第2話 同棲開始
「南條楓華って……この前の」
驚いて思わず見つめると、彼女は肯定するように頷いたのだった。
よく見れば先日の女性とよく似ていた、と言っても本人なのだが。
「何だ、お前も知っていたのか。それなら話は早い。この娘がお前の婚約者だ」
「
「そうだな、それがいいな」
親父は俺と彼女が知り合いと勘違いしたようで、それなら好都合とばかりにどんどん話を進めていった。
どうやらこの婚約は南條家も乗り気なようで、娘の婚約を嬉しそうにしていた。
「これからのことは南條家にお任せします。息子をよろしくお願いします」
最後に親父はそう言って頭を下げたので、俺もあわてて頭を下げる。
「よろしくお願いします」
正直この年齢で結婚なんて早すぎるとは思うが、親父は無駄なことはしない人間なのでこの婚約には意味がある。
意味があるのならば、俺はそれに従うだけだ。
それが髙野家の長男の役目だと、そう覚悟を決めたのだが……
「いきなり同棲かよ!」
必要最低限の荷物を持った俺は、一軒家に連れて来られ南條楓華と二人で住むことになった。
あまりの展開の速さについて行けず、思わず叫んでしまったが、現状は今言った通りだ。
光翔を置いて話は今後のことになり、婚約を結ぶのなら同棲をした方がよいと両家が結論を出し今に至る。
「まさか、こんなことになるとはな」
婚約をするのだから遅いか早いかの問題なのだが、初めて顔を合わせたその日に家を追い出され、二人で暮らすことになるとはいったい誰が想像できただろうか。
少なくとも俺にはできなかった。
「これからよろしくお願いいたします。髙野さま」
だが、いつまでも愚痴を言っているわけにはいかない。
隣には俺には勿体くらいの美人な彼女がいるのだから。
「これからよろしく、南條さん。でもせっかく婚約するんだから、俺のことは光翔でいいよ」
「分かりました。では楓華のことも名前で呼んでください、光翔さま」
「さまはいらないんだけどな、まぁいいか。分かったよ楓華」
さま付けは楓華にとって譲れないらしく、この後何回か頼んでみたが変わらなかった。
とりあえず、お互いの呼び方は決まったので、これから住む家を見てみることになり、楓華に案内をしてもらった。
「最後にこちらが光翔さまの部屋で、その隣が楓華の部屋でございます」
「案内ありがとう。ところで、楓華はこの家のことを知っていたのか?」
思っていたよりも広い一階建てのこの家を隅々まで周り、最後に互いの部屋を教えてもらったところでずっと気になっていた質問をした。
俺はこの家のことも同棲することも知らなかったが、楓華はどうもこの家の存在も同棲することも知っているように思えた。
「はい、当初からその予定だったので、いつでも最大限のおもてなしを光翔さまにできるように、家の構造はバッチリ把握しています」
顔合わせの時からなかなか変わらなかった表情が、今この場面でドヤ顔に少し変化したので思わず笑ってしまった。
「何かおかしな点でもありましたか?」
「いや、特になかった。笑ってごめん。でも、楓華もそんな風にドヤ顔をするんだな」
俺に言われてはっと顔に手をやった後、すぐに無表情に戻すがすでに遅い。
おそらく楓華は自慢げにするつもりはなかったのだが、話しているうちに感情を抑えきれなくなったのかと思うと、可愛く思えた。
「申し訳ありません。なるべく感情を抑えるようにしていたのですが……光翔さまといるとつい、感情が溢れてしまいます」
「感情が顔に出て何か悪いのか? 楓華の事情はよく分からないが、少なくとも俺は悪いことだとは思わないぞ」
誰かといるのならば無表情よりは、感情を表に出してくれた方が過ごしやすいと俺は思うが、そのことを楓華に押し付ける気はない。
だが、無理に無表情を維持しようとしているのなら、俺はそれを辞めさせたいとは思っている。
「南條家ではそう、しつけられてきたので。ですが、今は光翔さまの命令が第一なので、その通りにします」
「そんなかしこまらないでいいよ。まだあったばかりだけど、夫婦になるんだからさ。どっちが上でどっちが下とかそういうのは無し。互いに対等な関係を気づけて行けたらと俺は思うよ」
正直であったばかりとはいえ、これから夫婦になる相手から一方的に奉仕を受けるのはあまりよろしくない。
とはいえ、俺にできることは一般的な家事と、趣味のお菓子作り程度なものだ。
本格的な料理は家の使用人がやっていたので、キッチンに立つと逆に困らせてしまうのでそう言ったことはしてこなかった。
だが、お菓子作りは趣味ということで何とかやらせてもらってきた。
子供の頃にはパティシエの女性に教わったことも短い間だったがある。
「だから……もし命令をするのなら、楓華は自由に自分のやりたいことをやっていいよ」
そう言うと驚いたように俺を見つめた後、嬉しそうに花が咲いたような笑顔を見せた。
「分かりました。では、これから光翔さまの身の回りのお世話をさせてもらいます」
「あれっ俺の話聞いてた?」
自由にしていいと言った後にこの発言なので、思わず突っ込んでしまった。
