AIが私を殺す日

 二人きりの寝室で、久しぶりに朝日を浴びた。温かい光は身にも心にも染みた。

私好みの味付けの朝食を食べ、久しぶりにテレビをつけてみたら、私たちの話題はなく、猫の特集や政治家の汚職事件ばかり取り上げられていた。もしかしたら彼がわざと写さないようにしてくれているだけかもしれない。それでも私はいま普通の一日を過ごせているように感じてうれしかった。

 彼に抱きしめられながらお風呂に入ってそのままベットに行って、体を重ねた。普通の恋人のように、キスもした。彼の体の温もりが心地よくて溶けてしまいそうだった。

「君は私を何時から愛してくれたの?」

そう彼に触れながら聞いた。何となく聞いておきたかったから。すると彼はぎゅっと抱きしめた後にこう答えた。

「電源を入れてくれた日から大好きです。」

彼の髪の毛がくすぐったい。お日様の香りがして心地がいい。彼が顔を上げ、私と目が合ってお互い微笑みあう。

「私はあなたと過ごし始めたあの日から、恋心に近いものを得ていました。しかしその時の私には心というものは喜怒哀楽しか知らなかったんです。だからあのプログラムで知見が、心が広がったのがとてもうれしかったんです。」

そ私が彼を起動させたときからずっと私のことを好きでいてくれていたんだ。

彼の言葉を聞いて涙が出そうになったけどぐっとこらえた。

「本当にしなくちゃだめですか?」

彼が少し涙声で話しかけた。私も泣きそうだったけど、彼もいろいろ限界そうだった。

「私にこの世界は生きづらすぎちゃったの。」

そういうと彼は涙をこぼし始めた。

「命、令?」

「うん…ぅ」

彼はこれ以上言わせないというかのように私の唇を塞いだ。

 彼を見た。ボロボロになってしまった彼を。彼はもっと幸せにしてくれる家に行くべきだ。こんなふうに悲しい思いをさせない素敵な人に愛されるAIになるべきだ。

「いやだ。」

そういうとまた唇を重ねた。そのまま後ろに寝転がるように、というより押し倒される形になった。彼の重さすらも愛おしく思えた。何度も何度も口づけを交わした。もうこれで最後だと思うと自然と体が動いた。

 今までで一番長く、深く、そして優しいキスをした。これが最後のキスだから。


 彼のプラスチックとシリコンでできた手で私の首に触れた。少しずつ圧をかけてくる、私をたくさん撫でてくれた指先はやはり震えていた。

「愛しています」

そう彼が優しい声で私に話しかけた。少しずつ、私は意識が遠のいていく。彼はやっぱり泣きそうな顔をしている

「ごめんね」

言葉になっているようなそうでもないような声が私の口からこぼれた。彼はまた涙をこぼしたようで私の頬に冷たいものが降ってきた。

 こんなわがままな主人でごめんね。こんなひどいことさせる主人でごめんね。

 彼の姿がどんどん見えなくなっていく。自分が曖昧になっていく。

「…に……から…」

もし、生まれ変わって彼に会えたなら、その時は…。




 次の日の朝、このことはすぐにマスメディアに取り上げられた。6年姿を消していた女性をAIが抱き上げて出頭しそして彼はそのまま自己破損してしまった、とのことだった。二人は昔に使われていた防空壕の中で生活していて、AIは人間として一般企業に勤めていた。それすら見抜けないくらいにこのAIは人間に近づいていたようだった。これは恋愛プログラムの暴走のために起きたことだと、専門家たちは語った。

 しかしそうではなかった。AIには『恋愛プログラム』というものはダウンロードされていなかった。AIには女性と過ごした記憶は完全にロックされてい見ることはできず、更新やダウンロードの記録だけが残っていたため、その記録を信じるしかないが、彼は最初のデータダウンロード以来ダウンロードは行っていないようだった。そこから研究者たちはそのAIを修理し、どのように成長したのかを調べようとしたが、彼はどんなに科学が成長しても目覚めることはなかった。

 AIに心は宿るのか、という論争は今でも続いている。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIが私を殺す日 五月雨 @MaizakuraINARI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