僕の好きなもの

古川

二年三組


「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」


 声の方に目を向けると、隣の席の椿原蜜花つばきはらみつかさんが覗き込むような角度で僕を見ていた。

 羞恥を押し殺すように唇を引き結んだ表情のまま、彼女は指先でスカートの裾をそっと持ち上げた。そして中から超多機能折り畳み式ナイフを取り出して展開する。


「ナイフ、ハサミ、栓抜き、ドライバーなどの一般的ツールはもちろん、採掘用ダイヤモンドヘッドドリル、内科手術用メスとピンセット、水牛の角研磨用ヤスリ、完熟桃の皮むき器など様々な場面に対応できる万能ツール搭載、片手ロック機能付き、開閉時の摩擦も少なく機動力に優れるハイパーモデル」


 ちょうど扇子の要領で開かれているそれのあらゆる先端を光らせながら、椿原さんは一息に解説した。


 椿原さんはいろいろな角度から『そういうのが好きな男子』を突いてくる。

 きのうはインカ帝国の地下秘密基地の地図を見せてくれて、その前はハンディ受信機で米軍の航空無線を傍受させてくれて、その前は選ばれし者にしか抜けない聖剣を抜かせてくれた。

 正直なところ、僕はそれらにあんまり興味はない。でも僕は『そういうのが好きな男子』として振る舞うことにしている。


「そうそう。男子ってそういう細かいツールに弱いんだよ。多機能がコンパクトに自分のポケットに収まるっていうのがたまらないよね。実際に使う使わないじゃなくて、使える可能性を保持している状態に万能感を覚えるんだよ」


 前のめりになりながらも、なるべく淡々と喋る。あえて興奮を押し隠す感じで、しかし早口になるのは止められない、の感じを出す。

 そこで椿原さんが、すっとそれを差し出してくる。


「やってみる?」


 面倒くさそうな口調で言う椿原さんに、僕は「いいの? ぜひ!」と弾む声で答える。


「おぉ、スムーズ! ロック解除の感触もいいし、手に馴染む重みもいい。普通なら同時に携帯されることのないツールが一堂に会してるこのビジュアル、最高だね……!」


 椿原さんは、はぁ、と溜息をつき、頬杖をついた。それからすっかり呆れた顔つきで、やや斜め上から視線をよこしつつ、言う。


「男の子ってほんとバカなんだから」


 声色とは裏腹に、その頬が満足気に緩むのを僕は見逃さない。唇の端には隠しきれない悦楽が滲んでいる。きっと椿原さん本人ですら気付いていない、ほんの数ミリの発露。

 それを見るのが好きなんだ。僕はバカな男の子なので。


〈了〉

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僕の好きなもの 古川 @Mckinney

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