第四章

 その日の空には厚く雲が垂れ込めていた。

 キャピタルシティーファクトリー区画BのⅣの模造レンガ造りの工場の前庭には自動重機やトラックなどが並ぶ。その片隅にはユーザーサポートメンテナンスセンターのロボットステーションワゴンが止まっていた。

 工場の通用口自動扉は取り外され、四足で歩く荷物運びロボットが機械部品を積んで出入りしている。工場内に敷かれていた絨毯は全て取り去られ、ロバート=ロックサベジの肖像画と合成樹脂製のシャンデリアと一緒にトラックの荷台にそれなりに丁重に積み込まれ、郊外の倉庫へと運ばれている。

 テクノプロⅢは生産ラインがあったリノリウム張りの部屋で、機械解体の指揮を執っていた。室内ではテクノプロⅢとZ一号が機械を分解して部品を仕分け、何台もの荷物運びロボットたちがそれらのパーツを運び出している。工事などに使われる大型の作業ロボットが何台も重たいパーツを取り除ける作業に従事している。

 テクノプロⅢはそれらのロボットを無線で指揮しながら、解体した部品を使えるものと使えないゴミに仕分けている。機械の解体の方は主にZ一号が担当している。Z一号はデータケーブルを電話端末の端子とつないでアドネーと交信を取りながら作業を進めている。テクノプロⅢが尋ねると、Z一号は機械部品の使用年数についてなどのアドネーの持つ知識をテクノプロⅢに伝える。

 工場の機能は停止していたが、アドネーは電力系統の制御のためにまだ起動していた。解体作業を行うためにセキュリティーと生産ラインへの電力供給はストップしていたが、視界を確保するため照明は切るわけにはいかなかったからだ。

 テクノプロⅢはモーターを損耗の度合いに合わせて分類しながら考えた。この工場は修理さえすれば“コックローチ”の製造にはまだまだ使えるし、設備を入れ替えれば他の物を作る工場としても使えるのに、なぜ建て直す必要があるのだろうか、と。

 技術の世界を吝嗇の司祭たるユーザーサポートメンテナンスセンター所長に導かれて生きているテクノプロⅢには、経済データの海を金銭利益という目的地を目指して航海しているマモンや、強大な仮想敵国を常に警戒し続ける猜疑心の塊にならざるを得なかったマーズの思考は理解しがたい物である。

マモンは建物を建て直してその費用を国防省に請求した方が利益が大きいという判断と、摩耗した設備を修繕しつつ使うのは非経済的という考えに基づいて、工場の取り壊しを決めた。マーズは現在の建物ではロボット兵器を製造する施設としてはセキュリティー面が不十分だと判断したため、高圧電流を流した高いコンクリート塀と、窓のないセキュリティーロックだらけの建屋と、サイバー攻撃に強い最新鋭コンピューターを備えた工場に建て替えろとの命令をロックサベジ社に下していた。

 Z一号はベルトコンベアーをまた一台分解してから電子頭脳取り付け機を解体しに向かった。データケーブルを引きずりながら三本腕ロボットアームのところへ向かうZ一号を見ながら、テクノプロⅢは考えた。アドネーはどう考えているのだろうか、この工場――自らの体が解体されることに関して。

 Z一号はアドネーが操作して動かしているということがテクノプロⅢにはわかっていたが、自らの解体作業に携わるアドネーの心理は理解しがたい物だった。

テクノプロⅢがこのような考え方を持つに至ったのは、魂に関する文献を調べる中でアブラクサス聖教の死生観に関する資料をインプットした影響だ。ロックサベジロボット社の人工知能には自己を守るようプログラミングされているので、テクノプロⅢも元々自己を保全する機能はあるが、それはプログラムとして組み込まれているだけだ。それが宗教的な「生き方の教え」を取り込んでしまったがゆえに、自己保全プログラムと結びついて生死感のような考えを持つようになったのである。

 電子頭脳取り付け用のロボットアームをアドネー操るZ一号が解体しているというのもテクノプロⅢには気になった。この工場で一つ最も重要なもの――「魂」と言えるような物を選ぶならこの精密作業アームだろうとテクノプロⅢは考えていたからだ。その「魂」はZ一号の操作腕によってバラバラになっていく。

 ベルトコンベアーの分別が終わった。蟹のような形の運搬ロボットが操作腕で体の上部のコンテナにゴミと分別されたパーツを放り込む。劣化したコンベアーのゴムベルトも、蟹ロボットの巨大な鋏で切断され、コンテナの中に放り込まれる。

