第4話
——キュッ、キュッ、キュッ、キュッ——
高い位置に等間隔に付けられた複数の大きな窓から強い光が差し込むなか、三つの影が横並びに激しく動いていた。
濃い青の短パンと少しごつめの生地でできたシャツに汗が染み込み、室内履の滑り止めがリズム良く音を立てて高い天井と広い建物内に響き渡っている。
「何で俺がこんなめに、、、、」
「へえ、へえ、元はと言えばお前の話が長すぎたんだよ」
「文句言うなよ、奈多羅、良い体力づくりになってるじゃねえか、今村も興味なさそうだった奴がいつの間にか聞き入ったのはお前なんだからよ」
——うぅ——となにも言い返せない今村は息を切らし足がよろけていた。
3人は五時限目の始業チャイムが鳴るまでに体育館に急いだがほんの五分、間に合わず、専任の教員は3人に罰を与えた。
その為、奈多羅、今村、諭の3人は今体育館の外周を周回させられており、その他の生徒達は中央の方でガヤガヤとバスケやバトミントンを楽しんでいた。。。すると
——なあ、と並列に走っている中で一番息が落ち着いている諭が口を開いた
「昼休みの話には続きがあってよ。
話の中の神が去って千年後ってのが、十七年前のちょうど俺らが生まれた年だったりするらしいぜ」
諭の話に出てきた番いの神は去る際に言葉を残した。それは千年後、神の力を持った人間が現れると言う話で、その千年後が十七年前のちょうど奈多羅達が生まれた年だと諭の祖母は言ったという。だが、神の力が人間に宿ると言うそんな話を信じる者はいるはずもなく、今村はうんざりしているようだった。
「はいはい、もういいよその話は。
少し言い方はあれだが話の出どころが認知症のばあちゃんだもんな、ただボケて作った作り話だろ。もうその辺にしとけよ」
———そうかぁ、と諭は納得のいかない表情を浮かべ、今村と言い合うように話を続けている。
そんな中、神空奈多羅は他の二人とは全く別の方向を見ながら走っていた。その視線の先には体育館の隅でひっそりと体育座りをしている一人の少女の姿があった。———その少女というのは森山蒼葉だ。彼女の体操着姿は、白いシャツが女性の象徴的な部分をほんのり表し、短パンから伸びる細くすらっとした足部は白く美しかった。そして通り過ぎるたびに女性特有の甘い香りが奈多羅の心をくすぐる。
そんな彼女に一瞬は見惚れた奈多羅だが、それより気になったのは彼女の視線だった。
彼女は顔を上げ、暗い顔つきで視線は一点を見つめていた。どこを見ているのかと、彼女の視線の先を見てみるがそこには体育館倉庫につながる階段くらいしかなく、奈多羅はそこを——じっ、と見つめる彼女が気になって仕方なかった。
「おい、ナタ。ナタってば」
——んっ、と諭と今村の会話の最中に呼んだが気づかなかった奈多羅を諭が肩を叩き、ようやく奈多羅は呼ばれていることに気づいた。
「おい、聞いてんのかよ。お前はどう思うよ」
「んー、まあ気になるっちゃ気になるかな」
呼ばれ、諭の問いに答える奈多羅だが、奈多羅の視線はまだ彼女の方へ向いている。奈多羅の横を走る諭はその視線に気づいたようで、少し顔がにやけると
「お前、本当好きだよな、あいつのこと」
にやけた笑い混じりの顔でいじる諭に奈多羅は
———うるせえよ、と軽く受け流した。神空奈多羅が森山蒼葉を好きと言うのは親友である諭も知っており、好きな人を見ていても驚くことはない。
「それより、諭。あいつどこ見てんだと思う」
奈多羅が首をクイっと森山蒼葉の方に振り、諭に示し、諭はその指示に従いその方向を見た。
「うーん、体育倉庫?の階段かな?」
「やっぱそう見えるよな」
「まあいいじゃねえか、あいつ結構不思議ちゃんなとこあるしな、俺らがいくら考えてもわかんねえよ」
森山蒼葉という少女は無口で静かな少女だ。その性格ゆえ人と関わることが少なく、さらに綺麗な顔立ちと恵まれたスタイルがどこか近寄り難い空気を醸し出していた。
だが、数少ない村の子供達の中にはそんな彼女に話しかけ、友達になろうとするものもいた。それでも彼女が今一人なのは、彼女自身が友達になろうとしてきた者を遠ざけたからで、その理由はだれもわからなかった。——
諭の言うこともわからなくなく、確かに彼女の考えは奈多羅がいくら考えてもわからない。そしてそんな彼女を横目に3人は何周も体育館の外周を走った。
そして、時計は五時限目の半分が過ぎ、諭以外の二人のスピードが落ちて体力の限界を迎え始めた頃だった。体育館の隅でじっと座っていた森山蒼葉が
——っす、と立ち上がった。
