意思でうごけるようになりました。でもハハはコドモが心配で、コドモが自分でごはんを食べたり、トイレへ行く前に、走りまわって赤ちゃんと同様の世話をつづけました。
いつでもコドモのもとへかけつけられるよう、なけなしの貯金で、小さなヘリコプターも買いました。
ハハは走りまわり、ヘリでとびまわりながら、こう言いました。
「あんたはママがいないとなんにもできない」
コドモはハハからなじられるのがいやで、自分からはなにもしないようになりました。
自分の意思でおこなった行動は、全部責められるので。
そのうちコドモは、ニンゲンの学校へ入りました。
こびととトロールのコドモは、ニンゲンとおなじくらいの、中くらいのサイズだったので、入学ができました。
でもコドモは、ほかのニンゲンのコドモとちがい、だれともしゃべれません。もじもじと、足どりひとつおぼつきません。おともだちひとり、できません。
失敗したらどうしよう。きらわれたらどうしよう。自分はなんにもできない子だから……。
ニンゲンの言葉がよくわからず、お勉強も苦手です。先生もコドモを劣等生ときめつけ、いじわるしました。
こびとのハハは不安になりました。
コドモがこのままだれとも話せず、家にとじこもったままになったらどうしよう。そうなったら、わたしのせいと責められる。
バタバタバタバタと、ヘリコプターのプロペラをけたたましくならし、ハハは学校へむかいます。小さな体でえんぴつを持ち、器用にヘリを操縦しながら、先生の言うことを、机のノートにいちいちメモしてやりました。山奥の村ではいつも成績が一番だったので、勉強はおてのものです。
ハハはこびとで、ヘリコプターも小さかったので、先生もクラスのみんなも、ハハには気づきませんでした。
休み時間になると、ハハはコドモの名前と、『おともだち』という字が書かれた大きな旗をヘリコプターにくくりつけ、教室や廊下中をブンブンとび、おともだちキャンペーンをしました。
「だれかおともだちになって!」
拡声器でさけびます。コドモはあいかわらずしゃべることができませんでしたが、何人かの心やさしい子がおともだちにはなってくれました。
でも、コドモのことをバカにする同級生もいました。ハハがきった、へんな髪型のこともからかわれました。
みっともなくて、はずかしくて、毎日死んでしまいたかった。
小さな体は常にくたくたで、体もずきずきしたけれど、コドモのためと思えば、ハハのつかれはとびました。
コドモにもしゃべれるようになってほしい。自分の身のまわりの世話も、勉強も、自分でできるようになってほしい。でなければ、将来どうなるの?
ヘリコプターでとびまわりながら、コドモの耳元で、拡声器の大音量をあびせました。
「ママがいないとなんにもできない」
「そんなのでどうするの」
「わたしはあんたの奴隷なの?」
コドモはいやがります。
学校に行きたくない。学校にこないで。
たびたびうったえます。
でもハハは、
「あんたのためでしょう」
話をきく気は毛頭ありません。サボりやあまえはゆるしません。
それでもコドモがいやがりました。
そんなとき、腹の底から、カーっと火柱がふきだします。家の壁という壁にヘリコプターをうちつけ、怒りをまきちらしました。
「あんたのためなのになんでわからないの?」
「あんたは自分のことしか考えてない!」
コドモは怖いです。怖くてうずくまり、頭をかばいました。
怒らないでと懇願しても、
「怒ってない!」
「あんたこそわたしが怒ってるとわたしを責めて攻撃している!」
と、ますます怒りました。
コドモのもじもじは悪化しました。
身をちぢこませ、じっとしているようになりました。
おともだちや先生は、自分の意見がいえず、ほかの子と同じにできないコドモを、
「なにを考えてるかわからない」
「どんくさい」
「自分の考えがない人」
と、なじりました。
コドモはしゃべれないまま、ぐんぐんと大きくなり、ニンゲンの大人と、かわらない背丈になりました。
ある日突然、コドモはぼろぼろの家の、自分の部屋から、一歩もでなくなりました。
ハハは心配して、コドモをひっぱりだそうとしました。でも、こびとのハハと、ニンゲンサイズのコドモでは、はなから力がちがいます。こびとのハハの小さな体では、とうていひっぱりだせません。
せめてコドモの部屋のドアを、どうしてもあけたいです。部屋のドアにヘリコプターで突撃しました。でも、小さなヘリではドアのかたさに対抗できません。乗り物は撃墜し、炎上しました。
自室で、コドモは泣いてすごしました。
ハハはどうしたらいいか、わかりません。ただ、コドモに部屋からでてきてほしいのです。
とにもかくにも、ドアごしに拡声器を使って、叱咤激励しました。
「あまえていてばかりではだめだ」
「自律しなさい」
「このままじゃ社会でやっていけなくなる」
「世の中はそんなにあまくない」
ハハのハハオヤや、トロールに言われた言葉です。こびとのハハ自身が、自分に言いきかせてきた言葉でもありました。
ハハはコドモをほめたことは、一度もありません。自分自身がほめられなかったから、ほめ方なんかわかりません。
コドモの気持ちをうけとめたこともありません。だれにもうけいれられなかったハハには、人の気持ちのうけとめかたなんかわかりません。
コドモはそのうち、泣き声もあげなくなりました。
しばらくたち、仕事につかれたハハが、ぼろぼろの小屋へもどりました。
暗い家の奥からは、泣き声がしません。いやな予感にかられます。たったひとつの大切な宝物のいる部屋を、おそるおそるあけました。
コドモが首をつって死んでいました。
信じられませんでした。でも、コドモの息がたえているのを確認してから、大泣きしました。
どうしてコドモが死んでしまったのか、ハハにはわかりません。
この世で唯一の大切な宝物と、自分の存在の肯定をうしなったことは、はっきりしていました。
ハハの体は、そのうち涙と一緒にとけました。コドモの死体も、ぼろぼろの小屋も、すべて灰になり、風にのってとんでいきました。ハハも、ハハが生きたあかしも、この世からぜんぶなくなってしまいました。
こびとのハハ Meg @MegMiki34
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