ハンドメイド・ライフ

ムー

ハンドメイド・ライフ

「今日は私が作るよ」


 私は勇ましく胸を張った。


「ほんと? じゃあ〜お願いしようかな」


 妹はエプロンを解いて結った髪を下ろした。

 降る日差しがプランターに植えられたトマトの葉の水滴と下げられたCDに反射して、部屋をギラギラ照らした。反射した光が戸棚を開け閉めする手を焼く。風が吹くと光は私を追った。イヤホンをする妹は暫くこちらを見ていたが、静かにスマホに視線を落とした。

 私達は変わり者の姉妹だとよく言われたが、その要因は時によって様々だった。一貫して言われ続けたのは仲が良すぎることだった。私も妹も私達以外で二人暮らしをしている姉妹は知らなかったが特別珍しいことは無い様に思えた。

 普通に喧嘩もするし、仲直りもするし、好みも違う。性格は、似ているかもしれない。

 だからそれぞれ役割分担をする事で衝突を避けようというのは、二人暮らしの話が出た時、最初に話したことだった。これだけ見れば良くある姉妹だと私は思うが、当然、姉妹を持つ友人の生活を覗いてる訳でも無いので声高々には言えなかった。


「何作るの?」


 妹は特に感情の起伏を感じさせない口調で、慌ただしく動く私を見た。


「冷やし中華!」


 私が親指を立てると妹は「おー、楽しみ」なんて笑った。私は心の水分をぎゅっと絞られたような感覚を覚えた。大きく深呼吸した瞬間に窓から見えた空は水面の様だった。


 一口食べて妹は嫌な顔はしなかったが眉を持ち上げ「うん」と唸った。


「どう?」


 私は頑なに一口目を口に入れなかった。感想を何より聞きたかったからだ。

 妹は繰り返し「うん、うん」と唸ると苦笑いを浮かべた。


「塩気が足りない」

「マジ?」


 私はすかさず宙を彷徨っていた箸を口に運び、そして同じく唸った。何か分量を間違えてしまったのだろうか。それとも私が見たレシピと味覚が合わなかったのだろうか。いずれにしてもこれは失敗したと雲の流れを感じた。


「でも、全然。インスタントより美味しいよ」


 インスタントという言葉に、私は、私の中の上手く言語化出来ない、確かな感情の起伏の、揺らぎの傾向を捉えた気がした。


 なるほどこれは山脈か!


「いやぁ本当ごめん。なんかきゅうり太いし」

「あはは、そうだねぇ、トマトも大きさバラバラだしね。でも、作ってくれてありがとう」


 妹はカラッとしていた。部屋の空気が裏返る中、私だけがジットリしていた。私は料理を口に運ぶたびに、次はこうしようか。ああしようか。と思考して、遂には妹の顔を見た。ああ、またあのぎゅっとした感覚だ。

 私は時より素直な妹が憎く感じることがあった。しかし、今は頼もしい存在だと思える。私にかける言葉に嘘は無いから、言葉にそれ以上もそれ以下も無いと信じられるから。もしも私に気を使うようなら私は勝手に曇って勝手に水浸しだっただろう。

 私は人生の中で学校というものが好きだった。友人や仲間が居た、というも一つの理由だが本質的に学校が好きだったのだ。それは雰囲気もそうだし、先生という存在や、ある程度の強制力のような物もそうだった。だからか、私は大学というものに対して惰性を見出してしまい、妹と大喧嘩になったことがあった。

 私は小さい頃にピアノをやっていたが、あれは正に今の私を作り上げた経験だったと思う。先生は厳しく、凛々しく、甘えを許さない人だった。母も普段は優しいが、私がやり出したことには徹底して口を出してくる質だった。この二人のおかげで私は優秀賞を取る事が出来たと確信を持って言えた。その後中学生になってからピアノはぱったり辞めてしまったが、未だにあそこが私の最盛期だったような気がしてならない。

 私の人生は優秀とは程遠いが順風満帆で、ありきたりに不満を抱え、ありきたりに満足している。でも、その人生に満足はしていなかった。順風満帆よりも天歩艱難の方が良かった。


「あ、カラス!」


 妹はベランダに駆けて行った。

 その背中を眺めながらCDの反射するテラテラとした日光の汗を捉えた。

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