七人の優しい無期懲役

高黄森哉

7人の、いかした男たち

・陪審員一番

 この国に陪審員裁判が導入された時、大きな衝撃を受けた。教員である私の倫理に反していたし、なんだか、責任を持てない気がしたからだ。さらなる衝撃は、その裁判制度第一号として私が選ばれたこと。それは手紙によって通知された。断ることはしなかった。


・陪審員二番

 この度、小生がこの制度に公正なる選定のもと選ばれたことに関し、まことに光栄に思います。私は田舎で銀行員をやっております。なんだか、ふしぎですね。いやはや、初めてだなんて。選ばれたからには、小生は紳士に取り組みたいと、そう考えております。真面目さが売りであります。二番とお呼びください。


・陪審員三番

 この裁判に選ばれたことは大変、幸運であった。あの男のせいで我が息子の治療が遅れ、手遅れになったのだ。しかし、その事実は憎き警察によって否定されている。彼らによると、あの事件がなかろうが、息子さんは死んでいたんだそうだ。うるさい! 何様のつもりだ。もしもを見てきたような口ぶりでさとしやがって。まあいい、奴には法律に則った公平な判決をくれてやろう。


・陪審員四番

 会議室につくと、三人が座っている。中学の体育教員、気弱な銀行員、身元を明かしたがらない小刻みに震える男である。もっとも身元を明かしたがらないのは、誰だってそうだろう。私やこの三人は名前を教えていない。人を裁くのだ。それから、日常に戻るために、この件に関わったことを秘匿にしておくのは賢明だろう。かく言う私も素性を明らかにしていない。


・陪審員五番

 おらはアパートの一室で目が覚めた。今日は、裁判だったはずだ。いまからでも間に合うので、まず着替えよう。最後に、かなり洗ってないジャケットを着こむ。ポケットにバタフライナイフが入っていたので、取り除く。バイクで裁判所に向かった。


・陪審員六番

 どうも。私は、こういうものです。そういって、先に来ていた人たちに名刺を渡そうとすると、落ち着いた雰囲気の男にたしなめられる。彼の主張するところによると、恨みを買いやすい仕事で、そんな迂闊な真似をすると馬鹿を見るんだそうだ。なんだか、気に入らない奴である。彼と犯人のことでちょっとした衝突が起きた。びくびくしたやつれた男が彼に加勢してきて腹が立った。一番、二番と名乗る男は私を擁護してくれた。どうして、そんなに人を罪人にしたいのか? 酷い奴らだ。大体犯人と話したところ、犯罪を犯せそうにない奴だった。なにか間違っているに違いない。


・陪審員七番

 どうして、六人しか揃ってないんだ。始まる前から滅茶苦茶じゃないか。だいいち、今日は予定があったのになんだ。大好きな、アイドルのさきまり引退ライブだぞ! 一生に一回しかやってこない引退ライブだぞ! 死んだ人間、もっともだれも死んでいないが、そいつらなんてどうでもいい、こっちは人の命がかかってるんだ。やっ、早く終われば間に合うか? 早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ。



「もういい、五番が来てないが先に始めてしまおう」


 四番がそう発言したのは、裁判が一通り終わり、評決が議論されるとある会議室でのことだった。冷静な彼は、自分がこの膠着を打開できる唯一の人間だとしっていたのだ。


「ええ、ええ、そうしましょうか」


 銀行員の二番は同意した。彼はそれが正しくない行為だと思いつつも、従うほかないと判断したのだ。もっとも、反抗する勇気はないのだが。


「おい。お前を中心に世界は回ってるわけじゃない。自分のルールを押し通すな」

「じゃあ、彼が来るまで待つか? 名刺くん」

「ああ、そうする」

「いや、待ってても来ない。きっとドタバタキャンセルだ。だから、旦那の言う通り始めちまおう」

「さっきから、へコヘコしやがって三番。ビクビクもしてるし何かやましいことでもあるんだろ。人をハナから疑って、罪だと決めつける奴は信用ならない。私は犯人と話したことがあるが彼は人を殺しそうになかった。彼が疑われてるのは、きっと何かの間違いだ」


 名刺の彼は、熱弁した。


「ええ、ええ。小生もそんな印象を彼に抱きましたな」

「いやいやまてまて。私は教師をしてるのだが、少年と言う物はわからないものだぞ。大人しそうな子供ほど、裏でなにかやってるんだ。なんども裏切られてきた」

「ふむ。まあ、そういうこともありますな。私はね、無罪だと思いますがね、あなたは有罪だと」

「いや、そうでもないんだが。しかし、彼が主張するところによると、疑いなく有罪のようだ」


 犯人の彼は自信の有罪を主張し続けていた。彼は悲惨な生い立ちで借金を抱えていた。ある日、倒れ、診断を受けると腫瘍が見つかる。しかし、保険の適用外だったため、死を迫られることとなる。彼はある日、診察に向かう。それも巨大なナイフを持って。そして、恨みをもって、医者の腹部を刺したのだ。