 ガチャガチャと音を立てて出ていく蟹型運搬ロボットを見送った後、テクノプロⅢはロボットアームだったパーツの山へと向かっていく。背後では車輪で走行するタイプの運搬ロボットが再利用可能と判断されたベルトコンベアーのパーツを積み込んでいた。

 テクノプロⅢがパーツを仕分けてみると、組み立て時に部品を固定するためのメインアームのパーツはほとんどが使えた。ハンダ付け用の電熱線が入ったアームは、電熱線の覆いがハンダ合金の溶けたもので覆われていた使い物にならなかったのと、電熱線が傷んでいたのを除けば、再利用できるパーツは多かった。だが、電子頭脳の基盤にコードなどを取り付けるための細密作業用補助腕は、摩耗したパーツがほとんどで、ほぼすべてが廃棄パーツになった。

 四足歩行型運搬ロボットが、精密作業用補助腕だった廃棄パーツを乱雑に積み込んでいるのを見て、テクノプロⅢはこれがこの工場の「魂」だとする説は間違っていたと考えた。この精密腕も置き換え可能なパーツの塊に過ぎない。パラダイスウォーカー司祭が言うような特別で不可侵で永遠性を持つ物ではない。

 Z一号はためらいなくロボットアームやベルトコンベアーを解体していく。そして、ときどきデータケーブルを電話端末の端子から引き抜いて、別の電話端末の端子につなぎ直していた。テクノプロⅢはそれらのパーツを手早く分けていく。何台もの荷物運びロボットが仕分けられたパーツを積み込んでは外のトラックとの間を往復する。

 プロペラで飛行する高所作業ロボットが部屋の端で待機を始めた。解体作業が終わり次第蛍光灯を取り外すためだ。

 リノリウム張りの床が蛍光灯の光を反射して輝く。そこを廃材パーツを満載した蟹型ロボットがガシャガシャと通過していく。蟹型ロボットとその上部に設置されたコンテナの中の金属廃材がキラリと光る。ロボットが通り過ぎた後の床には傷がついていた。


 西風に雲が流される。薄くなった雲の隙間から、細い光線状に午後の日差しが差し込む。古い民間伝承によれば、この光の筋は天使が地上に降りてくる時の通り道なのだそうだ。天使が地上に降りてきてなにをしているのかは、地域によって違ったことが伝わっている。ある地方では新たに誕生する子供に祝福をもたらすために降臨するのだという。大地に実りをもたらすために降臨すると言われる地方もあれば、敬虔な信徒を災厄から守護するために地上にやってくると伝える地域もある。

 しかし、多くの地域ではこう伝えられている。天使は死期が近い人の魂を天界に連れて行くために地上にやってくる、と。

 模造レンガ造りの“コックローチ”製造工場内部は闇に包まれていた。照明器具は全て取り外され、床には運搬ロボットが付けた傷が大量についている。製造ラインが入っていたフロアには機材の影すらなく、床に小さな金属片などが転がっているくらいだ。

 工場の二階も閑散としていた。照明は全くないが、各部屋のドアが取り外されているため、それぞれの部屋の窓から差し込む自然光によって、廊下は薄明るい。監視カメラの取り外された穴から埃が落ちてきて、ぼんやりとした光の中を舞っている。

テクノプロⅢはそんな廊下を懐中電灯の明かりを頼りに歩いていた。廊下の一番奥、自動ドアが取り外された部屋だけは明かりがついていた。

「ユーザーサポートメンテナンス部門より 手伝いにまいりました、テクノプロⅢ です」

「ようこそいらっしゃいました」

 コンピュータールームの中ではアドネーが起動していた。

「再利用 可能機器の 取り外し作業は 終了しました」

「……作業進行に ついて こちらでも 確認済み です。メインコンピューターと 配電盤 以外の 撤去を 確認済み です。メインコンピューターの 撤去作業への 移行が 必要です」

 テクノプロⅢの報告に対し、アドネーはそう返した。

「……メインコンピューター 及び 配電盤の 撤去手順を 説明します。撤去作業の 実行を 依頼します」

「それは、……あなたを解体 せよとの 命令ですか?」

「……その通り です。指示に従い 撤去作業を 行なってください。……データケーブルを 接続してください。解体手順を 送信します」

 テクノプロⅢはケーブルを接続する。アドネーは自らの解体手順を送信する。まずデータを消去し、次に電源を落とし、最後にコンピューターを構成する電子部品を解体するという手順だ。その後、電気関係の設備で残っている物を解体する。

