あなたはどう褒められたら嬉しいですか。

多賀 夢(元・みきてぃ)

あなたはどう褒められたら嬉しいですか。

 ニッチなSNSで、こんな質問が投げかけられた。

 朝イチでチェックした私は、途端に固まり何時間も思考がフリーズした。有り得ないほど激しく動揺した。


 私だって、褒められたことはある。人より優れた成績を出したことも、賞をもらったことも、手放しで賛辞を浴びせられたことも。そのあたりは人並みか、もう少し多いくらいには経験したはずだ。

 ――ただ、全部否定されて、嘲笑された。それはそれは執拗で徹底して、自己肯定感は全て自己嫌悪へと化けた。

 私を映す鏡は全て、どれも歪んで正しくなかった。


「こんな田舎で褒められたくらいで、何を満足しとるんぞ」

「都会の人間に比べたら、相当底辺におるくらい理解できるやろが」

「お前がこんなものを書けるはずがない、先生が直したんじゃろ」

「こんなもので壇上に立つな、恥をかいた」

「お前が描いたせいで絵が駄目になった」


『お前は目立とうとするな、口を閉じて人様の後ろに隠れとけ』


 褒められたいと思って作ったものはない。

 いつも登山家が山を登るように、たった一人でこつこつ積み上げてきただけだ。

 それがたまたま人目についたり、周囲の人間より上の順位になっただけだ。

 だけどそれは、私の家族にも祖父にも親戚にも、『一族の恥』の一言で終わることだった。女だからとかではない、そういう役割を幼少期から定められ、兄弟や従兄弟の前でひたすら嘲笑を受けてきたのだ。私の周りの子供たちは、私と比較されることで褒められ伸びていった。


 私は小さな頃難病にかかり、余命宣告された。そのせいで曾祖母も祖父も私を見放し両親に冷たくした。生き延びた私だが、誰もそれを喜ばず【見せしめ】として操られた。まるで私は一族のものではないように、私という身分に手柄など無意味だといわんばかりに、私の手にしたものは泥のような汚いものにすり替えられた。弟達は頭を撫でられ、ご馳走を用意され、絵は壁に飾られて、大量のお小遣いを貰っていた。

 私は弟を羨ましいとも思わずに、両親と同じように全力で祝っていた。私の喜怒哀楽はもう、作らないと出なかった。頭には常に「世の中のために、私は早く死ななくちゃ」という言葉が大音響で流れていた。小6の時にはもう、飛び降りる場所を探していた。



 ――SNSを見てから、2時間はたっぷり混乱していたと思う。

 お香とかコーヒーとか化粧水とか、私が好む贅沢が何も効果を成さない。もちろん仕事なんて手につかない。

 もうこのまま駄目な人間になって、この世から罰を受けたい、いやもう存在を抹消されたいと祈る。祈ってはすぐ打ち消す。私が私を見放したら、それこそ私を褒めてくれる人が消えてしまう。私が生きた証も作れなくなる。


 私は、他人には一切褒められたくない。パブリックの私は作り物の微笑を浮かべた、感情のないAIでいたい。

 だけどプライベートの私は、たった一人で文章を編み、ビーズを糸に通し、クロッキー帳にオリジナルキャラを描き、『真に比べられないたった一つ』を作ってほくそ笑んでいたいのだ。

 私の精神は今も登山家だ。完成という頂からの絶景を、独り占めできればそれでいい。


 私は歪んでる、だけど何かを作る意義と興奮は知っている。それを守れただけで充分だ、私の誇りの核は残った。私以外の『作る人々』を、心から褒める気持ちが生きている程度には幸せだ。

 この世界に生きる、ありとあらゆる創造主よ。あなたたちは素晴らしい、何も作れないで賛辞ばかり述べる空っぽの人間より、逆に酷評しかできない劣等感だらけのサルよりも、何倍も何倍も価値がある。


 私の心は、誰が何を褒めようと何も響かない。だけど私の世界は豊かで、溢れるほどに幸せだ。

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あなたはどう褒められたら嬉しいですか。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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