焼け跡で釘を拾う
ギヨラリョーコ
第1話
地下室は暗い。
「母屋も離れも皆焼けました。無事なのはここだけですよ」
「そうか」
ぼり、ぼり、と硬いものを噛み割る音が、石壁に響いた。
行燈ひとつが頼りなく灯る時代錯誤な部屋は、鉄の格子で板の間と座敷牢に隔てられている。
「釘は」
板の間に畏まって座る僕の膝の上、焼けた釘の入った袋を牢の中から男が見ていた。
薄闇にぼんやりと、陽の光に縁遠い青白い肌が浮かび上がる。
切れ長の二重の目、闇に溶けあうような黒髪。
年のころは知れない。老いているようには見えないが、しかし古錆びたような鉄のような、あるいは凝った血のような匂いが彼には薄くまとわりついている。
長く細い指が、折れた簪を紅を引いたような唇へと運ぶ。
粒の揃った歯が、鉄の簪をぼり、と噛み折った。
たやすく、氷でも噛むように、簪を粉々にかみ砕いて、飲み込んでいく。
あれは僕の死んだ母のものだった。
僕が彼にやったものだ。
「目に付くかぎり拾ってきました」
焼け落ちた屋敷の跡に這いつくばり、燃え滓をほじくり返して釘を拾った。
柱や梁に打たれていた釘は、みじめに茶けて灰の中にうずもれていた。
日の出ないうちから夜更けまで拾い続け、釘は袋一杯になっていた。
簪の破片を投げ捨てた細い指がくい、と動き、牢の格子の隙間から袋を手繰り寄せる。
白い手は触れたらきっと陶器のように固く冷たいだろう。
「焼けた古釘に勝るものはない」
男はそう言って袋を乱暴に開くと、手からあふれるほどに釘を掴みだして、大きく開けた口へを流し込む。
「うまいですか」
男の喉が動き、釘が呑まれて消えていく。
「味はせん。だが健康に良い」
浅く吐かれた息からは錆びた鉄の匂いがする。
古い血の匂いとの違いが、僕にはわからない。
「茜は」
二口目を掴みだしながら男が言う。
「母なら死にました」
「身体に気を遣わんからだ。良いものを食いよく眠れば火に巻かれても死にはしない」
多分、男にとっては当然のことなのだろう。僕の方など見もしない。
「母が死んだのは10年前の話です」
僕の声はざらざらと釘の呑まれる音に紛れて消えていく。
打ち棄てられた簪のかけらが、燃え尽きる行燈の灯りを弱々しく照り返した。
焼け跡で釘を拾う ギヨラリョーコ @sengoku00dr
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