疲れ果ててはいるものの彼女を気にかけていた奈多羅はその様子の変化に気づき、視線を再び彼女に移す。そして彼女は立ち上がるとすぐさま体育教員の方へ向い、何かを伝えた。すると彼女がずっと見ていた体育倉庫に続く階段の方へ歩き出した。
彼女の向かった方向には体育倉庫へ続く階段とその横には共同トイレがあり、お手洗いへ向かったと考えるのが妥当なのだが奈多羅はなぜかそうは思えず、動向を目で追った。
そしてトイレか階段かを決める場所までやってきた彼女は、迷う様子はなく階段に足を踏み入れた。
この彼女の動向は、普段から影が薄い森山蒼葉の性質とほぼ自由な授業という心嬉しいことをしている他の生徒と言う状況で気にする者は奈多羅以外いなかった———
体育倉庫への階段をゆっくりと登っていく森山蒼葉の姿を走りながら見ていた奈多羅は、彼女が体育倉庫で何をしているのか無性に気になり始め、その方向から目が離せなくなっていた。
「ちょっと俺トイレ行ってくるわ」
唐突に奈多羅はそう言うと——おう、行ってこいい——と横を横を走っていた諭はにこやかに送り出す。今村はというとヘトヘトで少し遅れて走っており、諭に追いついた頃には奈多羅の姿はなかった。
奈多羅は二人と別れると、森山蒼葉と同様に教員に『トイレに行く』と言うとトイレと同じ方向にある体育倉庫へ急いだ。
ボールやラケットの音で満ちた体育館を突っ切り、体育倉庫に続く階段の前までたどり着いた。奈多羅が階段の上を見るといつもなら閉まっているはずの体育倉庫のドアが空いており、倉庫内は太陽の淡い光で満ちているようだった。
奈多羅は階段を二段飛ばしに登るとだんだん空いているドアから中の様子が見えてくる。そして最後の階段を登り終えたとき、中の全容が奈多羅の視界に入った。
午後十四時過ぎ、体育倉庫内は体育用具とコーンなどがぎっしりあり、たった一つの小さな窓とそこから入ってくる淡い光が少し埃っぽい庫内を包み込んでいた。その中心に彼女・森山蒼葉はひっそりと立っていた。
———ひっそりと佇む彼女はなぜか壁を正面に置き、目の前の壁に左手でそっと触れている。一見変に見える格好だが、横顔はとても真剣な眼差しをし、———そんな彼女に奈多羅はドアの前で立ち尽くしていた。
そして
——なあ、と奈多羅が思い切って喉を鳴らそうとした時だった。
彼女が左手で触れている倉庫の壁に亀裂が入っているよう見える。その亀裂はただの亀裂ではなく、パズルのような不思議な形をしていた。
——なんだあれ、と奈多羅は不思議そうにその亀裂を見つめる。
すると、
——パラパラ——
と音を立てて亀裂部分が崩れてきた。よく見るとそれは壁の塗装が剥がれているようでそうではなく、壁には傷ひとつついていない。それはまるで壁の手前の空間が剥がれているかのようで、パズルのピースのような破片は床に落ちると透明になって消えていった。
——そんな不思議な光景を奈多羅は黙って見つめた。
森山蒼葉が左手で触れている部分の破片がどんどん剥がれてゆき、何も無かったはずの部分の下から影が現れた。その影は黒く——うにょうにょと動いており、奈多羅も昨日出会った虫であった。亀裂が全て剥がれると森山蒼葉はゲジゲジに触れていた左手を放し、ゲジゲジはすぐさまどこかえ窓から逃げていった。
———奈多羅はそんなあまりの出来事の衝撃で固まっていた。
森山蒼葉は逃げていく様子を見送ると、倉庫の入り口の方に体を向ける。そうすると必然的に、入り口のドアの前で呆然と固まっていた奈多羅と目があった。
すると
「あら、なにしてるの。神空くん」
———今起きた出来事を見られたかもしれないと言う状況で森山蒼葉は至極冷静だった。
彼女の透き通るような声で奈多羅は正気に戻ると——えっと、と戸惑いながらその場でいえる言葉を絞り出す
「お前、ここで何やってるんだ」
あえて奈多羅は今起きた出来事について問うことはせず、今きたばかりで何も見ていない風に装った。それは奈多羅が今の出来事を見てはいけない事だと感じたからで、それ以外の理由はない。
「そうね、」
そうね、と彼女は言うと少し考えるそぶりをした。それから少し間が開き、彼女は——うん、と頷く。すると彼女は奈多羅の正面に向き直り、
「うーん、そうだね〜
強いて言うなら、後始末。
————わがままな破壊神様の後始末だよ」
——————そう言う彼女の表情には笑みが浮かんでいた。。。
創造者の想像 @soras
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