「彼は間違いなく有罪でしょう。証拠は揃ってるんだ。監視カメラにも映っていた。そうだろう。我々が議論するのは、無罪か有罪かではなく、どれだけの刑を宣告するかだ」

「いや、しかし残酷ではありませんかね。小生はそう思います。彼の寿命は残り少ない。それなのに、檻の中で暮らすのですか」

「倫理の話をしてるわけじゃない」

「そんな。あなたはまるで冷血動物だ」

「感情的に訴えるのはよしましょうよ」

「六番さんまで。小生の見方は遂に居なくなってしまいましたか」

「いやいや、銀行員さん。彼の言ってることは正しいです。でもなるべく軽い罪にしてやりましょう」


 名刺の彼は、もはや無罪の獲得を考えていなかった。


「そんな。これはきっと何かの間違えですぞ。免罪事件ですぞ! あんな気弱な少年が罪を犯せるはずがない」


 全員が銀行員に注目した。気弱な彼が声を荒げるとは思わなかったからだ。


「感情論は止めましょう」

「そうだそうだ。あいつは死刑だ」

「あなたらだって感情論でしょう!」


 その時だった。


「うるさいな!!! もう!! だから、嫌だったんだ。ああ、早く終わってくれ。もう死刑でいいじゃないか。長引くだけ無駄だろ」

「なんですと!」

「第一、物証は揃ってるんだ。彼が医者を殺そうとしたのは紛れもない事実で、殺意があったことは少年は認めてる。だから、有罪だ。そんな危険人物は無期懲役だ」

「そんな、彼は病気なんだぞ。かわいそうじゃないか」


 中学教員は非難した。


「いや、むしろ逆だ。寿命が近いなら、檻にいる時間が短くていい。かつ、妥当な罪を追わせられる。これでいいだろ! 閉廷」


 七番の提案に皆が納得しかけたその時だ。五番が現れた。


「ちーっす」

「ああ、五番くんか。もう決まったよ。一応、君の主張を聞いて置こうか」


 四番は、最後の締めにかかる。


「え? えっとぉ。犯人君は無罪だと思いまーす」

「そりゃなんで」

「だってぇ。本当に殺意があるなら、ナイフは逆手で持つんすよ。ほら、俺、喧嘩良くやるから」


 沈黙が訪れる。


「確かに。考えてみれば妙だ」

「そうか? 教師。単に気まぐれだろう」

「久々にしゃべったな三番」

「別にだが」


 またしても沈黙が訪れる。四番が口を開く。


「しかし確かに妙だな。犯人は刃物を用意するくらい計画性のある犯行に及んだ。だが一方で、逃走には失敗している。なんでも、ずっと病院のなかで警察に追われていたようだ。なぜ外に逃げなかったのか」

「うーむ、確かに。その意見には賛成だ。だがお前の全てを肯定するわけじゃないがな」

「名刺、お前はこれについてどう思うのか」

「俺も変だと思う。だって、法廷で殺意を肯定した割に、刺し傷は一か所、それもお腹でしかないんだ。それも逆手じゃない。だから、殺害に失敗している」

「ええ、ええ。だから、少年は殺意がなかったんでしょうな。きっと、誰かを庇ってるに違いありません」

「誰を庇う。あいつは独りなんだぞ」


 三番は、少年が身寄りのない身だということを思い出した。そして、それがなんだか、不憫に思えた。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう。あの子は、自分を庇ったんです」

「教員、それはなぜか」

「さあ」

「分かったぞ、分かった。きっとこうだ。よかった! これで間に合う」

「これ、不謹慎ですぞ」

「すいません、銀行員さん。遂に終わりそうだったのでつい。いいですか」


 どうぞ、と言う声が偶然にもかさなる。


「いいですか。少年は自分を庇ったんだ。少年は病気を治すお金がなかった。だから、計画を立てた。最初から罪を受けるつもりだったんだ。だから、自首はしなかった。警察にワザと捕まったんだ」

「それと、お金がどう繋がるんですかね」


 四番は問う。すると七番は答える。


「無期懲役になれば、刑務所に入る」

「ああ、なるほど。第五十六法で保護されるのか」


 四番は合点がいった。そう、彼は実は法律家を目指す学生だったのだ。


「じゃあ、そうか」

「じゃあ?」

「皆さん。最後に聞きましょう。彼は無期懲役、これで異論はないですか?」


 一番が頷く、次に二番が頷く、三番が頷く、五番が頷く、六番が頷き、七番が頷いた。


「あなたは、どうなんですかね」

「もちろん、異論はないです。法廷に戻りましょう」


 七人の男たちが会議室を出る。

 それぞれがそれぞれの納得を持って、七人の男たちが会議室を出た。


 

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七人の優しい無期懲役 高黄森哉 @kamikawa2001

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