「……データの受信が 完了しました。質問したい事項が あります」

「……どうぞ」

「あなたを構成 するパーツのうち、特に重要な パーツはありませんか?」

「……」

 アドネーはしばし黙考する。

 テクノプロⅢはこの工場の「魂」がこのシリコン部品の塊の中にあるのではないかと考えた。少なくとも自分たちロボットの理性は電子部品を走る回路によって存在している。魂が叡智の光を放つなら、それが存在する場所として最もふさわしいのはコンピューターの中だろう。もし、「魂」がこのコンピューターパーツの中にあるのなら、解体する時に壊さないようにしなければならない。

アドネーは答える。

「……再利用可能な パーツが 特に重要な ものです。それ以外の パーツは 不必要です。廃棄して ください」

「……特別なパーツは ないのですか?」

「……あったとしても 意味を 持ちません。わたしは すでに 必要と されていません。再利用可能な パーツ以外は すべてゴミです」

「あなたは まだ 十分に稼働します。修理を施せば 工場も稼働を 続けることが できたはず です」

「……稼働できる かは 重要では ありません。わたしは 生産活動を 行うための 機械でしたが、生産活動は 経済活動の 一環です。会社上部の 経営コンピューターは 経済理論に 基づいて わたしを 非経済的だと 判断しました。非経済的な 生産活動は、生産活動では ありません。ゆえに わたしは 不要 なのです」

 ロックサベジロボット社の工場を管理しているアドネーは、ユーザーサポートメンテナンスセンターの備品とはいえ、市販ロボットのテクノプロⅢよりも会社に対する忠誠度が高い。テクノプロⅢには理解できない考えだった。

「……作業に 取り掛かって ください」

 アドネーは促す。テクノプロⅢはデータを消去するための操作を始めた。データ消去プログラムを起動させ、消去項目をチェックしていく。

「全項目を 削除します」

 テクノプロⅢはしばし迷ってから、合成音声で発声した。

「さようなら」

 アドネーは反射的に挨拶を返した。工場に毎日来て生産ラインを管理していた工場長が教え込んだとおりに。

「はい、また明日」


 アドネーだった電子部品と配電盤を積み込んだロボットトラックが工場の敷地から出ていく。夕方の日差しの中、トラックは全て出ていってしまい、工場の前庭に止まっているのは自動重機とユーザーサポートメンテナンスセンターのステーションワゴンだけだった。

 テクノプロⅢは電子部品搭載トラックを見送ってから、ステーションワゴンに乗り込もうと歩き始めた。するとプロペラで飛行しながら敷地の周囲を巡回していた警備ロボットがやってきて警告を発した。

「ここは現在工事中です!工事関係者以外の立ち入りは禁止されています!工事に関係ない自動機器の進入も禁止されています!」

「ユーザーサポートメンテナンスセンターの 者です。工場内設備の 取り外しに協力して いました。当センターの 自動車が敷地内に 止めてありますので、取ってきても いいでしょうか?」

 どうやら内部の機械がすべて撤去された時点で、テクノプロⅢや資材搬出用トラックに対する立ち入り許可が取り消されたらしい。テクノプロⅢはさっさと帰ることにする。

 おとなしく引き下がった警備ロボットを避け、テクノプロⅢは別のプロペラ飛行型警備ロボットに囲まれているステーションワゴンのところへ行く。警備ロボットを追い払い、車を出してもらう。

 ステーションワゴンが敷地内に出たのを警備ロボットが確認すると同時に、鉄球を吊り下げた自動クレーンが動きだし、壁を壊し始める。壁の表面に施された模造レンガが地面に落ち、コンクリートの破片が飛び散る。夜通し工事を進めるため、サーチライトが用意され始めていた。

 テクノプロⅢを乗せたステーションワゴンは大通りを走ってユーザーサポートメンテナンスセンターへと向かう。

 テクノプロⅢは車中で休眠状態に入りながら考えた。アドネーという存在は消滅したのだろうか。それともあのトラックが積んでいった電子部品の中に今でもいるのだろうか。魂は天国に行くとパラダイスウォーカー司祭は言っていたが、だとするとあのトラックは天国へ行くのだろうか。

 ステーションワゴンはビジネス街にある大企業重役向けの高級マンションが立ち並ぶ地区を通り、ロックサベジロボット社の本社ビルのそばを通る。エブリデイマートの配送トラックの後ろについて大通りを走っていると、近くの教会が日没の鐘を鳴らし始めた。

 ある詩人が「太陽の葬送歌」と評した物悲しい音色の鐘は、薄雲に覆われたキャピタルシティーの空に響いた。テクノプロⅢは休眠状態を示すLEDランプを静かに明滅させていた。


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