最終話 ずっと一緒に

 

 大魔王との決戦から五年の月日が流れた。

 

 あのとき、魔力を失って受け身を取る術がなく落下し続ける私たちを寸前のところでアルカードが助けてくれた。

 

 あいつから無茶しすぎだの何だの言われたけど……あいつが来てくれることは元から知っていたし。

 

 それだけ信頼している。

 

 とにもかくにも元凶である大魔王を倒して、これにて、全てが終わった……となるのは流石に甘すぎた。

 

 あの戦いは後始末が大変だった。


 なにせ、人界と魔界、どちらとも王を失ったんだからな。

 戦後、どちらも慌ただしかった。

 

 だけど、私はもう魔王じゃないし? 最後の仕事は終わったし?


 面倒くさいことはアルカードの奴に丸投げだ。


 アルカードは魔王に戻れ、なんて言ってきたがこの人間の身体でしかも魔力を失った私にそんな資格はない!

 そう一喝してやった。


 そうして、あいつは今や魔王となり魔界でせっせと働いている。


 ふん、王がただ座っているだけだと思ったか。

 私の苦労がようやく身に染みた頃合いだろう。


 ちなみに、フィリアさんもたまに魔界に様子を見に行っているらしい。


 魔界に行くことにあまり乗り気ではなかったフィリアさんもアルカードが魔王になると聞いて嬉しそうに行き来している。

 

 もしかすると、まつりごとの大部分はフィリアさんが行っているかもしれない。

 だって、聞こえてくる話がアルカードにしては手際が良すぎるからだ。

 

 そういえば、フィリアさんは吸血鬼の一族とは仲直り?はできたのだろうか。

 大喧嘩しているところを見たとアルカードが言っていたが。


 喧嘩であれば多少は言葉を交わしているはず、疎遠になるよりは大きな前進だろう。


 とにかく、五年でようやく戦争続きだった魔界を立て直してこれからはいよいよ平定するために動き出す頃合いだ。


「頭が固い魔族や扱いの難しい魔物もいるからな」

 

 新しい魔王が誕生し、それに不満を持つ魔族も少なくない。

 私のときもそうだったからな〜。


「それで、いつまでお前はここで油を売ってるつもりだ? お前の部下たちが探し回ってさっき来たぞ」

「そう言うなら少しは手伝ってくれよ」

「馬鹿言え。今の私にできることなんてない。それに、たとえ私に魔力が残っていても手伝いはしない。元四天王とはいえ昔の話だからな。その実力を怪しむ者もいる。お前の力を見せどころだ」

「いきなり魔王だと言われてもよ」

「いきなりもなにも五年間も魔王になってるんだ。そろそろ自信持ったら?」

「魔王と言ってもずっと書類に目を通していくだけだからあまり実感がないんだよ。具体的なことは部下やお袋がしているし」


 やっぱり、フィリアさんが。

 しかも、しっかりと教育を行い魔族の文官も生まれているらしい。

 文官に書類か、あの血気盛んな魔族が進歩したな。


「大方はお前に付いてきてるし、あと残っている奴らは本当の馬鹿か堅物だ。ここからがお前の出番だ。……そういう奴に限って強いのだけど」

「そうなんだよ。このままじゃ、俺の身体が持たねぇよ」

「大丈夫だって。今の魔界の中で一番強いのはお前だから」

「何でそれが分かるんだよ」


 その問いに私は言葉で返さず笑みだけを返す。


「おい、何だよ。なんの笑いなんだ!?」


 確実にお前は魔族最強だ。

 五年前、こいつに助けられたときに私は見た。


 リウォンの、元の私の身体からグリモアコードがアルカードに移ったところを。


 言うつもりはない。


 “グリモアコード“

 それは魔王である資格を持つ証。

 

 ただそれだけのものだから。




 僕が大魔王と戦っている間に王国の混乱はスイレンが抑えてくれた。

 だけど、混乱は王都だけに止まらなかった。


 大魔王を倒した後に混乱や暴動が各地で広がった。

 それこそアーエルグ村の人たちが集まっていた交易都市グランスでも。


 混乱はまだ分かるけど、暴動? って最初は疑問に思った。


 その理由は王都の半壊を聞いた都市が革命と勘違いし、便乗しようとしたとのことだった。


 皆、それだけこの戦争に不満と怒りを覚えていたんだろう。


 その暴動を鎮圧できたのもスイレンの人徳によるものだ。


「スイレン……書物庫に籠もってばかりだったのに人気あったんだ」

「ふふーん、リウォンは私のこと見くびりすぎ。これでも筆頭魔道士なんですから。それにフォロ家はれっきとした貴族の名門。地位と家名はこんなとき便利」

「そうだった。君はお嬢様だったね」


 ふふーんとさらに自慢げに胸を張るスイレン。


「それで、ここに来る余裕はあったの? 忙しそうだけど」


 そう聞くと溜め息を零した。


「色々、あるのよ。あの吸血鬼、どうせまた来てるんでしょ?」

「多分。また、アリシアに愚痴を言いに来たのだと思うけど。やっぱり王ってストレスが溜まるんだね」


 大魔王との決戦の後、魔界と人界は互いに不可侵を約束した。

 そして、その一年後、ようやく国交を結ぶことができた。

 

 いまや、あの侵攻路だった山脈の道は魔界と人界を繋ぐ要所となり魔族と人族が自由に出入りできる。

 そして、いつも街のように人が賑わっている。

 

「それでもやっぱり問題は起こって、取り締まりを強化しなさいと文句を言いに来たのよ。人族だから魔族だからって関係なく悪人が出るのはお互い様だけどあっちの取り締まりが緩すぎるから!」