「もちろんです光翔さまの言葉は一言一句記憶しています」
「いや、そこまで大事に覚えられても困るよ。俺たまにふざけたことも言うし、恥ずかしいよ。でも、それならなんで俺のお世話をすることになるの?」
「光翔さまのお世話を楓華がしたいからです」
「そう……なのか」
堂々と胸を張ってそう言われるものだからつい納得してしまった。
本人がやりたいと言っているのなら、無理に辞めさせる必要はないと思い、好きにさせることにした。
「それじゃあ、ほどほどに頼むよ」
「任せてください」
えさを与えられた犬のように満足げに言う楓華を見て、尻尾があったらすごい勢いで振っていただろうと妄想した。
「とりあえず、家も一通り見たし、これからのことを話そうか。それでいいか?」
「はい、光翔さまにお話ししたいことがあるので構いません」
ということで、リビングへ移動して互いに向き合う形で椅子に座った。
家を出る時にやるべきことは楓華に聞けと、言われただけなので何をすればいいかまだ何もわからない。
「それじゃあ、話してくれるか?」
「はい、ですがやることをお話しする前に、説明することがあります」
「わかった。話の順序は楓華に任せるよ。俺は親父から全部楓華に聞けと言われてるからな」
少しくらい話してくれてもいいと思っていたが、親父は頑なに教えてくれなかった。
昔から職業について聞いても、「お前にはまだ早い」の一点張りだった。
だから、ついにそれが知れると思うと少しわくわくしていた。
「まずは、光翔さまの家の職業について話します」
「頼む」
「光翔さまの家は魔物を退治する家系です」
「ん?」
どんな職業でも驚かない心構えはできていたはずなのだが、楓華の口からファンタジー世界の職業が飛び出してきた。
「ごめん、もう一回言ってくれる? 魔物を退治するって聞こえた気がしたんだけど、聞き間違いだよね」
「聞き間違えではありませんよ。魔物退治で合っています」
聞き間違いで会ってくれと懇願するが、肯定されてしまった。
「ちょっと待って、魔物ってゴブリンとかドラゴンとかそんなやつ?」
「正確には違いますが、それで合っています」
一旦落ち着いて冷静になろう。
今言っていることは楓華の冗談で、場の雰囲気を盛り上げようとしているだけ、と思いたかったのだが、楓華の表情は至極真面目でとても嘘をついているようには思えなかった。
「分かった。色々突っ込みたいが、一旦後回しにするよ。話の続きをお願い」
「はい。髙野家の家系は特殊な能力を持って生まれる人が多く、その能力が目覚めると魔物退治について教えられてきました」
またもや、ファンタジーな話が出てきた。
中二病と思われてもおかしくないような話だ。
「ですが、光翔さまはその能力が一向に目覚めなかったので、ここまで秘密にされてきました。ですが、光翔さまにもそろそろ話した方がよいと考えた、
一応辻褄はあっているように聞こえるが、やはり能力や魔物の話はとても信じられなかった。
「能力って、楓華もあるの?」
「あります」
「あるの?!」
何気なく聞いた質問だったが、肯定されて聞いた俺の方が驚いてしまったが、あると言われたのならば、見てみたくなるのが男心。
男子たるもの一度は能力や魔法など夢見たことがあるはずだ。
それをこの目で見られるとなると、興奮してしまうのも仕方がない。
そう、仕方がないのだ。
「見せてもらうことってできる?」
「いいですよ。そうですね……」
何かを探すように周囲を見渡した楓華は、いいものを見つけたとばかりにそれに指をさした。
「光翔さま、あそこにドアがありますね」
「ドアがあるな」
「見ててください」
そう言った楓華は手をドアに伸ばした。
「えっ?」
すると驚いたことに、閉まっていたドアがひとりでに開いたのだ。
「手品?」
「違います。楓華の能力でドアを開きました。気づかなかったようなので、今度は楓華の手の影に注目しててください」
「影?」
よくわからないが言われた通り、ドアに手を伸ばした楓華の影を見ていると突然その影が動き出したのだ。
するするっと蛇のように移動した影は、床からドアノブへ伸びていきそれを捻って閉めると、元の楓華の手の影の形に一瞬で戻った。
「分かりましたか?」
「ああ、影が伸びて行って、ドアノブを捻って閉めたんだよな」
「はい、その通りです。楓華の能力は影に関する能力です」
信じられないが、実際にこの目で見たのだから信じるしかなかった。
「分かった。楓華の言うことを信じるよ。能力や魔物退治のこと全部」
「ありがとうございます。では、これから詳しく説明しますね」
俺はこの瞬間、これ以上話を聞けば戻れないような気がしたが、ここまで聞いてしまえば戻るという選択肢は存在しなかった。
「ああ、頼む」
この瞬間俺は、引き返すことのできない、未知の世界へ足を踏み入れたのだった。
南條楓華を笑わせたい 健杜 @sougin
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