黒猫
柳鶴
第1話 【黒猫】
【黒猫】
私は昔から人には言えぬ病を抱えておりました。
それはと言いますと、汚いもの見ると吐いてしまうというなんとも見苦しい病でございます。
汚いものと具体的にあげましては、きりがございません。
強いて言うなれば、部屋が汚い。などではなく、また。腐り物というわけでもございません。
私が吐いてしまうのは、人間なのです。何も顔の不味いものを見て吐くと言っているのでは、まるでございません。
ではどういうことかと申しますと、偽りの愛でございます。
──昔、近所に黒い雄猫がおりました。野良猫とは思えないほど美しく、毛並みも整っておりました。その猫は影から日の下に出れば、一つ影がその場所から切り取られて出てきたように見え、再び影の下に入れば、黄金色に光る二つの星が並んでこちらをいつでも睨む。
そんな黒猫を先程も申しました通り、私は大変綺麗で美しい存在だと、思っておりました。
ある日そんな黒猫にも番となる雌猫ができました。
その猫は三毛猫で、黒猫ほどではないですが毛並みも整っており。加えて黒猫より人懐っこく、この三毛猫を見かけた時に私がそばによっても逃げず、驚いたことに私が腰をくの字に曲げて手を顔の前にやれば、ごろごろといい。顔を擦り付けるほどでした。
交尾をして孕んだのか、その三毛猫は一ヶ月後にはお腹を膨らませておりました。動物ではありますが、幸せであるといいな、と人間ながらに思っておりました。
──ですが、私は見てしまったのです。
これは私が今日の晩御飯の食材を買いにスーパーに行った帰りのことでございました。今日は肉じゃがにしよう、と意気込み。持ち手を握りしめ、揺らしておりました。
車どうりの少ない田舎ですから、鳥の囀りくらいしか普段は聞こえず、加えてその時は一際静かで、カラン、カランという私の草履の音くらいでございました。
ですから小さく聞こえた、猫の間欠的で少々卑猥な鳴き声が私の耳に触りました、その時は。
「あぁ。猫がまた増えるな。すぐに大きくなってしまうから……煮干しも買い足さなければなぁ」と思っておりました。
家に向かって、
カラン、カラン。
カラン、カラン。
と歩いておりますと、猫の鳴き声は遠くなるどころか近づいておりました。最初は気のせいだと思っておりましたのですが、家に近づけば。近づくほど鳴き声は大きくなるので、気のせいではないと思いました。
そう、それは私の家と隣人の家の隙間。かろうじて動物が通れるくらいの道からその鳴き声はしておりました。
この時、覗かなければよかったのです。
好奇心を殺せばよかったのです。
──ですが私は『見てみたい』という欲にかられ、そっと顔を覗かると薄暗い路地を見ました。鳴き声をあげる猫の方は近所でも有名な綺麗な白猫でした。これはおめでたい……と言っていいのかわらないな……
番である猫を探しましたが薄暗いためよく見えずしばらく目を凝らしていました。
すると、見えたのです。こちらを睨むかの様な、鈍く光る黄金色の二つの星が。
並んで二つ。
私は思いもしなかったことにびっくりし、そこにある全てのものにおいて嫌悪感が一気に湧き上がり、喉に胃液が這い上がってくるのを感じました。
春色を断ち切りたくて仕方ありませんでした。私はその場にうずくまりひたすら嗚咽を繰り返しました。
もう何も吐けるものがなくなるくらいに、吐きました、それでも治らないものですから吐き真似をしては咽せて、吐き真似をして咽せての繰り返しでございました。
偽りの愛は醜い。そう思って今日の今まで生きております。きっとこれからもそうでありましょう。逆に言えば真実の愛ほど尊いものはございません。
卑しいものは偽りの愛なのです。ゆえに私は不倫など許せないのです。きっと私の妻がそんなことになれば私はきっと腑が煮え繰り返り、胃酸のせいで胃に穴が開くことでございましょう。
勝手ながらの尊卑、失礼いたしました。
貴殿は、今。偽りの愛などという醜いものは……お持ちではございませんよね。
黒猫 柳鶴 @05092339
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