 なるほど〜苦労するな〜。


 僕にはまつりごとはさっぱりだから手伝いようがないし。


 ……コホン。


「そ、それで」


 僕の聞きたいことが何なのかすぐにスイレンは理解して溜め息を零した。


「はぁ、大丈夫。あなたの弟は立派に政務に励んでる」

 

 一番の驚きだったこと。

 それは、僕の弟が新たな王になったことだ。


 暴動が起きるほど父は憎まれていたため、その息子が王となることに反発はなかったのだろうかと気になっていたのだ。


 弟との面識はそれほどなかったけど、やっぱり心配になる。


「あの大魔王? を倒したのをあの吸血鬼と王様が協力して倒した。そして、小父様は大魔王に操られていたということになっているから。リウォンたちの手柄を取って悪いけど」

「手柄なんていらないよ。僕もアリシアももう政治関係はこりごりだから」


 むしろ、そんな武勇伝を流されても今の僕たちにはそんな力は残ってない。

 武勇伝があると何かと頼まれたり、面倒なことがどんどん重なってくる。

 そんなのもうこりごり。


「王様、リウォンと会いたがってたよ」

「えっ……スイレン。あれだけ僕のことは死んだことにしてって言ったのに」

「そんなの王様。可哀想」

「だって、見た目がまるで変わってるし。戸惑うだけだと思うけど」

「そんなことないと思うけど……。まぁいいか、だってリウォン、あなたは数年後、絶対王都に来るし」


 なぜか悪戯な笑みを浮かべるスイレンに僕は嫌な予感を覚え苦笑いを浮かべてしまう。


「……どうして?」

「ふふーん。リウォン、大丈夫。あなたの弟は私とフォロ家がしっかりと支えていくから。配下として、そして妻として、ね」

「……は? 妻?」

「そうした方が色々とやりやすいの。ふふ、盛大に式を挙げるから来てね♪」

「……はあぁぁぁぁぁ!?」




 窓を覗くと夕日が沈み始めていた。

 

 私は身に受けていた花柄のエプロンを畳んで机の上に置く。

 

 そして、歩いていき、扉を開けてベッドに横たわっている老人に声を掛ける。


「それじゃ、村長、そろそろ帰るよ。ご飯は机の上に置いておいたからしっかりと食べなよ」


 村長はゆっくりと起き上がり私に顔を向ける。


「毎日悪いの」

「他でもないフィリアさんの頼みだからな。村長ももう歳なんだから無理はするなよ」


 フィリアさんがアルカードの様子を見に魔界に行っている間、村の者が交代で村長の面倒を見に来ているのだ。


 それに村長も畑仕事を張り切り過ぎて先日腰がやられたことも災いし今は寝たきり生活となっている。


「ははは、耳に痛いの。では、気を付けて帰るんだぞ」

「ああ、じゃあな」


 腕に布袋を掛けて扉を開け外に出る。


「うーん、よし行くか」


 身体を伸ばして歩みを進めた先は村の唯一の万屋よろずやだ。

 村での買物の全てはこの店で行われている。


「アリシアちゃん、いらっしゃい」


 どうやら、今は店主の夫人が店番をしているらしい。


 風貌は三十半ばといった感じで私とそこまで歳は離れていない。

 といってもこんな田舎の村基準での話だが。


「ああ、ご飯の材料買いに来たぞ。何か良い物、残ってるか?」

「それなら――」


 おすすめを受けてどんどん買物を進めていく。


「そうそう、アリシアちゃん。こないだのお裾分けありがとうね。美味しく頂いたわ」

「そうだろ、そうだろ。あれぐらいまた持ってきてやるよ」

 

 私は髪をかき上げながら笑みを返す。


「その前に今度は私がご馳走するわ。そーね、明日にでも夕飯に皆で来なさいな」

「それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな。チビどもも喜ぶよ」


 そう言葉を交わして万屋を後にする。


「……この時間帯ならまだいるかも? 少し見に行ってみるか」

 

 少し歩いて、最近作られた子どもの遊び場に向かう。

 

 遊び場といっても安全で自由に走り回れる広場でしかないが。


「っと……どこだ。あっ、いたいた」

 

 私が「おーい」と大きく手を振ると楽しそうに光景を眺めていたリウォンがこちらに振り向いた。

 そして、微笑んで小さく手を振返してくれる。


「村長、どうだった?」

「いやー元気元気。まだまだ生きるぞあの人」

「ははは、相変わらずだね。ん? 買物もしてきたんだ」

 

 リウォンが手を差し伸べてくる。


「持つよ」

「ああ、頼む」

 

 そのとき、トコトコと足音が聞こえてきた。

 目の下には二人の子どもが目を輝かせて私の足に抱きついてきた。


 私に向かって両手を上げている子どもを抱いて持ち上げる。


「あーお姉ちゃんだけずるい!!」


 立って泣きそうになる子どもをリウォンが抱き上げる。

 すると、癇癪を起こしそうになっていた顔もすぐに笑顔になった。


「お前たち、お父さんの言うことちゃんと聞けたか?」

「「うん!!」」

「そうかそうか。じゃあ、帰ろうか」


 そのとき、強い風が吹いて結っていない私の髪がなびく。


 収まり、顔を空に向けると夕焼けと黒が混ざった空を見て思わず微笑んでしまう。


 昔、私の象徴だった身体、魔力はもうこの手にはない。

 だけど、それを補って余りあるほどの宝物を今の私は持っている。


「今日も良い一日だったな〜」

「ふふ、そうだね」


 とんとんと私の両肩を叩かれた。


「ん? どした?」

「お母さん!! 今日のご飯なに?」

「ふっふっふ! 今日はな――」


     


                            「グリモアコード」完

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グリモアコード 如月ゾナ @kisaragizona22

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