第4話

 長い会議の結果、人間に手紙を書いてお願いをしようということになりました。みんなは葉っぱや木切れに一生懸命に書きました。

 「お前たち、学問は必要だってわかっただろう。こんな大切な時に字を知らないと、どんなに困るかということもな。なになに、美しい森の水を汚さないで下さい・・か、さすが五年生だ。」

 イノシシの先生が生徒に言いました。


 みんなの手紙はツタで編まれたカゴに入れられました。誰が届ければいいのでしょうか。

 「わたくしは嫌ですわ。お下品で野蛮な人間なんかには会いたくはありませんもの。」

 気を取り戻したおばさんが言いました。

 「やはりここも君の出番のようじゃのう。君たちハチの若い衆、よろしゅう頼んだぞ。」



 森の命運がかかっていると言われて、緊張で顔を強張らせながら、ハチたちは慎重に飛んでやっとキャンプ場に着きました。スプレー缶がその辺にないことを確かめると、急いで手紙を置きました。すぐに読んでもらって返事が欲しかったのですが、スプレーの威力におじけて慌てて帰って来てしまいました。

 次の日、今度はハトがひとっとび。その次の日は鹿がひとっぱしり・・・ウサギ、リス、キツネ・・と森のみんなで順番に手紙を届けに行ったのですが、これがなかなか読んでもらえないらしくって、ただの一通だって返事が返っては来ませんでした。

 「人間には徹底的に教育が必要ですわね。」

 礼儀知らずを嘆くおばさんに、タヌキのおじさんが言いました。

 「もうこうなったら、人間に一番近い存在の、つまり、犬や猫は人間の心の友って言いますから、そのあなたに行ってもらいた・・」

 「と、とーんでも、とーんでもございま・・」

 おばさんは又いつかのように気絶してしまいました。

 「よほど人間が嫌いなのね、不思議ですこと。」

 うさぎの姉妹が声をそろえて言いました。



 工事が終わって立派な水門が出来上がりました。さすが見事な仕上がりにビーバーの親方は満足そうです。これであとは人間のモラルの問題さえ解決すればいいのです。親方はほっと胸をなでおろしました。さっそく森に帰って報告をしなければ。

 

森の仲間たちはビーバーの親方たちが、子猫と一緒に帰って来たので驚きました。森の入り口で捨てられていたという子猫を見ると、ペルーシャおばさんは大きな声で泣き出しました。

 「お~お~、何て気の毒なことでしょう。人間のモラルなんてこんなものなんですのよ、みなさん。」

 と、そう言ってはまた森じゅうに聞こえるような大声で泣きました。あんなに強がりで見栄っ張りでも、自分の昔の姿を思い出したのでしょう。でもそんなことは誰にも知られないように一生懸命ですけれどね。



 森の家族の仲間入りをした子猫は、すっかり毎日の暮らしにも慣れて来ました。おばさんは自分のように美しくなる為にと、せっせと世話をやきました。子猫もおばさんに甘えているうちに、自分は森で二番目に美しいのだと思い込むようになりました。そしてそれが何より悲しみから開放される方法でもありました。

 森は何ごともなかったかのように静かになりました。みんなで手紙は書き続けられていますが、相変らず返事は来ていません。それでも立派な水門のお陰で、湖の水はもとのように清らかで、水面に陽が差し込むとキラキラと輝いてとてもきれいです。


今日も水辺では二匹の猫が、湖面の鏡にむかってお化粧をしています。そばではみんなが手紙を書くのに一生懸命です。ミツバチやハトがひとっとび、鹿やキツネがひとっぱしり・・・そんな光景が森の中で毎日毎日くり返されているのを、人間は知っているのでしょうか。もし一人でも、そんな彼らの相談にのってあげようと考えてくれる人がいたら、ぜひぜひ返事を書いてあげて下さい。


「森のみなさまへ。

  

   モラル向上のため努力をしますから安心してください」 って・・・ね。


          おしまい


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森からの手紙 @88chama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